2019/06/11

なぜ男女で痛みの伝わり方に差があるのか

Why the sexes don’t feel pain the same way
というタイトルの評論がNatureに載っていて、インターネット上で読むことが出来ます。
https://www.nature.com/articles/d41586-019-00895-3
素晴らしい事は、現在はGoogle翻訳を使うと自然科学の勉強を一通りした人ならば、多少の翻訳ずれは物ともせずに内容を把握することが出来ることです。ほとんどの自然科学の情報をどうぞ日本語ではなく英語で吸収してほしい。

この英語の記事は「性差」について話題にしています。
一例として、疼痛を感じやすくした(痛覚過敏)マウスでの反応にオスとメスで明らかな差があった事を挙げています。

性差を説明する一つの仮説はミクログリアと呼ばれる神経系の免疫細胞の役割が雌雄で異なっていた、という事でした。この免疫細胞がどう痛みに関わっているかまではわからないものの、(一般的に痛みは種々の免疫細胞が出す痛み物質が原因である事が多いですが)少なくともオスではミクログリアをブロックすれば痛みを感じない事は明らかにできました。
ではメスではミクログリアは関係ないのでしょうか。さらに調べるとT細胞をブロック(ノックアウトマウスを使う)してからミクログリアをブロックすると痛みが止められる事がわかったのです。つまりメスでは通常はT細胞が主役であるという事です。
このような性差がなぜ生まれるのかについて、古くから女性ホルモン(エストロゲン)が重要だとする仮説が考えられてきましたが、男性ホルモンであるテストステロンの有無が関わっている事が一部証明されています。経路のスイッチが切り替わる、と考えられています。(後述しますが妊娠も同様な変化を起こします、このあたりが不思議ですね)
これらはすべてマウスでの話ですが、最近人間でも癌の疼痛に関わるのが男性ではマクロファージというミクログリア類似の細胞、女性では神経細胞そのものおよびペプチドである事が示されました。

こうした新しい知見によって例えば糖尿病で良く使われ副作用の少ないメトホルミンという薬が男性の慢性疼痛を排除する可能性が示されましたし、女性は男性より高用量のモルヒネを必要とするというような知見も得られ、その原因はモルヒネがマイクログリアを活性化させ自らの疼痛抑制作用を打ち消すからではないか、と考えられています。

性差の別の証拠は片頭痛治療薬の一つ抗CGRP薬(日本未発売)は女性でより効果があるかもしれない、という事実です。治験では残念ながら男女は分けられていませんでしたが。

トランスジェンダーを観察した症例報告で、テストステロンを投与することで慢性疼痛が軽減した複数の例があったことも不思議ではありません。

思春期においては女性が男性よりも疼痛状態が発生しやすことがわかっています。

妊娠中は痛みのメカニズムが変化することも報告されています。

痛みの研究はまだ仮説段階のものが多く、個別医療が現実のものになるのは先かもしれません。なにしろ性差の概念は2008年に生まれたばかりで、研究段階では扱いにくいという理由でオスのげっ歯類をあえて使わない会社もあるほどです。治験では妊娠した女性は除外され、大抵は閉経した女性と男性が参加します。したがってこうした性差が明らかになるには今少し時間がかかりそうです。

テストステロンの存在がクローズアップされました。メトホルミンは女性の多嚢胞卵巣症候群(PCOS)に使われたり、モデル動物の発がん抑制など不思議な作用は以前から知られていましたが、再評価される可能性があります。ステロイド類は不思議な物質で、最近私はニューロステロイドがお気に入りです。女性が悩む種々の疼痛に対抗するヒントがそこには転がっています。POTS、CRPSの病理へと迫ることが出来るかもしれません。

いろいろなお薬で男女での効き方が違うという事を我々臨床医は知っていて、経験的に使い分けをしているのですが、それを理論的に説明するような研究が登場する可能性はあります。問題はどんな研究にも多額のお金が必要な事です。例えばHCVやHIVの研究でも千億円単位のお金が飛び交うようになった時に研究が一気に進みます。マイクロバイオームの研究が現在はそういうバブルの様相を見せています。これは自然科学にとっての残念だけども大切な事実です。ではそういうムーブメントは誰が作っていくのでしょう。

今までは国や行政によってある程度コントロールされていたと思いますし、日本にはその財力はないので才能ある人は全員国外に今は出るべき時期だと思っていますけれど、新興の財界人の存在はなかなか無視できません。何しろ彼らは千億円単位のお金を持っているのです。

読んではいないのですが、
『マンモスを再生せよ:ハーバード大学遺伝子研究チームの挑戦』
という本があります。
WIREDのこの記事を読めばだいたいわかるのですが、なにか夢があったときにそれを実現するためにお金を集める、失敗しても別の方法で投資を回収する、そういうようなマーケティング手法やビジネスモデルの構築事例として、なかなか勉強になる内容です。
https://wired.jp/series/wired-book-review/16_woolly/

一言で言うと、

ウェーイ

という内容なんですが、世の中を動かすには「ウェーイ」なんでありまして、どうやってウェイウェイするかを考えていくことは大切なのではないか、と思います。