2011/12/16

ねばり

すべての医療情報を私に集めなさい、という指示を律儀に守る人がおられます。

少し考えればわかることですが、ほかの病院でお受けになった結果だけを私の元にお持ちになる事は私に負担がかかる行為であり、本来私がしなくてもいい仕事ですし、他の待っている患者さんに悪いですし、費用は3割負担で1000円程度かそれ以下なのでそういう人ばかりだと当院は簡単に潰れる、そういう仕事です。それをあえてするというのは大変勇気のいることだろうと思います。

だるさ、という主訴で一年か二年に一度、他院の資料をもって相談しにくる方がおられて、その資料からヒントを少し拾い出してアドバイスをする。例えば抗核抗体が640倍と高い、それだけがひっかかっている。さてそれがだるさの原因になるのかと言われると難しい。様子を見てしまう。しかし例えばテプレノンが薬剤性間質性肺炎の発症を抑制するというような報告がある。時々テプレノンには臨床容量依存のような患者さんがおられる。それはどうしてかと思っていたけれども、抗核抗体が高い時にSLE発症を抑制する作用があるだろうか、例えばだるさが取れるだろうかとか、あるいはだるさが取れるから臨床容量依存のようになっているのだろうかとか、そういう事を考えて私も時を過ごすわけです。常に去年の私と今年の私とは違うのです。

また翌年、資料をいっぱいもって外来に現れて座る。そして何を語るわけでもない。私は人を忘れるのが早いからいったいなんで来たのかわからず過去のカルテを最初から読む羽目になる。ああ、だるさで相談しに来るのか。うちでは検査するわけでもないし、損益分岐点をまた下回ってしまう。しかし、自分の指示通り律儀に資料を持って来ているのだから文句は言えまい。さて今年は、抗核抗体について見ようかと思っていると以前高かったCRPが下がってしまっている。この意味するところは何か。症状は改善しているわけではないようだが。

「まだ、だるい?」「眠くて」「午前中?」「はい」「それは不眠です」「でもお薬をもらっています」
という会話があって、ちょっとピンと来た。「何をもらっている?」「○○です」と、有名なベンゾジアゼピン系の睡眠薬の名前を挙げた。
「いびきかくんじゃないの?」「ひどいです」「呼吸止まるんじゃないの?」「はっと目が覚めることがあります」「睡眠時無呼吸の人がベンゾジアゼピン系飲むと、やっかいなんだよね。それより、いままでのだるさが睡眠時無呼吸が原因だって可能性すらある」「そうなんですか!」「紹介します」「はい」

と、少しだけ前進があったりするのです。これで解決ではないかもしれないけれど。
ねばりを見せる人には、なんか良いことがあるかもよ、というお話しです。そのあと何年もずっと来院されないので、良くなっていると良いのですが。

患者さんの努力に応じて私の頭も少し動くので、「さあお前は名医なんだろう、診断してみせろ」というタイプの患者さんの病気は診断できる気が全然しません。

2011/12/15

消化器病のトレンド2011

2007年以来ですけれども、ランキング記事を引用してみます。
2007年は当院から二酸化炭素内視鏡を発表した年(リンク先参照:二酸化炭素で内視鏡減圧弁)であり、PPIに対して警告を発した年であり、色々ありましたが世の中遅々として進みません。
二酸化炭素内視鏡についてはProgress of Digestive Endoscopy Vol. 71 No.2 (2007) p42-45に「二酸化炭素を使用した消化器内視鏡検査とその利点:当院の経験」として発表しました。原著ではありませんが、意識下鎮静と同様、日本で最も早くから二酸化炭素内視鏡に取り組んだ5000例の症例報告であり、原理から応用までオリンパス以上(我々は減圧弁を用います。オリンパスが細かく圧は調整できませんが電磁弁をUCRとして販売しています)に理解して書いていますので是非御覧くださいませ。
ちなみに内視鏡用送水装置も、オリンパスに先駆けて高橋寛先生が開発された時にお手伝いし、私が原型を作ったのはもう8年ほど前になります。(ウォータープリーズ

医療サイトMedscapeで、2011年に読者の注目を集めた記事が載っています。

1)FDAが新しい慢性切れ痔治療薬(痛み止め)を承認
ニトログリセリン0.4%軟膏(Rectgesic)が新しく承認されました。肛門括約筋を弛緩させるので効果があるのでしょう。アメリカでは慢性切れ痔で悩む方が多く、オギルビー症候群というのになるのですね。救急病院で良く見ました。日本でもあります。
2)大腸がん検診のガイドライン改訂(ハイリスク患者で変更)
第一度近親(親・子・兄弟)に60歳以下で大腸癌になった人がひとりいる場合、40歳から5年毎、あるいはその近親者が大腸癌になった年齢の10歳前から5年毎。60歳以上で一人ならば他のグループと同じで50歳以後10年毎。二人以上の場合には年齢に関係なく40歳から5年毎、あるいは癌になった年齢の10年前から。
3)PPIに関する警告
クロピドグレルの効果減弱、骨折率の上昇、感染症の上昇、低マグネシウム血症による不整脈など。「賢く使わねばならない」
4)好酸球性食道炎
以前にどこかに書いたのですが、成人男性に多く、自覚症状が強く、組織内に好酸球、PPIは無効でステロイドを使うという食道炎です。まだ見たことはありませんが、常に探しています。
5)TNFαブロッカーの副作用
レジオネラとリステリア感染症が報告されています。
6)クリストリジウム・ディフィシル
いつも問題になる感染症ですが、新しい抗生物質(Fidaxomicin)が承認されています。
7)新しいジェル浣腸がFDAに承認される
アメリカはホントうんち関連のニュースが注目を集めますね。商品名Solestaはジェル状の浣腸らしいです。素晴らしいアイディアではないかと思います。
8)大腸の挿入テクニック
これに関しては日本はアメリカより10年以上進歩してるので、ほくそ笑みながら記事を読みました。
水浸法、キャップ法、色素内視鏡、NBIなど特殊光内視鏡、拡大内視鏡。日本ではかなり上手くても全然目立たないぐらい全体の技術が高いわけですが、うかうかしていると置いていかれますね。
9)ピロリ菌感染治療の新たな展開
特発性血小板減少性紫斑病や鉄欠乏性貧血に対する除菌治療は行われるかも知れない。一方、喘息、アレルギー、アトピーに対してはピロリ菌は負の相関があり、この研究からピロリ菌類似の物質を作らせるようなワクチン治療が出来ないかどうか考えられている。また肥満とも完全に逆相関があることが証明されており、応用が期待されている。除菌治療では従来の方法以外にシーケンシャル療法(PPI+アモキシシリン5日間のあとPPI+クラリスロマイシン+メトロニダゾール5日間)、4剤併用(オメプラゾール、ビスマス、メトロニダゾール、テトラサイクリン)
10)IBSの新しい治療
腸内細菌の正常化のために、整腸剤、抗生物質(リファキシミン)の使用。

といった感じです。
当ブログの読者の方には、「知ってるよ!」という話題ばかりだったかと。

2011/12/13

医者の仕事

自分が普段行なっている色々な判斷は、コンピューターにも間違いなく行えることだから、将来はロボットが医者になれば良い、と思います。

でもそれを私以外の人が作ると、たぶん違うものになります。問診票や検査から答えを出す、みたいな。

馬鹿馬鹿しい。

でもたぶん私が作るとかなりリアルなロボットになるんじゃないか、と思いますが作れないのでここで書いてしまうことにします。



例えば患者さんが「風邪を引いた」と言って来たとします。

私、プロファイリングを必ずしますから、第一声は人により変えます。

学生風の人が来た時には、「学祭いつから?」とか。

近所の70過ぎのタバコを吸ってるおじさんが来たときには、「何年ぶり?風邪」とか、「葬式ありました?」とか。

患者さんの姿、様子、様々な様子から問診を「間引く」ことと、「追加すること」を同時に行うのが私が設計するロボットです。なぜならば、ぐだぐだ問診票を書いている間に患者さんの状態が悪化したりするかもしれない、気分が変わるかもしれない、だから質問は問診票よりもシンプルな方が良いです。面倒だという気持ちが患者さんに生まれると、真の症状をマスクする可能性だってあります。

前述の質問が何を意味するかと言うと、我々は患者さんの来院の目的にあわせた検査とか治療をする。「明日はどうしても○○したい」というような。学生さんが来た時に、普通は来るわけがないのだから「明日が学祭なのでこの症状がなんとかなりませんか」みたいな相談込みで来ている可能性があるわけです。人に感染するものならアウトなのでそこは医者として別の優先事項が出てきます。タバコを吸ってるおじさんだって不安なんです。とうとう癌になったか、と。その気持ちを汲まないといけません。もともと風邪では来ちゃだめだと言ってるわけで、それでも来るには理由があるんでしょう。来院目的の優先順位として、「治りたい」ではない場合があり、それを知ることが大切なのです。

さらにこちらの余力があるときにはプラスαを提供する。

顔見て肺癌よりは食道癌かな?と思うときはある(で、だいたい当たる)ので、それとなく検査に誘導します。



キーワードは二つ。

1)患者さんの真の目的が何かを最短の時間で類推する。
患者さんが診断して欲しい病気、とか理想の治り方、みたいなものを類推するところからはじまる。
実際にその通りに行くわけがないと判断されることがもちろんあって、どうやって妥協させるかを考え、そのための伏線を問診の中にすでに練り込んでしまう。

2)勝手にプラスαの診断をする。

これがリアルな医者の仕事でありまして、問診から導き出される診断なんていうちゃちいものは、医者の仕事ではないです。

2011/12/09

ピロリ菌の自然除菌

ピロリ菌は自然に除菌されてしまうことがあるのです。

ピロリ菌のいる粘膜
ピロリ菌のいない粘膜













左右で差があるのがわかるでしょうか?不思議な事に、この方は左の状態から3年後に胃がきれいになってしまった・・・。ピロリ菌がいなくなるとこのような変化は起きます。除菌治療を受ける方は多く、成功すればきれいになるのは当然です。この方は除菌治療は受けてはいない。なぜピロリ菌がいなくなった?残念ながら「わからない」とご本人は仰いました。ヨーグルトのおかげ?ブロッコリー?医療機関でたまたま抗生物質を処方された?こういう不思議な事はしばしば目にします。珍しくはないのです。白血病の治療を受けた方はたいていピロリ菌は除菌されています。白血球が低下したときに抗生物質を投与されるからでしょう。
このような不思議にしばしば出会うのは、検査をしなくてもピロリ菌の有無がわかるからです。
1997年を境に、私どもは肉眼でだいたいわかるようになっています。木村分類を意識するようになり(リンク)、除菌治療を行って経過観察していると、萎縮の中にもバリエーションがあるのがわかり、次第にピロリ菌の有無が肉眼でわかるようになるのです。
木村分類はもちろん重要ですが、現在では私どもは二つのベクトルで胃の粘膜を判定します。
上の症例では下のグラフで☆2003と示した場所から、☆2006に示した場所へ背景粘膜の様子は変化した、という事です。


グラフの説明です。
X軸:胃の萎縮は木村・竹本分類でどの程度か。
Y軸:ピロリ菌がいるのかいないのか。
右上に近づくほどリスクは高い。
(ただし萎縮とは別に、組織検査をしたときの「体部胃炎」が強いほど胃癌リスクは高いのだ、という論文もあります。鳥肌胃炎はリンパ濾胞の増殖した状態で「炎症が強い」という部類に入ります。我々のデータでは母集団に鳥肌胃炎が多いために論文に示されるほどオッズ比は高くなりませんが、「胃炎の強さ」という第三のベクトルも実は考慮しています)

C-0というのはもっともきれいな状態で、ピロリ菌はいません。
C-2~O-3ではほとんどピロリ菌感染はあるのですけれど、ピロリ菌除菌の抗生物質を飲んだ場合はピロリ菌はいなくなりますし、この症例のように不思議といなくなっている場合もある。それを肉眼で判定しようというわけです。この肉眼での判定は少々トレーニングを要すると思います。呼気テスト同様に精度は高いのですけれど、以下の要素に影響を受けます。

1)胃薬を飲んでいる場合、例えばH2RAを飲んでいる場合には、ピロリ菌がいるのにいないのではないか、と判定される場合があります。
2)アルコールや酢など、胃を荒らす因子がある場合にはピロリ菌がいないのにいるのではないかと判定される場合があります。

木村分類とピロリ菌の有無、この二つの因子がその後の胃の運命を決定づける事は間違いありません。
我々の検査が他の医療機関より優れている部分があるとすれば、この背景粘膜をきちんと見ている、という事であろうと思います。これにより感度も特異度も高い検査が出来る。

東大分院外科の竹添和英先生ははるか昔から「背景を見よ」と仰っておられました。その意味を我々が知ったのはたかだか15年前に過ぎません。そしてまだこの考えは十分に普及してはいないかも知れません。(三木一正先生のペプシノーゲン検査+抗ヘリコバクターピロリ抗体(PG+HP)でスクリーニングする方法も発想の根は同じだと思います。ただ除菌後のリスクの変化に対応することはPG+HPでは難しく、我々の出番があろうかと思います)