2015/12/30

感染後過敏性腸症候群 (Postinfectious irritable bowel syndrome) はもっと診断されて良い

感染性胃腸炎(ウイルス、細菌、寄生虫などによる胃腸炎)が治る頃になってもなお下痢が治らなかったり、腹痛が続く:こういう症状で悩んだ時に、当院に来院された患者さんには感染後過敏性腸症候群 (Postinfectious irritable bowel syndrome: PI-IBS) という概念を説明するのですが、日本語のソースがないところを見るとあまり医師が意識していないのではないか、と思います。

そういう症状で悩んで当院に来院される方が多いなと感じるようになったのはいつからでしょうか。私が意識しだしたのはこの5年ぐらいじゃないかと思います。(ちょうど5年前にノロウイルスの記事を書いていてその中で触れています。このころはまだ検索してもPI-IBSという言葉そのものがポピュラーではなかった)その前からいらっしゃいましたが、この病名を使って説明してはいなかった。そして自分の考えはその当時の考え方とは少し違っていたので記事にはしていなかった。このところ文献が増え、自分の印象と一致していたのでまとめの意味で書いておきますので参考にしてください。
(ネタはこちらのレビューです)



感染性胃腸炎後に生じる消化管機能の異常にはPI-IBS、および感染後機能性ディスペプシア(Postinfectious functional dyspepsia: PI-FD これも多いです)が知られているけれど、PI-IBSは1962年Chaudharyらが感染性胃腸炎後に過敏性腸症候群を発症した130例をQJMに投稿したのが最初である。その発症率は3.7%-36%と報告されており、(コントロール群にもそれなりに症状がある人がいるので数字は大きいけれど実際の発症はこれ以下となる)細菌性胃腸炎のほうがウイルス性胃腸炎よりも発症率が高いとされている。
発症のリスク因子として知られているものは、女性、喫煙、症状遷延、うつの既往、心気症、3ヶ月以内の大きなライフイベント、60歳以下、抗生物質での治療、家族歴である。(これは実感として同じ)
オンタリオ州ウォーカートンで2000年に発生した4800名もの感染性胃腸炎アウトブレイク(カンピロバクターと大腸菌O-157の混合感染)での研究によってPI-IBS患者にはTLR9(感染防御に関与するタンパク:インターフェロン産生のトリガー)、IL-6(炎症時放出されるサイトカイン)、CDH1(カドヘリン:接着因子)の遺伝子に変異があったことが指摘されている。
カンピロバクターは特にPI-IBSと関連性が高いことが知られているが、特異的な炎症でなくとも発症するのがPI-IBSの特徴と言える。

カンピロバクター腸炎はPI-IBSの原因として最も知られており、腸炎後のギランバレー症候群もとても嫌で、かかって欲しくない病気だ。焼肉は火を通すだけではなく、肉を触った箸にも注意を払ってほしいと本当に思う。以前は牛の生レバー、現在は鶏肉での感染が多い。アメリカはバーベキューを良くするせいなのか、汚染された鶏肉が多いのか、両方なのか、わからないけれどこの食中毒がとても多いので研究が進んでいる。上行結腸に強い炎症が生じるのが特徴で、強い腹痛を訴え、「火を通した」と言っても鶏肉を食べていたらエコーを行ってみると著明に腫れているので予測がつけられることが多い。便培養では検出できず、大腸内視鏡で回盲部の組織をとって培養したところ診断がついたこともある。class A lipo-oligosaccharide(LOS)遺伝子を持つカンピロバクターは、腸炎後のギランバレー症候群や関節炎、PI-IBSの発症に関連するかもしれず、今後の研究が待たれる。

さてカンピロバクター腸炎については以下の4つの経路で消化管障害が生じると説明されている。
1)毒素によるカハールの介在細胞(ペースメーカー)の破壊によって、蠕動のペースが狂ってしまう。
2)粘膜の透過性が亢進してしまう。TLR9異常がある人は特にに影響を受けるようだ。粘膜防御が出来ないのだろう。
3)腸内細菌叢の変化が免疫を賦活したり神経系に異常を及ぼす。
4)細胞障害によって消化吸収できる細胞が減少する。
カンピロバクター腸炎では直腸のEC細胞(神経内分泌細胞)が増加する、という報告が結構あってセロトニンの上昇と症状とを関連付けたいようなのだけれども、あまりきれいに説明されてはいない。TNF-α遺伝子の異常があるとなりやすのではという報告もあるが症例数が少ない。

ノロウイルスはカンピロバクター腸炎のように動物モデルがないので研究が進んではいない。ご存知のようになりやすい人となりにくい人がいて、それはFUT2遺伝子の多様性だとか言われている。(血液型の話もこのあたりで出てくる)残念ながら感染する人に関しては小腸に強い炎症が生じるので、エコーで見ると臍の左ぐらいの空腸が非常に浮腫状で目立つのが特徴だ。ノロウイルス感染後のPI-FD、PI-IBSは3か月後では20%程度の患者に見られコントロール群と有意差があるが、6か月後にはコントロール群と差が無くなってしまう。そしてそのリスク因子としては嘔吐があったかどうかが挙げられている。

ジアルジアは人畜共通感染症でイヌなどにいるランブル鞭毛虫による感染症である。日本においても戦後に流行があり、現在も潜在的に流行の可能性はあるので知るべき感染症の一つだ。
カンピロバクター腸炎ではEC細胞が増加しているのに対し、ジアルジアでは減少していることが観察されている。一方CCKは上昇し、CCKの阻害剤で症状が改善するとも言う。食欲がないといったPI-FDの症状も出るのが特徴だという。

そのほか、赤痢、サルモネラ、大腸菌など種々の感染症後にPI-IBSは報告されている他原因が特定できない胃腸炎後にIBSを発症する症例も多い。これらの研究がIBSそのものの病態の理解にも一役買うことは間違いがない。

私見も入っているので鵜呑みにしてほしくはないですが、
個人的には憩室炎を起こした人も同じようにPI-IBSのような症状になる場合があるので気を付けています。

感染性腸炎が起きたら7割以上の人は5日程度で症状は取れますが、そうではないケースが多いので、それに対してマイクロビオータを正常化するとか、細胞間ギャップを強固にするとか、蠕動異常を調節する(漢方で異常蠕動を抑制する目的で大建中湯を用いるといったアプローチもあるようです)とか、消化を助けるとか、そういう治療が大切なわけです。先生方、どうぞよろしくお願いします。

IBSとして来院した方に、そのきっかけを聞き、発症がはっきりしていたり、あるいは急な場合には、PI-IBSの可能性があるのでそう説明しています。風邪引いた後に1か月以上咳が続くんです、みたい人は多いですよね?感染性胃腸炎は上気道炎ほどしょっちゅうなる病気ではないのですが雰囲気としては似ています。本来ならば治療も炎症を抑え、過敏性を抑えれば良いので、咳のときの吸入薬の成分と同じようなものを使いたいのですが腸に投与しようとすると全身投与になってしまいステロイドは使えないし抗コリン薬も使えない人が多いんです。そこをどうケアするのか、という難しさはあります。気道にはない腸内細菌叢や消化という問題もあります。
しかし病歴からはPI-IBSかどうかは推測できるので「この状態は長くかかる人もいるけれどいずれは良くなるんです」と実感をこめて患者さんに説明してあげるだけでものすごく患者さんが安心してくれます。
むろんそのピットフォールについても知っていないといけなくて、少ないヒントからセリアック病、熱帯スプルー、ベーチェット、小腸クローン、結核などを見抜く必要はあります。特に若い患者さんが多いので過剰な検査をしないとかエコー検査の精度が高いとか内視鏡検査を苦痛なく出来るとか経験豊富とかいうのは自分のアドバンテージかと考えています。

PI-IBSを発症しないような感染性胃腸炎の治療はあるのか?という問題の答えはビッグデータ使わないとわからない。そういう治療はないのかもしれない。そこに興味は持っています。日本でしか出来ないデータ集めです。

2015/12/13

音の魔法について

紀州の紀、尾張の尾、井伊の井、で紀尾井町、というネーミングはとても好きだ。響きも良い。四ツ谷駅から聖イグナチオ教会、上智大学を抜けてニューオータニまで歩く道の雰囲気が面白い。純日本的な桜並木と、国際的な雰囲気とが混在している。あまり交通量の多くない道だけれど、いったいどういう人が通るのだろうと想像しながら歩くのも好きだ。日曜日になるとブラジル的になるところも含めて。



でも紀尾井ホールに入ったのは初めて。ウィーン学友協会ホールと席の配置が似ていることにまず驚いて、、、いや自分は音楽そのものに縁遠いから正月にテレビで見たその風景と似てるなと思って今ググって知ったところ。

指揮者村中大祐氏率いるスーパーオーケストラAfiA(アフィア)の演奏会、2015/12/11に行われた第8回のプログラムは、

Toru Takemitsu How slow the wind
Ravel Ma mere l'oye , suite
Mahler/Cortese Das Lied von der Erde (Japanese Premiere)

だった。
AfiA事務局から演奏会の前にきめ細やかな案内をいただける。村中氏による解説だ。彼らの演奏会の前に一読する事で理解が深まる。

武満徹氏の曲は冒頭から「これが楽器の音?」と驚愕。風である。楽譜にどう表現されているかはわからないのだけれど、村中氏のお勧めのように目をつぶって聞いていなかったとしたら挙動不審になってしまったに違いない。まだ3分ぐらいかな?と思っていたら11分が過ぎていたのにも驚いた。ゆっくりした曲なのに時間を短く感じるとはどういう事か。私は師匠の内視鏡を見学した後には体内時計が変化するのだけれどそれと似た体験。

小さな子供にいつもマザーグースの歌を歌っていたのをラヴェルのマ・メール・ロワを聞きながら思い出していた。ストーリーを予め教えてもらっていたからとても楽しく聴くことが出来たし、ラヴェルの天才が良く理解できた。

自分は少し離れた場所の席だったので、誰にも見られないのを良い事にマーラーの”大地の歌"では歌詞カードをガン見。会場が明るくて助かった。ドイツ語の発音を思い出しながら聴いた。良かったことは、歌手の表現というのは歌詞をなぞる事では決してない事が理解出来たこと。外国語の歌は、特にオペラのようにイタリア語やドイツ語は、声が良いなぐらいしかわからなかったのだけれど、歌詞と対比しながらだと、どれだけ工夫されてるのか、という事がわかった。

生で音楽を聴くという体験をあまり自分はしていない。していないだけにいちいちすべてが新鮮だけれど、例えば会場の聴衆の呼吸が、だんだんと変化していくことを感じる。音楽を聴く、という自分の行為に加えて、誰かの感激を追体験するとか、指揮者の姿を見ながら彼の内面で今何が起きているのかを想像するとか、あるいはバイオリン奏者の気持ちはどうかとか、あれこれ考えるなと言われそうだけれど、どうもそういう性格だからしょうがない、「生」というのは並行していくつもの体験をさせてもらえる、という点がヘッドフォンで名演を聞くのとは違う。

AfiAの演奏会が優しいと思うのは、演奏会前の丁寧なご案内の他に、演奏会の途中で村中氏がおしゃべりをしてくれること、拍手の時にすばらしい演奏をしてくれた演奏者の方をご紹介してくれること、終了後にロビーでご挨拶が出来る事など枚挙にいとまがないが、これらの心遣いが体験の感動を増幅させることは間違いのないことだ。

村中大祐氏プロフィール

次回は2016年2月18日(木)紀尾井ホール19時開演
村中大祐指揮Orchestra AfiA「自然と音楽」演奏会Vol.9

Frühlings Traum 「想春歌」

指揮:村中大祐
ヴァイオリン:アレーナ・バエーヴァ
管弦楽:Orchestra AfiA
コンサートマスター:依田真宣(東京フィルハーモニー交響楽団コンサートマスター)
メンデルスゾーン:序曲「フィンガルの洞窟」
S・バーバー:ヴァイオリン協奏曲
シューベルト:交響曲第9番ハ長調「グレート」

です。今回のコンサートと打ち上げの様子は平成28年1月23日午後10時30分BSフジ「Table of Dreams~夢の食卓~」で放送予定。AfiAの方々のインタビューなど収録の様子を見ることが出来てそれも楽しんだ。

2015/11/23

このメンタルコーチと内科医のやり方は似ている。

読売新聞に出ていたW杯ラグビー日本代表メンタルコーチ荒木香織氏のインタビューを読むとその方法論のひとつが内科医の方法論と似ていたのでメモ。

インタビュー記事

一つとして同じ事例はないのだろうと思うが、立川理道選手への具体例を見ると、ともかく話してみて一緒に考えていくという点では似ている。

問題が生じている場合に、
その問題のきっかけになっているものがないかどうかをリストアップ。
とことんリストアップ。(問題の切り分け)
さらにリストアップされたきっかけがどのように生じたかを考える。
さらにそれにどう対処するかを考える。
ひとつひとつ問題点をつぶしておいて、納得できたところで終了。
うまくいかなければフィードバック。

占いだとか、スピリチュアルだとか、洗脳だとか、そういうものと違うのは、
納得の段階へのショートカットをするために、相談を受けた側が「決めつけ」「誘導」をしない事だろう。内科の理想も同じだ。

おそらく荒木氏が優秀であると認められている理由は、相談をする選手への「ヒント」が適切であるのだろう。ここだけは知識や経験、そして才能の違いの見せ所である。




私の具体例を一つ挙げる。

「先生、ガスが出てガスが出てしょうがないんです」
「どうしてガスが出るのかご自分で検討はつけていますか?」
「わかりません」
「ガスの原因は口から入った物質と腸内にあります。変化のきっかけはないですか?考えてほしいのですが」
「うーん、一か月ぐらい前からなんですが」
「便はどうでしょうか」
「かわりません」
「ほんとう?」
「はい」
「サプリメントやお薬は?」
「いいえ」
「風邪も引いていませんか?」
「いいえ」
「海外旅行は?」
「いいえ」
(このプロセスは、失敗している。患者が考えるモードに入っていない。医療はたいていそうなのでそこからどう巻き返すかだ。わからない人のほうがまだ良く、ニュートラルな状態だといえる。自分で決めつけている患者にはこの方法は使えない)

ガスが出る病気としてもっとも多いのが便秘であけれど、大抵は患者が最初にそれを否定するところから始まることが多い。次は異常な腸内細菌増殖症であってこれもまた原因が特定できる場合が多い。ところが本人は何もないという。突破口がないだろうか。

巻き返しましょう。
ここで終わってしまうと何も解決できないから次に診察をする。

診察では腸音が強くないこと、ガスは確かに多い事、特に臍(へそ)周囲に多い事がわかった。
ちなみに検査の結果は何も持参せず、お薬手帳も持ってこないというハンディ付きである。

問題の切り分けをしなければならない。ガスが小腸にあるかどうかがポイントである。
エコーよりは腹部単純撮影が良いだろうと判断した。

「小腸ガスはなく、横行結腸にガスが非常に多いという結果となりました」
「はい」
「ところで骨盤内にはガスがありません」
「はい」
「これが意味するところですが、あなたが毎日排便しているつもりでも、100%出せていなかったらどうなるだろうか、と仮説を立ててみます。少量ずつ、少量ずつたまり、今ではずいぶんと大量の便が横行結腸にあるように見えるのです」
「はい」
「この状況では通常と比較するとガスを産生する細菌量は桁違いですから症状が説明できます」
「はい」
「こうなった原因はしかしわからないのです」
「……」
「なにか思い出しましたか?」
「……一か月前から出張が連続したのは関係あるんでしょうね」
「なるほど、矛盾なく説明できますね」

ここでようやく患者本人からこの1ヶ月出張が多いことを聞き出すことが出来た。
排便が完全でない状態が続いたことは、今回の症状をよく説明が出来る。

内科診療では、患者とのコミュニケーションを通して問題点を抽出し、患者自身によく考えてもらう、という事を行うことが多い。
それをショートカット出来るのは診察なり検査だったりするわけだけれど、そこに「思い込み」というバイアスをかけぬことを目指すべきだ。とても難しい事だけれど。

2015/11/07

クイズ:この差はなんでしょう

問題を作る、という作業は自分が何に興味を持っているかがわかるので嫌な作業です。




この一連の写真を見て、みなさんは腺腫だとすぐにわかると思います。


さて一年後に一瞬見えなくなっていて焦りました。手前の隆起は違うでしょうねえ。


ほらこういう時はNBIで見ると一瞬でわかる。違います。


ああ、ありました。これものすごく難しいですね。PHOTOという字のTをずっと上にたどっていって画面の中ほどにある発赤が怪しいなーと思って近づいていきます。
このように除菌をしてしまうと、少し形態が変化するのは知っておくべきです。周囲の色が少し白くなり相対的に正色調~やや赤に見えている可能性はあると思います。増加した胃酸や蠕動の影響もあるかもしれません。


NBIでは明らかになりますね。このように近接でNBIを上手に使っていくと驚くほどたくさんの腺腫が見つかりますが、そんなに面白くもないので自動診断時代を待っていてください。


もう目が慣れたからわかりますね。


もしかしたらcarcinomaが入っているかも、と思って生検しましたが腺腫と診断されました。

除菌前後では見えていたものが少し見難くなることがありますが、案外NBIが助けてくれます。
エコーでは脂肪肝の中から血管腫を見つけることが目のトレーニングになりますし、内視鏡では普段このような事に気をつける事が目のトレーニングになります。

結局クイズにはなりませんでした。

2015/11/04

ACG2015いろいろ

世界中で色々な学会が行われていますが、学会と言うのは枝葉末節の中にアイディアの萌芽があるもので、主流の発表は誰でも見るから面白くはないと感じます。しかし昨今の学会はポスター発表がデジタルと称されるものになり、数少ないモニターで限定された時間に発表されるのですべてをチェックするのは無理で(抄録と実際とはかなり違うのに)ますますつまらないものになりました。

とはいえとりあえずニュースサイトでもチェックしておくか、ということで
ACG2015(アメリカ消化器病学会とでも訳すべきか)の内容が紹介されていましたのでご紹介。

バレット食道がんのリスク

Mayo Clinicからバレット食道の生検でlow-grade dysplasiaがあると、ない人より8倍バレット癌発症のリスクが高いとの発表があったようです。
LSBEの生検はジャンボバイオプシー鉗子で4方向2cm毎だったと思います。最低8か所は生検するんでしょう。
1)すごい(真似できない)
すごく出血するんでしょうけれど、それが止まるまで待つという根性
2)くやしい(コスト的に日本じゃ無理)
8か所16か所の生検のコスト、30分以上かかるだろう検査のコストは2万円ぐらいじゃ賄えないです。
3)戦略がちゃんとあるなあ
それでdysplasiaが見つかったらラジオ波焼灼するという流れです。アメリカでは良い成績のラジオ波ですがヨーロッパではそうでもない、という点で検証は必要ですけれども診断して終わりじゃないところが偉い。

糞便移植に関する初めての二重盲検試験

ブロンクスとロードアイランドでの糞便移植の二重盲検トライアルが行われ、ブロンクスでは無効、ロードアイランドでは有効との結果が出ています。
糞便移植は難治性のC.difficile感染症に対して劇的な効果があるとの評判ですが、ブロンクス症例は経過が長いせいで治癒に至ることが出来なかったのではないかと考察されています。泥沼にはまる前に、より早期に移植したほうが良いのではと述べられています。

EMR(電子的医療データ)の活用:従来より高いハザード比に

電子カルテデータを解析した研究です。 The Humedica Electronic Medical Record SmartFile database の解析によると、便秘で来院した患者さんからは、虚血性腸炎、憩室炎、大腸がん、他の胃腸のがんが今まで言われているよりもはるかに高いハザード比であった(5-7倍)という事でした。
憩室炎も虚血性腸炎も便秘の患者からしか発生しないって感じはありますけれど、こういうデータが出てくるのは良い事じゃないか、と思います。

はじめての大腸内視鏡検査は大切

社会的な実験も発表されています。
「はじめてのおつかい」ならぬ、「はじめての大腸内視鏡」というテーマで低所得者にフォーカスして大腸内視鏡を行った研究では、98%の患者さんがきちんと来院して検査を受けた。ほぼ全員人生最初の検査です。男女とも6割の患者に大腸ポリープがあり、男性では4割、女性では3割に腺腫があった。(従来は男性4割、女性2割だと思うのでそれより確率が高い)
便潜血で介入していってもせいぜい4割程度しかきちんと受診してくれない事を考えるとこうした介入も意義がある事です。
大腸内視鏡検査は一回受けると「また受けたい」と言う確率が高い検査だけれど、最初の一回目がもっとも重要なので、人生最初の検査を60歳ぐらいまでに済ませておいてほしいと切に思います。

まだまだあるんですけれど、こちらからは以上です。

2015/10/13

絶対に漏えいしないデータはない

JAXAの名誉教授で認定NPO法人子ども・宇宙・未来の会(KU-MA)名誉会長でもある的川泰宣先生のご講演を伺い、以前から思っていたことを言葉にされていたので印象に残った。

それは、「想定外を想定する」である。

例えば現在「安全に医療データをクラウド保管」と言っていても、20年後のコンピューターテクノロジーを使えば破ることが可能な程度の暗号化技術にすぎない。そうした「期間限定の安全」を安全安全謳うのは、「想定外を想定しつつ嘘をついている」か、「想定外を本当に考えていないのか」どちらかだ。公文書は50年後に公開、というのが基本方針だから、公文書はそうした時限付き安全でも構わないのかもしれないが、医療データもそれで良いならそういう法制を作っておく必要があるかもしれない。いっそのことカルテは廃止して、患者個人がすべてもて、という極論だってありだと思う。ただしその場合には患者は皆保険から離脱すべきだとも思う。

ダイナミクスという電子カルテがある。この電子カルテユーザーにはICTに関して最先端の知識を持っている優秀な医師もかなりいるけれど、口をそろえて「院内のPCをネットにはつながない」という。それが「想定外を想定している」発言だとわかっている人もおられるし、そうでない人もいるのはしょうがないことだ。

クラウドに医療データを保管するのであれば、「漏えいしても良いデータを保管せよ」というのは某世界有数の会社の講演者の言葉であって、あれを聞いたら「あほか、無理だろ」と大抵の人は思っただろうし、私は「全くその通りだ」と思ったわけである。(解決する方法もずっと考えてきた)

「3省4ガイドライン」という言葉を知らない人は、医療クラウドについてあれこれ語る場面で困るので勉強しておくと良い。

3省とは経済産業省、総務省、厚生労働省である。
4ガイドラインとは、
経済産業省による医療情報を受託管理する情報処理事業者向けガイドライン
総務省によるASP・SaaSにおける情報セキュリティ対策ガイドライン
同じく総務省によるASP・SaaS事業者が医療情報を取り扱う際の安全管理に関するガイドライン
厚生労働省による医療情報システムの安全管理に関するガイドライン
の事である。
ちなみに総務省は適切なリンク元ページが見つからないのでPDFに直リンクしています。

これは想定集みたいなもので、このぐらいを想定していれば漏えいした時の言い訳にはなりますよ、というものである。漏えいがない、と言っているわけではないのである。
我々一部のダイナミクスユーザーはガイドラインで想定していない事故にあらかじめ対処しておくことが重要だと考えているけれど防衛のためのアルゴリズムは全員違う。統一した方法で行わない事も大切な戦略だからだ。

こういうのを概念としてざっくり知った上で「自分で考えるのが無理」という医療機関の管理者はきちんとお金を出してアウトソーシングすることが大切だ。「無料でやろう」は無理というものだ。

2015/10/04

腫瘍の大きさについての雑感

普通のがんの成長スピードは遅く、経過観察する場合もありますが、その事について不安を感じる方が少なからずおられます。そういう人はどういう人なのでしょうか。

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(論理的に考えられ、説明しなくても予後について理解できるグループ)

 医者同士の場合にはあまり説明しなくても済みます。
 予測どおりいかない場合でも、臨機応変に考えを変更してくれトラブルが少ない。

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(言葉ではわかっていても、例外的なことが起きたらどうしようというような感情が優先するグループ)

 家族や友人に不幸な転帰をたどった患者さんがいる場合
 もともと医者不信がある場合
 テレビ・週刊誌の雑音が雑音だと判断できるほどの知識がない場合

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(完全に理解したわけではないけれど、医師を心底信頼しているグループ)

 この方々は結果が良ければ非常に幸せと言えます。
 逆に信頼しすぎて重要なサインを教えてくれないというピットフォールがあるのが難点です。

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この中間層にいる方々に上手に説明できるかどうか、が大切だとは思いますが、理詰めでなく感情に訴えねばなりませんから、なかなか難しいものがあります。そこで我々のようなプライマリケア医といいますか、脇役が重要になってくるんじゃないでしょうか。総合病院で癌と診断されたときに不安になって周囲に相談した時に、運が悪いともっと不安をあおる人々につかまってしまうのが大変な不幸です。総合内科という言葉がありますけれど、私はその言葉はあまり好きじゃなくて、なぜかといいますと不安を抱える人のバックアップが出来ることは彼らの仕事には含まれていないのではないか、と思うことが多いからです。プライマリケアという言葉の方が好きです。

感情に訴える方法はいくつかあって、一つは「とことん親切」という事だと思います。頻回なフォローは患者さんを楽にします。他には「上手に言葉を言い替える」というスキルもあるかと思います。これも脇役だから出来るのではないかと思います。もう一つは「なんとなく理解した気になってもらう」という方法で、テレビや週刊誌、あるいは代替医療などで行われている手法ですが、事実を捻じ曲げないところが彼らと我々は違うと言えましょう。私には大きな武器がいくつかあります。エコーの腕(というか、目、あるいは記録力)であり、内視鏡の腕であり、あとはコンピューターを駆使できることも武器のひとつです。言葉だけでなく、記号や絵で訴えかけることは患者さんの感情を動かすのには有効であろうと思います。動画ならなおさら効果的です。エクセルのワークシートは一か所の数字を変化させると全体がダイナミックに変化しますから非常に効果的かと思います。


さて患者さんの不安の芽の多くは腫瘍の大きさだろうと思います。
腫瘍の直径など人が計測すれば私と違うのは当然なのですが、それでも一部の患者さんは不安を感じるものなのです。
あらかじめ「あの病院の計測のほうが私よりも大きく言いますよ」と予防線をはっても私が紹介した患者さんが「大きくなっていた」と泣きついてくることがあります。それはバイアスなので本来心配すべきじゃないんですが、乳がんのような腫瘍では、大きさを割と患者さんが気になさるので発生しがちな不安の芽だと思います。したがって同じ測定方法で時間をあけて測定するチャンスがあった方についてはもう一度測定して(検査代をチャージしなければ保険から文句を言われることはありませんよね?)変化がない事を納得してもらえば良いですし、ずいぶん昔に検査をしたことがある人ならば、いかに大きくなりにくい腫瘍かを上記のような計算をしてみせて納得してもらうという方法も考えられると思うのです。(上の計算では、腫瘍の成長速度は一定である、と仮定して腫瘍の大きさを過去にさかのぼって示しています。また手術をいつごろにすればいいか、のシミュレーションをしています。甲状腺がんをかなり若い方に見つけることがあるのですが、さかのぼれば10代から存在したのだろうな、という思考実験でもあるのです。こういう計算をしてみると有効数字は2桁ないと精度がずいぶん落ちるなという事も実感できます。早期胃がんのような平面に広がるタイプの腫瘍はこういう計算とは別モデルを作らねばなりません)

2015/09/13

「足がつる薬」

患者さんが「喘息の吸入薬を使うと夜足がつるので困っています。実は吸入を忘れた日が楽だったので気づいたのです」と仰るので、「ああ、それは長時間型β刺激剤(LABA)に伴うものなのですが、あなたの場合にはそれは減量できそうだから処方してくださった先生に相談してみてくださいね、それまでは芍薬甘草湯を夜一度飲んでみてください」とお渡ししたのですが、気管支を拡張するはずのβ刺激剤で、しかも吸入薬で、足がつるのは不思議だな思っていたところ、ひょんな事からこの論文にぶつかりました。

Nocturnal Leg Cramps and Prescription Use That Precedes Them
A Sequence Symmetry Analysis
Scott R. Garrison, MD; Colin R. Dormuth, ScD; Richard L. Morrow, MA; Greg A. Carney, BSc; Karim M. Khan, MD, PhD
Arch Intern Med. 2012;172(2):120-126. doi:10.1001/archinternmed.2011.1029.

足がつる副作用が生じるお薬としては、利尿剤、スタチン、LABAがよく知られています。そしてカナダの医師はその予防としてキニーネを処方するのだそうです。キニーネはマラリアの薬として良く知られています。胃腸、視神経、血液、腎臓の障害のほか心毒性という副作用があるため使用は限定されています。それが足がつるのを予防することに使われるとは驚きです。日本では芍薬甘草湯が特効薬です。これも薬理を知らない先生による濫用により副作用(偽アルドステロン症)の対応をしなければならないことがあり注意は必要ですがはるかに安全です。スタチンによる足の痙攣に対してはコエンザイムQ10も効果があるはずです。

この論文はカナダの先生がキニーネをマラリアではなくもっぱら足の痙攣に使う事を利用して、その処方を追跡し、特定の薬剤が足の痙攣と関係がないかどうかを見ていますが、この手法は日本においても使えそうです。すなわち芍薬甘草湯を処方されている患者を追跡すれば、原因となる薬剤を特定できる可能性はあるのです。利尿剤、スタチン、LABA以外にもあるかもしれないからです。

コクランにもキニーネに関しては載っています。
https://www.cochrane.org/ja/CD005044/NEUROMUSC_jin-jing-luan-nidui-surukininequinine
芍薬甘草湯はまだ世界的ではないのか?

著者らも驚いているのは、カリウム保持性利尿薬のほうがループ利尿薬よりも足の痙攣が多そうだという結果が出ている事です。カリウムが高い低いそれぞれ別の機序なのではないか、と論じていますが、それとは別に後述するマグネシウムとの関連もありそうな気がします。LABAは末梢神経のβ2アドレナリン受容体を刺激することにより筋肉を興奮させるのではないかと考察しています。そうした副作用がある場合には、キニーネを用いるよりはLABAをLAMA(長時間作用型抗コリン薬)に変更する手もあると著者は述べています。

ちなみにドーピングにも使われるアナボリックステロイドにも足がつる副作用があります。

またビタミンD製剤による足の痙攣は低マグネシウム血症による可能性があるそうです。ビタミンD製剤がマグネシウムの排泄に働くからとされていますが、低マグネシウム血症といえばプロトンポンプ阻害薬(PPI)の副作用としても有名なので、留意しておいた方が良さそうです。他に頭痛が生じる場合もあるそうです。

低マグネシウムが生じる原因としてはPPIの他にダイエット、アルコール依存、慢性的なストレス状態、悪化した糖尿病、嘔吐・下痢、食事中のフィチン酸、シュウ酸、浸透圧利尿剤、シスプラチン、シクロスポリン、アンフェタミン、バーター症候群、ギッテルマン症候群があります。

こうした物質どうしの複雑な関係性を理解することは難しく、コンピューターによるシミュレーションが必要なほどです。したがって良く出鱈目な業者や医者がやるように特定の知識からアプローチし、「このサプリメントを飲め、これはだめだ」的な論旨を展開していく人がいるとしたら、それは詐欺やトンデモ医療を誘発するので注意が必要です。

まずは疫学や、患者さん一人一人の症状から逆行して考えていくのが正しいアプローチだろうと思います。

ちなみに当院の患者さんが「足がつる薬を下さい」と仰ったら、それは「足がつるので、つらないようにする薬を下さい」という意味です。大抵は草むしりのしすぎだったりします。

2015/08/22

平均と標準偏差

「中性脂肪は変動するのに血圧は変動しないのが不思議だ」という人がいるとしてどういう説明をしますか?というような問題を医者に出題すると面白いと思うんです。

こうした、医者にとって見ればあちこち認識がずれているように見える質問を、どこまでさかのぼって定義して説明し納得してもらうのか、の方法論にその医者の実力と個性が見えるからです。

検査の値の平均や標準偏差の意味、考え方。

中性脂肪の変動に影響を与える無数の要素。

血圧変動がなさすぎる病気の存在。

限られた時間の中で、患者さんが持つやや歪んだ認知をある程度修正しようと試みるのは医者の仕事の真骨頂と言えますけれど、たまに全く自分が予想していなかった答えがそこに転がっている事があります。



例えば中性脂肪が変動するような病気が実際に存在した、というような結論が得られたりして。

ある程度の変動を標準偏差の中にあるから大丈夫だと患者さんを教育するつもりが「本当にそうですね」という結論に至る。

ところがこういう経験は患者さんの将来にとっては邪魔だったりします。検査値の変動に対する歪んだ認知がそのままになり、些細な事を気にしすぎたりする。



ベストな方法は毎回の検査の結果を、検査を行った医師が正しく評価し説明をする、という事です。そうすれば認知のずれの予防が出来るからです。患者の認知のずれをニュートラルに戻すのは内科外来の役割の一つだ、と書きましたけれど、予防も出来るのが良き内科医に求められる技能の一つだ、と思います。

2015/08/19

体脂肪率はお風呂のあとに測定してもらっている

「先生、私体脂肪率が高いんですけど」と相談をうけました。

体脂肪計はインピーダンスを測定して脂肪量の近似値を出しているだけで、誤差はとっても大きくてあてにならないんですけど、なんとなく高いと嫌ですよね。

これはタニタの体脂肪計の説明書ですが、抵抗が高くなりそうな事、低くなりそうな事を避けるように説明しているってのは少し電気をかじった人ならわかりますよね?



見るとおわかりいただけると思いますが、体脂肪計で測定する条件として一番安定しているのは、「お風呂に入って、身体を拭いて、下着をつけた後」です。

かかとは適度に湿っていて、汚れがついていませんから。

それが一番体脂肪率の数値を低く算出させる測定の仕方です。
私は足の裏がとても柔らかくて足が短いせいか、体脂肪率は一桁に出ますが絶対にそれ以上ありますよ。体脂肪率が高くなってしまう方には「足が長いんですよきっと」などと言うと喜ばれるかもしれません。

2015/08/17

一人より二人のほうが幸運を手に入れやすかったりする

「あなたはどうして手術を受けたんでしたっけ」
「先生に言われたからですよ!」
「あ、そうでした?」
「夫に先生が検査を勧めて、私も受けたんです」
「そうでした。勧めました」
「そうしたら私が」
「ああ少し思い出しました」
「で夫は去年先生に言われて大腸がん検診を受けたら」
「なんか取ったようで。たしかそれはあなたに勧めたんじゃなかったでしたっけ」
「そうなんです。私は大丈夫だったんですけど」
「不思議でしょう?ふふ」
「今でも夢の中のようで」
「でも運が良い人ってそういうものですよ。夫婦っていうのは結構共同作業的に幸運を手に入れる人々がいます」

夫婦の仲が良いと、
医者が注意したことを双方で気を付けたりするので、
例えば片方に「便潜血検査を受けてくださいね」と言うと、
もう一人も受けてくださったりして、
それが大腸がんが見つかるきっかけになったりすることが
良くあります。

「お互いに尊重し合う」という関係はしかし、
なかなか難しいもののようです。

2015/08/01

かわいい、の定義

かわいい、という言葉をどう捉えるか、どう使うか、というのは極めて主観的な行動なのではないか。

使う人によって意味が違う言葉として「かわいい(Kawaii)」は興味深い研究対象と言える。



私にも私なりの定義があるのではないか、とある日思ったので自分がどういう場面でその言葉を心の中で唱えるのかを観察し、その共通点を探った。

自分はその言葉を、ものに対しても使うが人に対して多く使い、しかも相手が老若男女どういう人であるかは関係なかった。

さらに観察し共通点を見出した。自分の中の「かわいい」を矛盾なく説明するのはこの解釈だ。



その人の人生に介入させてくれる相手は、かわいい。



自分の気持ちを正直に打ち明ける人であるとか、恥ずかしい事を恥ずかしいという人であるとか、相手の話を一生懸命理解しようとする人であるとか、自分の弱さを隠さない人であるとか、親切にされることを嫌がらない人であるとか。相手が子供ならばしたがってかわいい、と思うことが当然多いように思う。こういう職業なので、必ず相手に関わろうとする。その時に心のドアがふわっと開いている人は必ずしも多くはないのだけれど、そういう相手をかわいいと自分は捉えているらしい。



相手がものや動物である場合には、手にとることが出来るもので、しかも手にとってみようかな、と思える事が「かわいい」の根にあるようだ。これも「介入」というキーワードで説明が出来そうだ。

2015/07/12

ヘリコバクターはピロリだけではない


ピロリ菌の証明方法には「UBT」「迅速ウレアーゼ試験」「便中抗原」「組織検査」「培養」「抗体」などがある。通常内視鏡をしているとこれらの検査をする前に「ピロリ菌+」「ピロリ菌-」は高精度で予測がつくけれど、肉眼所見と結果とが矛盾することがある。例えば鳥肌胃炎があるのにピロリ菌が証明できない、MALTリンパ腫があるのにピロリ菌が証明できない、などである。

検査の偽陰性も当然考えられるがしつこく検査をしてもなおピロリが証明できず、しかし組織検査でギムザ染色をしてらせん菌が証明されると、「ヘリコバクター・ピロリ以外のヘリコバクター属の細菌がいるのではないか?」と疑うこととなる。

東海大学の高木敦司教授にご相談したところそれは H. suis ではないか、と教えていただいた。

下記はJournal of Infection and Chemotherapy September 2014Volume 20, Issue 9, Pages 517–526 に掲載されている、胃に感染するヘリコバクター属をまとめた表である。


左から細菌の名称、宿主、発見年が記載してある。H.feris はイヌ・ネコに感染しているヘリコバクターとして耳にしたことがある人もいるはずである。H. suis はかつては H. heilmanii-like organisms と呼ばれていたんですよ、とも教えていただいて、2年前のヘリコバクター学会で「heilmanii がなにか別の名前になりました」と聞いて失念していた記憶が蘇ってきた。H.suis はMALTリンパ腫との関連も深い重要な細菌だ。

ヘリコバクター属は哺乳類の消化管を好むようである。人間とイルカとは2500万年以上前に分かれているはずで、その当時かららせん菌は哺乳類の消化管に生息していたと推測されるがそれほど驚くべきことではないと思う。
したがってイヌにはイヌの中で進化した、ネコにはネコの中で進化した独自のヘリコバクターがいて然るべきであり実際そうである。

ところがこれらは人畜共通感染症としてふるまうのが困った点であり、ブタを宿主とする H. suis もそうである。ブタと言えば最近生食が正式に禁止されたけれども、それ以前から種々の感染症の宿主として医療従事者は認識しているはずである。……例えばトキソプラズマやE型肝炎だけれども、これには当然H. suis も含まれるわけだから、そういう目で内視鏡を見なければならぬ、という思いを新たにした次第。

実際経験を積んではじめて知識が身につくようではまだまだだなと痛感しております。


2015/07/09

日常のゆらぎを許容できるか

感冒のように、自然に治る状態に総合風邪薬で介入することに慣れてしまうと、

日常のゆらぎを許容出来なくなるのかもしれません。



胃腸の症状にもゆらぎというのはあるはずですが、

ある方は「生まれてこの方絶好調だ」と言いますし、

ある方は「さっきからムカムカする」と電話をかけてきます。



どちらも自然のリズムを感じようとしない感性の発言なので私にとっては違和感があります。



そうした訴え方は個性の一つなので直す必要は全くありませんし悪いと言っているわけでもありません。

総合感冒薬を欲しいという方の多くは日常のゆらぎを良しとしない方々で、

そういう方は大きな病気をしたときの受け入れも少し悪い印象があります。

ある方は重大さがわかっていないし、あるいは深刻に受け止めすぎる。



風邪は自然に治るものだ。(治らない場合はどういう場合なのか、を学ぶ貴重な機会でもある)

という教育は、癌の告知にも響いてくると思っています。

そういう理由もあって当院では風邪での受診は勧めていないのです。

2015/07/04

閾値

外来で行う作業を通して患者さんの何を知ろうとしているかというと、

「どういう考えで今日外来に受診しようと思ったのか」ということだ。

それは「このぐらいだったら検査を受けようと思う」というその患者さん特有の「閾値」を知る作業だとも言える。



去年この胃潰瘍瘢痕は2年後に見れば良いと説明したと仮定して、今年また健康診断のバリウム検査で「要精検」判定されたとする。

その時には、我々の指示通り2年後と解釈し受診しない人。

写真を我々に見てもらいその判断を委ねようとする人。

写真は見てもらうがそれはただの確認で2年後に受けたいと思っている人。

我々の判断はどうあれ要精検は要精検であるから検査を受けたいと思っている人。

などが居る。そのどのグループに属するか、というのは今後の説明の仕方にも関わってくる。

例えば指示通り2年後と解釈し受診しない人の場合には突発的に予想外の事が起きた時に修正できるチャンスがほとんどないグループに属していると言える。

どうしても検査を受けたい人はやや過剰診断・過剰診療を受けやすい人だと言える。



どんな人にも行動には閾値が存在する。それに影響する因子は多様で複雑だけれど、それをある程度掴んで説明に応用してバランスを取ろうとするのは、人々の医療をなるべく平等にしておきたいという私なりのバイアスだといえる。

2015/06/26

「笑顔」と「緊張」

「笑顔」とは何か、をずっと考えている。

外来で、患者さんの表情がほぐれる事は、ひとつの目標だからだ。





笑顔を見せぬ人には、慎重に「標準」というレールから外れない振る舞いをしている自分に気づいた。

全く間違った事を言わない自分、相手がそれを一言一句すべて理解しているかどうか関係なく語られる言葉。緊張感はそれなり。

それはそれで良い結果になるのだろうし、標準的に振る舞う事は一種のトレーニングになるので、悪い事ではないだろう。古い意味でのロボットならばこうするだろう、という行動をシミュレーションしている事になる。それはプログラミングをしている自分にとっては興味深い行動でもある。




では笑顔は何をもたらすかというと多様性か。

「標準」から少し外れてみようというチャレンジ。患者さん一人ひとりに合わせてわざとずらす。大胆な解釈。




人間を進化させるために、「笑顔」は重要だった、と考えると言い過ぎかもしれないけれど、多様性を加速させるコミュニケーションツールが「笑顔」だ、と考えることはとても面白い。

2015/06/21

エコーを勉強するときに、この肝臓の内部構造は均一だ、これは不均一だ、と例を示されるのですが、では実際の臨床ではどうか?というとこれが私の診断がGPTの数字と一致してくれない。

長年自分の観察眼はおかしいのではないか、と思っていたのですがある日「自分が正しいとしたらHBsAb、HBcAbが上昇しているかを見れば良いのではないか」と思い測定してみるとかなりの確率で陽性でした。HBsAgは陰性とされ今までの検査では引っかかっていなかったのです。この発想は化学療法中に再燃するB型肝炎にはHBsAg陰性で今までは既往とされていたものが含まれるので注意せよ、という警告が出た数年前に出てきたものです。私の目で見てこの肝臓はおかしい、肝炎後じゃないか、と感じた場合その中には相当数のB型肝炎の既往の方がいるという事がわかって長年の疑問は氷解しました。自分の目がおかしいわけではなかった。従来Chilaiditi症候群と名付けていた人の中にもそういう事例がありそうな印象がある。

それでも半数以上原因不明の不均一さ、萎縮の理由がわかりません。過去のアルコール摂取、薬剤性肝障害、A型肝炎、CMV肝炎なども考えられますが、ここで昨今の豚生ブームで話題になったE型肝炎を思い出しました。奇しくも海外の論文においても増加が指摘され注目されています。

生の肉はウイルスや原虫だらけと言ってよく、例えば妊娠中の女性が食べると深刻な影響を胎児に及ぼします。火が通っていれば安全かというと、調理場で清潔操作を知らない人が生肉を扱えば容易に野菜なども汚染されるわけで、教育がとても大切なのは言うまでもありません。

少なくとも過去の食文化的にはE型肝炎は堂々と調理場をすり抜けて相当数が感染している可能性があると考えました。トキソプラズマ抗体の陽性率と同じぐらい、と見積もって良いのかもしれません。(5.4%、という報告があります

見過ごされていたE型肝炎ですが、全世界で見ると年間10万人が死亡し、肝炎中でもっとも死者が多い。特に妊婦は死亡率が高いのです。(参考文献

<E型肝炎>(参考リンク:厚生労働省
ジェノタイプ1、2:中国および極東に存在し、ヒトーヒトに感染する。
ジェノタイプ3,4:人畜共通感染症で多くの動物、特にブタに感染している。フランスでは肝臓を使ったソーセージで多くの感染者を出した事例があります。(参考

感染経路は糞口感染でありA型肝炎と類似しています。野生のイノシシ、シカにも多いので山の川の水も安全とは言えないのです。東南アジアでは雨季に増加するとされます。(調査によればシカ、イノシシ、ウマ、ラット、マングース、牛、山羊、ネコから検出されています)

潜伏期間は14-50日とされます。経過はA型肝炎に類似。気づかない人も多いはずです。先ほどの日本の5.4%という報告の他に、アメリカの献血用の血液で抗体検査をすると陽性率が5-20%と、やはり高いことが示されています。畜産の盛んな中西部のいくつかの地域で高い陽性率を示しているとのこと。

日本では摂氏63度30分で失活とされ、アメリカでは60度1時間で1%のウイルスは感染能を有したままであり71度20分で失活する(Appl Environ Microbiol. 2012;78:5153-5159.)、とされており細かい表現の差が見られますが参考にして下さい。アメリカで売られる肝臓ソーセージの10%はE型肝炎ウイルスが検出されるとのこと。日本での豚生レバーも数%が陽性です。

また薬剤による肝障害として報告があった症例を検討するとその6分の1がE型肝炎であった、という報告もあることは注目すべきでしょう。(Gastroenterology. 2011;141:1665-1672)

E型肝炎は臓器移植において注目されます。ドナーの5%以上がE型肝炎ウイルスを肝臓、腎臓、膵臓に有する可能性があるほど広く行き渡ったウイルスですからそれがレシピエントへの感染の一経路となり得るからです。アメリカでは臓器移植後、あるいは免疫不全(非ホジキンリンパ腫でリツキシマブ投与中、あるいはHIV)の患者に慢性肝障害でのE型肝炎の報告があるそうです。

日本で出来る検査としてはIgA-HEV抗体(210点)があります。急性のNANBNC肝炎の39%がE型とされ、発症から5か月ほどは陽性になるはずなのでその診断補助に有効です。過去のE型肝炎感染を見るIgG-HEV抗体は保険での測定は出来ないようで残念です。しかし薬剤性肝障害とされる中にE型肝炎の再燃もある、との報告がありますのでIgG-HEV抗体も測定できるようになれば良いなと思います。ある程度高齢の特に男性では、生レバー食の経験があると考えて、その肝障害の原因のひとつとして考えておいたほうが良いかもしれません。

2015/06/12

「他の人も同じものを食べているのに?」

腸の感染症や寄生虫などで、患者さんの多くが言う。

「他の人も同じものを食べているのに?」というセリフ。



これが内包する意味は沢山あるのでしょうけれど、

科学的な考え方が出来ないと医師に思われてしまいがちな言葉なのです。

誰だって特定の食材が汚染されていたら100%病気になるだなんて思っていませんよね。

テレビで大ニュースになる食中毒事件ですら、食べた人全員が感染症状が出ているわけではないというのは当然みなさんご存知でしょう。だからそういう意味で言ってるのではないのでしょう。わかってます。

ただ、そう思っているんじゃないの?と相手によっては判断されがちなセリフなんです。



この言葉の真意は、

「あなただけなのですよ。かわいそうに」

という反応をしてほしいがための

「ああ、運が悪かったなあ」だろうと私は理解していますが、

医者っていうのはかなり理論的ですから、

「インフルエンザのように感染力が強かったりよほどひどく汚染されているならば別ですが、通常の感染症で同時発症する確率はそれほど高くはありませんし、必ずしも潜伏期間が一致していないだけで、遅れて誰かが発症する可能性はあります」

などと答えがちなんですね。



とても優しい先生が名医とは限らないし、名医が人格者とは限らない。完璧な医者などいないのですから、なるべく自分に合った先生を探す努力をしましょう。

問診票に、

「理論的な説明を希望」とか

「優しい言葉を希望」とか

書いておくと良いのではないでしょうか。

2015/06/03

盲ろう、への理解をお願いします

目が見えないと盲

耳が聞こえないとろう(聾)

って言いますが、

盲ろう、という人々もおられます。(→東京盲ろう者友の会

数が少ないからなかなか理解されないのです。



白いつえを持った人は盲なんですが、

耳が聞こえる、とは限らない。



病院などで、車いすの方が白いつえの人にぶつかられた、とかクレームするケースがありますが、

これはしょうがないことで、予め声を出して警告してもお相手の方はろうなのだからわかりようがない。

点字ブロック上でに車いすがあるなら尚更で。



医療者であっても盲ろうを知らなくて、白いつえを持った方に遠いところから声をかけているケース、良くあります。

彼らとのコミュニケーションは「てのひらに文字を書く」が主になるでしょう。声のかけかたも、近くから声をかけますと、空気が震えるので雰囲気で声をかけているのがわかるようです。するとびっくりさせないように思います。



多くはないのですが、私が乗り降りする伊勢原駅は南口から平塚盲学校に行く方がおられますし、北口からは東海大学病院や神奈川リハビリテーション病院に行くバスもありますから、まったく見ないわけではありません。白いつえを持っていて、しかも補聴器を装着されています。少なくとも医療者の皆さんは、病院内で白いつえの方を見かけたときに盲か盲ろうか、を確認する癖はつけたほうが良いかな、と思っています。



関係ない話なんですが、伊勢原駅北口の神奈川リハビリテーション病院行きのバス停のところの点字ブロックはわざわざ幅が倍になっています。非常に車いすの方の行き来が多いからなんだろうと思います。点字ブロックが広ければそこが空くだろうと。ところが大山ケーブル行きのバス停はその隣なのです。日向薬師行きのバス停は神奈川リハビリテーション病院行きと同じバス停です。大きなリュックを背負ったままの方が多いのです。観光の方などは特に点字ブロックがなぜ倍の広さになっているのかを気にしておられないのですが、そういう事情がございますのでご理解とご協力をお願いいたします。


鵜川医院に行くには伊勢原駅北口から伊勢原10系統大山ケーブル行きバスに乗り、12個目の明神前バス停で下車してください。目の前にあります。

2015/06/02

ダイナミクスの患者マスターの生年月日を西暦にするクエリ

SELECT 受診.受診日 AS [Date], Int([患者マスター]![カルテ番号]/10) AS PatientID, StrConv([フリガナ],4) AS PatientName, Format$([年号] & [生年] & "年" & [月] & "月" & [日] & "日","yyyymmdd") AS PatientBirthDate, IIf([性別コード]=1,"M","F") AS PatientSEX
FROM 患者マスター INNER JOIN 受診 ON 患者マスター.[カルテ番号] = 受診.[カルテ番号]
GROUP BY 受診.受診日, Int([患者マスター]![カルテ番号]/10), StrConv([フリガナ],4), Format$([年号] & [生年] & "年" & [月] & "月" & [日] & "日","yyyymmdd"), IIf([性別コード]=1,"M","F")
HAVING (((受診.受診日)>Now()-365))
ORDER BY 受診.受診日 DESC;

2015/05/10

常在細菌叢が人間のセロトニン分泌を調節する仕組み

消化管の話がCELLという雑誌に載ることは珍しいのですが、比較的理解しやすい抄録だったのでご報告。本文は長く(CELLの論文は読むのに本当に時間がかかります)まだ読んでいませんが、図表などに興味深く使えるものがあるので読む予定。

実は大腸のセロトニン(5-HT)レベルに注目したことはなく、私自身は小腸のセロトニンレベルに興味があり、それは常在細菌叢だけでなく圧変化などにも大いに影響を受けるという印象を持っていますがこれについても続報を待ちます。この研究は過敏性腸症候群(IBS)の理解のために重要となる可能性がありますし、autismや片頭痛などの研究へも影響を与えるかもしれません。
発表したのはカリフォルニア工科大学のHsiao Lab。 著者は全員若い(責任者まで含め30歳以下)気鋭の研究者達です。
ウェブサイトのセンス、図表の美しさも特筆すべきでしょう。



要点
腸の微生物が大腸と血液中の5-HTのレベルを調節
芽胞形成菌は、結腸5-HT生合成を促進する代謝産物を調節する
腸内細菌叢に依存する5-HTの変化は腸の蠕動および止血に大いに影響する
腸内細菌叢を変化させると5-HT関連疾患の症状を改善することができる可能性

抄録
消化管には、体内のセロトニン(5-hydroxytryptamine、5-HT)の多くが含まれていますが、消化管由来の5-HTの代謝を制御するメカニズムは不明である。この研究では、微生物が宿主5-HTの調節において重要な役割を果たしていることを実証する。マウスおよびヒト微生物において常在する芽胞形成菌(spore-forming bacteria、Sp)は、内腔、粘膜、循環血小板に5-HTを供給している結腸クロム親和性細胞(EC)から5-HT生合成を促進する。重要なことは、細菌叢に依存する腸5-HTへの作用は、宿主の生理機能、腸管蠕動調節、血小板機能に大きく影響していることである。我々はSpにより増加した糞便中の代謝産物が培養されたクロム親和性細胞内の5-HTを増加させることを見出した。これ腸内細菌叢からクロム親和性細胞への直接の代謝シグナリングの存在を意味する。これに加え、特定の微生物代謝産物の管腔濃度を上昇させると無菌マウスにおいて結腸と血液内の5-HTが上昇することを発見した。これらの知見は、Spが宿主5-HTの重要な調節因子であることを示し、基本的な5-HT関連物質の生体内産生の調節に宿主細菌叢の重要な役割を果たすと強調するものである。

2015/05/04

ナトリウムチャネルに関する思考実験

医者になってから20年の間、体内のナトリウムチャネルに関してなんら知識がなくても問題なく臨床が出来、しかしその姿勢を突き崩したのがシガテラ中毒でした。

シガトキシンとの出会いによってはじめてナトリウムチャネルを意識し、いくつかの考えを得るに至りましたから、その思考実験を記録として残すこととします。

ナトリウムチャネルの種類と関連する疾患

蛋白名遺伝子名発現部位関連する疾患
Nav1.1SCN1A中枢神経系, [末梢神経] 心筋細胞熱性けいれん, 全般てんかん熱性けいれんプラス, ドラベ症候群, West症候群, Doose症候群, ICEGTC, Panayiotopoulos症候群, 家族性片頭痛, 家族性自閉症, Rasmussens脳炎, Lennox-Gastaut症候群
Nav1.2SCN2A中枢神経系, 末梢神経遺伝性熱性けいれん/てんかん
Nav1.3SCN3A中枢神経系, 末梢神経 心筋細胞てんかん, 痛み
Nav1.4SCN4A骨格筋周期性四肢麻痺, 先天性パラミオトニア, カリウム惹起性ミオトニー症候群
Nav1.5SCN5A心筋細胞, 非感応性骨格筋, 中枢神経系, 消化管平滑筋細胞, カハールの介在細胞QT延長症候群, ブルガダ症候群, 突発性心室細動, 過敏性腸症候群
Nav1.6SCN8A中枢神経系,後根神経節,末梢神経, 心筋, グリア細胞てんかん
Nav1.7SCN9A後根神経節, 交感神経系, シュワン細胞, 神経内分泌細胞肢端紅痛症, PEPD(家族性直腸痛症候群), 無痛症, 線維筋痛症
Nav1.8SCN10A後根神経節痛み, 神経精神病
Nav1.9SCN11A後根神経節痛み
NaxSCN7A心筋, 子宮, 骨格筋, 星状細胞, 後根神経節未知

シガテラ毒による食中毒では、初期には下痢などの消化器症状が、次にドライアイス・センセーションと呼ばれる手の痛みが、そして強烈なだるさ、あるいは精神症状が出現します。

特異的なのがドライアイス・センセーションとされていますが、
水に手を触れるとまるで氷のように感じてしまい、痛くて手も洗えなくなる、というものです。

そのあとに出現する強烈なだるさ、人によってはうつのような精神症状が出現しますが、これは線維筋痛症や慢性疲労症候群と印象がオーバーラップします。

シガトキシンという毒素はきわめて大きな分子です。完全に生合成されたのはノーベル賞級の快挙とされています。想像するに大分子ですからナトリウムチャネルとの親和性が極めて高いうえに代謝されない、分解されない、ナトリウムと競合して再びそのチャネルから離れるまでに相当期間かかるだろうことは、症状としてのだるさが半年以上続く事があることから容易に想像が出来るのです。でもやがて治る事はわかっているのでそのように患者さんに説明し、慰めるのです。

さて、慢性疲労症候群ではシガテラ毒が多くの患者に検出されたという報告がありますが、これは彼らがシガテラ毒に侵されている事を示すのでしょうか?その後の研究で、シガテラとして検出されたのはカルジオリピンのフラグメントでありそうだ、という事がわかっているようです。カルジオリピンはミトコンドリアに存在するリン脂質の一種ですが、これが慢性疲労症候群患者では障害されている事が電子顕微鏡で見えるらしいのです。そしてもしかするとこのフラグメントはシガテラ毒同様に後根神経節を刺激したり中枢神経系で刺激をしてだるさの原因になるのかもしれません。ナトリウムチャネルを介して。

その他、表を見ていただくと色々な想像が出来るのではないでしょうか。医学生時代には習うことがなかったナトリウムチャネルですが、今後痛みやだるさの研究に、重要な位置を占めるのかもしれません。

ここまでで何を言ってるかわからない?上記の表から「ナトリウムチャネルは主に神経に存在し「抑制系」として機能している」と想像できるのです。すなわち、それが変異する事で抑制がかかりにくくなったために各種のけいれん、てんかんを生じているのではないか。(てんかんは脳内の回路がショートして過剰に興奮してしまう状態です。抑制がかからないと生じやすいのです。脳科学者がなにか閃いた時に脳がすごく興奮している!と喜んでいるのは間違いで、集中して考えるという事は抑制がしっかりとかかるという事であり、閃いたあとの脳の興奮は脱抑制の状態を見ているだけだと考えた方が正しいと思います。したがって脳の興奮状態を見る検査で、頭が良いとか悪いとか決めつけると全く逆の結論が出ると考えています)ナトリウムチャネルは正常の状態ではチャネルにナトリウムがついては代謝される、を繰り返しているのでしょう。ほんのわずかの量で刺激をすれば痛みを抑制するように働くし、長時間刺激すれば今度は痛みの抑制がかからずに辛い事になる、と解釈すれば良いのでしょう。

さて、このナトリウムチャネルを刺激する毒、と言えばトリカブト、アコニチンです。アコニチンは薬として使えば痛みをうまくコントロールする事が出来る。附子という名前で処方し、使います。線維筋痛症の痛みは附子を使う先生がおられるだろう、とか、シガテラ毒の症状は附子で競合阻害を生じさせれば早く緩和出来ないだろうか、とか想像が膨らまないでしょうか。

また全然知らなくていいのですが、"Mad Honey Disease"と呼ばれる、シャクナゲ属のハチミツによる食中毒があって、これはグラヤノトキシンという、同じくナトリウムチャネルを刺激する毒によるものです。

ベラトリジンという毒はユリ科から得られたもので、これも軟膏として使い痛み止めとして使われた、という事です。人間と言うのはなんと知恵のある動物なのでしょうか。ほとんどのものは、もうとっくの昔に試されている。

シガテラ毒についてはまだこのブログでは書いたことはありませんが、その発見の裏には実に示唆に富んだエピソード、ドラマがあります。数百年も前から伝えられてきた船乗りの言い伝えには、すでにシガテラ食中毒の予防法が示されていたのですから感心します。この話は面白いのでいつか誰かが本にするのではないでしょうか。

2015/05/03

気のせいじゃないか

医者が「気のせいじゃないか?」という場合があるようだ。

自分はその言葉は使わないんだけど単に好みの問題だ。

院長ほどの人物になると、

「気のせいじゃないか」

「なんだ気のせいだったのか!」

と患者がニコニコして帰るという小噺のような展開が院内では見られる。自分も達人になったらそういうやり取りをしたいものだとは思う。

ちなみに院長の「気のせい」とは、

「あなたの感覚の閾値がやや下がっているようだ、それは普段の生活とは違う生活から生じたように思われるがあなたと住んでいるわけじゃないからその詳細はわからない。しかし自分の診る限りは命を危険にさらしたりQOLに関与するものではなさそうであり、それを突き詰めることはかえってあなたの生活によろしくないから今日はあなたがいったん引き下がって下さいね」

という意味で使っているように思われる。そして患者は一瞬でそれを理解するのである。
それは今までの信頼の賜物、と言えるから皆さんも隣人とはそういうかかわりをしてほしい。

逆に私の場合には患者あるいは他人を隣人としては見ていなくて一期一会だと思っているから、上のようにくどくど説明するのである。私が良く診察室内で「あなたは二度と来なくてよい、というつもりで診ている」と言い患者が不審がる。これはこれで真摯な姿勢だと自分では思っているのだが。どちらの言葉をかけられるのが幸せなのかと言うと、人間としては前者じゃなかろうか、とは思う。



つまり「気のせいじゃないか」という言葉は、「気のせいだ、病気ではない」と決めつけているわけではない。情報が不足している、あるいは経過観察が必要であり患者からもっと情報を引き出したいときの言葉である。それを言葉通り受け取る人と言うのは、まだ人との関わり方がわかってない、という事になるのではなかろうか。

これは一方で、医者の「隣人さがし」の言葉でもある。この言葉が通用する患者は自分との相性が良いのだ。

2015/05/02

いろいろな胃カメラ

いろいろな胃カメラがあるので、みなさんそれぞれ自分に合うものを探してください。
ちなみに日本以外はほとんど鎮静剤を使います。

■細い内視鏡 6mmぐらい
 鎮静剤を使わないで8割の人が楽に検査を受けられる
 鎮静剤を使わないからすぐに帰れる
 ※鼻の穴が小さな人はだめ(女性の何割かは辛いでしょう)
 ※血液サラサラのお薬の人はだめ(鼻出血が起きると止めにくい)
 ※麻酔や血管収縮薬があわない人がいる
 ※鼻の穴の麻酔に結構時間がかかる
 →基本健康で、高齢じゃなくて、鼻の穴が小さくない人向け
 →画質は今進歩中である

 当院ではやりませんから、そういう希望の方は来ないようにして下さい

■中くらいの内視鏡8-10mmぐらい(鎮静剤なし)
 鎮静剤を使わないで半分ぐらいの人は我慢は出来る
 鎮静剤を使わないからすぐに帰れる
 →オエオエしない人向け
 →画質は十分である

■中くらいの内視鏡8-10mmぐらい(鎮静剤あり)
 9割の人が楽に検査を受けられる
 追加料金がかかるわけではない(数百円以下)
 ※鎮静剤を使うから時間がかかるしその日は車も運転できない
 ※鎮静剤があわない人がいる(ふらつく、気持ち悪いなど、1%くらい)
 ※鎮静剤の使い方は施設により全然違う
 →オエオエする人、不安が強い人向け
 →画質は十分すぎるほどである

 当院での内視鏡はこれで、鎮静剤の使い方は他と違い、
 アトロピン+ペンタゾシンor塩酸ペチジン+ジアゼパムorミダゾラム
 である。

■プロポフォールを使って完全に寝かせる
 やってる事がわからないくらい寝る
 ※麻酔科標榜医がいなければならない

 一部の病院でやっています
 プロポフォール高いし麻酔科標榜医が少ないから一般的な方法にはならないと思う
 自分でそういう病院を探せる情強向き

■太い内視鏡10mm-(鎮静剤あり)
 9割の人が楽に検査を受けられる
 追加料金は少しだけ(千円ぐらい)
 ※鎮静剤を使うから時間がかかるしその日は車も運転できない
 ※鎮静剤があわない人がいる(ふらつく、気持ち悪いなど、1%くらい)
 ※鎮静剤の使い方は施設により全然違う
 →画質が最高なので精密検査向き

 一部の大学病院や専門医が採用しています

バリエーションは無限にありますが、参考にして下さい。

2015/04/28

耳学問、見取り稽古、ハンズオン

エキスパートどうしで会話しているときには、耳学問には「関係ないと思っていた知識同士をつなげる」働きがあると良く感じているので非常に好んでいる。

しかし、知識のない相手(患者や学生)ではそうはいかず、そのために間違った知識をもったまま歪んだ意見を持つものも残念ながら多い。レメディーや、自然、天然、漢方、薬は嫌、検査は嫌、あるいは特定の医師の名前、そういったキーワードを話す人の中にはそういう芽があるのではないか、と警戒しながら話さねばならぬから面倒くさい。(実際には話すのはやめて筆談にしてしまう。聞き間違いは誤解の半分以下とわかってはいるのだけれど、それでもましだと思うから)

私自身は記憶力にどうも特別なものがあった(過去形)らしく、それは瞬間記憶ではないけれども、「その時に感じたほんの少しの矛盾を忘れない」と言った類の記憶力であったので学生時代の実習というのはまことに良く身についており、その時に指導医が話したひとつひとつの意味があとになって良くわかる、という事を経験したのであった。その中には少なからず自分の聞き間違いだったのだ、と思われることもあるのです。

私は医師になってから8年間、内視鏡は触らずにずっと見学(見取り稽古)だけをしていた。通常ならば自分でやってみたくて気が狂ってしまうのかもしれないけれども、幸い自分はそれほど内視鏡に愛着があるわけではなかったし、手先が器用なことに関しては自信があって持てばうまくなるのはわかっていたし、もともと体が弱くて体育などは見学することが多かったからそういう経験には慣れていてそれで良かったのだ。その裏に内視鏡黎明期の熱狂を幼少時(父と叔父が東大分院だから)に体験し、完全に「乗り遅れた」との自覚もあったためやや冷めていた部分もあるかもしれない。むろんその当時、ESDに熱狂していた先生方が今は内視鏡界をリードしているわけで、なるほど学問とはそういう熱い思いが根底に流れているべきだと思っている。つまり自分のように冷めた人間はクロニクラー(観察者、記録者)向きなのだろう。今もほぼ診断だけをしている。

見取り稽古の期間が長すぎたため、自分は「見ればわかるだろう」と思いが少し強すぎるようだ。例えばお腹にエコーを塗るときの始点は一定であり、場所も決まっているという事は2回見れば理解し、3回見れば確信するだろうと思うわけだ。私の場合には指導者の動作のうち、「ゆるがないもの」「ややぶれるもの」「まったく規則性のないもの」とを分類し、さらに指導者数人の動作を統合して何が大切なのか、を選択していく、という当たり前のやり方をする。なので自分を見学し、次にハンズオンで学生がどのように動いてくれるのか、というのは多少楽しみにしている。というのは自分の影響がどの程度あるか、で他の指導者のやり方が想像できるからだ。これは相手が優秀な生徒である場合にのみ通用する話だけれど。

8年の見取り稽古の結果良かった事は、学んだことを言葉にできる、という事である。良い解説が出来るからハンズオンにおいてはまあまあ良い指導をする。しかしながら、見取り稽古というのは自分で発見する楽しみがある。何もかも教わってしまって、発見の楽しみを学生から奪ってはならぬ、(だって自分で規則性を発見することこそ楽しいものだ)という思いから、最初からすべてを教えるという事はしない。理解のぶれ、が新しい発見や手技を産むこともあるからある程度あいまいにすべきだとも思う。

ハンズオンはラーニングカーブが急峻である。したがって知識を手技が追い越して危険に陥るということがしばしば生じるのが欠点である。見取り稽古が長かった自分は十分な医学的知識を身に着ける余裕があったとも言える。昨今、学生にせよ、研修医にせよ、「早く上手くなりたい」との思いを良く口にするようだけれど、患者さんの事を考えれば、必死で知識を身に着けなければ危険だ、という事に気付かねばならぬ。それこそ、自ら気付かねばならぬことである。

2015/04/14

IBS(過敏性腸症候群)

過敏性腸症候群を考える際に、患者さんひとりひとりに対して自分が持っている生理学、解剖学の知識を総動員して様々な因子がそれぞれどのように重ねあわさっているのかフーリエ変換を行うわけです。人間の頭脳は聴覚においてはフーリエ変換をアナログ回路で実現しているわけですから、こうした思考も当然可能なのではないか。したがってそこから導き出される処方は全員異なるというわけです。

精神的な因子が最も周波数が---

~周波数と言う言葉がおかしければ他の言葉を使いたいところですが思いつきません。このような病態に与える因子と言うのはリズムを持っている事が多いのです。だからフーリエ変換、という言葉を上で使っているのです。~

最も周波数が不安定です。これをコントロールして残りの因子を見えやすくするために海外ではまず抗うつ薬を使ってしまうという発想が出てきたのは全く不思議ではありません。実際効果があるのですから。しかし私の場合は精神的な因子を最後のほうに考えることにしています。これは海外とは真逆の発想だと言えると思いますが、別の方法で介入をしているので本質的には同じことをしている可能性はあります。

さて残りの因子はそれぞれの周波数を持っておりそれらはあまり極端に揺れ動くという事はないでしょう。

胆汁分泌とその成分の個人差
膵液分泌とその成分の個人差
小腸での水分のin/out
胃内pH
小腸各部分の腸内細菌とpH、粘性
大腸各部分の腸内細菌とpH、粘性
腸管リンパ球の構成や非特異的な炎症
C. difficile、原虫、寄生虫など病原性をもつ感染症*
胃・小腸・大腸それぞれでのペースメーカーの動作
胃・小腸・大腸それぞれの平滑筋の発達と柔軟性
部分的にペースメーカーに従わない部分の存在
物理的な屈曲や狭窄・憩室などの形態的因子*
腸内圧上昇とPeptide Y、セロトニンなどの腸管ホルモンの放出
胃・結腸反射とその強さの個人差
月経
アルコールやたばこなどの嗜好品
アレルギー
特異的な糖や油の消化障害
食事の薬理作用
血流障害の有無(漢方薬などによる静脈血栓症など*)
直腸の形態
匂いに対する過敏性
甲状腺など各種ホルモン分泌
室温・体温

*IBSの診断の前に除外されるべきだが除外しきれないものは当然ある

今ぱっと思い浮かぶのがこの位ですが、症状を分解していってそれぞれの因子がどのくらい関与するのかを想像し、シミュレーションをし、投薬をし、フィードバックを受け、精度を上げていく、というのが外来で行っている事です、難しく言えば。

2015/04/04

下痢・軟便が6ヶ月以上続くとき

だいたい全員にこういう感じで書いて説明します。シンプルで理解しやすいと思ってるんですが。


消化障害
-消化が出来ない
--慢性膵炎など、膵液が出ない
--胆道ディスキネジアなど、胆汁が出ない
--消化を邪魔するものを食べている
-吸収が出来ない
--短腸症候群のようなもの
--熱帯スプルーのようなもの
--つまり小腸に異常があるタイプ

蠕動亢進
-アルコールによる蠕動亢進
-他の副交感神経刺激による蠕動亢進(過敏性腸症候群を含む)
-甲状腺機能亢進症

腸内細菌叢の異常
-急性胃腸炎後
-抗生物質投与後

炎症
-大腸炎(特異的・非特異的)
--潰瘍性大腸炎やクローン、あるいは細菌性大腸炎、寄生虫
-憩室炎(大腸・小腸)
-毒

アレルギー
-セリアック・スプルー
-薬剤性(含サプリメント)
--collagenous colitis, microscopic colitis
-食事

通過障害
-腫瘍
-癒着障害


そしてこれらの鑑別診断から、一気に正解に近づくために最初に食後のエコーをしてみます。病院を渡り歩く人ほど準備が悪いのでたいてい食べて来院するのです。それを逆手に取ります。
食後エコーをしてみると、胃の動き、胆嚢の動き、膵臓の様子、大腸の様子、甲状腺の様子がすべてわかりますが、これは職人芸なので他の人に簡単に真似できるとは思いません。そもそも生理学の深い理解が必要です。これと病歴を組み合わせる事で、鑑別診断を大胆に絞っていくのが私の臨床のやり方です。わけわからないと思いますが。

絶食なら絶食で別のアプローチで鑑別をしていきます。

世の中で下痢型過敏性腸症候群と診断されている人は当然これらの病気を除外されてるはずなんです。でも実際にはどうなんでしょうね、という話です。

2015/03/17

胃弱

自分は胃弱という言葉が好きではないし、
消化の良いものが胃に良い、という考え方も好きではない。

患者さんには申し訳ないが、

ピロリ菌がいないきれいな粘膜で、びらんも何もない、
そういう人が「自分、胃が弱いんですよ」とアピールしていることが多分にあって、

その時に、「強いか弱いかで言ったら、あなたの胃はうんと強い」と否定してしまう。




胃弱、という言葉の捉え方、理解の仕方は人により違う。
まずはそれを聞き出すことが最初だ。




「どうして胃が弱いと表現するのか」と聞いてみる。

すると、
・脂っこいものを受け付けない
・すぐにお腹がいっぱいになる
・食べるとお腹が痛くなる
・食べたら下痢をする
・食欲が出ない

というような答えがあって多様だという事がわかる。



それらは
・胃酸が出すぎたり胃の動きが悪い
・胃の受け入れ反射が出にくい
・食べた直後に過蠕動が生じている
・食べた後の胃-結腸反射が過剰に起きている
・空腹感がない

などをそれぞれ示している。ピロリ菌がいない人は一様に胃酸が多いので、これは症状に修飾を加えている。




さて、我々(父と私)は、これに対して「消化の良いものを食べる」ことを絶対に推奨しない。


なぜならば、足が疲れた、と言って休んでいる人に、ず~~~~っと一生休んでいただいたらそのまま歩けなくなるからだ。しっかりと食べる、を基本としています。



ただし、「胃弱」と訴える人、特に私にではなく友人に自分が「胃弱」だと訴える人はそれがアイデンティティになっている事があるから、そっとしておきます。




胃弱だ胃弱だと言っている人の中には、クローン、ベーチェット、サルコイドーシス、アミロイドーシス、消化性潰瘍、セリアック・スプルー、microscopic colitis、食物アレルギー、慢性膵炎、胆道ディスキネジア、膵胆管合流異常症、胃癌などが隠れている場合が当然あって、内視鏡だけじゃわかりませんから、むしろ内視鏡だけじゃないクリニックにかかって欲しいです。

「専門医マニア」は長生きするのだろうか

患者さんが医者を選んで自由に受診することが本当に患者さんのためになっているのだろうかと疑問に感じることが毎日何度もあります。


頭はここ、甲状腺はここ、心臓はここで、胃腸は鵜川医院。


(じゃあ例えば風邪がひどくなったらどこに相談するの?近所に)


こんな受診あり得ないと自分なら思います。


考えてみてください。


クァルテットという演奏形態がありますが、あれは演奏者全員の息の合わせ方も大切でしょうし、暗にリーダーが決まっているのではないかと思います。全く知らない者同士が即興で演奏するのは楽しいでしょうが、医療が楽しいだけで良いのでしょうか?


患者さん自身が優れた指揮者であるならいざ知らず(見たことありません)、てんでばらばらの一流の演奏家を集めて一体何をしたいのか。


どうしても全体を見渡す指揮者、あるいはマネージャーのような働きをする人が必要じゃないでしょうか。


そもそも「専門医マニア」というのは、要求が高すぎる事が多いのです。なにか幻想を追い求めている。なのでそういう方々のマネジメントの担い手というのは実はなかなか現れないでしょう。結局のところ、幸せな最後を迎えられないのではないか、と危惧する。


お前は内視鏡だけやってりゃいいんだ的な事をはっきり仰る患者さんもおられるのですが、それならば内視鏡センターに勤めていると思います。患者さんによりよく介入したいわけで。


このブログの読者はGoogleさんによるとお若くて20-30歳代が多いから先に申し上げておきますが、「専門医マニア」は損をするだけですからやめておいた方が良い。なにか体調が不良だ、という場合には「プライマリケア」という考えがしっかりできて、それを実践している医師にかかるのが良いのです。ちょっとマニアックな医者の調べ方ですが、例えばプライマリケア学会の会員の先生を選ぶなどすると良いのではないでしょうか。


以下妄想


未来には、かかりつけ医という考え方も早々に消える可能性があります。今後日本のシステムはかなり変わっていくでしょう。自由に医師を選ぶことが出来なくなるかもしれません。しかしそれを嘆く必要はありません。
自分はICTに体調管理をある程度任せる時代になる準備がはじまっていると思います。体重、体温、加速度、脈拍、血圧、呼吸数、発汗、尿、場合によっては微弱な電流(心電図、脳波、筋電図など)、飲食したもの、アルコール、たばこ、こうしたログで精神疾患を含むほとんどの体の異変はチェックする事が可能です。


今までは医者にはかかる、という考えだったと思いますが、「必要時に介入してくる」という役割に変化してくる可能性があると思います。インターネットにおけるpush技術と似ています。


push技術が疎まれているのと同様に、そこには「管理される」という自由のなさがあって、代わりに危険ドラッグだとか、アルコール多飲やたばこのない未来があって、まるでSFみたいなのですが、おそらく「特区」みたいに、希望する人しない人が分かれていくのかもしれません。良く分かりませんが。

2015/03/15

SPICY TUNA ROLL SAKURA STYLE

唐突にレシピを書きますが、アカウントを乗っ取られたわけではありません。自分にとっては大切で当たり前な味がインターネットを探しても見当たらないという事が良くありますが、同意してくれる人を探そうというささやかな試みです。


アメリカと寿司

アメリカ人は「黒い食べ物」を忌避する傾向があります。キャビアやトリュフ、イカ墨スパゲティは非常に特殊な例外でそもそもほとんど食べません。日本では非常に一般的な海苔、すなわち Seaweed を食べる事に非常に抵抗を感じる人が多いのです。日本の子供は概して海苔が大好きで、おやつにも食べたりしますがそれを見ると「うへえ、まじかよ」とアメリカ人は必ず言います。アメリカの寿司が裏巻きになっていてご飯が表になっているのはそういう意味があります。黒を見せないためです。
しかし宗教が混ぜこぜになっているアメリカではシーフードはおもてなしの料理として大変便利であり、いろいろ食べ物に関する戒律の厳しいユダヤ人も気にせず食べられる寿司は逆に相当値段が張るだけに接待に使えるしヘルシーだし、という事で現在に至っています。
アメリカにはアメリカの食材を使った多様な寿司があり、楽しみがあります。ニューヨークロールというのは日本ではまず手に入らないキングサーモンの皮を香ばしく炙ってきゅうりやいりごまと共に巻いたものでそれはそれは美味しいものですが、食べられるお店は多くはないようです。

Spicy Tuna Roll Recipe
スパイシーツナロールは、カリフォルニアロールと同じぐらいポピュラーなアメリカンスタイル寿司のひとつです。甘い、辛い、酸っぱい、が一体となった味です。生の魚と調味料を直接混ぜてしまう手法は日本では「たたき」「なめろう」というような料理に見られますが、辛み成分として生姜と山葵は使われていても唐辛子は使われません。アメリカでは唐辛子のほうがむしろポピュラーな調味料ですからそのレシピの誕生も不思議ではありません。お店によって主に油脂(マヨネーズを含む)の量が違い、それが少なければ冷たく冴えた、多ければマイルドな味わいになります。一般に油脂を少なくする方が味の調節は難しく、高級な寿司店に行くほどごまかしの効かない冴えた味のそれが供されると考えると良いでしょう。
ミシガン州NOVIにあった桜レストランのレシピが好きで、それを今日はご紹介します。少し油は多めにしています。

Prep time(調理時間)
15 mins

Ingredients(材料)
まぐろ300g程度
シラチャーソース 大さじ2
マヨネーズ 大さじ1-2
とびこ 大さじ4
のり
ごはん
註:とびこの代わりにゴマ、ゴマ油、ネギを入れるレシピが一般的ですが、絶対とびこの方が美味しいです。

Instructions(作り方)
1)シラチャーソースを買います。なかなか売っていないのです。タイでもアメリカでも割合ポピュラーな調味料で、コチュジャンと味が似ています。もう少し軽快でピリッと辛みが効いた味です。ケチャップと混ぜるとシーフードのカクテルのソースになります。


2)キューピーマヨネーズを買います。アメリカにもキューピーマヨネーズのファンが一定数いるのですが、酸味が効いているからなのでしょうか。(日本では逆にアメリカのクリーミーなマヨネーズを懐かしむ人がいます。アメリカのマヨネーズはバターのかわりにサンドイッチによく使います)これは2015年バージョンの瓶です。未です。かわいいです。


3)とびこを用意します。非常に立派なとびこです。もっと粒が小さいほうがアメリカっぽいのですが。


4)まぐろはさいの目に切ります。妊婦の方は水銀の摂りすぎに注意が必要です。また最近養殖マグロで、養殖ヒラメ同様にクドアによる食中毒が発生しています。避けようがないので、妊婦さんは生の食材は肉も魚も避けなければならない、という事です。


5)材料をあわせます。


6)のりで巻いて完成です。ちょっとマヨネーズが多かったか。





アメリカンスタイルの寿司ではとびこが活躍します。アメリカでは今グルテンフリーの食事も流行しています。グルテンフリーとなると醤油もだめなのです。したがってこのような醤油を使わない寿司のレシピは非常に受けが良いのではないかと思います。(ただしとびこは醤油漬けになっているものがあって注意が必要だと思います

(キューピーマヨネーズが完全にグルテンフリーなのかどうかは調べられませんでした。他の多くのマヨネーズはグルテンフリーです)

たまり醤油は小麦を使っていないため、アメリカではかなりブームになっていると聞いています。

2015/03/08

大腸がん死は9割減らせる

便潜血検査がどうして寿命を延ばすかというと、

癌を診断しているからではなくて、ついでに見つかる大腸ポリープを切除して大腸がんを予防しているからだ、

とされています。むろんある程度の進行がんで見つかっても遅くはありませんが、知らずに予防されているという事です。

だったら便潜血検査の結果にかかわらず大腸内視鏡検査をすれば良いじゃないか、という話があるのは当然です。ところが面白いことに、大腸検査は受けたい人と受けたくない人が両極端で、医者としても困るのですね。そこでクリーブランドクリニックにおける大腸内視鏡検査を勧める文章を日本風にしてみました。


題して、

「大腸がん、七つの嘘」



1)「私は大腸がんにはならないと思う」


残念ながら大腸がんになる人のほとんどは明確なリスク因子のない人々です。大腸がある限り、あなたには大腸がんになる可能性があるのです。

2)「私はうんちで困ったことはないし、大腸がんではないと思う」


大腸がんのほとんどは大腸ポリープが成長したもので、大腸ポリープが症状を呈することはありません。ポリープは女性の15%、男性の25%に見つかります。大腸ポリープの切除は大腸がんを予防できることが証明されています。

3)「あの下剤はとても飲めない」


あなたが仰っている下剤が何のことかはわかりませんが、ご友人や世間から良くない、しかし根拠のない噂を聞いているのだとすれば残念です。下剤は極めてたくさんの種類がある上に進歩しており、また楽に飲める方法がたくさん開発されています。

4)「検査は信頼できないと聞いたことがある」


大腸検査は特に優れた医師に検査してもらわねばなりません。具体的には内視鏡専門医に受けるべきです。検査のQC(品質管理)を絶えず行っている医師を選ぶことです。(内視鏡専門医や、大腸肛門病学会専門医、あるいは自分の実績を公表している医師を選ぶ)

5)「大腸検査は痛いんでしょう?」


意識下鎮静により、99%の患者さんは痛みを感じません。むろんもっと深い鎮静を専門機関ではかけることすら可能です。日本は人口当たり、検査が上手な先生の数が圧倒的に世界一です。意識下鎮静をしない先生や、二酸化炭素内視鏡を導入していない先生がまだ多い事は残念ではあります。

6)「大腸検査は危険だ、穿孔が起きることもあるんでしょう?」


きちんとした医師の検査であれば穿孔は0.1%以下であり、出血は0.2%以下です。まずは上手な医師を探すことから、です。

7)「どうして私が大腸がんに?」


大腸がんが診断された患者さんの多くは、それが最初の大腸内視鏡検査です。だからまず最初の検査を勧めているのです。
50歳になったら大腸内視鏡検査をお受けになるのがよろしい。(異常なければその後は5ないし10年毎)
野菜やフルーツを食べ、太らないようにし、運動をし、喫煙しないことも大切です。





番外編

1)「私は定期的に大腸検査を受けていたのに大腸がんになってしまって悲しい」

残念ながら大腸がんの10%は大腸内視鏡検査で予防が出来ていません。現在は見落としが少なくなるような機器の開発が行われており、それらの人々をゼロに近づけるべく我々も努力しています。ただし十分な前処置が行われていない場合には1年後に再検査を受けるべきです。時折、前処置がおざなりな方(不真面目に検査を受ける患者さん)がおられますが、それは自分の体をいじめているのと同じことです。

2)「毎年検査を受けなさいと言われました」

特別な事情がない限りはもっと検査の間隔は開けて、ほかの患者さんが検査を受けられるようにしてあげるべきだと考えます。ところが日本では患者さんが上記のような例外を許さない、という風潮もあり医師側も例外に深く傷つく人が多いので欧米よりは頻回に検査が行われているというのが実情です。

3)「ポリープを残されてしまいました」

基本的に5mm以下のポリープは放置で構わないので安心してください。ただし欧米では検査間隔が5年10年、という事もあって、日本で行う検査の10倍ぐらいの値段ですが見つけたポリープを全部取る、という傾向があるのは事実です。しかし日本の医師のほうがはるかに沢山ポリープを見つけるのでどっちが良いとは言えません。日本でもそうした「トータルポリペクトミー」という考え方をする先生はおられます。

4)「大腸検査は儲かって良いですね」

わかってませんね。(溜息)アメリカの10分の1の費用で受けられるので海外からの患者さんも多いですし、風邪の診療の方が時間当たり稼げるってのが日本の保険診療の料金体系です。逆に高いとやぶ医者が増えると思うので、今安いのはしょうがないと思って上手い先生方はやってます。やむなく自由診療に移行してる先生も多いです。あるいは内視鏡しかしないセンター化です。何でも診られる医者なんてのは夢物語になりつつありますね。当院では採算性が悪い検査の一つです。

5)「鵜川医院は大腸検査をしないんですか?」

鵜川医院には鵜川医院の検査の限界があり、例えばポリペクトミー後の出血に対応できない場合があるなどの問題があります。(当院の患者は医者に気軽に相談する癖があるので出血していなくても結構電話がかかってきます。そういう対応に限界を感じているのは事実です)したがって当院で検査をして有益とは言えない患者さんには検査を上手な先生に紹介していますが、本来はその評価をし、適切な医療機関に紹介するべきは私の役目ではなくて、それぞれの患者さんの近所の主治医だというのが本音です。

6)「検査を受けてる受けてないで不公平じゃないですか」

その通り。アメリカでは例えば黒人に大腸がんが非常に多いわけですが、彼らが適切に大腸内視鏡検査を受けられないという社会的な問題があります。日本では40歳以上が本来は便潜血検査の対象者であるにも関わらず極めて受診率が低く、「見せかけの受診率を上げるため」に高齢者に集中的に便潜血検査を勧めたりする世代間の不平等が存在します。アメリカは受けたくても受けられない、日本は受けられるのに毛嫌いをする、そういう違いはありますがこの不平等を是正しないといけません。私も検査を人生で初めて受ける、という適齢期の患者さんには積極的に関与するようにしていますが、それは医療を平等にしたい、という思いからです。

7)「私は75を過ぎているからもう良いです」

そうした考えは尊重したいと考えます。むしろ75を過ぎているのに検査・検査と危険をかえりみずに検査を受けようとするほうが違和感を感じます。大腸内視鏡検査は抗凝固療法などがはじまって治療をするのに危険が伴うようになる「前」に終わらせておくべきじゃないか、とは思います。

8)「大腸内視鏡検査をしているのに、便潜血が引っかかったり、アミノインデックスで引っかかったり、腫瘍マーカーで引っかかったりする」

精密検査のあとにそういう精度の低い検査をお受けになるのは日本特有の問題で、その解決は学会などで行われるべきなんです。無駄な検査が増えるだけですので、本来は一律に健康診断が行われるべきではないと思います。将来の課題です。

2015/02/10

坐剤の研究

ふとしたことから坐剤に注意がいった。
オメプラゾールを坐剤として作るとものすごく効くとか、五苓散を坐剤にすると効くとか、そういう事は10年以上前から見聞きする。しかし見たことは、ない。
そもそも薬学部では坐剤の作り方を習うんだそうだ。全く儲からないのに作ってくれる薬剤師はさぞ心意気のある人なんだろう。アメリカでは薬剤師はロボットに取って代わられてしまう職業の筆頭に挙げられてしまっているが、心意気とはプログラミングと同じ意味であるように思われ、自らをプログラムし直すことが出来れば簡単には取って代わられる事はないと思う。内視鏡でも色々な自家調剤の製剤を使うからいつも薬剤師のみなさんにはお世話になっている。

さて試しにデータベースで「坐」で検索すると151しかない。ならばすべてを検証できそうだ。

ボルタレンサポは坐とついていないのでいまいましい。アデフロニックズポなどという、使ってくれるな、検索してくれるな、と主張しているような名前すらある。

ちなみにほとんどが坐剤、であって坐薬はプロクトセディル坐薬、ポステリザンF坐薬、テレミンソフト坐薬の三つしかない。これはクイズに使えそうなムダ知識だ。

鎮痛、あるいは鎮痛・解熱に使う系:発熱を下げよう、とか痛みを取ろう、という相手が乳幼児であって飲ませるよりも坐剤のほうが簡単である、といった理由であるとか、癌などの消耗性疾患で服用が困難であろう、とか、飲み薬よりは潰瘍が出来ないんじゃなかろうか(本当は大して変わらないと思うけれど)といった理由なのだろうと想像するけれども成分によって随分と参入するメーカーの数が違うものである。また命名のいい加減さというか、やっつけ加減が良い。
  • アセトアミノフェン:アルピニー坐剤、カロナール坐剤アフロギス坐剤アンヒバ坐剤、アセトアミノフェン坐剤、パラセタ坐剤
  • ジクロフェナク:ボルタレンサポ、ジクロフェナク坐剤、ボナフェック坐剤、ボラボミン坐剤、ベギータ坐剤、アデフロニックズポ、メリカット坐剤
  • インドメタシン:インテバン坐剤、インデラニック坐剤、インドメタシン坐剤、インメシン坐剤、ミカメタン坐剤
  • ケトプロフェン:エパテック坐剤、ケトプロフェン坐剤、レイナノン坐剤、メジェイド坐剤
  • ピロキシカム:バキソ坐剤、フェルデン坐剤、アフロギス坐剤、フェルデン坐剤
  • イブプロフェン:アネオール坐剤
  • 合成麻薬:レペタン坐剤
  • モルヒネ:アンペック坐剤
痙攣止め系:痙攣しているときには注射か坐薬じゃないと対応できないわけで、これも必然の帰結という気がする。
  • ジアゼパム:ダイアップ坐剤、お母さん必携の坐薬だろうと思う。後発品がなくて商品名が単一なのも良い感じである。アセトアミノフェンの乱立ぶりはよろしくない事だ。
  • 抱水クロラール:エスクレ坐剤
  • フェノバルビタール:ルピアール坐剤、ワコビタール坐剤
吐き気止め系:もっとあるだろうと思いきや、全然ないのが吐き気止めである。ドンペリドンは結構吸収が悪いために経口薬より容量が大きめ、と聞いた。メジャートランキライザーの坐薬なんてものはあっても良さそうであるけれども。基材が面白くて、マクロゴールが主体なのであるがこれは水溶性であり他の坐薬のように溶ける油ではない。したがって室温が高くとも十分に保存が可能だ。
潰瘍性大腸炎:直腸型潰瘍性大腸炎の坐薬は結構有用な薬だと思う。添加物の違いが実に面白いので書き出してみた。新しい薬は「ハードファット」みたいなテキトーな基材では作らないのか。
  • サラゾピリン坐剤(添加物:C12~C18の植物性飽和脂肪酸のトリグリセライドに、モノ及びジグリセライドを混合したもの、ポビドン)
  • ペンタサ坐剤(添加物:マクロゴール6000EP、ポビドン、タルク、ステアリン酸マグネシウム)
  • リンデロン坐剤(添加物:カルナウバロウ,ゴマ油,ゼラチン,グリセリン,水酸化ナトリウム,硫酸,ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油60,パラオキシ安息香酸エチル,パラオキシ安息香酸プロピル,ハードファット)
便秘の薬:市販のコーラックはビサコジルを口から飲ませるというちょっと恐ろしい製剤である。かつてはヒマシ油だって飲んだんだからしょうがないか。新レシカルボン坐剤は日本以外にあるのだろうか、極めて優れた特徴を持つリハビリ用製剤である。患者さんにその素晴らしさが伝わらないのは私の力不足に過ぎない。
痔の薬:一番うんざりしたのが痔の薬である。基材が重要だと思うんだけれど、これがかなり薬によって違うのだ。また長期投与が出来ないものが非常に多くてこれも困った。
  • ネリプロクト坐剤:ジフルコルトロン吉草酸エステル・リドカイン痔疾用坐剤であって、1993年に薬価収載である。それを追って2003年にネイサート坐剤、ネリコルト坐剤が、2006年ネリダロン坐剤が、2010年ネリザ坐剤が収載されている。ネリネリネリネリ煩いが、わかりやすいとも言える。先発であるネリプロクトが39.5円で他が22.5円かと思いきやテバ製薬(旧大洋薬品)のネリダロンのみ19.9円でありなんとなく「安定供給」という名のもとに決められる薬価の悲哀を感ずるのである。
  • プロクトセディル坐薬:1967年発売であるから、自分と同じ年齢である。痔の薬の帝王だろうか。そのわりにネリプロクトより安かったりするのだ。フラジオマイシンが入っていたりしてちょっと他とは違う雰囲気を醸し出している。
  • ヘルチミンS:材料にハッカ油とか書いてあってヒエ~~な感じがするけれど、1958年発売である。この薬価が19円台であり、歴史の割に値段は底辺であって、まるでアスピリンである。しかも発売は日本ジェネリック株式会社である。個人的にはビスマスを成分としているのが興味を引いた。
  • ポステリザンF坐薬:強力ポステリザン軟膏というやけに頭に残る名前を考え出した人はすごいと思うんだけれど成分がまたすごくて「大腸死菌浮遊液+ステロイド」である。なんかまるでラッピング療法の創傷治癒を予言したかのような成分であるけれどドイツのドクトル・カーデ製薬会社協力っていうのだから、伝統的な治療方法のはずである。先行した強力ポステリザン軟膏は1965年の発売。なるほどインタビューフォームを読むと1922年には原理が見いだされてドイツで発売され、1957年にステロイドを加えて「強力」としたんだということ。それをマルホが輸入して販売ですか。勉強になります。みなさんポステリザン(Posterisan® forte)はドイツ語風に発音ですよ!!
  • ボラザG:トリベノシド+リドカイン、トリベノシドはヘモクロンという飲み薬の成分ですね。これだけはステロイド含有じゃないです。でもリドカイン要らなくないか?とも思うんですよね。
  • ロートエキス・タンニン坐剤「サトウ」:もう発売していないんですけれどね、でもね、飲めば下痢止めが痔の薬ですよ!知らなかったなあ。
ユニーク系
註:ある程度リンクを貼りましたが、興味のある方は「薬品名 pmda」で検索し、左下のインタビューフォームのリンクをクリックすれば良いです。

坐薬の基材にもいろいろあるのがわかります。ハードファット、ウイテブソール、硬化油、グリセリン脂肪酸エステル、マクロゴールなどなど。冷所保存となっているもののほうが基本的には溶けやすく、挿入も痛がりません。シンプルにハードファット、っていうのとめったやたらと色々入っているものの違いなども考えてみると面白いかもしれませんが面倒で考えていません。

舌下ですとか肛門からの投与は門脈を回避できるのでいろいろ便利な場合があります。院内で作りたい場合にはウイテブソールでいろいろな硬さのものが売っているのでそれを用いれば良いことがわかります。

特許を見ていたら面白い第一三共製薬の特許がありました。平成20年の特許5279343号です。
これの途中に彼らが想定する痔関連の坐薬の成分がすべて網羅的に書いてあって参考になります。

消えていった坐薬たち
データベースを少しいじって、消えていった坐薬たちを検索した。かいつまんで名前のみご紹介しようと思う。
アテネメン坐剤、アナバン坐剤、アニルーメ坐剤、インデラポロン坐剤、オルサポス坐剤、カルジール小児用坐剤、テオカルチン坐剤、ヘモジャスト坐剤、ヘモリサット坐剤、ボルマゲン坐剤。
全くのムダ知識である。

2015/01/23

第25回日本疫学会で発表してきました。

名古屋で行われた第25回日本疫学会で発表してきました。休診にして済みませんでした。
疫学、という学問はどのような因子が我々の生活に影響を与えるかを緻密に考える学問で、医学のみならず、福祉、教育などあらゆる分野に大きな影響を及ぼします。
そのために正確なデータの収集、解析方法の開発の他、大規模なデータの蓄積とその利用が行われています。
医学分野ではこの1年、倫理指針を大きく逸脱した、恥ずかしくも厭わしいいくつかの臨床試験の不正が明らかになり、世間を騒がせています。

さて、私が今回学会に発表するに至った理由はいくつかありますが、
1)医学領域のデータベースのテーブル構造について詳しい医者は珍しいようだ。そのためコンサルティングのようなことをするわけですが、データを集めたい企業の人々や臨床研究をしたい先生方と話すうちに電子カルテのデータの蓄積方法について深く考える機会が多かった。私のようにこうしたデータ処理に詳しい人材は臨床家では稀だけれども、我々が使っている電子カルテダイナミクスのユーザーを見ていると、ユニークなデータ利用を積極的に行っている方々が多く、そうした人々と疫学を専門にされる人々とを結びつけることが出来たら面白い化学反応が起きるのではないか。
2)この時代に研究をしようとすると倫理指針の勉強を避けて通ることは出来ない。医療と福祉の研究はその捉え方は異なるので両方について知っておく必要がある。


もうひとつ、データを利用する側の先生方は、今までは臨床研究や疫学研究をデザインする、あるいはすでにある大規模データを利用して何か因果関係がないかどうかを調べることには慣れていても、今世界で熾烈に覇権争いが行われているEMR(電子的な医療データ)の直接利用には慣れていないので、どのような利用方法があるかを提示しておくことも重要だと考えます。


電子カルテダイナミクスは、「電子カルテの教科書」と言えると思う。実に平易なデータ構造は、ほかにどのようなEMRのデータを見ようとも、それにたじろがないで済む基本的な知識を与えてくれるという点で実に素晴らしいソフトです。という点で私は「ダイナミクス推し」ですから、利益相反にはダイナミクスを入れておきました。少し笑いが出ていました。共同演者はそうそうたる面々です。


さて、日本の医療についていろいろご批判もあろうかと思いますが、「データ収集」という意味で2009年からの5年間の医療データは世界の宝であろうと考えます。かつては(そして今でも一部に残っていますが)まるめ診療というのが大々的に行われていた時代があって、老人にどのような薬が出されていたのか請求書上では一切わからないとか、あるいは200円ルールだとかいうもので、処方がわからない、というような時代があったのです。コスト優先で近い将来また違う意味でのまるめ診療が導入される可能性は当然あるのですが、少なくともそれまでの間はcommon diseaseあるいは生活習慣病でどのような診療が行われているのかを世界が日本をお手本に勉強するチャンスがあるのでは、と思っています。これはアメリカやヨーロッパの先生方と医療データの話をするときにいつも思う事です。代替医療が良くないのは、すべてのログを残さずに「このやり方が良いよ」と主張し、検証を拒否している事でしょう。


ダイナミクスのデータについて話す前に、NDBについてですが、大学の研究者の先生は一定の手続きのもとに2009年以後のレセプト情報を手に入れることが可能です。そしてそれらを使うと今までは出来なかった横断研究も可能になる可能性が出てきます。例えば歯科と医科。
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000025pcd-att/2r98520000026241.pdf
に概要は記載されています。


NDBは観察研究、および個人情報は消されている、ということで患者の同意は必ずしも必要ないと解釈されています。反面かなりの情報が消されています。例えば症状詳記、非コード化病名はわかりません。


なるほど現代的だなと思ったのは、データは圧縮されたままだという事です。「木構造」などというものを数年間に私も勉強しました。圧縮されたままでデータ処理は出来るのです。ものすごいデータ量になるのでしょうね。そうなるとGoogleに就職できるぐらいのスキルが必要になりそうです。だからNDBはあっても一向に研究が出てこないのでしょう。つまり、現時点ではNDBから「この条件でデータをください」とお願いする部分にスキルが必要なんじゃないか、と思います。(この条件ならデータが1GBぐらいでおさまるんじゃないか、などと推測するには我々のような臨床医の勘が必要じゃないか、と思います)一人当たり何バイトになりそうか、などは実際にレセプトを作っている我々じゃないとその勘所がわからないからです。協力してほしいときは言ってほしいと思います。


さて、まったく個人情報が消されているかというとそうではなくて、他病院にかかっている患者さんが追跡できるように、あるいは保険が変わっても追跡できるように、2種類のハッシュ情報が含まれています。ソルト処理をどうしているのか興味深いです。これはダイナミクスで単一の医院内でいろいろ処理するよりも優れていると思います。


どんな電子カルテでも、頭書き、血液検査結果、処方、検査オーダー、手術・処置の情報が格納されている、という点では変わりません。高速に処理するためにはしかしデータ構造そのものがオープンになっていたほうが良いのは言うまでもありません。しかしどのデータも正規化されていないことに注意が必要で、統計処理しやすくするためには演算処理がかなり入ることになります。この部分で苦労している人々に「もっと簡単に出来るじゃん」と茶々を入れるのが自分の仕事、という事になります。


さて、疫学研究では例えば高層階に住んでいるかどうか、街道沿いに住んでいるかなどの住所の情報が必要になる場合があります。それらはNDBに含まれていないので、電子カルテ、あるはレセコンのデータが必要になるでしょう。固定電話なのか、携帯電話なのか、といった情報も患者背景をある程度推測させます。最近引っ越してきた人は固定電話を持っていない人が多いです。あるいは高齢者がいない世帯ではそうです。患者が来院する曜日、時間も疾患によって偏りがあったりします。例えば休み明けには案外重症者が我慢して待っていたりします。我慢しちゃう人はどういう人?というような研究だって可能かもしれません。(コンビニ受診と逆のことをする人々です)他には自賠責・労災の研究はNDBではできませんし、自費診療の研究も出来ません。歯科ではインプラントが自費ですが、これらは長期の予後が検証できない可能性があって非常に危惧しています。


最後に今までデータ処理の相談にかかわってきて一番思っていることであり、マイクロソフトやインテルやグーグルやIBMが血道を上げている部分が、「医療データを正規化する」という事でしょう。例を上に示しました。欧米はディクテーションの世界なので案外うまくいくかもしれません。日本ではだめでしょう。
ダイナミクスにもそのような取り組みはあるのですが、データの入力が義務化されているわけではないのです。そのハードルを飛び越えるための取り組みは今はじまっていて、それが我々が作った電子お薬手帳です。患者さんとの情報のやり取りを細かく行いながら正しいデータを収集していく取り組みは不可欠で、それを営利目的の企業にしていただく事には反対します。

アジアの国々の健康管理に、日本の医療モデルが役立ちますように。