2016/12/27

医師は患者と目を合わせるべきか否か問題



ゲームクリエイターの2人が対談している記事の中で、最新のVRゲームについてこういう記述があった。

原田氏:
 他にも、VRのキャラクターは目線を合わせるとリアリティが出るはずだと仮説は持ってましたが、実際にそれをまんまやると、なんか腹が立つんですよ。だって、人間は確かに目を合わせてくるけど、そんなにずっと、じっとは見ないでしょう。
――ガンつけられてるみたいですよね(笑)。
原田氏:
 適度に目線をそらしたりしている方が、自然なんですね。もうね、記号的な表現が通用しないんです。

キャラクターが目線を合わせる事は腹が立つ、のか。

下記のように患者と目を合わせない医師はNG、というような情報(でもちゃんと読めば「まったく目を合わせないのがNG」程度の書き方なのだけれど)が独り歩きしており、「あそこの病院は電子カルテで自分の事を見てくれないんですよ」と患者が良く言うのだけれど、「僕だって電子カルテだし、あなたのことを一瞬しか見てないけど?」というと「そういえばそうか……じゃあ違いは何なんだろう」と悩みだすので、上記の問答は腑に落ちた。



実際私が患者を見るのは目ではなくて歩き方とか服装とか肌などであって、患者の目を0.5秒以上見る理由は特にないし、目を合わせると相手が不愉快だと感じる場合すらあるので、周辺視で患者の表情を観察、そして自分の視線は患者の視線を誘導するために使う、という事が実際には多い。

実は紙カルテの時代にも医師は患者とは視線を合わせてはいないが、それが目立たないのは紙カルテの場合には字を書くスピード自体は誰でも一緒なので、医師が何かを書いているという動作を患者が見ても苛ついたりはしないし、無言で何か字を書いたりチェックを入れたりしていても自然な動作として見えているからだろう。しかし電子カルテではカルテ記載のほかにオーダリング業務という、検査指示を直接医師に入力させるようになっている。それにはある程度の習熟が必要だ。結果として、優秀なはずの医師がそれに手こずる場合があり、「何もしていないように見える時間が長くなる」。その姿に患者は落胆するだけなのだろう。その動作の遅さは頭の回転の悪さと同義であるかのように感じるに違いない。

優秀な経営者がいれば診察室には医療秘書がいたりするのであろうが、現実問題日本の医療の現場では、医師が電子カルテを操作する。医師は電子カルテの操作に習熟することが、字を書いたりすることと同様に大切であり、自分を良く見せ、患者の信頼を獲得する方法のひとつである事だ、と認識すべきであって、目を合わせるーだとか言う事にこだわると失敗するであろう。(よくある接遇や、OSCEの授業でも機器操作の優美さと言うような視点は完全に欠如しているので、結構大切な事を書いたよ!)

・医師が何かを操作する時間・空間が、紙カルテのように隠蔽されず、目の前のモニターで展開されるため、その姿が美しく見えたほうが良い。わざわざライブで患者さんが見ているわけだし。
・あるいは患者が飽きないようなコンテンツを用意しておいて、それで気をそらしている間にオーダリング、処方、などを入力するというような工夫をしても構わない。


関連する投稿: 医療と儀式 高度に洗練された医療は儀式的である、という事について書きました。

2016/12/25

免疫力というバズワードについて説明する、嘘じゃないっぽい話

今日の話題は自分のかつての専門領域の話です。この領域には頭の良い人達が多いのでとても楽しかったです。Immunology Todayという雑誌が大好きでした。この雑誌は総説が主体なのですが、著者が天才揃い。日本にも天才的研究者はいますけれど、天才的レビューワーはいないな、ならば自分はなれるかな……無理だな、と絶望したのも良い思い出です。

その私が、「免疫力ってなんだよ!(笑)」って思っているのですから、「免疫力」という言葉の意味というのはその程度のものです。科学的に説明できる言葉ではない。

それでもずいぶん普及している言葉だから、自分なりに患者さんにはこうやって説明しているという話をしておきましょう。

最初に結論

「免疫力を高める?」
「なんだそりゃ、総量はほとんど変わらない」
「高い低いというより分布の変化でとらえるとわかりやすい」

という事です。総量一定の法則。(免疫がうまく調節されず過剰に刺激された一つの例がサイトカインストームです。身体にとって危険です)

例えば胃腸炎になったら口唇ヘルペスが出た、という患者さんがおられて、
「免疫力の問題でしょうか?」
という質問があったのですが、

「胃腸炎の治癒のために免疫細胞が動員されたために、口唇ヘルペスを普段抑制しておく余力がなくなり出現してきたという事です。分布が変化したという事です。わかりますか?」

というと、大抵の方はわかります。ここで知っておいてほしい基礎知識は、

◆単純ヘルペスウイルス(HSV)が感染すると体内から排除されずどこかに潜んでいるが、リンパ球の活躍で発症が普段は抑制されている。

一旦体内でウイルスとの戦いが起きますと、B細胞は動員されるし、T細胞も動員されるし、マクロファージも動員されるし、それを指示するのはサイトカインだったり交感神経だったりしますが、すると普段他の部分で活躍している免疫細胞への指示がおろそかになるんだろう、と解釈すれば理解しやすいです。

話を戻して、「免疫力」という言葉を使う人にまともな人はおりませんが、このでたらめな「免疫力」という言葉にどういう意味や意思を込めているのでしょう。
  • すでにあなたがもっているB細胞が産生した免疫グロブリンを指している。これについてはそれを高める正しい方法はワクチンという事になりましょう。自然感染が良い?いやいやいやいや、永久に体内で死なないウイルスもいっぱいいますから自分なら絶対嫌ですし、それは他の方にも感染しますし、有効なワクチンがある場合にはワクチン一択です。でもこれは免疫力、とは違うでしょうね。
  • 免疫細胞の数?だいたい、血液検査じゃあわかりませんから(ほとんどは骨髄の中にいます)。でたらめも良いところの概念ですよね。免疫細胞を増やす業者とか気を付けてください、意味がありません。自分自身、リンパ球幼若化反応だとかいろいろやっていましたので現在いろんな業者が扱っている「奇跡のお薬」が、リンパ球をてきとーーに刺激するのに使っていた安い物質だったりするので首をかしげます。後天性免疫不全症候群のように病的に一部が欠損しているというならば話は別なのですが。
あんまり言われていないネタですが、免疫細胞にとって重要な栄養としては、コレステロール、鉄、タンパク質などがあって、重篤な感染症が起きるとどんどんそれらが低下していくのが観察されます。自分はむしろそちらを注意しています。健康的な食生活をしていますっなんて人がそういう栄養素の欠乏症だったりして、これにも首をかしげつつ。

少なくとも「免疫力」という言葉を使ってあなたに近づいてくる人がいるとするならば、「あなたはきちんとした知識を持っていないのでだましやすそうだ、説得しやすそうだ」と思われているか、使っている人が免疫の勉強をしていないかどちらかです。関わらないのが吉です。

2016/12/13

NASH NAFLD のインパクト

残念ながら現代の20歳代、30歳代、40歳代の腹部超音波検査において
脂肪肝
が多すぎるので、気分が落ち込むほどです。

むろん母集団が偏っているのは承知しています。
それでも見る症例見る症例すべてが脂肪肝であったらどうでしょう。
何やら危機感を抱かざるを得ないのではないでしょうか。

むろん日本人男性はだいたいが脂肪肝です。
いや、肝硬変に近い人も多い。
アルコール性が多く、病態の理解は難しくはありませんでした。
そして治療の道筋も見えていました。
それは禁酒です。

しかしアルコールを飲む男性は減ってきて、現在直面しているのは非アルコール性脂肪肝(NAFLD)、そしてそれに隠れている非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)という問題です。もちろん女性にも多い。

いったいその中からどれほどの肝がんが出現するのかはわかりません。未体験ゾーンです。
しかし無視できないほどの症例数になる可能性があります。
困ったことに背景に脂肪肝があると早期の肝がんはわかりません。今のところ。

obeticholic acid (Ocaliva, Intercept Pharmaceuticals) という薬が治験中です。これは胆汁酸アナログで、おそらく抗酸化作用があるのではないか。PPARα、PPARγアゴニストであるelafibranor (GFT505, Genfit)も治験中です。これは抗炎症作用があるはずです。PPARαアゴニストとしてはフィブラート製剤があります。PPARγアゴニストとしては糖尿病治療薬であるピオグリタゾンがあります。どちらもNASHに効果があります。ピオグリタゾンは良い薬ですが食事を食べ過ぎると太る(New Engl J Med. 2010;362:1675-1685)、ナトリウム蓄積作用があるなど患者の理解力に依存するという悩ましい薬です。フィブラート製剤はスタチンと併用しにくいという難しさがあります。

メトフォルミンは残念ながら効果がありません。(JAMA. 2011;305:1659-1668).
ビタミンEについては長期使用が前立腺がんや心血管イベントの増加が懸念されています。
スタチンは一定の効果があるかもしれません。

他の治療も用意されています。吸引デバイス(AspireAssist, Aspire Bariatrics)というものがあって、胃にチューブを留置して、食べたものを管から吸い取るという、もう本当に、誰しもが考えていたけれどやらなかったデバイスすらFDAを通過しました。(Gastroenterology. 2013;145:1245–52.e1-5) もう、なりふりかまっていられないのです。Revita Fractyl という、十二指腸をバイパスするデバイスもあります。高インスリン血症を抑制するのです。マグネットを2個使うと、小腸にバイパスを作ることが出来ることをご存知でしょうか。この原理を使用して空腸から回腸にショートカットを作るというデバイスもあります(Gastroenterology. 2016:150:S232)。胃の中に風船を膨らますのは有名ですが、1年しかもたない、もうだめだ、みたいな風潮はありますね。あとは内視鏡的な縮胃術。他には外科的な減量手術(Bariatric surgery)があります。アメリカでは年間20万人が受けるそうです。(!)

治らない、という状態を目の前にしているのは大変なストレスですから、こうしたなりふり構わぬ治療が行われる気持ちは良くわかり、それが日本でも20年後に現実になるかと思うと逃げ出したい気持ちになります。

良い身体のシェイプを作りましょう、みなさん。


2016/11/29

わかりやすい説明はわかりやすいか

2箇所以上の医療機関を経由してから鵜川医院にたどり着く患者を多く診てきたので、いわゆるドクターショッピングを繰り返している人々に関して無数のパターンを観察してきた。すると患者の主張と医療の内容の齟齬が良く起きている。診断がcommon diseaseなら尚更である。

便秘を便秘だと言ってはならないような気がしている。医者に来る時点で本人は便秘だと思っていないことが多いから医師から便秘だと言われるとその時点で齟齬が起きる。
ドクターショッピング組の主張の多くは「ただの風邪と言われた」とか「ただの便秘と言われた」のが不満、という事である。おそらく前医である病院の先生方はそう断言してはいまい。しかし患者の理解の範疇にある病名を使った事でバイアスがかかり、メインの病名を聞き逃したり、除外診断を聞き逃したり、あるいは聞いたが忘れてしまった、という事が現実には多かろうと思う。

そこで「S状結腸の動きが悪くなった状態ですね」であるとか、「脾弯曲部にガスが貯留している状態でしょう」「それにより腹腔内圧が上昇し痛みが生じる可能性がありますね」といった言い方をする。中には勘の良い人がいて「それって要するに便秘ですか?」と聞くけれど、「そうとも言えるがそうとは限らない」と返答をする。患者が考える便秘が何なのかは不明であるし、間違った素人療治を誘導してしまう可能性がある。自分で診断出来ない患者はたいてい疾患概念を正しく理解していないから言葉が独り歩きする。

以上は一例であるがドクターショッパーの多くには疾患概念が理解できていないという根本的な問題がある。彼らの理解の範疇にない言葉を説明に使っておくことは医師の説明を患者に誤解させないという利点がある。

2016/10/14

おしりをしめる

1ヶ月間毎日2時間に1度お尻をきゅっとしめていると、患者さんの水戸黄門様の形がだいぶ良くなるのは間違いない。



大食いチャンピオンの小林尊さんも自らの胃をシーズンオフにトレーニングするとき2L-10Lの水を飲み、だいたい1ヶ月で胃が伸びるとおっしゃっていたし、ねじれ腸の水上先生もだいたい1ヶ月で便秘で動かなくなった腸が動き始めると仰ってたから、横紋筋と違って内臓の筋肉は1ヶ月ぐらいでなんとかなるものなんじゃないか、が持論。

2016/09/25

数学者とパン

 
O'REILLEY出版から発売されている、Think Stats ―プログラマのための統計入門― Allen B. Downey著という本があり、この中に収録されている数学者ポアンカレのエピソードは有名らしい。この本は無料で公開されているのでダウンロードして読むこともできる。たまたま持っていた電子書籍「NEWTON 統計の威力」にも同様のエピソードが語られているが、出典が述べられていないのが残念だ。
実際にはパンの重さというデータは離散的であるからNEWTON内のグラフには違和感を感ずる。(そもそも正規分布の幅が広すぎるし)
離散的な実データのサンプルは、このブログに示されているので参考にしてほしい

ポアンカレとパン屋のエピソードについて示そうと思うが、2000年ごろのインターネットでの投稿を見ると900gという説もあり、ポアンカレが「俺は損していないから良いや」と許してやったとも述べられている。こうしたポアンカレコピペの中には「右に裾が長いことを見出し」という表現も多いが、グラフの形を表したこの表現にも違和感を感じる(そうはならないことは想像してほしい)し、NEWTONの中のグラフをみると、2年目の平均が970g程度であってエピソードの整合性が崩れ、面白さが半減してしまう。結局Think Statsを素直に翻訳したものがストーリーとしてはもっとも自然であるので私が訳したものをおいておきます。
アンリ・ポアンカレは、1900年ごろソルボンヌ大学で教鞭を執っていたフランスの数学者である。彼についての逸話に以下のようなものがあるが、統計学の問題としてたいへん興味深いものである。
ポアンカレは地元のパン屋が1キロの広告を出して販売しているパンが、実際にはそれよりも軽い事を疑った。そこで彼はパンを買ってそれを家に持ちかえり、それを1年間毎日秤量し続けた。1年の終わりに、彼は測定値の分布をプロットし、それが平均950グラムと標準偏差50グラムの正規分布に適合していることを示した。彼は警察にこの証拠をもたらし、警察はパン屋に警告を与えた。
その翌年もポアンカレは毎日パンを購入し秤量し続けた。そして1年後、彼はパンの平均重量がしかるべき1キロであることを見出したが再び彼はパン屋を警察に訴えた。そしてこの時はパン屋に罰金刑が課されたのである。
それはなぜか?分布の形状が非対称であったためである。正規分布に従わず、その分布は右に偏っていた。これはパン屋が未だに950グラムのパンを作り続け、意図的にポアンカレには重いものを売っていたという仮説の証明である。
Web上にあふれているコピペよりはストーリーが明確であるように思うがどうか。賢明な皆さんは「いや、パンには水分の蒸発があるであろう。パン屋はそのように反論も出来まいか」と言うかもしれない。焼くことによる重量低下は焼減率(焼成ロス)で表されるそうだが購入し持って帰る間にも徐々に水分は失われる。焼減率はフランスパンでは22%であるけれど1kgのフランスパンは想像ができないのでもっと硬いパンではないか。そういうパンは焼減率はもう少し低く10%程度が多い。そういう事を考えるに、950gでも許してもらえるだろうとパン屋は考えた可能性はあるが、世の中そうは甘くないという事であろう。
焼減率まで考え出すと季節は大きく関係するはずで、ポアンカレはそうしたことも当然見出したりしたのではなかろうか、などと考えだすと止まらなくなり、まあ、これは逸話として楽しむべき話であろうと考えた。ならばなおのこと、数字はわかりやすくあるべきなので中途半端なNEWTON誌のグラフには違和感を覚えた次第。

一方1904年に提唱されたポアンカレ予想を証明した天才数学者ペレルマンにもパンに関するエピソードがある。彼はパンが大好きであり、食べたい黒パンひとつのためにマンハッタンからブルックリン橋を渡って、ブライトンビーチのロシア人街にあるベーカリーへ40キロあまりを歩いたというのである。(彼の友人ティアン博士の披露したエピソードとして……びっくりしたのは彼が遠くまでパンを買いに行った話です。マンハッタンからブルックリン橋を渡って、ブライトンビーチのロシア人街にあるベーカリーへ行ったそうです。黒パンひとつのために40キロ近い距離を歩いたと楽しそうに話してくれました。『100年の難問はなぜ解けたのかー天才数学者の光と影 NHK出版 2011/5 春日真人著
以上はWebからの引用であって原文を読めていないので、このエピソードについては2011年3月にアメリカで発売された"Perfect Rigour: A Genius and the Mathematical Breakthrough of a Lifetime, Masha Gessen著"にも記述があるのでこれを示しておきたい。この本によれば、ペレルマンが26歳でアメリカに来たとき、髪も爪も伸ばし放題、洋服もずっと同じ、そして黒パンの素晴らしさについて熱心に語る変わり者という認識を周囲から受けており、しかも印象は「エキセントリック」であったということ。彼が数ヶ月を過ごした、コンクリートに囲まれた New York University's Courant Institute of Mathematical Sciences やすぐ横にある整備されたワシントン・スクエア・パークは彼には違和感があり、黒パンとヨーグルトを買うためにロシア人街があったブライトンビーチまで歩くことで孤独と身体的辛さとを確認したかったのではないかという取材者の印象が書かれている。大学からブライトンビーチまでの最短経路はブルックリン橋を通るもので片道18.4kmであるから、往復で36.8km。ほぼ40kmと言っても良いのだろう。彼の友人とされているDr. Gang Tian という現プリンストンの中国系数学者に直接インタビューしている。博士はペレルマンのプライベートについてメディアにいくつかの話を披露したことを非常に後悔し、それがグリーシャ(ペレルマンの愛称)から何年も連絡がない理由だと思っているようだったと述べられている。
そして母親がブライトンビーチにある親戚の家に滞在していた事も記載があり、有名な母との絆もここで示されているわけである。

業績を挙げたら計り知れないポアンカレだけれども、「科学と方法」いう著書の中で、当時のトルストイ的な「道徳優先」という考え方に対し、「自然の美しさを探求するのが科学だ」という反論をしている。それが1908年のことであり、科学が暴走し原子爆弾の製造であるとか人体実験といった凄惨なことが行われ、科学の倫理という議論が出て来る40年前の事である。現在では科学と倫理とはつねに隣り合った存在であるけれど、それらが肩を並べて語られるには科学が一定のレベルに達さねばならなかった。その第一歩を踏み出した人物がポアンカレということだ。

一方で予想の100年後に解答を出したペレルマンはただの変人ではなくて自身の倫理観が高潔すぎるが故に種々の賞をすべて辞退していると言われている人である。趣味がキノコ狩りであったり車に乗らずにどこまでも歩いていったり(パンを求めてのエピソードもその流れ)、隠遁生活をしているのにも彼なりの考えがあるのではないか。
ここから先は自分の想像だけれども、ペレルマンは鯖田豊之さんの「肉食の思想」にあるようなヨーロッパの考え方を忌避しているのかもしれない。だからパンにこだわったり、キノコ狩りを愛したりするのではないか。

二人の天才数学者とパンのエピソードが何かを暗示しているとは思うほど短絡的ではないし、ポアンカレが天上界でどうにかなってからペレルマンとして生まれ変わったと思うほど想像たくましくもないけれども、こうして並べてみると二人の天才の運命に絡まりがあるようにも見え興味をそそられたためこうして記録する次第。

2016/09/18

よだれが出る

「先生、よだれが出るんです」という相談を受けた。

何を撮ったのか全く思い出せません。

生きるか死ぬか、という重大なテーマについて深く考えている合間に、ふと「よだれ」というようなテーマが紛れ込むと私の脳はやや混乱する。しかしこういう混沌とした状態は若い頃から好きである。

患者さんと話していて、話のギアが噛み合わないと思うことは多いけれど、それは患者さんにとって、顆粒球が減って菌血症になり命をかけて戦っている事とよだれ、とは同列に扱われるからだ。そしてそうした噛み合わなさは、ときに貴重であるから、時間をかけようと思うときがある。時間をかけるかどうかは、私の気まぐれで決まる。

「どうしてよだれが出るんでしょうねえ」と私は時間稼ぎをした。

「むしろ90歳になるまでお感じにならなかったのですか?」とさらに時間を稼ぐ。

「それは凄いことではないですか?私なんかすでに同じ問題で悩んでいるのに」というとほんのすこし顔がほころんだ。これで30秒は稼げるな。

この時点で全くアイディアも結論も頭の中には浮かんではいない。先ほどまで、患者の1ヶ月後、2ヶ月後に生じる合併症を真剣に考えていたからである。よだれはそこには何も関与してこない。

そろそろ考えるか、、と頭の中に疾患を思い浮かべ始めた。しかしここでゴールになるのは患者に「◯◯病かもしれません」という事ではないのだ。患者の命は十分に危険にさらされている状態なので、これ以上の騒ぎになるのはなるべく防ぎたいという私の気分がまずある。患者を納得させる気の利いた一言だけ思い浮かべば良い。

よだれを自覚したのは突然かどうか。
見た感じ、神経疾患がありそうかどうか。
そのよだれで困っているのかどうか。
嚥下障害や口輪筋障害なのか、唾液量が多くなっているのか。
それは原疾患と関連するのか。

「いつごろから自覚をしたのですか?お口の中には違和感や痛いところはないですか」「手のふるえはないようですね、歩く歩幅がせまくなったりしましたか?それもないようですね」「よだれで非常にお困りですか?」「構語障害はないですか?あ、言葉が難しかったですね。おしゃべりは普通にできますか?」「ものの飲み込みは大丈夫ですか?」「唾液は増えたという気がしますか?」唾液が増える薬というのが時々あって、コリン作動性のお薬である。そういう薬は多くはない。コリンがどーっと出ると下痢になるわけだけれど、ウブレチドはコリン作動性のお薬で、あと認知症の薬の多くはそんなような作用があってお年寄りはむしろ便秘の人が多いから一石二鳥だったりする、その他には尿酸の薬も下痢をする人がいるからもしかするとそんなことがあるかもしれないと思ったりする。時々帯状疱疹のあとなどに神経のつながり方がおかしくなり、汗をかくような信号で唾液が出たり、というような障害が出る人もいます。

実際にはこんなにきちんと流れるようにインタビューをしているわけではない。聞き取れなかった質問も多かろう。割合最近気づいたらしいから、この方の過去の顔面神経麻痺のせいだと言うと納得してくれなさそうだとか、唾液を増やす薬は飲んでいないなあとか、入れ歯はどうなんだろう、痩せてそれが合わなくなったとかかなあとか、抗凝固薬は飲んでないけども小さな小脳周辺の虚血でそうなることあるかなあ、でもMRI撮るの嫌だなあ、患者も望んでいないだろうし、などとぐるぐると考える。神経所見でもそれら(パーキンソンや脳梗塞、神経麻痺)を示唆する症状はない。

こうして必死に考える努力をしてみる。診断よりは納得してくれる一言を探しているだけである。頼むよ、自分の脳。すると、勝手に口が喋ってくれる事があり、私はそれをとても頼りにしている。






「それは前屈のせいですね」




(お、私の口が勝手に喋ったぞ)と思った。前屈とは前かがみの姿勢のことだ。なるほどそうかもしれない。そうとわかれば理由付けは自分の仕事である。

「以前は、背がピンとしてらっしゃったんですがそういえば心持ち姿勢が前かがみになったでしょうか。そのせいで口から唾液が垂れる、と。今のお話や診察からはそう考えました。私はきっと猫背だからよだれで困るんでしょうね」

「ああ、そういえばそうかもしれません。気をつけてみます」

(良かった、一言で納得してくれた。心配させないですんだろうし、しゃんとした自分を思い出してもらって元気を出してもらえただろうか)と思った。患者さんを心配させない一言というのは難しい。無難な内容で患者さんが理解出来、対処がある程度可能で、嘘でもない、少しだけ患者が喜べばもっと良い、そういう条件を満たす言葉はそれほど多いとは思わない。

次回の外来ではよだれの件をもう一度話題にすることとカルテに書いて終わりにした。悪化していたらまた考える。

慢性疾患の経過観察中に別の病気が見つかる場合、こうしたやり取りから始まることがある。「肋骨が痛い」からバセドウ病の診断に至った場合もある。「なにもない」から診断ができる病気もある。こうした作業はディープラーニングのようなものであり、自分の口は自分が鍛えた人工知能なのだと考えている。発想の仕組みはわからないのだが、たくさんの情報を入れることが大切だと感じている。だから患者から「先生は原資料を持ってきなさいと言うが、いったいどの部分が役に立つのだ」という質問があり、「実は自分でもわからないのだ。でも答えはそのおかげで出ていることが多い」と答えているのは嘘ではない。

2016/09/17

炭水化物とは何か

伊勢原市は果物を食べる人が妙に多い。それはなぜか。何人かに質問してみると、

「北のフルーツも、南のフルーツも、両方生産できるんですよ。種類が多い」
「いただいちゃうから」
「作っているから」
「安いですからね」
「え?」

冬から春は平塚のいちごが信じられないほどフレッシュで美味しいし、
(たぶん地元にしか出回りません)
そのころ柑橘系(いろいろな種類)がとても美味しい。
(これも地元で消費)
びわはあんまり作ってるところはないし、
さくらんぼもあまり作ってるところはないんですが、
一般的に夏のフルーツはメロン、スイカ、もも、と比較的手に入りやすく、
梅もたくさんとれるのでシロップ漬けにして食べる人もいます。
夏をすぎるとぶどうと梨は名産で非常に美味しい。
そしてとどめは柿。糖度22度の富有柿が攻めてきます。
たぶん柿の若葉で、天ぷらにすると美味しいそうです。
りんごは地元産はないけれど、みかんが同じ頃また登場、
と胃袋が休む暇がないのです。

困るのは、患者さんがまるで呼吸するかのように柿を食べたりみかんを食べたりしている事であり、これからの季節、特に血糖が上昇していきます。

「フルーツは体に良いんでしょう?」
「限度はありますから。みかん10個は普通じゃないから」(10個ぐらいはみな食べる)
「じゃあ3個は?」「好きなんですよ」「えー知らなかった(毎年)」

と言った会話が展開されますが、みなさん毎年反応がフレッシュで、生放送したいぐらいです。

「あのね、炭水化物は血糖を上げますよ」
「知ってます」
「フルーツは炭水化物ですよ」
「まさか!違うでしょう」

という人があまりにも多いのでこちらも10回連続して言われるとさすがに自信が無くなってきて、昨日糖尿病の専門の先生に確かめましたが、

フルーツは炭水化物で間違いないです。

炭水化物とは、「糖から構成されている有機化合物」です。
フルーツも大半は水分だけれど、例えば富有柿の糖度は22度だそうだから、たくさん糖が含まれているのはわかりますよね。血糖値が上がらない糖なんてありませんからね。(相対的にショ糖よりは上がりにくい、という事を伝えるのに血糖が上がらない、と宣伝しているようですが厳密には嘘です)

糖尿病でもいくらでも食べられるフルーツ!などと言い出す人達がいけないと私は思います。
言い訳、屁理屈、極論はものの定義をおざなりにするし、言語構造とか論理を破壊していきますので、それは人生の楽しみやおまけにとっておきましょう。

2016/09/10

クラウドファンディングにご協力ください


妊娠中、母体と赤ちゃんとの関係は特別なもので、特に母体が感染症に罹患しますと(もちろん知らずに罹患することも多い)、赤ちゃんに障害が起きることがあります。それらをトーチ症候群と呼びます。
そしてその病気の中にはワクチンでは予防できないものもかなりあります。妊娠中に生肉や生ハムを食べてはいけないのも、妊娠中にお子さんの尿を取り扱うのに注意しなくてはいけないのも、そうした感染を避けるための知恵です。

「知識で感染を避けられる/ねばならない」病気、多くの性病もそうなのですけれども、その問題は「教育」や「啓蒙」が最も重要である事です。なぜ問題かというと、教育も啓蒙も繰り返し繰り返し、世代を超えて行われなければやがて消えてしまうものだからです。

その教育や啓蒙と、行政がやらねばならぬこともありますのでそれをアピールするために立ち上がった人々がおられて、それが「トーチの会」というNPOです。


教育や啓蒙の持続可能性を考えた時に、それが上からの押し付けではなくて、自然に湧き上がるものであればそれは理想的ではないか、と思います。私は「トーチの会」の設立の前からずっと見守らせていただいている一人なのですが、品が良い、というと語弊があるかもしれませんが、見ていて温かい気持ちになる人々です。

活字、というものは消えずに残ります。それ故特に教育面では重要視されています。堅い内容の活字よりも、それが物語であったほうが、啓蒙する材料としては理想だと思います。

Anything But a Dog ! という物語は、トーチ症候群の一つである先天性サイトメガロウイルス感染症を抱えた少女エリザベスとイヌのライリーの物語。病気の性質や命のはかなさ大切さなどが感動的に描かれているそうです。

この本を翻訳して出版するには1000部の予約が必要だという事で、現在クラウドファンディングで予約を募っておられます。

ゆっくりで良いから、持続的に知識を広めていきたい、という彼らの活動に心を動かされまして、私もこのクラウドファンディングに参加させていただきました。是非みなさまにも本を手にとっていただきたい。あるいは病院や学校などに寄贈をするというプランも素晴らしいと思います。ご参加いただければ幸甚です。


2016/09/06

怪盗

「怪盗」っていう日本語が絶妙だなと思ったり。

怪盗グルーという面白いアニメがあって、私は見ていないんだけれども、映画の原題には「怪盗」のカの字もないのだ。コンテンツとしての「怪盗」という物語の分野は日本に限らず確立しているように思われるのに英語にはそれっぽい言葉がまだ見つからない。不思議だ。

この「怪盗」なる言葉の初出がわからない。そこでまずkosho.or.jpにアクセスし、書籍の題名に「怪盗」とある本を探すともっとも古いのは1926年佐川春風(森下雨村)「怪盗追撃」である。佐川春風は探偵雑誌「新青年」の編集長なのだからさもありなん。ただしこれが初ではないだろう。


そこでGoogleブック検索で、1900-1925年で検索した。19世紀には見つけられなかったから。どうも1911年の外国映画「ジゴマ」とは関連ありそうではある。


『探偵奇譚ジゴマ』の名で映画が大ヒットし社会現象となり、映画の規制にもつながったほどだというのだ。(今の中国が日本文化を規制しているのと似ている)これは「新青年」にもつながるようなのだ。一方、確実なもの、というと1922年の「新青年」内に「〜ルハンは怪盗てあるが血と殺人の大嫌ひな怪紳士〜」との記載を見つけた。



「新青年」の前身は雑誌「冒険世界」であってこの編集者兼著者である押川春浪、三津木春影は関係ありそうな気はする。気はするが横におき、やはりルパンを避けては通れぬから調べると、出版年は1907年とある。「怪盗紳士」の題名が後年つけられたのかどうかがどうにもわからない。古書も売っていない。日本語訳がすぐに発売されたわけではあるまい、、、と悩んでいると、英語辞書の例文にこんなものが見つかった。

This Hoshino is the same Tatsuo HOSHINO that first translated Maurice LEBLANC's "Arsene Lupin, Gentleman Cambrioleur" the year before while still working for the Ministry of Education.
星野とは、文部省勤務ながら、この前年モーリス・ルブランの『怪盗紳士ルパン』を初めて邦訳した保篠龍緒である。

おお

保篠龍緒、本名・星野辰男、文部省勤務とある。「奇巌城」のタイトルを考え出した稀有の語学センスの持ち主。彼が最初にルパンと出会い、感激し、ルブランから翻訳権を獲得し、金剛社から「怪紳士 怪奇探偵 モリス・ルブラン」を発表したのは1918年である。残念ながら簡単には手に入りそうにないが、あとは1918年から1922年「新青年」までの4年を埋めれば良いような気がしているのだが。

国会図書館にはあることはわかったものの「新青年」のマイクロフィルムを眺めるところで躓いた。

ところが国会図書館の在庫検索中にこんな本を見つけた。
1908年の本である。

怪世界 : 珍談奇話 鈴木英四郎 (華僊人) 編 精華堂 明41.7

なる本の中に、「怪盗」という作品があるのである。


面白いので書き起こしてみた。

怪盗

 貞享(じょうきょう:1684-1687)の頃、下谷(したや)池之端仲町(現在の上野一丁目:不忍池の南)辺に、山口屋という一の質舗があって、資産きわめて豊かに、土蔵十一戸前を所有する位であったが、その主人というのは、日頃不忍弁財天を非常に信仰していた。するとその頃、幕府の沙汰で、近日不忍池を埋め立てて地所にしようとう評議が起こったのを聞いて、某は非常にそれを気に病んでいた。
 ある日の夕方、早や店の戸を閉めてその日の勘定に取りかかっていると、表の戸をコトコトと叩くものがあるので、店の若者が戸の蔀(しとみ)を開けて様子を伺うと、こはそも如何に、銀金物を四周(ぐるり)に打った立派な駕籠を中央(まんなか)にして、その前後左右には、侍衛と見える士(さむらい)数十人が警護しているので、若者は驚き慌てて早速主人にその趣きを告げたので、主人も驚いて出で迎え、一行を家の中に請じた。
 すると駕籠の中より出でたのは、天女かと見まごうばかり、気高く神々しくて、顔(かんばせ)は、桃李を欺き、衣装は悉く綾錦を飾った一佳人である。佳人はいと鷹揚に座につき、徐ろに朱唇を開きて、さて言うよう。
「そも妾(わらわ)は人間ならず、そなたが平生信ずる弁財天の使いなり。此度将軍家には不忍池を埋め立つるよし、天女聞こし召して、痛く神襟(しんきん)を悩まさる、されど弁財天女は、もとより神通力おわす故、一勺の水の中にすら身を隠し給うを得べけれど、いかんせん眷属(けんぞく)数千百の鱗(うろくづ)は、干潟に身を託すべきようなければ、皆うちしおれて運拙(つたな)きを託(かこ)つのみ。弁財天女深くこれを憐ませ給い、何とかしてこれを救わんとの神意斜めならざるおりから、幸いにもそなたの家の庭には広やかなる池あるを聞き及ぼせ、すなわち妾を使いとして、そなたの池を眷属の棲家に狩り得させよとのおおせごと。そこにおいてもし、弁財天女を信ずることに厚かりせば、決してこの仰せを背くべからず。ただし天女には、近日風雨烈しき夜を待ちて眷属をひきうつすべき神意なり。さればそこには、その日に至らば、固く家の戸を閉ざして、一同部屋に引きこもり、構えて、戸の隙より覗い、あるは外にいで有りようを探るなどの事あるべからず。もしよくこの事を守らば、弁財天女は汝が資財を十倍にして報い給うべし。伝宣のおもむき先ずかくの如し」
と口上を述べたので、某は信仰のあまり、随喜渇仰(ずいきかっこう)し、厚く主従をもてなして、やがて帰るのを見送った。
 かくて十日あまりも過ぎて後、ある日朝より空が曇って午後より雨が降り出し、風さえ次第に吹き加わった故、さてはこの日こそ弁財天の来迎あるべしと、終日斎戒(さいかい)して家人らを戒め、夜に入ってからは固く門戸を閉めきって誰一人外出せぬようにと戒めていた。
 すると、夜も二更(午後10時ごろ)の頃に至って、風ますます激しくなって庭の木や竹が風に揺らめく音すさまじく、なおまた池の水のザワザワと波立つ音物すごく聞こえるので、さては今こそ神の来臨なるべしと、一同息をこらして慎み恐れていた。そのうち雨も次第にやみ風もまた静かになったので、やれ嬉しやと夜の開けるを待ちかね早速門戸を開いて庭の池を打ち眺めると、昨日に増して魚類がおびただしく泳ぎいるので、さては弁財天の使いしめが来たられしよな。さて約束の報酬は如何に、先ず倉庫を改むべしと言いつつ、裏に立ち並ぶ土蔵をいちいち検査してみると、こはそも如何に、いずれの土蔵もみな錠前を放ち、大戸を開きあるので、こは訝しと中へ入ってみると、質物と言わず、什器と言わず、千両箱と言わず、十に八九は悉く紛失していたので、某はただ肝を抜かれ、口あんぐりと空いたばかりであった。
 さて話変わって、甲州街道のある山中に一の神祠(ほこら)があるが、その祠の前に、山賊とも見ゆる数多の者共うち集い、今しも担い来たった盗み物を所狭しと置き並べ、これから分配しようと言う目論見の様子である。
 おりから祠の戸を開いていできたのは、山賊の頭とおぼしけれど、見れば歳は二十八か憎からぬ、嬋娟窈窕(せんけんようちょう)たる一佳人であった。佳人はにっこ(嫣然)と一笑して、
「いや皆の者、旨く行ったなあ」
 この佳人こそ、先に神女の使いと称して、質屋の主人を欺いた痴れ者で、例の少しく風雨ありたる夜、数多の手下を使嘱して、夜半に質屋に至らせ、庭の樹木、竹枝に縄をつけ、これを引っ張り動かして激しく風の吹く音に擬し、あるいは池の水を撹乱させて波の立つ音を真似、かかる響きのうちに、巧みに土蔵の戸を開ける音、貨財を運びだす音を紛らわせたのである。
 何と一風変わった奇賊ではあるまいか。

2016/08/24

内科という職能

内科、がどういう科なのか、皆さんよくわからないかもしれません。私は恥ずかしい事に内科専門医ではないので何も語る資格はないかもしれませんが、書いておきます。
手術以外の事をするのが内科、という定義は古代のもので、室町時代にはすでに内科から産婦人科、口歯科、眼科、耳鼻咽喉科が分かれていた、と言います。(明治前日本医学史)
つまり外科、産婦人科、歯科、眼科、耳鼻科以外の事は内科の範疇にもともとは入っていますから、今は専門分化しているものの内科医の職能には種々の症状や疾患を整理して理解する、という事が含まれます。わざわざ「総合内科」と言わずとも、もともとそういう職能であったわけです。、

私自身はどうなのか。内科の医局出身で、大学院も内科系で卒業していて、内科の専門医を取るべきだったんだけど、そのあとアメリカに行ってしまい、帰ってきたら受験が面倒でもうそのままになっている、そうこうするうちに受験資格のハードルが上がってしまいもう認定医も専門医も取れないという状態になっておりますが、私を知っている内科専門医の先生方は「ああ鵜川は典型的な内科医だね」と思ってくれるだろう程度には内科的な思考をします。

内科的な思考の特徴の一つに、「~たら」「~れば」が得意だ、という事が挙げられると思います。

例えば頭痛・腹痛が主訴の患者さんが8月に来院した時に、
その頭痛と腹痛が同じ原因で起きたと仮定すれば、
 1)ウイルス感染症(アデノウイルスとかおたふくとか)
 2)それ以外の感染症(溶連菌感染症とか)
 3)熱中症
あたりが頻度の高い疾患として考えられて経過観察の対象となります。
数時間で増悪傾向がある場合にはさらに精査を行う必要がありましょうし、脱水の補正や対症療法で軽快傾向がある場合にはその経過を記録するに留めるでしょう。むろん別の病気である可能性もあるのですが稀なので、経過観察するという点では同じです。

あるいはその頭痛と腹痛がたまたま同時に起きた別の病気だという可能性も考慮します。
その場合でも観察対象とすることは同じですが考慮すべき病気は増えます。例えば胃潰瘍+筋緊張性頭痛、のような可能性も考えて投薬し、急激な増悪が生じた場合には次の手を打つ、というような事をします。

患者背景、あるいは疫学などを考慮しつつ最も頻度の高い疾患から除外すべき疾患に挙げ、empiric(経験的)に治療を行う。
ピットフォールについては急激な増悪を見逃さない事で対処する。
その時、その場所にあわせた検査予定を組み立てる。経済性にも配慮する。
何も検査が出来ない医療機関ではそれなりに頑張り、高次医療機関に紹介すべきタイミングを図る。

というような思考をして患者に説明はするけれど、相手も調子が悪い方ですから理解は無理かもしれない。だから少しメモを書いてお渡ししたりします。

そして内科の本領というのは実は2回めの診察だったりします。その後1週間して来院されたとします。その経過から内科医はさらに思考していきます。治ったものについても「それはアデノだったかもしれない」などの検証を行ったり、その後出現した症状を聞いて軌道修正したりします。内科医は検証するのが好きです。

患者さんに注意していただきたいのですが、内科的な思考をもっていない医師に、「私の病気はなんだったんでしょうか」と聞いても「治ったから良いじゃないですか」というような返事が帰って来るだけなのでおそらく落胆すると思います。鵜川が可能性としてはこういう病気であるかもしれぬと言った、を他の医師に話して「そんなの妄想だ。仮定の話にすぎない」みたいな事を言われる人がいるようですが、きちんとした内科医でしたら「その後の経過から考慮して、こういう病態だったと思います」と説明してくれます。それが内科医の見分け方でもありますので参考にしてください。

私の診断スタイルは初診でまず拝見して、ある程度の観察期間をおいたのちにもう一度拝見して患者さんと良くコミュニケーションをし、診断の精度を上げていくものです。患者さんが50歳を超えると生活や思考にバイアスやノイズが多すぎてニュートラルな判断や比較をすることが難しく、あまりこのようなやり方は通用しなくなりますが、若い患者さんについてはあまり病気になったことがないためか、色々な症状の経過がよく整理され、見通しが良いと感じることが多いので、内科としても診察の喜びを感じます。


2016/08/02

すい臓がんのリスク因子

Yahoo!ニュースに載った記事に違和感があったので、こちらでまとめます。

英語で検索して上位でヒットするものを列挙します。

まずアメリカ癌学会
対処可能なリスク
 喫煙:すい臓がんの20ー30%は喫煙が原因と推測
 肥満・過体重:すい臓がんのリスクを20%上昇させる
 職場環境:ドライクリーニング、金属工場での作業従事者
それ以外のリスク
 年齢
 性別:男性
 人種:African Americanに多い(男性の高い喫煙率・女性の肥満による?)
 家族歴
 種々の遺伝疾患:
 2型糖尿病
 慢性膵炎
 肝硬変
 ピロリ感染症
経路が明らかではないリスク
 赤肉が多く、フルーツ野菜が少ない食事
 運動不足
 コーヒー:最近の研究では否定的な結果
 アルコール:直接なのか、肝硬変、慢性膵炎を介すのか

これがメイヨークリニックになりますと
 African American
 肥満
 慢性膵炎
 糖尿病
 癌遺伝子の保持者(BRCA2、リンチ症候群、FAMMM)
 家族歴
 喫煙

次にアメリカがん治療協会
一般リスク
 年齢
 性別
 肥満
 糖尿病
 慢性膵炎
 肝硬変
 ピロリ感染症
ライフスタイル
 喫煙
遺伝
 いろいろ書いてありますが、日本に多そうなのはリンチ症候群

イギリスがん研究会
 年齢
 タバコ
 肥満
 アルコール
 電離放射線
 背が高い
 赤肉
 膵炎・胆石・糖尿病・潰瘍・血液型A
 癌の既往歴
 家族歴
 肝炎
 ピロリ感染症
 歯周病
 アクリルアミドにさらされる職業
リスクを下げるかもしれない
 葉酸・フルーツ野菜・運動・出産経験・アレルギー体質(ただし喘息患者はリスクが高いとされる)
リスクと無関係
 加工肉・NSAID・人工甘味料・ディーゼル車の排ガス・スタチン・砂糖・炭水化物・オメガ3脂肪酸・乳製品・コーヒー・ビタミンD・脂肪摂取量・初潮年齢閉経年齢・ピル・ホルモン補充・お茶

ジョンスホプキンス
 タバコ
 年齢
 人種
 性別
 宗教:アシュケナージユダヤ(BRCA2陽性の人々が多い)
 慢性膵炎
 糖尿病
 肥満
 食事:肉・コレステロール・フライ・ニトロサミン/フルーツ野菜・葉酸は抑制的
 遺伝

などとなっています。
どうも日本消化器病学会の情報にはいくつかの疑問を残します。
・コーヒーに関しては間違っているのではないか
・ピロリ感染症について言及がないのはなぜか
これに加えてリスクに
・IPMN
は入るのだろうか、などという疑問もあります。

大腸がんは2回大腸内視鏡をすればかなり予防が可能
胃がんはピロリ除菌をすればかなり予防が可能
肝がんはワクチンや薬で予防が可能
子宮頸がんも恐らくワクチンの効果が出てくるだろう(将来)
という社会の変化の中で、
肺がんとすい臓がん、乳がんは取り残されている、という認識を少なくとも医者になったころには持ち始めました。私が医者になったのは平成3年、1991年の事です。ピロリの除菌がだんだんと広がりだしたのが1990年ごろ、C型慢性肝炎に対するインターフェロン治療の認可が1992年、大腸はすでにadenoma-carcinoma sequenceは一般的知識で、一部そうでないものがあるようだ、とわかってきたのが1990年ごろ。少なくとも多くの大腸がんは予防が可能だ、と理解が出来ました。
それが患者に肺ヘリカルCTを勧めたり、エコーの腕を磨いてきた一つの理由にはなっています。幸い肺がんは喫煙者の減少に沿って低下傾向が見られますがまだまだ予後の悪いが癌です。当院の患者さんは幸い早期で見つかる方が多いのは神奈川病院のおかげといえます。しかしすい臓がんはそうではありません。残されたすい臓がんの予防や早期発見を含め、良き人生を生きるためにいくつかの戦略があるうちで、みなさんに出来る最も有効な作戦は

肥満・過体重にならない

という事に尽きるのではないか、と思います。
BMI25ぐらいが良いのだ、というのはみなさんへの一種の慰めです。
BMI25を超えた時の医療のやりにくさは、真面目にやるほど医者を悩ませる問題で、そうした私の苦悩を思いやって、BMI25以下の体づくりをしてくださる方が当院に増えれば良いなと願っております。

2016/07/16

胃痛の三原則


これほど美しい胃粘膜をもちながら、「胃が痛い」という人々は多いわけで、その人々に「機能性ディスペプシア」と大雑把に病名をつけてお薬を処方するというやり方はいかがなものでしょうか。エビデンス、にたよるならPPI。しかしPPIを長期に渡り漫然と投与する事を問題視しないのは診療センスがないというものです。(海外では少なくともかなりしつこく警告されているが日本では皆無です)妊娠可能な女性なら尚更です。

胃の痛みはカプサイシン受容体で感じますが、それは筋層のそばにあります。少々荒れた程度では痛まないので、よくある「この胃の荒れが云々」という説明は医師のごまかしでしかありません。私はこの人々に以下の三原則を説明し、まず理解していただく。

胃痛の三原則(鵜川)
1)胃酸が粘膜に染みこんで痛覚を刺激する。
2)胃の平滑筋が過度に収縮し圧が上昇する事が痛覚を刺激する。
3)胃粘膜の相対的な虚血状態が痛覚を刺激する。

患者の症状というのは、知識に修飾を受けます。最初に概念を理解していただいた上で投薬し、彼らのフィードバックを待ちます。するとより具体的に、痛みが発現するきっかけ、性質、経過、投薬の効果を報告してくださるのでより良く対処する事が可能です。

ここで私が強調したいことは、医療には診断をつけてガイドライン通りに治療をする、というようなやり方では到達できない領域もある、ということです。患者教育をした上でコミュニーケーションする、という方法を用いてゴールを目指そうとする。これには2つのゴールがあります。1つめは知識を得て患者が自立することであり、2つめは理解できないまでも患者が医師を信頼する事です。この目的を達成するために私自身も柔軟でなければならぬ。こうした文章を書くのは、自分自身にフィードバックをして知識や意識を再確認するためでもあります。

2016/07/10

三原則について

Web上で「カーライトの三原則」という言葉を見て、少し違和感を感じたため、検索(ダブルクオーテーションで囲んで"カーライトの三原則")してみると3つしかなく、「カートライトの三原則」だと5件あった。いずれにせよ、知らない。
Webの情報からそのまま抜粋すると「感染症ではFe・UIBC・TIBCすべて↓。」と書いてあるのだが、これって「三原則」ではないよね?え?鉄下がる、UIBC下がる、TIBC下がる、で三原則とカウントするのだろうか。

三原則というと、
ロボット工学三原則
武器輸出三原則
防衛装備移転三原則
高校三原則
見沼三原則
近衛三原則
非核三原則
クラークの三法則
ジョン・ヘイの三原則
近代私法の三大原則

などが挙げられ、英語では three laws であろうか。
Laws of thermodynamics
Newton's laws of motion
Kepler's laws of planetary motion
などが挙がるだろう。上記と重なるが、
Clarke's three laws
Three Laws of Robotics
であるとか
Law of three stages(オーギュスト・コント 三段階の法則)
というようなものもある。

カーライトは、Cartwrightという姓であって、カートライトもカーライトも正しいとは思うけれど、そもそもCartwrightは何を述べているのであろうか。


この論文にGE Cartwrightの論文がReferencesとして登場するのがそれだろうと思われる。ユタ大学の Dr. George E. Cartwright がその人らしい。


ウィルソン病、ヘモクロマトーシス、貧血の研究などにその名をとどめている先生だということだ。その彼が、

という論文を書いていてその中で、こう述べている。
慢性疾患に見られる貧血は、しばしば軽度で非進行性である。その特徴として、血清鉄の低下、TIBCの低下、トランスフェリン飽和度(TSAT)の低下、骨髄での鉄芽球の減少が挙げられ、細網内皮系の鉄は正常かあるいは上昇する。
鉄が白血球に奪われて貧血になるのだ、という事のようだ。鉄吸収が云々という議論も出てくるのであるが。

まあ、要するに、カートライトの三原則、なるものは、ない。

ただし、勉強していると混乱の元になるような記述も見られるのである。


という論文があって、その中にこういう記述がある。

1962年にCartwrightが書いた総説(Cartwright GE, Wintrobe MM. Anemia of infection. Adv Intern Med. 1962;5:165. )が慢性疾患による貧血が従来の貧血とは異なるものである事を示した初めての総説である。この慢性疾患とはもちろん"big three"と呼ばれる3つの病態の事である。すなわち、感染、炎症(膠原病などの)、そして癌である。

カートライトの三原則、という言葉はもちろん存在するものではないのだけれど、恐らくカートライトが病態を明らかにした慢性疾患に伴う貧血の原因としての"big three"がFe, TIBC, UIBCにまぜこぜになって混乱したものである、と考えるのが妥当であろう。

日本で見聞きする医学知識にはしばしばこうした混乱が見られる。鵜川医院の院長も以前、二酸化炭素に関する論文で、こうした混乱した知識がまた引きまた引きされて誤った状態のままである、ということを指摘していた事がある。これが日本語で医学を勉強する我々のピットフォールであるから、いつも心せねばならないと考える。特にかっこいい言葉には要注意であろう。

Googleによると三原則もいろいろありそうである。








2016/06/22

症状検索の作法

ちょっと時間があったらapp作っても良いんだけど、そういうマッシュアップは文句言われそうだからやり方だけ書く。


基本的に、良質の医療情報を日本語で得たい時には、

1)Uptodate.com
2)メルクマニュアル日本語版
3)厚生労働省
4)大学の医学部
5)アドセンス広告を出していない、医師が書いた記事(要するに僕みたいな)

で、情報源としてやめたほうが良いのは、

1)マスコミ
2)アドセンス広告出してるサイトすべて

となる。



「胸がどきんとした」という状態を検索したいときはこうなる。

まず、Uptodateにアクセスして、「胸 どきん」で検索する。


これだけで、もうかなりそれらしいのが出てくる。

次にメルクマニュアルに行く。


ぶっちゃけUptodateのほうがそれっぽいのが出てくる。胸がどきんとする、という時には心臓だけではなく筋肉だとか、呼吸の不調和だとかそういうものもあるから。なるべく「動悸」みたいな言葉にしないほうが良い。それだけで筋肉性の症状に到達できなくなる。

厚生労働省みたいなのではどうか。

胸 どきん site:mhlw.go.jp などとする。

大学病院などではどうか。

胸 どきん site:ac.jp とか site:or.jp などとする。


いいですね。

で、広告のないサイトの探しかたなんですが、例えば

胸 どきん 医院  -adsense -Ads -質問

などと入れる。(後ろの語句を加えて検索)


まあ、このぐらいはやってみるのが基本じゃないかと思う。

他にも簡単な簡単な呪文があって、

胸 どきん site:or.jp
胸 どきん site:ac.jp

といったもの。

ちなみにこの質問があった場合、自分の返事は以下。
○ドキンとただの一回だけ感ずる場合に、その振動のようなものは筋肉の動き由来であろうということには異論はあるまい。
○そのドキンを生じさせる筋肉には以下を想定すれば良いだろう。すなわち、1)心筋、2)呼吸筋、3)それ以外の筋肉、4)気管支、5)食道である。
○そのうち、気管支、食道についてはそれほど現実的ではあるまい。それらの急激な収縮が他の症状無しで起きたりそれを前胸部でのみ感じる事は少ないだろうから。
○心筋については、期外収縮を感じるケースと、ただ心臓の動きとを感じるケースとがあるだろう。痩せた人がやや前屈したような時に心臓が胸腔内で踊るような感覚を生じる場合があるようだ。
○大胸筋のような筋肉が無意識にたった一回のみ収縮するという事だってあり得る。
○呼吸筋の場合には、複数の筋肉の動きが協調するのでそれらの同期が上手く行かぬ時にどきんと感じる場合があるかもしれない。
○このうち証明が可能なものがあるとしたら、期外収縮であろう。しかしその回数が少なければ実際には治療の適応になることはないし、頻度の少ないその症状だけで検査をするかと問われると合理的な理由にはならない。あなたが心拍計を自ら購入するならば別である。
○そのような違和感を感じるという時、たいていは無意識に何かをしており、われに帰った瞬間である。何をしていたのか、今自分がいるところ、おかれた状況、1分前には何をしていたか、自分は呼吸ができているのか、心臓が動いているのか、そうした事を確認してほしい。一度冷静になって見なおしてみると、実は「びくっ」となる時にはいろいろなパターンが有ることに気づくかもしれない。気づいたら教えてほしい。
○もちろん途中で明らかに症状の頻度が上昇し、これは不整脈だろうと思ったらいつでも連絡して欲しい。検査をするから。
このような小難しい問答になるだろうから、インターネットでの検索のほうがよほど気軽ではないだろうか。

2016/06/05

アオジソ、ショウガ、ワサビ、ニンニクでアニサキス症は予防されているかもしれない

天ぷらに添えられた大根おろしは、
その中のジアスターゼという酵素の働きで、
消化を助け天ぷらで胸焼けするのを防いでくれている、
というような見事な仕組みを持っています。

和食のこうした組み合わせの妙は、大根おろしに限らず、刺し身でも見られるようです。

ここにお示しする論文は、生魚の代表的な食中毒の原因であるアニサキスの活動性を、
刺し身に必ずつきものの、アオジソ、ショウガ、ワサビ、ニンニクで完全に抑制することが出来たというもので、これは取りも直さず、普通に食事をしているつもりでも、案外アニサキス症が未然に防がれているかもしれないという事実を示しているのかも知れません。

なんという知恵でしょうか。


それでもアニサキス症にかかってしまったみなさんにはご同情申し上げます。内視鏡を使わずに治す方法も用意はしていますが、良い機会だから内視鏡をお受けになってはどうでしょうか。

なぜならアニサキスだと思っていたけれども偶然胃がんや胃潰瘍が見つかる例は数%を超え、実は胃のレントゲンで引っかかってきた、という人たちよりも病気が見つかる確率が高いからです。これはアニサキスが癌などの臭いを好むからではないか、実際に胃がんのそばにアニサキスが食いつく、という症例報告が見られますがあながち無視は出来ません。

アニサキスについては以下の記事もありますのでご参考にどうぞ。
アニサキス症、実際にはこういう診察の流れです
胃アニサキス症に関する簡単なまとめ




2016/05/22

Split-dose bowel preparation for colonoscopy

~2014年11月9日の日記から~

保健診療で貴重な医療費を使って大腸の内視鏡検査を繰り返し何度も受けることは関心しませんが、一生に1回か2回、適切な年齢(50~55歳ごろ)で大腸内視鏡検査を受けることは寿命を伸ばします。しかし大腸内視鏡検査は辛いと思い込んで機会を逸する人々が日本にはあまりにも多いのが残念です。医師の技術だけでなく、前処置への工夫、患者のモチベーションすべてが重要な検査です。医療がコンビニ化し、患者のモチベーションが失われてしまったのがこの国の問題です。医療崩壊に備え、50歳以下の方々が医療を受ける意欲だけは失わぬようにと祈ります。このうち前処置の工夫に関してお知らせするのが当記事の主旨です。

岡本平次先生が提唱されていた大腸前処置のM-M法ですが、2014年11月、アメリカの大腸内視鏡検査の前処置としてSplit-Dose法として新たにガイドラインで推奨されました。大腸内視鏡検査のパイオニアである岡本先生の先見の明はさすがです。

論文は
http://www.tcgroup.it/attachfilemail/emailaigo/allegatiarticoli/1866-5683.pdf

前日に半量を、当日に半量を飲む方法です。日本の先生方はこれとは違う工夫できれいな前処置を達成しておられますが、ここまで確実な方法はないだろうと思います。


注釈:

岡本平次先生がM-M法(クエン酸マグネシウム2回法)として長年行っていらした大腸前処置法が、Split-dose bowel preparation for colonoscopy としてにわかにこの数週間(2014年11月)アメリカで盛り上がっているのは、それがFDAで認可され「推奨」としてガイドラインに入ったからなのです。楽で、きれいになる、と。特にきれいになる、の部分が評価されています。

岡本先生は明治神宮前でクリニックを開業しておられる。患者さんは全国からいらっしゃる。外国籍の方々も多い。自宅でいかに事故がなく、しかも道中無事でクリニックにいらっしゃるか、そして耐容性がいいか、という事についてこれほどハードな環境もないでしょう。もちろん大腸がきれいになっているかどうか、という重要な点をクリアせねばなりません。進化は必然だったと思うのです。

ところがM-M法の具体的な方法ってなかなか見つからないようなのですね。私も良く人から聞かれます。技師会で発表されているはずなんだけど、と思いましたがおそらくFDA認可というか、薬事が云々なのでしょう。

アメリカでFDAから認可された方法は、
前日モビプレップを240mlx4回15分おきに飲む。(検査の12時間前までに)
寝る前に水分を480ml飲む。
当日モビプレップを240mlx4回15分おきに飲む。
水分を480ml飲む。(検査の2時間前までに)
みたいな感じです。G6PD欠損症の患者さんはPEGで前処置。
PEGの場合は前日2-3L、当日1-2Lです。(日本ではその半量ぐらいで行けると思われ)

等張液を当日の検査前に一気に飲むよりは、時間をずらして飲んだほうが上行結腸がきれいになりやすい、というのはM-M法を経験している先生ならば誰もが納得されるはずで、アメリカで受ける、というのは納得出来る話です。(日本では大腸をきれいにする他の工夫をいっぱいいっぱいしますからそこまでの熱狂はないと思いますが)


M-M法に関するまとめ
~一気に2L飲まなくて良いので患者の耐容性が良い~
~大腸がよりきれいになる~
~補助的に使う前日の下剤による腹痛から患者が開放される~


追記:2016年7月4日にピコプレップが薬事承認されましたけれど、ピコスルファートナトリウムが入っているので、便秘で刺激性下剤で痛くならない方向きです。


2016/04/29

業務連絡

なんでもジェネリック医薬品にすべき、というプレッシャーが病院にはかかっています。しかしそのために余計なコストがかかる場合もあるのです。
ジメチコン2%はその一例です。ジェネリックにしてしまうと機器の洗浄にそれ以上のコストがかかるのです。

その解決策の一例を書きました。

ジェネリック医薬品は、先発品を同じではありませんが、成分は公開されているのである程度予測をつけることが可能です。私はいつもこのようにアプローチしています。

ガスコンドロップ内用液2%のジェネリック医薬品としてバルギン消泡内用液2%というものがあるのですけれど、バルギン消泡内用液2%はグリセリンが添加されていてベトベトです。だから内視鏡検査の時に使うと…ちょっと差がある。あとで機器を洗うときにも汚れが落ちにくいのは問題です。

ガスコンドロップ内用液2%のほうはポリソルベートという乳化剤を使っていて非常に素直なんですが。

ガスコンドロップ内用液2%は1mlあたり3.7円、バルギン消泡内用液2%は1mlあたり3.2円、内視鏡1件あたりのコストの差は2円です。

バリトゲン消泡内用液2%というジェネリックもあります。これはポリソルベートを使っているから恐らく大丈夫なはずです。そもそもバルギン消泡内用液2%だのバリトゲン消泡内用液2%だの同じくジェネリックのバロス消泡内用液2%だのという名前からして、バリウム検査用に作られているのは明らかなのですから内視鏡の時の油っぽさがどーのというような検討はされていないと思うのです。

病院の事務方がその0.5円にこだわってガスコンドロップ内用液2%に戻すのをしぶる場合には、バリトゲン消泡内用液2%を試してみるのが良いかもしれないと提案させていただきます。

2016/04/19

逆流性食道炎の咳は、胃酸が気管支に入って出るわけじゃない

咳が出る人の中には逆流性食道炎の方が一定数おられ、
その咳の出る機序を患者さんにこう説明している先生がおられる。

「胃酸が喉頭や気管支に炎症を起こし云々」(microaspirationの事のみを説明)

私はその説明のみでは不十分だと思う。明らかに声帯に胃酸によると思しき炎症がある印象的な症例はあるものの、半数以下だと考えて良いのではないか。

Gastroesophageal reflux and chronic cough
Susan M. Harding, M.D., F.C.C.P., F.A.G.A.
GI Motility online (2006) doi:10.1038/gimo77


というのは、内視鏡時の以下のような反応がヒントになる。



内視鏡を梨状窩より挿入時に、唾液やルブリカントなどを誤嚥していないにも関わらずしばらくの間咳が止まらない人々が一定数いる。
割合最近まで、挿入時に患者さんが咳をするのは自分の未熟のためだと思い、ひたすら研鑽に勤しんでいた。しかしどう自分の手技を減点法で厳しく採点しても減点できない場合にすら咳が出るケースがある。その症例を観察していると以前森谷先生から教えていただいた、「咽頭食道神経症と咳喘息症例がオーバーラップする」という一言が思い浮かんだ。咳が出る症例を一例づつ検討すると、それらはいわゆる過敏症に属する人々であり、上部食道への様々な物理・化学的刺激がそのまま咳につながると考えると論理的である。
つまり胃酸が本当に気管支内に入る事で咳を誘発するのではなく、上部食道まで胃酸が逆流した時点で反射的に咳が出る、という症例が多いと考えると無理がない。



気管支の中に胃酸が逆流すればひどい炎症を起こし咳を誘発するだろうけれど、実臨床ではそのような炎症を確認できることは少ない。私は内視鏡時の咳反射を観察することも病因にせまる一つの方法として利用している。英語での"esophageal cough"という言葉はよく本質をあらわしているように思う。("acid"や"reflux"という言葉を使っていない)


「呼吸と循環」という雑誌があり、この53巻6号pp. 581-587に胃食道逆流と呼吸器症状(岩永知秋、高田昇平)という総説がある。この中に、"esophageal cough"が最初に記述されたのは1世紀以上前、Sir William Oslerによると記載されている(!)。このウィリアム・オスラーという人は高名な医学者であり、ジョンス・ホプキンスの最初の内科教授である。
オスラーの業績はあまりに多いけれど例えば、
Osler兆候1:橈骨動脈がカチコチに硬いときに、血圧計で測定するといくらカフに空気を入れても音が聞こえてしまい、血圧が200とか250などと測定されてしまうけれど、実際にはそんなに高くはない"pseudohypertension"において、血圧測定中に橈骨動脈を触れると硬いサイン。これはこれで強い動脈硬化がある事をしめす。
Osler兆候2:Osler結節(感染性心内膜炎で指先端に見られる有痛性の紅斑性皮下結節)
Osler兆候3:グレーブス病で稀に認められる粘液水腫
などと、Osler兆候だけで3つもあるほどである。
Osler-Weber-Rendu病
Osler-Vaquez病(真性多血症)
などに名前が残るし、彼の名言も良く医学あるあるのネタになる。



そして"esophageal cough"に関しても記述していたとは本当に驚きだし、総説を書いて下った岩永、高田先生には感謝だ。実はまだ、上記文献を手に入れていないので大学に行って検索してみようと思う。

2016/04/17

知の神話

東大総長の五神真先生による東京大学大学院入学式の式辞は面白かった。(直接聞いたわけじゃないけど)

平成28年度東京大学大学院入学式 総長式辞 | 東京大学

今、日本語の母音があいうえおの五音に(文字のうえでは)縛られているわけだけれど、これが決定されたのは明治のことであって、それ以前は少し緩かった。

五十音のおかげで日本人はケータイやスマホに親和性が高い説もあり、デザインする上でその発展を勉強するのは無駄ではないと、昔坂井直樹さんの学生さんたちに1時間ほどレクチャーする機会があったので調べたことがあったのだ。

坂井直樹のデザインの深読み

五十音の成立を勉強した時に、本居宣長の存在が極めて大きく感じ、ぐぬぬこの天才めここでもお前か(日本史上で一番天才だなーと思ってるのが本居宣長)、と思いながら馬淵和夫先生の五十音図の話を読んだことを思い出した。


総長のお話では本居宣長の弟子である石塚龍麿の埋もれた研究を、橋本進吉先生が再発見したストーリーが語られている。また梶田隆章先生が膨大なデータの中のわずかなゆらぎに気づいたエピソードも語られた。


エラー、などと言って我々やコンピューターが捨ててしまいがちな中に真実が眠っていることがあり、その中から真実を見つけ出すのは憧れであり、時に神話のように語られる。

(英語では神話・mythというと、「嘘」というようなニュアンスがあるけれども、日本語での神話は神聖なもので、その中に真実がある、というようなニュアンスがあり、ここで使う神話はそういうポジティブな意味だ)

そうした神話性を悪用して天才ではない人々が「例外的な」「希少な」「実は」という言葉を用いてエラー知をひけらかす(疑似科学)、という事が現代では当たり前のように行われている。医療は特にその側面があるので自らへの戒めとしたい。

ところでいろは歌は奇跡の歌だ。あの美しく完璧な歌があるおかげで、かなは五十音に収束せざるを得なかったと感じる。音韻学者は平安から江戸にかけてたびたび「本当の音韻を文字であらわすには」と挑戦し、結局敗れていった。

2016/04/10

理系な「なんとなく」


医療には「なんとなくどういう感じ?」という問いが存在します。
今の気分が良いとか悪いとか、雰囲気で良いのです。
自発的に何を話しはじめるだろうか、と観察するための問いだから。

しかし、頭のいい人ほど答えに詰まってしまう。
その問いに対してどう答えたら良いのか論理的な答えが見つからないから。

少し困った顔をして言葉が出てこない人は、
医療に接し慣れていない、頭が良い、理系の人なのでしょう。
そういう理系の頭の人には、この説明をこう解説するとわかりやすいかもしれない。
と思って非常にIQの高い若い人に説明したら素直に納得してくれたので、意味のない説明でもないと思って書いておくことにしました。

九鬼修造の『情緒の系図』を参考にしますが、
そのうちの「主観的感情」は、「嬉しさ」「悲しさ」であらわされます。
理系が哲学者が書いた本を読んでありがたいと思うのは、第三者とのコミュニケーションに関するいろいろな物事を定義しようと彼らが先に試みてくれている事です。それを利用しない手はない。


主観的かつポジティブな事象(嬉しさで代表される)、あるいはネガティブな事象(悲しさで代表される)は種々あると思うのですが、
例えば「痛み」という感覚は主観的感情に対してネガティブな影響を与えるはずです。

それらを自分なりの相対スコアで構わないから記録して、度数分布表を作ってみる。
頭の良い人の度数分布表は過去数分とか過去1時間、過去1日、過去1週間、過去1ヶ月、1年・・・・・・というようにスケーラブルでありかつ正確であろうと思います。それは通常状態では正規分布に近いのではないか。
天変地異や大きなライフイベントがあった時にはその形は大きく崩れるだろうと思います。

その感覚の度数分布表を頭に思い浮かべて、平均がポジティブなのか、ネガティブなのか。あるいは正規分布に従うのか従わないのか。ぶれが大きく標準偏差が大きいのか、あるいは安定していて小さいのか。



そして医療においては前回その人(たいていは医者やナース)と会って以後の時間の範囲で情緒の度数分布表を作って平均や標準偏差を求め、その答えを「なんとなくどういう感じ?」という問いに対する答えとすれば良いのではないか。あるは初めて会った人ならば、その人と出会った瞬間から、あるいは病気の話題があったとするならばその発端となった時間から今現在までの時間の範囲で同じ作業をすれば良いのではないか。

感情で生きる人、記憶力が膨大でない人は「情緒の時間軸がスケーラブルではない人」なので、そうした漠然とした質問にあまり迷いなく答えるだろうと思います。

しかし理系かつ記憶領域の広い人ほど「いまどう?」と聞かれて困ってしまうのは「情緒の時間軸がスケーラブルなので、その区間を区切ってくれないと値が不定になってしまうから」という理由によると考えます。

情緒が安定した人は情緒の時間軸がスケーラブルかつ非常に長時間にわたるあれこれの感情の平均値を表にあらわしているだけで、彼らの感情が鈍いということではないのだと思います。

2016/03/12

内視鏡は情報量が多いためすべてを説明しようとすると無理であり、それをどう抽象化するかが医師の実力の差となる。

内視鏡医の技量には3ステップあると考えています。


第一に手技ですが、これは誰でも一定のレベルに達する事が可能です。世間で「自分は上手い」と思っている医師の半数ぐらいはこのレベルかと。
イノベーターとなるのは各世代で数人ではありますが、その何十倍の人間がすぐに追いつく、を繰り返す世界です。車輪の再発明も多い。その何十倍かの人間はそこそこの技量を持って診療に当たるでしょう。一定のレベルの上に行くにはどうしたら良いのでしょう。才能がない人間に必要なのは生理学と解剖学と物理学の知識ではないですか?

第二に情報収集能力です。これは少し才能が必要かもしれませんが、才能があるのに教科書をまじめに読まないような人間ほど「独自理論」を作り出してしまいます。内視鏡用語集を熟読しないような医師にはあまり診てほしくないです。1年でトップレベルになる若い医師はこの才能に恵まれている人です。

第三に情報の抽象化です。これは意識してやっている人は少ないかもしれません。時々「不思議と癌を見つけてしまう」という人がいますが、才能です。「褪色は癌」などといった単純な知識では癌は見つけられないのです。私は才能がないのでしょうか、意識をして行います。これが内視鏡をしていた最も頭が疲れる作業です。内視鏡は情報が多すぎるので、すべてに意味がある、と思いこむと矛盾の沼にはまります。どれを捨て、どれを取るのか、それを行う作業が抽象化です。

エコーも似たようなもので情報量が多すぎるので、どう捨てるか、が上達の決め手になるかもしれません。指導を受けている人は、指導者から教わるときに彼が今なにを捨てたか、を意識してください。つまり「指導者が何を捨てたか」がわからないといけないという事です。それには座学が重要だし、観察力と一時記憶が重要になります。種々の情報をなるべく捨てずに済む、一時記憶量が多い人ほど当然うまくなるのは早いと思います。

注目すべきでない事をしつこくつついてくるトレイニーは要注意です。たいてい捨てている情報というのは非特異的だから、あるいは例外的だから捨てているのですが、これは10人、20人と繰り返していくと自然にそうだとわかるはずの事です。一回聞くのは構いませんが、しつこく聞いてくる人は大丈夫かしら?と心配になります。そういう情報から何かパターンを見出す能力があるとすれば人工知能(ディープラーニング)であって人間ではありません。将来は人工知能から我々が学ぶのです。

2016/02/07

胆石の治療について

胆石については今まで「絶食と胆泥」だとか「胆石が出来やすい人」という記事を書きました。世の中には胆石について「脂っこいものを食べるからだよ」という間違った知識が蔓延しているから、それに対して異議を唱えたわけです。逆にさっぱりしたものを食べている女性でも胆石が出来る理由を説明したのです。犬の胆石のでき方は違うだとか、ロセフィンでの胆石のでき方は犬のそれと少し似ているなどの知識も派生的に得られて自分にとっても役立ちました。では治療についてはどうかというと今まで書いていなかった事に気づきました。

脱線しますが胆石の大きさと、胆嚢の収縮リズムは関係あるだろうと当然思うわけです。6mmの胆石が3個あるご婦人を経過観察しているときに、その3年後には3個が3個とも大きくなるのではなく、6mmのものが増えている、そういう経験をします。それが「リズムが大きさを決定する説」の根拠です。したがって患者さん固有の胆嚢収縮リズムがわかれば胆石が出来る出来ないが予言できるのではないか。

そして胆石が大きい時に、患者さんに「痛くなるリスクは低いんじゃなかろうか」と説明するときには、二つの理由で説明が可能です。一つは風呂の栓がゴルフボールならばぽこっとはまるだろうけれども、フットサルのボールぐらいになると逆にはまらないでしょう?という説明の仕方。もう一つは、大きな胆石を育てるには胆嚢の動きはゆっくりとしたリズムであるはずで、したがって胆嚢の内圧の変化は緩やかであろう、という説明の仕方です。ただ現実の世界ではそのリズムというのは1周期が何時間だとかいうものでしょうから、証明は困難かもしれない。

なぜこうしたことを考えるのかというのは以下を読めばわかることでしょう。



今回の記事は本消化器病学会の胆石症ガイドブックを参考にします。

エコーで胆石が見つかった時にどうするか

1)症状があるとき:手術
 手術までの間、コスパノンという薬を使う場合があります。
 他にはニトログリセリンやカルシウム拮抗薬を使う場合があります。
 症状がある時には油ものは食べないよう指導します。
 なるべく早く外科に紹介しますが、すぐに手術にならない場合もあるため上記のような方針としています。

2)症状がないとき:治療しない
 理由:発作が起きる人が年間2~4%だから。
 ただし、
 1)小さな結石が多数ある人
 2)胆嚢管に結石がある人
 3)胆嚢が全く動かない人
 4)若年者
 は発作の危険性が高いので手術を考慮します。
 あるいは胆嚢の壁が厚い人、全く胆嚢の中が見えない人も手術を考慮します。
 血液検査で胆道系酵素が上がっているときにも治療を考慮します。

リスクが低い人でも発作が起きる可能性はゼロではありません。このため患者さんにはお財布に胆石の写真を入れておいていただき、発作が起きたらすぐに病院へ行き写真を見せるよう指導しています。

エコーで胆石が見つかった時に、私は食後のエコーを検査することがあります。患者の胆嚢収縮の程度を参考にしたいためです。また、総胆管を良く見ようと努力します。
リスクが高そうだと判断したときには治療をするまでのあいだコスパノンを処方する場合があります。ウルソ(UDCA)を処方する場合もあります。そしてMRCPを依頼します。MRCPでは総胆管結石の他、胆嚢内部の評価ができ、膵胆管合流異常症などもわかりますし重要です。

リスクの低い人に、しかも石灰化のある結石の場合、UDCAを処方する事は当院ではしていません。UDCAは肝炎、PBC、原因不明の肝障害、胆泥などで使うことが多い薬です。

3)手術にはどういう種類があるか
 腹腔鏡手術には2種類あり、ひとつだけおへその部分に穴をあけて治療をする単孔式手術が可能な施設も増えてきています。
 癒着が強い場合などは開腹手術が必要な場合があります。
 患者さんと相談して紹介先を決めています。

4)胆石は薬で溶けるか
 完全なコレステロール結石は稀なので、あまり効果は期待できませんが、コレステロール結石の場合には6~12か月の間UDCAを服用して経過を見ることもできます。

5)手術をしても平気なのか
 術後に総胆管結石が見つかったりなどの偶発症は本で読んでいただいて、ある程度時間が経ってからの合併症について述べます。
 1)手術後に胆管の圧力が上がる事が不快で痛いと感ずる人がいる。
  もともと胆石の通過で乳頭部に炎症が起きたりしていた人はこうした症状を呈する場合が多いような気がしています。コスパノンを処方します。
 2)食事が脂っこいと下痢をしやすい人がいる。
  胆汁を溜めておく胆嚢がないので消化障害が起きる人がいます。消化剤を飲むことで対処が出来ますがこれを知らない方が多いようです。外科で処方して下さらない場合には我々が処方します。以上2つは胆嚢摘出後症候群と呼びます。
 3)胃に胆汁が逆流する場合がある。
  もともと胆石の出来たぐらいの時から胃内に胆汁は逆流する場合があるので影響は軽微です。多少腸上皮化生が強いかなと思う場合はあります。

これらには例外事項、あるいは患者さんの背景によって異なる説明をする場合がありますので、消化器外科、ないしは消化器内科の医師に相談して下さい。

2016/01/07

善玉・悪玉

「善玉菌を増やさないと」

と言うと

「私悪玉が多いんです」

と、たぶんコレステロールと勘違いしている人が多い昨今、この善玉、悪玉、というのはもともと江戸時代のキャラクターらしい。(微生物学者光岡知足氏が腸内細菌に名付けたとのこと)


国立国会図書館にアーカイブがある。



昭和50年代後半、中学校の文化祭で有志が「折り紙の展示をしよう」と企画をしておりました。
するとN君のお父様がわざわざ国立国会図書館に行ってくださり、江戸時代の折り紙に関する文献をコピーしてきて下さった。その中には、精緻で美しい折り紙の展開図が多数描かれており、「江戸時代は遅れてる」という我々の先入観を吹き飛ばすに十分であった。
インターネットのない時代にものを調べるのは骨が折れる事だろうに国会図書館に行って検索してくださるとはお父様カッコ良すぎ。我々が身に着けるべき教養とはなにか、という事を思い知らされたし、江戸時代の人々の知性は我々が目にする簡単な「折り紙の本」とはまた別次元のもので、温故知新の重要さを学んだのであった。
ここ10年は折り紙が盛り上がりを見せ、芸術作品が作られるようになり隔世の感がある。

このような経験があり、国会図書館にものを調べに行く大人になりたい、と願っていたけれど、面倒くさがりなので行かずに終わりそうではある。話が脱線したけれど悪玉・善玉の原典はデジタルアーカイブですぐに見つかる。良い時代です。

元になった本は、

しんがくはやそめぐさ【心学早染草】 

黄表紙。山東京伝作。北尾政美(まさよし)画。1790年(寛政2)刊。3冊。人間の行為はすべて内にある善魂(ぜんだましい)と悪魂(あくだましい)のなすわざであることを,商家の息子目前屋理太郎の身持ちの上にあらわすという作意。悪魂のしわざによって放蕩したことから勘当され,盗賊にまで落ちたが,善魂の勢力挽回によって教化されるという,黄表紙としては理屈くさい作品であるが,善悪の魂の争闘と,理太郎の行動とを二重の画面にあらわしたおもしろさで好評を博した。(世界大百科事典)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1018497/184

ということなんですが、わかるでしょうか。黄表紙というのは大人向け絵本で1775年以後に流行したものらしい。1冊5丁で2-3冊セット、それがたいてい正月に刊行される、という事で、これをお正月のご挨拶としようと思った次第。



どうやら悪玉が人気だったらしい、と聞けばなんだか現代と同じじゃないですか。

本年もよろしくお願いします。