2011/08/19

確定診断

悪性病変の確定診断は、その細胞そのものを診断するのが一番良い。どんなに画像上悪性が疑われても、例えば乳腺は必ず細胞をとってから、という手順が踏まれることがほとんどだ。(事前に細胞を取ることが難しい臓器は違う手順を踏むこともあるだろう)

でも細胞での診断にも限界はあって、例えば食道の表層癌はかなり難しいので病変を切除してから評価したりする。それもまた重要な手順なので患者さんは是非ご理解下さい。

では良性病変はどうかというと、細胞を取ること自体合併症が避けられないからすべてを細胞で診断すると危険が利益を上回ってしまう。だから出来れば偽陰性率を減らしていこうと努力をする。この所見ならば必ず良性だ、という確信があればなるべく細胞をとらないで済むように努力をすべきだ。

Wikipediaの胃炎の項目も、胃底腺ポリープの項目も、私はずいぶん違和感を持っているのけれど特に、
2011年8月19日時点で、


と書いてあるこの部分には大変違和感を持った。(書き直そうがまた元に戻るので、そういう誰かの主張なのだろうと思われる)

今までFAP(家族性大腸腺腫症)以外の患者で、胃底腺ポリープが癌化したという報告は世界に一例もない。これが他の悪性疾患と鑑別が難しいならともかく生検し、病理組織学的検査を云々と書いてしまうのは・・・。素人向けの文章とは言えない。

良性病変の確定診断こそ非侵襲的に行うべく努力を重ねる事が重要ではないか。その未来像も描かずに「必要である」と書いてしまう態度に私は違和感を感ずる。

以前から書いているように、カルチノイドや胃型腺腫との鑑別の困難な隆起性病変が胃底腺ポリープに混在して存在する場合には当然生検すべきだ。しかしそれは、カルチノイドや胃型腺腫の診断のために生検をしているので、良性疾患の確定診断をしたいがためではない。

胃底腺ポリープと呼ばれるポリープには、RACがきれいに見えるものと、むしろpitがよく見えるものとがある。その差異を論じたいがための生検ならば、なるほど意味はあろう。私とて胃底腺ポリープは終わった問題だとは思ってはいない。

我々が生検をせずに診断をしていると、「取らないで良いんですか!」という態度をとる患者さんがおられるが、背景には良性疾患は可能な限り非侵襲的に診断という信念があるからだと最初に宣言しておきます。

しかしそれを知っている患者さんは私が生検をするとびびってしまうという弊害もある。

2011/08/17

ディベートとクリエイティビティ

私の口癖は「そうかもしれないね」とか「いいね」です。どんな場合でも肯定から入ります。

例外はあります。これを信じたら必ず詐欺の対象になるような間違った思考方法を患者さんがしている場合には、それが洗脳でもなんでも構わないので強い否定から患者さんにアプローチします。少なくとも患者さんが相手でない場合には否定から会話をはじめることはありません。
(倫理的な否定はまた別の話で)



息子が「お腹が下っているのだけれど、熱中症だろうか」と言いましたので、「そうかもしれないね」と私は答えました。答えてから「熱中症ではお腹を下すだろうか」と真剣に考えるのです。これがいつもの思考方法です。「水を飲み過ぎるから下痢をするのだ」というような考えは短絡的です。そこまでの思考ならば思考しない方がまだましです。下痢は熱中症の危険因子になる、そんなことはわかっています。そうではなく、下痢の本質を考える良い機会として利用するのです。蠕動の亢進状態が起きたのか、あるいは吸収不良が起きたのか。吸収不良は水分の吸収不良か、あるいは糖や油の吸収障害か。例えば蠕動亢進が生じるには甲状腺ホルモンが関与したか、あるいは他のホルモンが関与したか、あるいは中枢神経系の作用か、あるいは電解質の影響があるのか。電解質だとすればカリウムが高いのか、あるいはカルシウムが低いのか、ナトリウムは関与するのか。他のホルモンやサイトカイン、例えばアセチルコリンはどう関与してくるのか。中枢神経系だとすればそれは抑制の抑制系なのか。それらを今考えておくことは、将来未知の病態に出会ったときの準備になるのです。

もちろん資料をひっくり返し、文献検索もざっとしますけれども、自分の求める答えが得られないことの方がむしろ多く、それで良いのです。

余談になりますが、同時になぜ「熱中症」という言葉を使いその発想にいたったかを考えています。下痢をしているのは事実だとして、熱中症という言葉を使うからには付随する他の症状があるからなのだろう。その症状は何か。相手が何か言葉を発したとき、その意味について単純に考える思考と、その言葉を発するに至った背景を考える思考とはほぼ同時に処理されていると思います。


患者さんと話すときに、「受容的な態度で」などと良く言いますが私はそれを意識したことは人生で一度もありません。単純に患者さんの言葉に興味を持って聞いているだけなのです。結果として受容的だ、やさしいね、などと言われているだけです。違います。

さて、こういう思考に必要なのは基礎知識かも知れません。受験勉強や国家試験の勉強というよりも教養としての知識をいかに身につけるかを考えて勉強をしてきました。(高校の勉強が意味がないという人はその知識を使わなかっただけです)知識は使わなければ意味がありませんから、その前段階としてディベートに慣れておく必要はあるかもしれません。知識を使って揚げ足をとる、という奴です。
ディベートの場合にはまず自分の主張を決めますが、その時には徹底的に自分の理論の背景を調べます。その知識を戦わせる練習というのは、知識をいかに応用するかには必須だと思うからです。

教育をするときには、まずは吸収させて、つぎにディベートの練習をさせる。ここまでで実社会では通用します。

しかしクリエイティブな仕事をしようという場合にはディベートのような思考はやめて、上記のような思考過程をすると面白い事が起きます。一人でしても構わないのですが、この思考を二人以上でキャッチボールするとどんどんアイディアが膨らんでいくのです。私はこれこそが会話の醍醐味だと考えています。第一、なんでも否定するよりは楽しいです。子供相手にこれをすると、「褒めて育てている」と思われがちですが、別に褒めているわけではなくて、自分に何か得ようとしているのです。
(ちなみにクリエイティブな人々が育児に興味を持つと、うまくやっているように見えるのはその思考過程が現代の子育て方法とマッチする部分が多いからだろうと思います。ただその本質は違うのかも知れません。良くわかりません)



というような事を思ったのは、慶応大学の湘南校舎で坂井直樹さん(教授)に呼ばれて講義に行ったときのこと。デザイナーなどクリエイティブな方々というのは同業者に対して肯定的な態度の方が非常に多いという印象を持ったことがきっかけです。もちろん彼らはライバルです。腹の中では考えているわけですが、まずは色々なアイディアに接したときにまずは認めてみる。そういう思考はクリエイティブの根源なのかもしれない。

しかし学生さん相手だとまだそういう段階ではないのですね。私は彼らの発想も、「いいね、いいね」と褒めてしまうので良くなかったかもしれないと反省しています。彼らはプロになるべき人々です。彼らがクリエイティビティを発揮するのは十分な基礎が出来てからなので、今はあえて褒めない方が良い場合もあるのでしょう。「褒めて育てる」という段階ではすでにない彼らには失礼でした。



医者はすでにある知識を患者さんに摘要して患者さんの利益を確保する職業ですから、そこにクリエイティブという要素は必要ないかも知れません。しかし、コミュニケーション手段としてもこの思考方法は有用なので、今後も変えない方が無難かなと思いました。







2011/08/11

脳内シミュレーション

木村分類亜型というような分類方法で我々は胃の萎縮をC-0〜O-3の7段階に分けている。

なぜそれが重要かというと、胃癌のリスク評価のためだけではない。

例えば胃酸の分泌量は、最高で2L/dayと規定しておく。

C-0 = 1.0、C-1= 0.9、C-2 = 0.8、C-3 = 0.7、O-1 = 0.5、O-2 = 0.35、O-3 = 0.2

という風に係数を設定しておく。

ピロリ菌除菌後の係数は x1.1〜 x1.5 とする。

アルコールなど刺激物を飲んでいる人の係数は x1.2 とする。

これで一日の患者さんの胃液量を推定する。

次に、患者さんの胃粘膜の防御について考える。

遺伝因子を大切にする。例えば親兄弟がNSAIDS潰瘍。

あとはもろもろの因子。内視鏡所見の見た目も重要で。



PPI は胃酸の分泌量を1/3くらいにすると仮定する。ただし立ち上がりは悪い。

H2RAは初日は1/3と効きがよく、あとは徐々に効きが悪くなってきて、主に夜間の(ヒスタミン依存性)胃酸分泌は1/3にし、日中は少し胃酸分泌を抑制する程度と仮定する。



ついでに、胃酸分泌が1/3以下になった場合には、鉄とカルシウムの吸収障害が起きるのでその長期的影響を考えておく。



数万人の患者さんの経験からこうしたシミュレーションで構わないと思っている。

私から見れば、萎縮性胃炎がオープンタイプ(O-1、O-2、O-3)の場合にPPIを長期処方するのは「余程のことだ」という事になる。(他院での処方で一番違和感を感じる部分)

ひとつのお薬を出すときに、こうした脳内シミュレーションをしてから処方する。胃酸分泌についてはこんな感じ。

まずは萎縮の診断を正確に。

2011/08/10

どうあがいても混んでました。

これは当院の今月の混み具合を現したものです。


8
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
2011
0.81
0.85
1.19
 
1.40
1.20
 
1.20
1.12
1.18
2010
 
0.94
0.77
1.24
 
1.28
0.97
 
1.08
0.84
2009
0.94
 
1.05
0.97
1.19
 
1.14
1.23
 
 
2008
1.06
0.90
 
1.00
0.83
1.29
 
1.23
0.99
 




標準的な混み具合を1とします。
父親が診療する火曜日、および若干内視鏡の数が少ない土曜日には係数をかけて体感的な混み具合をそろえました。

今年は混んでいると患者さんに言われましたが本当でした。
どんなに患者さんを減らそうとしても、混んでいました。言い訳のしようがありません。

天気と混み具合は関係ありません。

渋滞の時に、東名高速道路に文句を言う人はいないと思いますが、道路の身になりますと、車が重たくて大変だろうな~と思ったりします。

ちなみに8月後半は、例年前半よりも混みますので渋滞の回避をするには家を出ないこと、くらいしか思いつきません。

2011/08/06

FOBT(便潜血検査)

アメリカ合衆国では便潜血検査は50歳以上が対象です。(リンク

オーストラリアでも便潜血検査は50歳以上対象です。(PDF

日本のガイドラインは曖昧です。(PDF

アメリカの研究では50歳以上に効果、イギリスやデンマークの研究で45歳以上。日本では40歳以上で効果という論文があるものの、40歳代に限定した研究がないので実際には何歳以上で効果があるのか不明。

そこで年齢を曖昧にぼかしてあるようですが、40歳以上対象と読み取ることが出来ます。

従って市町村では40歳以上というところがほとんどでしょう。

それを無視するように人間ドックや企業検診で、20代、30代の便潜血を見ている。
その意味について彼らは深く再考した方が良いだろうと思います。




さて、便潜血検査でひっかかったあとなのですが、海外では一度全大腸検査で異常がなかった場合にはしばらく検査をしなくても良いような記述が見られます。腺腫がない場合、5年、10年、検査は必要がないと。

日本では毎年毎年便潜血陽性で再検査を指示される例がありますが、これは海外とは違うなと感じています。そんなにたくさん検査をする余裕は日本には無いと思います。



検診を有効に行うためには偽陽性を回避する工夫がとても重要に感じます。

見落とし、すなわち偽陰性をあまりに嫌う日本では、偽陽性を良しとする傾向が強いのですが、(例えば胃底腺ポリープをひっかける行為)経済への影響は小さくないと思います。患者さんに休みをわざわざとってもらって検査をするのがどれほど影響するか。検査の結果が「異常なし」ばかりでは、医療の価値は下がります。

と、思って偽陰性を減らす工夫(例えば胃底腺ポリープに関する対処法だとか)をすることが重要ではないかと思います。