2013/06/22

こういう雑談をします

内視鏡の説明の時に、魅力的な雑談をするのが医者の芸であり、患者さんのバックグラウンドを知っている故に占い師の領域を完全に侵してしまう事となります。申し訳ないとは思うのですが一種の特権ですのでお許し頂きたいと思う。

そしてこの写真を見ていただきたい。



いつも内視鏡をするときにはこのように声帯を見ながら挿入していきます。
患者さんは苦しいかって?
いえいえ、患者さんの意識はありますが、きちんと麻酔がかかっているから苦しくはないのです。

そしてあとで写真をみせつつご説明しますが、
内視鏡でこの声帯を見た時に私は、
「あなたは歌が上手いはず」
という。

これは占い師の話法です。

「いいえ、私は歌いません」あるいは「歌が下手なのです」と答えられれば、
「魅力的な声が出るはずなのに勿体無い」と答えれば良いのです。
でも、悪い気はしないでしょう?

歌が好きな方ならば大喜びするに違いありません。

私が「歌が上手いはず」と言うのはしかし根拠のないおべんちゃらではないのです。
ある程度の確信をもって私は「あなたは歌が上手なのではないか」と言う。
それはなぜなのでしょうか。

いろいろな職業の方の検査をしますが、その中にはプロ歌手も含まれます。
そして彼らの声帯は実に立派だなあとある日気づいたのです。

以後、歌が好きかどうかを患者さんから聞き、声帯の所見とあわせみると以下のような印象を持つに至りました。

1)ある程度の年齢になっても声帯が萎縮してこない人がいる。
2)タバコはもちろんアウトだが、声を出す職業の人の中にはかなり萎縮している人が多い。
3)しかしプロ歌手はボイストレーニングをつんでいるおかげか、萎縮していない人がほとんどだ。
4)ボイストレーニングとはいったいなんなんだ。少なくとも声帯を酷使せずに大きな声を出すトレーニングのようだ。
5)声の高い、低いはある程度声帯の長さに左右されるらしい。
6)しかし、声帯を強い力で閉じることが出来る人は高い声が出せるようだ。

ある程度の内視鏡経験でわかったことは、ボイストレーニングは重要らしい、という事でした。

たまたま歌が好きな人でありますと、そこから話が広がっていきます。
医者という芸事の面白さは、そうした一瞬にあります。

2013/06/09

小腸に常在菌はいるのか?

学生時代、小腸には常在菌はいないような事を習った記憶があるため、小腸の常在菌云々を最近になって突然言われてもどうも釈然としません。

疑問:常在菌がいるならば小腸ガスが全員にないのはおかしい。

小腸内には多量の糖分が存在するので常在菌がいるときには相当の発酵が生じガスが発生してしかるべきです。たとえ小腸に絨毛がいかに発達していようとも、二酸化炭素以外のガスが発生すれば、例えばメタンや水素が発生すればそれがレントゲン等で見えるはずです。

ただし、少しイレウス気味になっただけで小腸ガスが発生するところを見ると、少量の常在菌は当然のことながらいるのでしょう。

疑問:おそらく、微量の常在菌が存在するのであろう。では常在菌の恒常性はどのように保たれるのだろうか。

小腸内を食事はダイナミックに通過していくので、常在菌が住み着くとすれば絨毛の合間に付着する、という程度のものなのでしょう。そして濃い胆汁酸や膵液の存在下で生存が可能な仕組みがあるのに違いありません。そのような種類の菌は限定されているのでしょう。

疑問:なぜ小腸の常在菌が重要なのか。

経験的に、家畜に抗生物質を投与すると太ることが知られています。家畜に抗生物質を投与するのは感染防御のためというよりは、むしろ商品価値を高めるためのものと解釈しています。炎症性腸疾患や小腸憩室のような慢性の炎症があると、痩せていても脂肪肝になることがわかっています。このように、ある種の腸内細菌はメタボを抑制しているらしく、逆にその細菌が住みにくい、悪玉菌が多いような状況ではメタボは進行する、といった事がわかっていましたが最近徐々に証明されています。

何に気を付けなければならないか。

小腸の常在菌には未解明の問題が多いため、嘘をついてもなかなか見破りにくいという問題があります。免疫療法の黎明期がそうであったように、粗悪な医療は医療の発展を阻害しかねません。常在菌についてわかったことを言うような人がいたら気を付けましょう。

当院では何を気を付けてきたか。

例えばPPIでの心血管イベントの増加が、果たしてチトクロームP450のみで解決できるのか。ここまで読んで勘の良い方ならば私の考えていることは理解できるでしょう。私の考えが浅はかであれば是非指摘してほしい。
日頃の臨床での投薬は患者さんの全身状態を深く深く考えるところからスタートします。

2013/06/07

「教科書的な知識」とメタ化

メタ化:この言葉を良く私はブログで使用します。物事を事実ではなく、抽象的に理解する事を「メタ化」と呼んでいます。「○○は身体に良い」と言うような知識をメタ知識、と呼びます。





「その知識は常識だ」
「それは教科書的な知識だ」

と、教える側が言ってしまう場合があると思うのですが、
それを自ら戒めるべきなのではないか、と実習に来た学生さんに話していたのです。

「胸部レントゲンをどう読む?」
と質問をしたときに彼が答えられなかったのでそういう話になったのです。

学生さんには私が習った胸部レントゲンのEDBCAを説明しました。
あるいは他のソースに「胸部レントゲンのABC」というものもあります。
どちらも覚えやすいのでたまに小ネタとして話します。
(撮影条件をまずは語るべきですが)

「人に教えやすい」ということこそメタ知識の特徴です。マスコミはメタ化を利用して意図的に視聴者をコントロールさえできます。
すぐれた教科書は網羅的であるか、あるいは上手に知識がメタ化されているのが特徴だと考えています。
英語で書かれた教科書は私のような非ネイティブでもわかりやすい良い本が多いと感じますがその理由のひとつとしてメタ化がうまいのではないか。
読者が多いので当然なのでしょうけれど、非常に役立つ(人にも教えやすい)知識が多いから、英語の教科書(あるいはその訳本)は是非参考にして欲しい、と彼には申し上げました。

胸部レントゲンのEDBCAは「周囲から写真を読むこと」という概念が貫かれている良い読み方だと個人的には思います。実は胃や食道の所見も「周囲から読む」のが誤診をしない基本です。

Extra thoracic(胸郭外を読む、骨軟部組織、腹部頸部などもここに含みます)
Diaphragm
Central shadow(縦隔と心臓を含みます)
Bronchus
Airway

というのが私が習った胸部レントゲンの"EDBCA"です。習ったのが学生時代ですからずいぶん長い間忘れずに頭に留まっている良いメタ知識だと思います。

他にインターネットで見つけたABCには、

Airway
Bone
Cardiac
Diaphragm
E&F-equal (lung) fields
Gastric bubble
Hilum (and mediastinum)

Airway (midline, patent)
Bones (eg, fractures, lytic lesions)
Cardiac silhouette size
Diaphragm (eg, flat or elevated hemidiaphragm)
Edges (borders) of the heart (to rule out lingular and left middle lobe pneumonia or infiltrates)
Fields (lung fields well inflated; no effusions, infiltrates, or nodules noted)
Gastric bubble (present, obscured, absent)
Hilum (nodes, masses)
Instrumentation (eg, lines, tubes)

というものがありました。日本人には少し量が多いかも知れないな、と感じます。
でも参考にはなりますね。

医師の知識は他の職業における知識とは性格が異なるかも知れません。弟子に教え伝えることがすべての医師の義務であるとヒポクラテスの誓いに記されている事からわかるように、「教科書を読んでおけ」と言うような教育の形態はおそらく正しくはない。教える側には教科書的な知識のメタ化および、それまで自分が積み上げてきた知識から得られたメタ知識を弟子に伝えることが求められるのではあるまいか。一方教えられたことをただ実行するだけの能力の持ち主では医師は務まりません。「教えてくれ」というような態度の学生はすでにその条件を満たしてはいませんから、学生にも相当の努力が求められるでしょう。そして新たなメタ知識を獲得していくべきなのです。

と言うような事を話しました。

その(知識のメタ化の)練習は「勉強会」なのであろう、と話しました。医学において「勉強する」事は将来「教える」事をすでに要求されています。勉強としては非常にハードルが高いけれども、人に教えるつもりで勉強する(メタ化する)と知識が身につくし、逆に友人からメタ知識を教えてもらう事によって膨大な領域の知識を効率よく吸収することが出来る。

自分が将来開業などをするとすべての知識が要求されるが、ちゃんと出来るかどうかが心配だ、と学生さんは言いましたけれども、今自分が診療しているすべての知識は専門分野をのぞけば学生時代に身につけてしまったもので、それが通用しているのだから心配することはないのです。



学生さんには、「是非後輩に伝えて欲しい優れたメタ知識」を伝えたい。そのひとつは胃粘膜萎縮の木村・竹本分類です。

科学的な思考には、ときにメタ知識は邪魔になってしまう事がありますが、メタ化の練習をしておくことで、「これはつかえる」「これはつかえない」と判断することが出来るようになるはずです。医学の勉強とはそういうものだし、それが出来ると勉強はずいぶん効率的になります。(以前、法律家に聞いた司法試験の勉強の仕方も全く同じでした。記憶力ではないそうです)


2013/06/04

質問や説明に妨げとなる思い込みについて

外来では患者さんの思い込み、先入観がしばしば医療の妨げになります。

代表的な、毎日出会う先入観としては、以下のものがあります。

1)今までずっと大丈夫だったのだから、今度も大丈夫だ。
 サプリメントや薬の副作用、食べ物のアレルギーを突き止めるための問診を邪魔します。
 長く飲んでいるから大丈夫だ、いつもは平気だから大丈夫だという思い込みは間違いです。

2)他の人が大丈夫なのだからそれは原因ではない。
 同じものを食べた人は大丈夫だから食事が原因ではないはずだと決めつけて内容を全然話してくれないことがしばしばです。




会話というのは、シリアル(連続的)に情報をやり取りするコミュニケーションですから、順番に一定の重みづけをしてしまう傾向があることを否定は出来ません。
しかしある程度複雑な情報を収集するためには、一度情報を受け取って頭の中で整理しなおさねば正しい理解はできません。頭の良い人と会話をしていると、数分前の会話を引用しながらの複雑なものになります。それによって深いコミュニケーションが出来るのですが、普通はそうはいきません。したがって図を使ったりしてコミュニケーションの助けとするのが普通です。

こうした反応をする人々は、普段複雑なコミュニケーションには不慣れなのかもしれません。そこで自分で重要だと思う事だけを話そうとしてしまう。しかしそれでは正確な情報は収集しにくいのです。

そこでこうした工夫をします。

全く脈絡のない順番で質問していくのです。アルコールを飲みますか、という質問を前の方にしてしまうとそれが原因だと医者が考えているのだと勘違いして、「私は飲みません!」などと怒り出す人さえいるので気を付けたほうが良いのです。普段は朝何時ごろ起きますか?通勤は電車ですか?など当たりさわりのない質問をしてみたり、昨日の食事はなんですか?と聞くかわりに、一昨日何か食べたか思い出せますか?などと記憶力クイズのような質問の仕方をしたりです。





医師が先入観をもって質問しているのではないか、と思われてしまう事は避けたいのです。
そして情報にフィルターをかけてしまう患者さんほど、そう思う傾向は強いと感じます。
面倒なコミュニケーションスキルなのですが、普段の外来で気を付けていることの一つです。