2010/05/21

消化剤を使う局面

消化剤が何をするかというと、食べ物を消化します。当たり前ですが。

例えば糖尿病があるときに、
消化剤は血糖を低下させる場合がある、
と聞いたらどう思いますか。

アルバイトで糖尿病外来をしていたときに、
患者さんを400-500人診ていたと思うんですが、
(ちなみに私は糖尿病の事は、教科書は読みましたけれど、
実際の臨床はできません。医者不足のピンチヒッターとして
診ていただけです。糖尿病には専門スタッフが多数必要ですから、
当院では糖尿病診療は行いません)
糖尿病性神経症がある人の血糖コントロールがずいぶんと
難しいなと思ったのです。それは胃の排泄障害だと思うんですが。

食事を食べてもスムーズに消化されない。
血糖降下剤を飲んでいる、ないしはインスリンを注射しても、しばらく食事が胃にとどまったり、あるいは大量に小腸に流れ込んだりする。
低血糖と、反応性高血糖を繰り返してしまい、とても血糖が不安定になるのです。

それで当時は、モチリンというホルモンと同等の働きをする
エリスロマイシンを使って胃を動かすとか、
三環系抗うつ薬を使うと良いなどの報告があったのですが、
使うには少し抵抗がありますよね。保険適応もないし。

そこで患者さんに消化剤を投与してみました。
これならば保険適応もあります。消化不良症ですから、明らかに。

入院していただいて一日中モニタリングしたわけではないのですが、
低血糖発作は減るし、ヘモグロビンA1cは改善するし、
全く無効という人もおりますが、使ってみた印象としては良かったです。

考えてみれば、
糖尿病の場合は慢性膵炎が背景に存在することもあって、
それに対しても有効なのでしょう。

消化剤は、胃内で食物を分解するので糖尿病性神経症があっても消化スピードが安定し、その結果良好な血糖コントロールを得やすくなった、という報告をするほどには私は熱心ではなかったです。

モチリンと言えば、グレリンが思い出されます。
食欲がない、食欲がない、と言ってる人の中には、胃の萎縮が木村分類のO-3の人がおられますが、グレリンが分泌されていないのかしら、などと考えます。

消化剤には他にガスを減らす効果もありますが、逆に刺激が少なくなって便秘を訴える場合もあります。総合的に考えてから投与するのが吉。

消化剤にもいろいろな味、剤型があって、それらを使い分けることも大切です。

消化器の薬というのは、味と剤型は大切だと考えています。いろいろなバラエティがあった方がうれしい。私が先発品を開発するメーカーでしたら、錠剤の形を星型にしたりして、ジェネリック薬品へ流れるのを防げないかなあなんて考えたりしますし、私がジェネリック薬品のメーカーでしたら、なんとしても飲みやすく、間違えにくい薬の開発に血道をあげると思います。

2010/05/13

がん告知の時に、開業医として気をつけている事

当院では年間100例程度のがん(大腸・胃・食道・甲状腺・乳・膵臓・肝臓・胆管・胆嚢・腎臓・膀胱など種々の)を診断しますが、全員に告知するわけではなく、病院の先生にお任せすることも多くあります。がんと確定できない場合が多いからです。
ただ、告知しない場合でもその後を考えて配慮をせねばならないと考えています。

国立がんセンターには、がん告知マニュアルが公開されています。<参照リンク>

当たり前すぎるのか、<がんの告知の目的>が漠然としているように思います。
私が理解するがんの告知とはすなわち、患者さんが種々の先入観を乗り越えて正しい知識を獲得し、病気を理解する第一歩を手助けするものであり、極論すればノイローゼにならぬように上手に病気の事を伝える行為、です。

ここで、がん告知マニュアルに対応して、我々開業医ができることは何か、を書いておこうと思います。

まず、マニュアルには「初診から治療開始までできるだけ同じ医師が担当」と書いてあります。
我々開業医は、病院に紹介するときにおそらくこの先生が治療して下さるだろうという予測をして紹介状を書くべきです。
大変困るのは、病院がそういうシステムではなく、大学病院に多いのですが初診医だけが違うという場合がかなりあることです。そこで患者さんには、(紹介先の病院によって説明は変えますが)二回目に受診なさるのが専門の先生だと思いますよ、と伝える事も多くあります。時々病院の初診医の意見に患者さんが戸惑うこともあります。その時には我々がサポートにまわり、患者さんが持つあらゆる疑問を適確に次の医師に伝えられるように援助したり、あるいは直接我々が疑問に答えたりします。

「初対面の時から一貫して真実を述べることを心がける」と書いてあります。失敗例を述べます。例えばあるがん専門病院で、我々が「胃がんのうたがい」と紹介したのを、写真を一見して「悪性リンパ腫」と患者さんには説明したという事がありました。組織検査の結果、それは大変珍しいタイプの胃がんで悪性リンパ腫ではなかったのです。それがきっかけで患者さんとの信頼関係が崩れてしまい転院してしまったという事がありました。経験が豊富な専門医であるほど推測を事実として話してしまいかねない、自分でも陥る可能性がる失敗で気を引き締めたという事がありました。先入観でものを言ってはなりません。また患者さんの受け取り方はそれぞれです。事実を伝えるにせよ、患者さんの性格、知識、状態を考慮すべきであることは言うまでもありません。その点で開業医はできることが多くあります。背景をよく知っているからこそ、できる配慮があるからです。

他院での告知でショックを受ける場合もあるでしょうから、紹介状を書いたらそれで終わりではなく、「何かあったら相談するように」と伝えるようにしています。患者さんが受けたショックが単に勘違いであることもよくあります。開業医の役割は大きいと感じています。

「患者は医師に対して遠慮があり、場合によっては恐れを抱くこともある」とあるのはその通りだと思います。だからこそ我々開業医の活躍の場があります。友達の友達はみな友達だ、とタモリさんも仰ってます。我々のところに親しい先生方から紹介された患者さん達は、非常にリラックスされています。私が紹介する先生方も、なるべく普段から知っている先生方を紹介するようにしています。むろん何度も紹介しているうちにお知り合いになった先生方も多くおられます。治療方針がつかめている、腕がわかっている、そうと知ってか患者さんも安心しています。ご近所の先生方におかかりの患者さん達の診断をすることも多いわけですけれど、こうしたときにも患者さんと医師とが確実に結びついているという安心感からか、非常にコミュニケーションがスムーズに行えます。つながりは、いつもとても大切です。ただし、患者さんの中にはリラックスしすぎているか、勘違いして自分の状態を報告せず、「わかってくれているはずだ」などと言ってふんぞりかえっている人がおりますが、これはコミュニケーション力が足りません。あくまでもつながりは心理的な事でありまして、実際の病状や情報に関してはご本人が理解していないことには始まりません。

さて、今日の本題なのですけれど、これが極めて重要なことであります。

「症状とがん」ということについてです。
実は、進行がんの一部を除けば、がんには症状はありません。

症状があって我々の医院を受診し、あるいは紹介されて受診した場合に検査をして、がんらしきものが見つかったとします。この時に、「症状があって受診して、がんらしきものが見つかったのだけれどこれは全くの偶然であり、実は症状とがんは関係ないことなのだ」という事を上手に説明すべきです。

「胃がチクチクした」と言って受診され、幸い早期がんがあった。その時、上の説明がなければどうでしょう。
治療でせっかく治ったのに、あとになって「胃がチクチクしたので再発したのではないか」と心配するのです。

100%治るがんの時は告知は適当でいいのか?いいえ、そんなことは絶対にありません。
100%治るからこそ、がんノイローゼになったときにご本人は大変不幸です。

告知というと、進行がんの告知ばかりイメージするかもしれません。実際がん専門病院で行われる告知は治療を前向きに行っていくための大切な第一歩だと思います。しかし、世の中には大して治療が必要ないがんも相当数あるわけで、その時に「症状とがんは関係ないよ」と説明するだけでずいぶんとノイローゼの人が減るように思うのですが、どうでしょう。

当院はがんサバイバーの方が多く受診なさっておられ、みなさんの普段の心配事を拝聴する機会が多いのですが、こういう感想を持っています。前回ののどの違和感の話もそうですが、「どうして痛みなどの症状が出たのか」を上手に説明すると、このような迷いは減るように思います。むろんおまじない的な説明も多いわけですが、おまじないが切れたらまた受診すればいいのです。これも開業医だから出来ること、だと思います。


2010/05/09

のどがつまる感じ

Coffee.jpg Kunio Ukawa 2008

(2023/11/07追記)
咽頭喉頭異和感症=鉄欠乏の文献が多いのは昭和初期です。鉄欠乏はあらゆる感覚を鋭敏にしますから頷ける話です。
治療は元になった炎症のケア、鉄補給およびその他の栄養補給、メンタルのケア。
医療従事者としては患者さんに常にサポーティブであることが重要な症状である、と認識しています。

(2022/12/07追記)
いろいろ長く書いてあるのですが、のどの違和感があるときの診察で大切な事は、いずれ良くなる事が多く、心配しないでほしいことを伝えるのが第一。器質的な疾患がないかどうかをチェックする目的で内視鏡やエコー、血液検査を行いますよと説明するのが第二。検査をしたあとですが、このような理由で症状が起きているのではないかと説明するのが第三。こういう投薬は効果があるかもしれませんがお試しになりますか?と説明するのが第四です。
みなさんがお医者さんにおかかりになったとき、そのようにアプローチしていただいて安心していただけると良いなと思ってこの備忘録を書いています。

(2024/1/28追記)
手術後などのひきつれや神経障害の関係で、のどに違和感がずっと残っている人々がいますが、嚥下機能に異常がなければ心配ないという説明を受けます。そういう方々も折り合いをつけるという意味できちんと思考や診断のプロセスを踏むと良いと思います。それからリハビリも大切で、嚥下障害を予防する運動を行うと良いでしょう。

◆前書き:「のどがつまる」と内科に来院する患者さんは、どういう病態が多いのでしょうか。

その中で特に多いのが、「○感染後咽頭違和感症」とでも名付けるべき病態です。それはPI-IBS、PI-GERD、PI-FD、postinfectious couph などと似ていますし、オーバーラップすることが多いです。
それを増悪させるのは、
1. 鉄をはじめとしたいろいろな栄養の欠乏
2. ストレスや不安
3. 不十分な説明
など割合複雑ですが、患者さんの生活にしっかり寄り添う必要があります。

器質的疾患検索では案外見落としが多いのは、
1. アカラシア
2. 食道憩室
3. 後鼻漏
4. シェーグレン症候群
などがあります。経験豊富な医師への受診をお勧めします。

患者さんに必要とされるのは、頑固にならない思考、不安を増幅させない冷静さかもしれませんが、それがなかなか難しいからこそ症状に悩むわけで、サポートする人々こそがそのマインドを持つことが大切かなとは思います。

自分はたまたま咽頭を通過する技術が高いために、多くの情報が手に入れられましたし、エコーに関してはあまり人が見ないところまで見ていた、という事があったため有利ではありましたが、これに関して考え始めて20年以上経った現在では、内視鏡は恐ろしく細くなり咽頭通過に特別な技術は必要はなくなり、性能の良いエコーがどこにでもある、という状況ですのでもう少しソフィスティケートされた解決策も生まれるのだろうと思います。

治療に関しては、やがて良くなるのに、恐れて使わないことで機能低下が落ちてしまうと違和感が恒久的になるのはPI-IBSと似ているので、嚥下トレーニング的なもの、ボイストレーニングでもあいうべ体操でも良いのですが、そういうリハビリ的なアプローチ。タンパク質、ビタミン、ミネラル類の適切な補給。特に鉄。ストレスマネージメント、などを組み合わせる事になります。特別な薬があるわけではないですが、例えばリリカのような薬が使われて効果があるというような論文が出てきているのが最近の流れでしょうか。



◆本編:のどがつまる感じ




咽頭違和感、のどがつまる感じ、のどに何かがある("a lump in the throat")、ヒステリーボール(globus hysterics: フロイトが命名したとされていますがソースにたどり着いておりません)、ヒステリー球、咽頭神経症、食道咽頭神経症、梅核気(ばいかくき)、咽中炙臠(いんちゅうしゃれん)、いろいろな表現方法があります(その歴史的な事についてはこちらの記事参照→リンク)が、「のどが気になる」と受診する患者さんは多いのです。そしてポリープや癌を心配する方が多い。


しかし、患者さんの予想に反して咽頭癌が見つかる事はありません。当院では毎年1800名程度、のべ3万名以上が検査をお受けになっておられます。喉頭癌(声帯の癌)は一定数見つかりますが、小さなポリープ状の咽頭癌は経験がありません。癌研有明病院では見たことがありますが。(通常、咽頭癌はタバコ、アルコール、特に顔が赤くなる方にとってのアルコールが危険因子です。HPVというウイルスも注目されています。癌研で見たのはあまりリスクのない患者さんで隆起型でしたからもしかしたらHPV関連?と考えています)咽頭違和感を主訴にした患者さんに限っても何千人と見ているはずですが、まだ一例もない。つまり通常、のどに違和感があってもそれは癌ではありません

患者さんのゴールは「この症状の原因は何かがわかり、そして症状が消えてくれれば良い」だと思います。その検索のために上部内視鏡を行うのです。

私の内視鏡が人の内視鏡と違うとしたら、のどの観察をしている時にも患者さんが苦しくないので、それだけ丁寧に観察できている事でしょう。検査後に写真ないしはビデオで説得力のある画像を患者さんにお見せできることは重要です。あとで「何もありません」と説明するときに、のどの写真がない、では困るのです。

ここで話を変えます。人間には意識しなくても常に緊張している筋肉があります。例えば心臓は生きている間ずっと、毎日十万回、動き続けています、疲れもせずに。心筋とはなんとすばらしい筋肉なのでしょう。もしも心筋で足を作ったとしたら、一生走っても大丈夫なのでしょう。同じようにすばらしい筋肉は、他にもあります。「括約筋」ないしは「収縮筋」と呼ばれる輪状の筋肉が体中のあちこちにありますが、それらは常に収縮弛緩を繰り返しています。休むことはほとんどないのです。

例えばおしっこが漏れないようにしておく尿道括約筋、うんちが漏れないようにする肛門括約筋、胃の出口の幽門括約筋とか、胆道膵管の出口の乳頭(胆膵管膨大部)括約筋などです。

そして、のどがつまった感じがする、あなたがそう感じるちょうどその部分にも括約筋があるのです。咽頭収縮筋群。マノメトリーという方法で圧力の測定をしますと常に閉じていることが観察されます。

のどは常に収縮している、すなわち「本当にいつも詰まっている」のです。それが正常なのです。まずこれを知っておくことが重要です。そしてそれを実感出来るのが内視鏡という検査です。内視鏡では開いている、閉じているがはっきりとわかります。すなわちのど(咽頭)と、胃の出口(幽門)この二箇所は通るのに少々時間がかかる。なぜならば常に収縮していますので、開くのを待つというか、そっと押して広げるというか、そうしないと入れません。それに時間がかかるのです。

さて筋肉には、骨格筋、平滑筋があります。平滑筋は内臓の筋肉で、この内臓の平滑筋は「痛み」を感じることはあるようですが、それほど敏感ではありません。幽門が痛い、とおっしゃる方はほとんどおられません。もたれ、などと仰る方はいるでしょうけれど。乳頭(膵管、胆管の出口の事)が痛いという方もおりません。しかし乳頭の場合、強い収縮が起きると胆道やら膵臓やらが痛くなりますから症状として自覚します。むろん幽門が締まった場合にも間接的に痛いと感じる方はおられます。肛門などはもう少し鋭い感覚を持っているようで、その感覚はやはり脳に送られます。しかし通常、これらの感覚は自覚しません。他の感覚器からの情報があまりにも多くて、大抵は小脳とか延髄とか、そういう部分で適当に処理されて重要なものだけを選択する事となっており、のどや肛門などが締まっているよ、という情報が大脳皮質にまで上ってくることはありません。

狭心症になって心臓が痛い、などという場合はそれはのっぴきならない状況ですので大脳では「痛い」と感じます。感覚には優先順位があるのです。しかしいつもその感覚が正しいわけではありません。糖尿病では全くそれを感じないことがあって危険だし、また、痛くはないはずの軽い感覚なのにそれを「痛い」と感じる場合もありますし、あるいは心臓のそばにある食道が収縮しただけで「痛い」と感じてしまう場合もあるのです。患者さんの自覚症状だけをもとに、厳密に、そして正しく診断するというのは極めて難しい事なのですが、様々な傍証を集めつつ「推測する」というのが医者の仕事です。むろん動かしがたい証拠があれば診断が間違うはずはありません。命に関わる状況、例えば心筋梗塞だとか、解離性大動脈瘤などを正しく診断するのが医師にとっては最優先の事項です。それら致命的な病気を正しく診断する方向でまず医学は発達してきました。そしてそれらについては十分に医学は発達しつつあると思います。しかしそれらが診断できたとして、そうでない場合、つまり大きな異常がないにも関わらず症状があるという場合はゴマンとあります。むしろその方がよほど多い。それについて議論し、結論がついていないのが現代だと言えるでしょう。

さて喉の違和感の場合はどうでしょう。命に関わるのは咽頭の癌だと思います。ですからその診断を最優先します。それが内視鏡です。他にはZenkerの憩室や火傷やカンジダ(による炎症)、あるいは食道アカラシアなどがあります。

ところが実際には異常が無いことがほとんどです。逆流性食道炎だ、何も異常がないから咽頭神経症だ、などと説明されてみなさんはすぐに納得出来るでしょうか。ではその違和感はなんなのでしょうか。

人間が(例えばのどに)違和感を感じるとき、<理論的には>それは三つに分類されるでしょう。ここでわざと括弧を使ったのは、肛門だとか、尿道でも、同じような事が起きるからです。
  1. 脳が作り出した全くの幻
    (のどから)神経に信号は全く送られていないのに、脳で勝手に作り出した嘘の感覚
    ただし、のどの場合、そこには収縮筋があって常に収縮したと言う信号が送られているはずなのでそういう状況はないと思います。有り得るとするならば、病気でその部分の収縮筋は機能していないにも関わらず、「つまった、つまった」という場合。(しかし麻痺しているので食べ物が食べられないような状態です)
  2. (喉の収縮)筋からの信号が下位の脳で処理されずに、大脳皮質に上がってきてしまった状態
  3. 本当に異常があるために、強い信号が下位の脳に伝わり、大脳皮質に上がってきた状態
    これを言い出してしまうと本当はキリがないのです。可能性としてはありうるのですが、いわゆるノイローゼと呼ばれる人間の困った症状は、「検査では異常が見られないけれど本当は○○」という仮想の状態を前提にスタートするものですから。3)の可能性を考えることはノイローゼを生み出します。ですから通常はこれを患者さんには話しませんが、話さないことをここで正当化しようと思います。咽頭に関して本当は異常がある、という場合に何が考えられるのでしょう。例えばですが、筋肉の一部が変成しており、動きが悪くなった状態である、末梢神経に傷がついてそこから異常信号が出る、などです。しかし、本来人間の生存に関していうと、生存に寄与しないこれらの感覚は破棄されるべきです。軽微な異常による感覚というのは、大脳では感じてはならず、正常として処理されるべきなのです。したがって、3)でいう「軽微な異常」も「正常」として扱うべきであり、今回は「本当は異常があるのに」という状態は無視して考える事とします。

1.は実際にはなく、3.は2.に含まれると考えますと、2.の状態こそが違和感の原因だと言う事になります。

喉に限定すれば、上部内視鏡で実際に異常を認めない場合、その「のどがつまる感じ」はは「局所で生じる括約筋の「収縮している」という感覚は、正常な状態では下位の脳で処理され抑制されているはずである。しかしそれが「何かのはずみ」で感じるようになってしまった状態」と言えるのです。




では、その「何かはずみ」とはなんでしょうか。

ところで、肛門の場合、その締り具合の事を「トーヌス」と表現してそれを必ずカルテに書く先生がいます。喉にももちろん締り具合には個人差があります。しかしながら、肛門のそれと同様に、喉の締り具合も個人的な経験では症状と全く関係がありません。論文もないと思います。肛門の場合、問題になる病気があります。ヒルシュスプルング病(神経に異常があって、ずっと括約筋が強く緊張しています)と言いますが、喉がもしもヒルシュスプルング病のような状態であったならそもそもミルクが飲めないどころか胎児が子宮内で成長すらしませんので、喉にはヒルシュスプルング病のような筋肉がしまりっぱなしという病気はないはずですし、実際にありません。喉の収縮筋にはしたがって、あまり異常がある人間はいないのではないか、と考えています。おそらくここまで読んで、「括約、収縮筋に個人差が?」という疑問をいだいた人がいるのではないかと思い蛇足ながら書きました。

話を戻して「何かのはずみ」です。

そこで、治療の面からそれを考えていくことにします。ここは私の個人的な経験や仮説よりも、日本中で行われている治療の経験知を利用したいと思います。

まず、胃酸分泌抑制薬(PPI)を使う先生がおられます。胃酸が咽頭を刺激している事がきっかけになることがあると考えられているのでしょう。胃酸がそんなに上まで上がってくるの?という疑問があるかもしれません。上昇してきます。ストローを細くしていくと、毛細管現象が起きて水がどんどん上昇していくのを見たことがありませんか?それは水の表面張力によるものです。食道はいつもペタンと内腔が閉じている状態です。そのままでは酸は上がってはいきませんが、食道の内容によっては表面張力で簡単に咽頭まで上昇していくことが有り得ます。LES(下部食道括約筋)の弛緩だけではきれいに逆流が説明できないのは、逆流には圧力だけでなく、とくに表面張力はそのときの形状などの影響を受けてしまうためです。毛細管現象の他に、体位で容易に逆流する人たちがいます。ほんの僅かな食道の角度の差なのか、あるいは動きや圧力の問題なのかわからないのですが、例をあげますと「夜中、あるいは明け方に胸焼けがする」という人々・・・この人達に内視鏡を行いますと食道に液体が貯留している場合がしばしばあります。当院は内視鏡のときスポーツドリンクを必ず飲んでいただいていますから、逆流は観察しやすい状態にあります。この逆流の実際については何故なのかこれから検討する(あるいは面倒なのでしない)予定ですが、LESだけでは説明がつきません。ここで言いたいことは逆流した場合に確かに炎症だけ見ると胃食道接合部に起きるのだけれど、実際の逆流はかなり上まで来ていることが観察されると言う事実です。食道のうち、「感覚の敏感な部分」が、胃食道接合部(つまり一番下)と、食道入口部(つまり一番上)であるとすれば、全く内視鏡では胃食道接合部に炎症が見えないのに胸焼けを訴える人がいるぐらいですから、全く炎症がないのに喉に違和感を訴えてもそれは無理からぬ話です。やけに話が長くなってしまいましたが、つまり、胃酸の逆流は喉に違和感を生じさせる場合がある、という事が言えます。
では、なぜ食道下部では「胸焼け」であるのに、食道上部は「つまった感じ」なのでしょうか。いえいえ、食道下部が「つまった感じ」と仰るのも、立派な逆流性食道炎の症状なのですが、それは置いておいて。面白い実験があります。食道を超音波で観察した実験です。それによれば、食道の筋肉が強く痙攣(この論文がユニークなのが、縦方向の筋肉の収縮に注目した点です)したときになんと患者さんはそれを「胸焼け」と表現したというのです。なんと、胸焼けも、詰まった感じも、その本態は同じものだというのです。(むろん異論はあるでしょう)
それが何故かと言いますとちゃんと理由はあるのです。実は食道粘膜にも胃粘膜にも、粘膜には感覚神経がありません。感覚神経(カプサイシン受容体という名前の受容器がある神経です。その名前の通り、唐辛子で刺激されます)はなんと筋肉層に存在します。これが粘膜にあったら、唐辛子を食べる度に痛くて大変ですね。(むろん高濃度であれば痛いんでしょうけれど)つまり胃が痛いというのも、それは筋肉の感覚であるわけです。食道の場合も同じで、胸焼けもつまり感も筋肉で感じているとわかれば、その感覚が質的に同じであると理解出来るでしょう。

「きっかけ」として酸の逆流があるのは事実なのでしょう。そして持続的に酸逆流がある場合、PPIはよく効くのでしょう。PPIはしかし、全員に効くわけでもありません。

例えば耳鼻科の先生がループ利尿剤を処方しているのを見たことがあります。なるほど、です。

利尿剤は浮腫をとる、だから咽頭の圧力を少し軽減させるかもしれません。ループ利尿剤は昇圧アミン(カテコラミンなど)の作用を減弱させます。カリウム値を低下させる。これによりツボクラリンの神経の遮断作用が増強される。もしかしたら脳内で感覚を遮断したりする脳内麻薬の作用を増強させるのかもしれない。相互作用が面倒な薬で、通常処方されることはないかもしれません。しかし、なるほど浮腫をとったり、興奮を抑えたり、遮断を増強したり、いい方向に働くかもしれません。すなわち女性に多い浮腫だとか、あるいは更年期と同時にこうした喉の違和感を呈する人が多いのである種の興奮状態だとか神経質な状態とか、ストレスは、のどの違和感と関係がありそうだと言えることになります。

次に多用される半夏厚朴湯を見てみることにします。ハンゲ、ブクリョウ、ショウキョウ、コウボク、ソヨウ。主成分は6-ギンゲロール、マグノロール。ギンゲロールはショウキョウ(つまり生姜)由来の成分で、抗セロトニン作用があるようです。セロトニンは下痢だとか、吐き気だとかの原因になりますから、それを抑えることが結果として制吐などの効能につながるのかもしれません。マグノロールはコウボク(厚朴)に含まれていて中枢抑制作用があると言う事。漢方の面白いところは、合剤であるということです。セロトニンの抑制もおそらく全体の一部分を表しているに過ぎないのでしょう。上手にのどの感覚が大脳皮質に伝えられるのを抑制するのではないでしょうか。つまり、やはり「感覚の異常」という側面はあるのでしょう。

SSRIなどの抗うつ薬が使われると言うことはおそらく大脳での情報伝達の異常が機序としては考えられているのだろうと思います。が、この症状のみを抑制するために使われると言うことはおそらくなく、症状全体の一部として咽頭の違和感が位置づけられるのかもしれません。

咽頭の火傷など、すぐ治ってしまう炎症はきっかけとしてはごく一部であるのでしょう。持続する炎症や刺激であるとか、ある種の神経の問題が背景にあると解釈しておけば良いのだと思います。

以上をまとめると「何かのはずみ」とは、
1)酸には限らないが「炎症」
2)脳が感覚に過敏な状態になること。その原因はストレスかもしれない。
が考えられるという事です。


<診断>
診断は消去法によります。耳鼻咽喉科の先生で、咽頭ファイバーを使って見ていただく。消化器科で上部内視鏡を使って見る。頚部エコーで周囲からの圧迫がないかどうかを見る。レントゲンで造影して見る。その一部ないしはすべてを組み合わせて異常がない事を診断します。

<治療>
きっかけはどうあれ、「正常の感覚」が気になっている状態なのだという事を理解していただきます。これには説得力のある画像、あるいはわかりやすい説明が必要とされるかもしれません。
投薬をするかどうかは人それぞれです。きっかけを推測し、患者さんと良く相談することで治療は決定されます。ほとんどの場合、投薬せずに済んでいます。

<予後>
どのような場合でも良性の経過をたどります。患者さんの不安感をとるように努めています。




以上の説明を内視鏡検査のあとに行います
この説明で「のどのつかえがとれる」と良いのですが。

2010/05/07

拒食症では血液中コレステロールは上昇する(やせた人のコレステロール高値の原理)

(註:やせた高脂血症患者には脂質制限を強いるべきではない、という主張のプロローグです

横浜市立大学第三内科に私が入局した当時、病棟には神経性食思不振症(いわゆる拒食症)の若い女性が何人も入院しており、彼女らの内分泌的異常(たとえば成長ホルモンが高いかどうか)を調べたりするのも我々の仕事でした。

拒食症のみなさんの血液中の総コレステロールが、食事を食べていないにもかかわらず高くなるのは常識であったと記憶しています。

Cholesterol Metabolism in Anorexia Nervosa and Hypercholesterolemia
PAUL J. NESTEL
Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism Vol. 38, No. 2 325-328

これによれば、
食べない→胆汁出ない→胆汁酸出ない→血液中のコレステロール上昇
というストーリーです。

これはわかりやすい。

食べない人がコレステロール値が高い時に、

「卵を食べるな」とはたぶん言ってはいけない。

胆汁が良く出るように、

「卵を食べろ」が正解なんです。たぶん

脂質代謝なんて、わかってないこと、多いんじゃ無かろうか。




追記:
http://blog.ukawaiin.com/2011/04/blog-post_16.html


2010/05/04

でたらめダイエット

患者さんから様々なダイエットに関する質問を受けます。ちなみに私の仕事は、「食べろ」と指導する事がメインです、胃腸の医者ですから。だからダイエットに関して質問するのはそもそもおかしい、という前置きはおいておいて。

基本的には、カロリーを制限した時の合併症に対処出来ているかどうかが、でたらめな嘘ダイエットと、多少は考えたダイエットとの境目です。

さて、ダイエットの反動(合併症)には何があるのでしょうか。
食事制限すら出来ない人々は、以下を読む必要はありません。
食べながらダイエット、そういうキャッチーな宣伝文句に吸い寄せられていけばよろしい。

1)カロリーを制限すると、胆石が出来ます。
実際、食べないでいますと胆嚢は収縮しませんから、胆汁が胆嚢の中で濃縮しますので結晶となり胆石が出来ます。そしてダイエットの反動で食べ始めたときに発作が起きるのです。考えなしで行ったダイエットの代表的な合併症と言えますが、多少考えているダイエット考案者はさすがに勉強しておりこれに対応しております。すなわち、①オリーブオイルなど、胆嚢を収縮させる油脂を一日一度は摂取するよう義務付ける、②リンゴ酸など、胆汁内のコレステロールを溶かす食物を摂取させるよう義務付ける、のうちのどちらかです。

2)カロリーを制限すると、ビタミン、ミネラルが不足します。
腸内細菌がビタミンを作ると言いますが、これは嘘ではありません。しかし、腸内細菌はビタミンを産生する以上に消費してしまうというデータもあるとされ、しかも腸内細菌の主な活躍場所である大腸ではビタミンが吸収されると言う話は聞きませんから、腸内細菌ビタミン産生説を唱えるダイエットは、ちょっとおかしいんじゃないかという印象を受けています。カロリーを制限した食事では十分量のビタミン、ミネラルを摂取することが難しくなりますが、これにどう対処しているか、対処しようとしているか、それがでたらめなダイエットかどうかを判断する基準になります。

3)カロリーを制限すると、筋力がまず低下してしまいます。
ダイエット中には、CPKとFFA、それからケトン体の血中モニタリングが欠かせません。その意味がわからない医師は、そもそもダイエットに関して何にもわかっていませんから、試しに質問してみるのも一興です。脱線しましたが、食事制限は重要であってもいかに筋力を維持するかを考えたプログラムでないと、結局基礎代謝が低下してしまいます。

4)カロリーを制限すると、身体が酸性に傾いてしまいます。
脂肪が分解されるとケトン体となりますから、これが酸性に傾く原因なのですが、十分量水分をとって尿として出してしまわないと、心臓が止まってしまったり危険です。したがって、どのように身体をアルカリ化するか考えていないプログラムはやはりいい加減であると言わざるを得ません。

というような事を基準に、そのダイエットが、まあ取り敢えずは十分な経験に基づいたものなのか、ただ考えついたのかを判断することは可能です。やってみたら大失敗を繰り返すのがダイエットと言うものです。十分経験を積み実績があると言えるダイエット方法は、胆石が出来たと文句を言われたり、栄養不足でいろいろな症状が出たり、あるいは不整脈が出たり、様々なトラブルを乗り越えているはずです。

実際には、患者さんを見ていると、いくら彼等ががんばろうとも、私の基準から見ますと食べ過ぎなので、以上の合併症を心配したことはただの一度もありません
「食べてないのにやせない」という良くある訴えをでたらめだと言うのは簡単なのですが、そういう素直な印象を述べるのは我慢して、取り敢えず患者さんに害をなすようなダイエットには取り組んで欲しくないなと思う日々の診療であります。

以上は私自身のVLCD治療経験に基づく一意見です。

2010/05/03

携帯デバイスを使わないたったひとつの理由

車の中で携帯電話を使用する事を認めたときの、
「迅速に連絡・ないしは意思決定できたことによりもたらされる社会的な利益」と、
「携帯電話使用による事故の増加による社会的な不利益」とが、
ハーヴァード大学による計算ではほぼ等価なのだと、
サンデル教授の白熱教室で言っていた。

携帯電話で意思決定をすることが社会に利益をもたらす人間・・・
会社の経営者は自分では車を運転しないだろうから、
医者?地方の政治家?わかりませんが。
でも、ハーヴァードの偉い先生たちが計算したのだから正しいのでしょう。

この前、出かけたときにどこかで待ち合わせようという事になりました。
それで、もしも会えなかったら携帯電話で連絡を取り合いましょうと言う事になりました。

でも、携帯電話がなかった時の事を考えなくちゃいけないなあと思ったのです。
通じない場合もあるでしょうし。

そういえば、少し前までは待ち合わせの時に三段構えぐらいにしていました。
1) とりあえず10時にハチ公前で会いましょう。
2) 万が一ミスしたら、10時30分に、東急の上の美術館に直接集合です。
3) それでも会えない場合には取り敢えず実家に電話してみてください。
4) それで連絡がつかないときには、諦めましょう。

こういう段取りって何かに似てるなあと思いますと、風邪の診療に似ているわけです。
1) とりあえず薬を出します。
2) 万が一よくならない場合は、こちらのお薬を使用してみましょう。
3) それでもよくならない場合、こういう症状だったら休日診療にかかってみてください。
4) まあ、諦めるって事はしないのですが、5日経って治らなかったら次を考えます。

くらいの事はよく言うわけです。段取り。

子どもたちを観察していました。携帯電話を普段持っている子は、このあたりの段取りが弱い。
その場その場で判断すればいいと思ってるわけです。
ですので、待ち合わせの場所に来なかったりする。
忘れても呼んでくれると思ってるわけです。
これって、大いに未来を見通す力を奪っていることになりますね。もったいない。

モバイルデバイスを私は使いません。

非常に強力なコンピューター使いを自認していますが、モバイルデバイスには興味がありません。一応持っていますが。情報のIN/OUTが遅すぎてつまらないですし。
歩いている時には、周囲を観察する方が面白いですしね。
今起こっている何かを他者に伝えようなんておせっかい焼きでもありません。
(おせっかいはジャーナリスムを揶揄した言葉ではありません)
入院している患者さんこそが、モバイルデバイスを使うべきだと思いますよ。
隔絶されてるわけですから。
東海大学病院では、携帯電話は使えないですけれど、WiMAXは使えます。とても便利。

携帯電話は便利な道具ではありますが、
わざわざ子供に持たせるほどでもないなと思う理由は、
上記のような理由だったりします。
頭を使わせたいからです。

むろん親も頭を使わざるを得ないでしょうけれど。