2020/06/16

医療におけるQC(Quality Control)

診断エラー学などと言われたりするが、あまり響きの良い言葉ではない。自分は大学院に入った時にQCという言葉で企業の方から実験手法とともに指導していただいた。

QCはQuality Controlの事で、1931年にベル研究所のウォルター・シューハートが記載。日本にはGHQが持ち込んだ概念とされている。

大学院での実験は、きちんとQCをするかしないかで精度保証が変化するのが当然であるから、定期的に基本的な実験を行ってその結果が予測どおりになるのかどうかを記録するのである。

当たり前で大切な事だが、昨今の論文捏造においてはそういう手順や記録が常識となっていない大学が結構あるらしいことに驚いたし、臨床の現場で行っているのか、となると、実例をあげるのが難しい。例えばマンモグラフィーの判定に関してはQCを行っていて偉いと思うけれど、それ以外の診断学で制度としてQCを行っているという例はあまりない。いったい医師の臨床能力をどう保証するのだろうか。

胃のバリウム検査で過伸展が萎縮性胃炎と判定されがちな問題は、診断エラー学に属する。企業が検診をしている事が多いのでQCと呼ぶべきかもしれない。エラーはむしろ歓迎すべきもので、例えば便潜血検査ではその陽性とされたことによって多くの患者が内視鏡を受け、良性の腺腫を切除することとなり、それが10年後の大腸がん罹患率を大きく変化させ寿命が伸びるわけであるから。

胃のバリウム検査で萎縮性胃炎と書かれる事は内視鏡を受けるチャンスであるから、はじめて指摘されたならば患者のデメリットはあまりない。ここで言うデメリットとしては時間をそのために使うことと、内視鏡検査の侵襲、あとはお金。しかし、ピロリ陰性、萎縮もないという人を発泡剤の過伸展により毎年萎縮性胃炎と誤って診断するならば、それはデメリットの大きいエラーであるから、是正すべきだ。しかしそういう改善が行われていない、という問題がある。

日本の医療にはまだ診断エラー学、あるいはQCが浸透していない。
自分は自分の診断エラーがあるという前提でそれを最小にするためにどういう基準を設けるべきかを常に考えてアップデートしている。

自分が診断エラーについて常々考えている事を患者に話すと3通りの反応がある。

1)きちんと理解してくれる人。この人は最初から心通じる人々で、むしろ関係ない話を延々としてしまう。
2)難しくてわからないけれど、了解です、安心した、という態度の人々。この方々は自分の事を信頼してくれているのはわかるので自分もリラックスできる。
3)ミスとかエラーがあるのは許せない、という人。これ昨今インターネットでこういう人が沸いているのを良く見るけれど、自分のそばにもいるのか、という感想。あらゆる場所でトラブルを起こしそうだし心配になるし、そもそも幸せではない事が多い感じがする。自分は四六時中緊張して診療にあたることになりちょっと苦手。

実際の例を挙げる。

上部内視鏡検査であるとQCに自分が使っている項目は、
①声帯の観察ができた。
②両梨状窩の観察ができた。
③患者のSaO2が上昇も低下もしなかった。
④患者の脈拍が一定の範囲におさまった。
⑤ECJで深呼吸をしてもらいきれいに観察が出来た。
⑥胃角がきちんと観察できた。
⑦十二指腸下行脚の観察ができた。
⑧乳頭部が観察できた。
⑨ある程度のスピードをキープして幽門を通過できた。
⑩ぶれずに写真が撮れた。
⑪粘液をきれいに洗うことが出来た。
⑫病変がある場合、遠中近の写真がきれいに撮れている。
⑬生検がきちんとできる。
⑭噴門部の観察がきちんとできる。
⑮空気の量が適切である。送気が多いときと少ない時両方の写真がある。
⑯ある程度粘膜に近づいた写真も撮れている。特に大弯。
⑰適切に狭帯域光観察、色素内視鏡検査が出来た。
などがある。
一つの症例の写真にケチを付けるのは簡単だが(カンファランスなど)、それはQCとは呼ばない。それぞれ何%達成しているのかを年次で比較することでQCは可能になる。
とても面倒な作業だが、確か数年前に大雑把にやってみて毎年少しずつ改善していたのであった。大腸も同じ感じ。そしてプラトーに達し「自分はこれ以上は上達しないな」とわかって、なかなかつらい。

QCのための検査、になるといけないので、この項目は普通は意識しない、あるいは第三者が決定すべきかもしれない。

大腸検査は挿入時間をQCに使っている人が多いが、むしろ憩室の記載率を比較することは簡単で有用だ。観察時間が8分以下の人は見落としが多いという海外の文献があるから注意してください。

工業製品や実験とは異なり、相手がいて成立するものであり、その影響を大きく受けるから評価は非常に難しいが、リアルワールドデータと称してその真似事がはじまってはいる。

2020/05/19

「ジャーン」は鐘かオーケストラか

「ジャーン」というオノマトペの初出を私は知らないのだが、鐘をイメージするのが本来だろう。中国の銅鑼は古くから戦争で使われていて、10世紀頃から楽器となり18世紀にヨーロッパに伝わったそうだ。ルーツが同じだからオーケストラの音がジャンと聞こえてもおかしくはないわけだ。

競輪用語で「ジャンが鳴る」のジャンは鐘のイメージだと思うし、パチンコでの「ジャンジャン出てくる」も鐘なんだろう。

「ジャン」は鐘っぽいと言われればそうだ。「ジャーン」はどうかというと、あまり日本の鐘はイメージできない。多くの人がどちらかというとオーケストラの音を思い浮かべるのではないか。ベートーヴェンの交響曲第5番を「ジャジャジャジャーン」と表現したのは、いつのことだろう。そのあたりにオーケストラの音を表すオノマトペの源があるのではないか。

そう思って国会図書館を検索すると、古い文献に「ジャーン・ポール・サルトル」とか、「アゼルバイジャーン」は出てくるが、かすりもしない。それ以上検索出来ず断念した。

Google BooksはOCRでかなりの古い文章をデータ化しているが、これはどうか。
1936年の寺田寅彦全集、文學篇に「此の地鳴の音は考へ方によつては矢張ジャーンとも形容され得る種類の雑音であるし、又其の地盤の性質、地表の形状や被覆物の種類にょっては一層ジャーンと聞え易くなるであらうと思はれ得るたちのものである。」とあった。これは鐘の音をジャーンと表現しているようである。
1941年の村上知行訳水滸伝に「ふたりが山ちかくまでくると、やにわにジャーンと鐵躍の音がした。」とあるから、これも鐘である。
1950年の科学の辞典という本に「金属の円い板を打ち合わせてジャーンジャーンと音をたてるシンバルというもの」という表現が見られた。そうかシンバル辺りでオーケストラとの融合があるかもしれない。

青空文庫に行こう。
「ジャン! ジャーン!」これはモオパッサンの「親ごころ」の一節であり人名であった。違う。
寺田寅彦は1927年の随筆で「高知ほとりの方言に、ものの破談になりたる事をジャンになりたりという」などと書いてあり、これは鐘の音からイメージされる海の怪異現象を表すらしい。(おジャンになる、の語源のひとつがわかり楽しい:寺田寅彦「怪異考」)
泉鏡花は1927年の「多神教」という戯曲の中で「ズーンジャンドン・ジャーン」という表現をしている。
吉川英治は1926年の鳴門秘帖で「ジャーン!すぐ、程近いすじかい見附の夜を見守るお火の見の上から、不意に、耳おどろかす半鐘の音。」これは大阪毎日新聞に連載されたから、ジャーンというオノマトペは、多くの人の目に触れたに違いない。
青空文庫内にベートーヴェンの交響曲第5番を「運命」と呼んでいる文章はあるけれど、まだ「ジャジャジャーン」は出てこない。

突然テレビの話題になるけれど、ハクション大魔王が1969年放送開始(サザエさんと一緒です)であり「呼ばれて飛び出て ジャジャジャジャーン」と言ったわけだけれど、これはやはり鐘なんだろう。とてもキャッチーな表現だ。「ジャジャジャジャーン」はベートーヴェンの「運命」にも使われる表現であるが、ハクション大魔王以前にその表現はなかったのかもしれない。語感が良いのでそれは人々の心に残ったかもしれない。

では、いつからオーケストラの音をあらわすように?
またGoogle Booksに戻り、1969年~1980年で検索してみる。
1969年、藤田圭一著の「素顔の放送史」という本の中に「交響曲第5番「運命」の主題とともに~ジャジャジャジャーン」なる表現が見える。
1970年中央公論に掲載されたらしい五木寛之「ユニコーンの旅」の中に「タッタッタッと足で床を叩いてジャジャジャジャーンと前奏だ。」という文章があるようだ。
1972年「経済と外交(596号)」の73ページ、連載コラム〈蛙声〉の中で「ジャジャジャジャーン、「運命」が鳴り響く」という表現が見られる。

山本直純さんは「ジャジャジャジャーン」と言いそうだなと思って調べたけれども検索結果なし。1973年から「オーケストラがやってきた」の放送開始。

ジャン、ジャーンというオノマトペがオーケストラの音にも使われだしたのはハクション大魔王にインスパイアされた1969年あたりなのだろうか、というのが今の所の推測だ。

さて、自分の脳内ではジャン、ジャーンは両方オーケストラなのだけれども、それはなぜだろう。なぜオーケストラのイメージが強いのだろう。

30年ぐらい前フランスに旅行したときに、生まれて初めてクロッシュ(料理を保温するための金属製のドームカバー)が現実に存在するのだなと思ったし、それをセルビスの方が持ち上げるときに、「ヴォアラ(voila)」と言うことが多くあって、その瞬間自分の脳内では「ジャーン」とオーケストラの音が鳴っていた。

米国ではどうかというと、クロッシュ(米国ではドームカバー)を使うようなファンシーなお店は数えるほどしか行かなかったように思うけれども、持ち上げる瞬間のかけことばは「タダーッ(Ta-da!) 」じゃなくて「ヒアユーアー」でちょっと残念だった記憶がある。でも子供番組では「タダーッ」は良くあって、やはり脳内ではオーケストラの音が鳴る。

そういうオーケストラの「ジャン」とか「ジャーン」という音にはちゃんと名前があるそうで、オーケストラ・ヒット、というのだそうだ。


https://yamdas.hatenablog.com/entry/20180529/orchestrahit

この表現は1980年代に多く使われたと聞けば、なるほど自分がフランスに旅行する前ぐらいの事で、「ジャン」にオーケストラのイメージが焼き付いていたのは納得が行った。

そんなことを考えていた5月14日のこと、たまたまついていたテレビではNHK連続テレビ小説『エール』の第34話が放送されていた。二階堂ふみさんが、帰宅した窪田正孝さんを「ちょっとちょっと来て来て」と居間に連れていき、布で包まれた何かを「これは何でしょう?」と見せていた。



もしかして「ジャーン」って言っちゃいますか?言っちゃいますか?とほんの数秒思ったところで、二階堂ふみさんが「ジャーン!蓄音機でーす」と披露したので、少々驚いた。(調べたらこのエピソードは1930年ぐらいのことなので、吉川英治が書いていた少し後だから、この表現が使われていてもおかしくない)

実は二階堂ふみさんが発したこの「ジャーン」が、鐘からオーケストラへの転換点でした、だったら凄く面白いのになあ、というのが感想。