2022/09/25

ステレオタイプの形成〜色とジェンダー〜

既成概念、を英語で "Stereotypes" と言います。ステレオタイプ、は日本語にもなっています。

「既成概念」は認知の研究では「融通が効かない」「多様性を妨げる」「差別を助長する」などあまり良い印象のない言葉です。

ピンク=女の子、という関連付けもまた既成概念の一つです。ピンクそのものは魅力的な色であるにも関わらず、「ピンクが大好き!」と公言する時に、その既成概念が邪魔になる事もありますね。

こういう「既成概念」を心や脳でどう患者が扱っているのか、を医者はよく観察しています。そしてそれが病的な領域にあると判断すれば認知症と診断したりするのです。病的ではないまでも「決めつけ」は外来では溢れていますし、大声を出して文句を言う人々はたいてい既成概念の罠にはまっています。

よくある既成概念の例:

「お客様は神様だ」:三波春夫曰く。お客様が使う言葉では当然ない

「若い医者は未熟だ」:個々の実力と年齢を関係付けることは避けるべき

「消化器の事だから鵜川医院」:近所の医者に行く、が正解

こうした既成概念がどう人間に形成されていくのか、は経済や社会情勢、メディアの発達、宗教などと密接に関わっていて複雑な研究対象です。その形成についてざっと調べておくのは悪い事ではないでしょう。軽く調べてみましたが、日本語ではきちんと書いてある文章はない。ならば、と英語で検索をしてみました。

大抵いつも自分が行う事は、Google Scholarで年代別に主要論文を検索していくことです。1900年ぐらいからの文献が検索出来ますので、図書館に行って調べるほどの精度はないにせよ大変ありがたいサイトです。

Google Scholar に "Stereotypes"と入力して、年代別に並べます。するとその研究の変遷を見ることができます。研究対象としての中心は人種、それから性別だとわかります。

1930年よりも前に「人種とステレオタイプ」に関する論文を検索することはなかなかできません。人種による偏見問題の論文が多くなったその時期はちょうどナチスによるホロコーストが行われている時期と一致している事実は気になりました。実際、ナチスはメディアを大々的に使い人々に色々な偏見を刷り込んだ最初の例として挙げられますので、それは不思議ではないかもしれません。「何々をなくそう!」という声が学者から大きくなっている時には社会では逆の事がますます勢いづいて、全く抑止力がない、という事が多いのが問題ではあります。

"Gender Stereotypes" 「性別とステレオタイプ」という言葉が普通に使われだすのは1977年ぐらいからです。ではこの時代はどういう時代なのでしょうか。Genderというと1960年代には大きな動きがありましたからもっと論文があっても良いのに、1978年は遅すぎると思ったのです。しかし学術界はいまだに男女差別が強く残るぐらいなので動きが遅いのだ、と考えました。

初期の論文は子供に焦点を当てている事が多いので、玩具について見てみます。

玩具メーカー・マテル(バービー人形を1960年ごろに発売した米国最大の玩具メーカー)は製品がヒットしたものの1971年をピークに株価は低迷している時期です。この時代の論文は女の子は家庭に、などという既成概念を研究していますが、そうした傾向は洋服や玩具で決定づけられたとしています。ちょうどバービーが大ヒットしてひと段落したあたりで時代の反省をしているのでしょう。

日本ではどうでしょう。リカちゃんの発売は1967年。ゴレンジャーが1975年で、このときにはすでにモモレンジャーは登場しており、ある程度「女の子はピンク」は決定づけられていたようです。世界に広がっているのが見て取れます。

歴史の研究によれば、玩具によるジェンダーステレオタイプはGI.ジョーとかバービーが発売された1959年~1963年ぐらいに形成されたあとに、一度フェミニズムの台頭で1970年代にはニュートラルに戻った、としています。

しかし80年代から玩具市場が拡張しだすとユニセックスよりも男女別にしたほうが、という流れになったとされています。そのピークは2000年ごろのことだそうです。マテルの株価は1998年にピーク。その後下落し、2014年に上場来高値に近づきながらも上抜けていない状態ではあります。第二の波が終わって今は反省の時期に入っているのでしょうか。

同じ業界のハズプロ(モノポリー、Mr.ポテトヘッド、GIジョー、MTG)ですが、こちらは「女の子向け」という商品が少ないせいなのか、ボードゲームのおかげか、2018年まで株価は上昇していました。とはいえ時価総額はマテルに及びません。そもそも両者ともNASDAQ市場です。玩具は市場そのものは大きいわけではありません。しかし既成概念形成に与える影響は無視できないと思います。

玩具を中心に述べましたが、服、アクセサリーなどを軸に論じるパターンもあるのだと思います。ディズニーのキャラクターで論じられる事は多いです。こうした既成概念を産んだのが消費社会であることが原因だとすれば、プラスチックやCO2排出量、広告やメディアと関連付けて論ずることもできるかもしれません。

こうして調べた感想としては、既成概念は自然に生み出されたものというよりはマーケティングの結果なのだろうという事です。例えば人種に関する既成概念は、搾取や奴隷制を正当化するためのものでした。性別に関しても同じく搾取や市場拡大のためでした。

STEM教育、STEAM教育という教育法があり、過去に取り上げた事があるかもしれません。この教育では既成概念を形成しやすい環境を否定的に捉えています。当然の事なのですが、今の教育現場ではまだまだ古い概念が残っているかもしれません。

ピンク自体は美しい色です。日本の美しい様々な赤系の色を見るとホッとします。しかし既成概念が邪魔して、デザインに採用するというときには難しい色になってしまいました。AppleのPCを買う時にはGoldという色を選ぶことが出来ます。最近買ったMacBook Airの色はGoldです。しかし実質的にはPink Goldという色合いです。これは自分にとっては嬉しい誤算でしたが、Pinkと名付けるとマーケティングには逆効果と判断されて、Goldと名付けられているのだろうと思っています。

自分のかつての専門は内視鏡でした。世界の藤田、と言われた人が自分の大ボスに当たります。我々のチームは「手術衣がピンク」というのが割と業界では有名で、ピンクの手術衣を着ていると「あ、藤田の弟子だな」とわかります。藤田はなぜピンクを採用したのでしょうか。①目立つから、②テレビにうつったときに顔が明るく見えるから、という現実的な理由だったようです。もしも胃カメラや大腸内視鏡検査を受けるとき、医師がピンクの手術衣だったら、藤田の弟子なのだ、と思ってください。自分がこのボスについていこう、と思った理由は考えが既成概念に左右されずニュートラルであることが、その手術衣からもわかったからです。実際、常に最先端の考えで突き進んでいました。既成概念に捉われていない=クリエイティブ、という事です。

この絵は自分はPhotoshopで描いたもので、忘れましたが体内の構造をレタッチしたものです。頭の中には思いつかないようなテキスタイルが登場しますので、とても面白いなと思って10年以上前にかなりの枚数描きました。

さて、話を元に戻しましょう。

ピンクは元々は女の子の色だったわけではありません。キリスト教の影響があってマリアの処女性が青で強調されていたこともあり、女性には青が勧められ、男性はむしろ赤系のものを着る傾向があったそうです。1910年代のファッション雑誌では、女の子の洋服として青、男性はピンクが勧められているのです。

それ以前に子供の洋服は清潔を保つために漂白をする必要があり、男女問わず白が基調であった、というのが1900年ごろまでの傾向です。

1884年にNYで撮影されたとされるフランクリン・ルーズベルト(合衆国大統領)の幼少時の写真はジェンダーニュートラルです。


しかし第二次世界大戦が起きて、ピンクや赤い色を男性が着る事が少なくなりました。青系の色を男性が多く着るようになり、反対に1950年ごろには女性のファッションにおいて "Think Pink!" などのコピーが登場することとなりました。さらに1950年代の映画は女性=ピンク、という概念に大きな影響を及ぼしたようです。さらに1959年のバービー人形発売。

既成概念の変化というのはやはり大きな社会の変化を反映すると言えそうです。その後1970年代からは再びジェンダーニュートラルな動きはあるものの、全体的な傾向に変化はありません。既成概念化したのです。

では既成概念は悪であり否定されるべきなのでしょうか。実はそれは生物学的に妥当なのではないか、と考える人々もいます。

実際、女性=ピンクという概念は西洋社会を超えて瞬く間に世界に広がっています。それには生物学的な理由があるのではないか?と考える人がいるのは無理はありません。(自分はやはり経済活動のほうが因子としては大きいと思っていますが)

まず、男性と女性は色の感じ方には違いがあるようだ、との研究があります。

男性は狩猟をするので、動くものに対してより敏感に反応するように進化しているのではないか、という仮説から、自動車・鉄道などの乗り物好きを説明しようとしています。

女性には月経があり、子供を産む関係で、赤系の色に対して敏感に反応するのではないかという仮説があります。

学者は好き放題仮説を考えますが、将来脳の発達をシミュレーションできる時代になるまで、結論はお預けです。

ところで日本では、ピンクはいろいろな呼び名がありますね。

桜色、朱鷺色、珊瑚色、桃色、薄紅色、撫子色、薄紅梅、躑躅色、牡丹色、薔薇色などなど。

既成概念は発想を制限してしまいます。ピンク!と色が主張しすぎると、それ以外の色の出番は少なくなります。微妙な色の違いを様々な呼び名であらわした日本の文化は柔軟で、(それはそれでマーケティングの一環だったのかもしれませんが……)自分は素敵だなと思います。


参考:

Google Scholar

https://awomensthing.org/blog/pink-and-blue/

Pink and blue: The color of gender

https://www.smithsonianmag.com/arts-culture/when-did-girls-start-wearing-pink-1370097/

日本の伝統色

2022/09/21

嗅覚トレーニング

嗅覚障害はCOVID-19で断然注目されており、知るべき知識として書きます。

●嗅覚刺激療法は英語ではolfactory (re)trainingと記されます。Smell retraining therapy (SRT)とも言って、2009 年にドレスデン大学の Thomas Hummel 博士によって最初に開発されました。

●匂い分子が嗅細胞に到達できない気導性嗅覚障害は,嗅覚刺激療法の適応にはなりませんが、多くのCOVID-19感染者には適応があります。

●嗅覚刺激療法の治療の根拠はシナプス可塑性(記憶)です。シナプスでは学習と忘却が起こります。 おそらくCOVID-19では嗅覚の記憶が炎症や血流障害などで失われる場合があるのです。それを再訓練するのがこの治療です。障害が大きいと戻らない可能性はあります。

●万能ではないし、効かないとがっかりして欲しくないですが、嗅覚刺激療法によって嗅覚域値および同定能の改善が期待されます。

●必要な香りと方法:エッセンシャルオイルを用意します。

ローズ (フローラル)

レモン (フルーティー)

クローブ (スパイシー)

ユーカリ (樹脂) 

・1日2回、10秒間香りを嗅ぎます。インターバルでは3回呼吸をします。少なくとも3ヶ月行いましょう。


●なぜ4種?

味覚に塩味、甘味、苦味、酸味、旨味があるように、嗅覚にはフローラル、フルーティー、スパイシー、樹脂臭、スモーキー、悪臭の6種があって、そのうちの心地よい4種が選ばれています。楽天で売っている嗅覚刺激セットはローズの代わりにラベンダーが入っていますが、ローズは高いからなのでしょうか。

●ステロイドと組み合わせると効果的?

スタンフォードの研究者が、ブデゾニド(ステロイドの点鼻)+鼻洗浄を組み合わせると効果があるとの論文を書いています。

●その他の治療は?

当帰芍薬散(これも数ヶ月してから効果が出ると言います)

亜鉛、ビタミンの補充

ミサトールリノローション

上咽頭擦過治療(EAT)

などを勧める事があります。

●あまり患者さんからは、嗅覚トレーニングを医師が勧めてくれたとは聞きません。自分で出来ることですし、いつか治るだろうと放っておくより積極的に取り組むほうが良いのではないか、と思います。

●嗅覚障害を医師に相談するまでの平均時間は数ヶ月、という報告があります。また医師側の対応も十分ではない、ともされています。これは医療の発達が「命優先」だった事の弊害です。

●こういう方法で改善した、というのがあったら教えてください。

参考:

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/lary.20101

https://www.enthealth.org/be_ent_smart/smell-retraining-therapy/

2022/02/01

ペイシェントエンパワーメント

患者さんと家族、医療従事者、行政、ボランティア、その他の人々は平等で、協力し合う関係性だというのが最近の考え方ですが、時代により変化してきていますし、歪めて理解している方がおられますので、自分がまとめたものを投下しておきます。受動的だった患者さんの姿が1980年以後積極的に変化しました。その行動変容、権利の委譲を、「ペイシェントエンパワーメント」と英語では言います。

患者の権利に関する歴史

1940年代、主に精神障害者の人権を守る事に関して米国では発達。
1960年代以後、強制入院に関する細かい条件が制定。
1970年代にはオンブズマン制度導入。
1980年にCRIPA(人権法)が制定。

医師患者関係の再定義

18世紀〜19世紀まで、医学は祈りとそう変わりない存在で医師は尊敬されない職業の一つであった。これは日本でも同様です。
さて、1910年フレクスナーレポートによって初めて医者は科学者として位置付けられ、その後急速な医学の進歩と共に専門家としての権威が認められていきました。ちなみに北里柴三郎による破傷風菌の培養は1889年です。第一回のノーベル賞が1900年です。そういう時代です。
1951年Parsons T.の著書「社会システム」で定義された患者は治療を黙認するものであり、あくまで受動的に描かれていました。しかし進歩した医学の非人道性という問題点が1960年代以後指摘される事となりました。インフォームドコンセントという言葉が生まれたのはその頃です。1970年代は「リビングウィル」という概念が登場しました。1980年代には多くの訴訟が起きて患者さんが自らの権利のために戦いました。1988年、Wolinsky FD.の著書「健康の社会学」では患者自身がどう行動するかという新しいヴィジョンが描かれています。
ちょうど同じころ、医師の教育が変化してきた事に注目すべきでしょう。最後に述べますが医学におけるアクティブラーニングという概念がカナダで発生したのです。

ペイシェントエンパワーメントの定義

エンパワーメントとは権限を付与するという意味ですが、バズワード化しているため正確な意味を伝える事が難しい場合があり注意が必要です。
例えば収入が高いほど良い医療を受けられる事もエンパワーメントと言われる場合があります。
しかし昨今は以下のような文脈で使われる事が多い。すなわち、
生活や健康を守るために必要な知識、スキル、責任を患者自身が持ち、自分および他人の行動に影響を与えること。リンク

ペイシェントエンパワーメントがもたらすもの

実はよくわかっていません。当然素晴らしい結果をもたらす可能性が高いが、医療費が増大したり医療者が疲弊したり不平等が拡大するかもしれません。
患者の自律性を高め、選択の自由を拡大し、新しい医師患者関係、あるいは新しい患者患者関係を構築することが、どう役立つかの研究は今後も引き続き必要です。
・病気がよく治ったか。
・コンプライアンス・アドヒアランスが向上したかどうか。
・患者のメンタルが安定したかどうか。
・全体の医療費がどうなるか。
・患者による不平等が生じるかどうか。
寿命が伸びたかどうかではなく、そういう結果が得られたかどうかを追跡していくのです。

実際患者さんは何をすれば良い?

そもそも権利とか権限ってなんなんでしょうか。
パワー(権限など)はもともと医療者にあるもので、医療者側から患者側にパワーを委譲するという考え方があります。
それとは別に、医療における権限は患者患者関係とか患者家族関係とか社会そのものから発生するんじゃないかという考えもあるみたいです。
ところで、こういうエンパワーメント、患者さんの自律性を高めて選択の自由が拡大するので夢のようじゃないか、と考えますが、その結果として「急激な変化によって患者さんが不安に陥る場合がある」という事を指摘した論文がしばしば取り上げられます。 患者さんに沢山沢山説明をして勉強をしてもらったところ、たしかに外来にはよく通うんだけど、不安も大きくなったそうなのです。そうだそうだと思う方、いらっしゃるのではないでしょうか。
著者であるローターの指摘は重要で、自分(説明が多すぎる)もしばしば感じる事ですが、患者さんに自分で選択せよと迫ることは患者さんにとっては辛い場合があります。生活習慣病ならまだしも、癌でStageが進んでいると、学習して、納得して、信頼して、前向きになるという時間があまりにも少ない。
さて、ローターの研究は患者さんに多くの情報を与えただけでしたけれど、一方グリーンフィールドらは患者さんに医者へ積極的に質問するように促すと、実際医師患者の会話が増えるだけでなく結果が良い、ということを見出しました。
これら論文はやや古いのですが、示唆に富んでいます。医療者から患者へ情報をたくさん提供することは、受診率がよくなったりして結果は良いのかもしれないけど患者さんにとっては負担です。患者さん自らが質問してくれた事に丹念に答えていくことは患者さんと医者の関係をよくする、という事はとてもよく経験します。ではどうしたら患者さんからいろんな質問を引き出せるんだろうか、という部分がとても大切なんじゃないかと思っています。
患者さんが自ら質問することが大切だし、上手に質問を引き出す医者が名医かもしれない!
上野直人先生(エンパワーメントの普及に努めているMDアンダーソンの医師)は患者には、
・あせらない
・医師の話したことをきちんと把握
・質問をする
を勧めています。
さらに
・会話を録音したり録画して復習する
・一緒に誰かに聞いてもらう
・質問を予め紙に書く
・外来とは別の質問時間を設定
を提案しており医者には話し上手になるように仰っています。
自分の場合はSNSを活用します。
・何か思ったらとりあえずSNSに質問を放り投げてみる
・友人や家族、医師とそれらを共有する
・家族が患者本人から相談されたことを医者に投げる
・専門医から受けた説明を自分(鵜川)が解釈して解説する
・調べ方を教えたりする
そんなことをやっているとだんだんアクティブになる印象です。

アクティブラーニング、という言葉があります。自ら課題を見出して、解決方法を探っていく、という勉強の仕方です。
医者の教育は1990年代から変化しており、米国ではアクティブラーニングになりつつあります。
ペイシェントエンパワーメントも、アクティブラーニングの考えを患者さん側に導入することにほかなりません。
身体を不思議だなあと思い、何が問題だろうと考え、協力しあい、解決していく真摯な姿勢が皆に求められている時代だろうと思うのです。