2022/02/01

ペイシェントエンパワーメント

患者さんと家族、医療従事者、行政、ボランティア、その他の人々は平等で、協力し合う関係性だというのが最近の考え方ですが、時代により変化してきていますし、歪めて理解している方がおられますので、自分がまとめたものを投下しておきます。受動的だった患者さんの姿が1980年以後積極的に変化しました。その行動変容、権利の委譲を、「ペイシェントエンパワーメント」と英語では言います。

患者の権利に関する歴史

1940年代、主に精神障害者の人権を守る事に関して米国では発達。
1960年代以後、強制入院に関する細かい条件が制定。
1970年代にはオンブズマン制度導入。
1980年にCRIPA(人権法)が制定。

医師患者関係の再定義

18世紀〜19世紀まで、医学は祈りとそう変わりない存在で医師は尊敬されない職業の一つであった。これは日本でも同様です。
さて、1910年フレクスナーレポートによって初めて医者は科学者として位置付けられ、その後急速な医学の進歩と共に専門家としての権威が認められていきました。ちなみに北里柴三郎による破傷風菌の培養は1889年です。第一回のノーベル賞が1900年です。そういう時代です。
1951年Parsons T.の著書「社会システム」で定義された患者は治療を黙認するものであり、あくまで受動的に描かれていました。しかし進歩した医学の非人道性という問題点が1960年代以後指摘される事となりました。インフォームドコンセントという言葉が生まれたのはその頃です。1970年代は「リビングウィル」という概念が登場しました。1980年代には多くの訴訟が起きて患者さんが自らの権利のために戦いました。1988年、Wolinsky FD.の著書「健康の社会学」では患者自身がどう行動するかという新しいヴィジョンが描かれています。
ちょうど同じころ、医師の教育が変化してきた事に注目すべきでしょう。最後に述べますが医学におけるアクティブラーニングという概念がカナダで発生したのです。

ペイシェントエンパワーメントの定義

エンパワーメントとは権限を付与するという意味ですが、バズワード化しているため正確な意味を伝える事が難しい場合があり注意が必要です。
例えば収入が高いほど良い医療を受けられる事もエンパワーメントと言われる場合があります。
しかし昨今は以下のような文脈で使われる事が多い。すなわち、
生活や健康を守るために必要な知識、スキル、責任を患者自身が持ち、自分および他人の行動に影響を与えること。リンク

ペイシェントエンパワーメントがもたらすもの

実はよくわかっていません。当然素晴らしい結果をもたらす可能性が高いが、医療費が増大したり医療者が疲弊したり不平等が拡大するかもしれません。
患者の自律性を高め、選択の自由を拡大し、新しい医師患者関係、あるいは新しい患者患者関係を構築することが、どう役立つかの研究は今後も引き続き必要です。
・病気がよく治ったか。
・コンプライアンス・アドヒアランスが向上したかどうか。
・患者のメンタルが安定したかどうか。
・全体の医療費がどうなるか。
・患者による不平等が生じるかどうか。
寿命が伸びたかどうかではなく、そういう結果が得られたかどうかを追跡していくのです。

実際患者さんは何をすれば良い?

そもそも権利とか権限ってなんなんでしょうか。
パワー(権限など)はもともと医療者にあるもので、医療者側から患者側にパワーを委譲するという考え方があります。
それとは別に、医療における権限は患者患者関係とか患者家族関係とか社会そのものから発生するんじゃないかという考えもあるみたいです。
ところで、こういうエンパワーメント、患者さんの自律性を高めて選択の自由が拡大するので夢のようじゃないか、と考えますが、その結果として「急激な変化によって患者さんが不安に陥る場合がある」という事を指摘した論文がしばしば取り上げられます。 患者さんに沢山沢山説明をして勉強をしてもらったところ、たしかに外来にはよく通うんだけど、不安も大きくなったそうなのです。そうだそうだと思う方、いらっしゃるのではないでしょうか。
著者であるローターの指摘は重要で、自分(説明が多すぎる)もしばしば感じる事ですが、患者さんに自分で選択せよと迫ることは患者さんにとっては辛い場合があります。生活習慣病ならまだしも、癌でStageが進んでいると、学習して、納得して、信頼して、前向きになるという時間があまりにも少ない。
さて、ローターの研究は患者さんに多くの情報を与えただけでしたけれど、一方グリーンフィールドらは患者さんに医者へ積極的に質問するように促すと、実際医師患者の会話が増えるだけでなく結果が良い、ということを見出しました。
これら論文はやや古いのですが、示唆に富んでいます。医療者から患者へ情報をたくさん提供することは、受診率がよくなったりして結果は良いのかもしれないけど患者さんにとっては負担です。患者さん自らが質問してくれた事に丹念に答えていくことは患者さんと医者の関係をよくする、という事はとてもよく経験します。ではどうしたら患者さんからいろんな質問を引き出せるんだろうか、という部分がとても大切なんじゃないかと思っています。
患者さんが自ら質問することが大切だし、上手に質問を引き出す医者が名医かもしれない!
上野直人先生(エンパワーメントの普及に努めているMDアンダーソンの医師)は患者には、
・あせらない
・医師の話したことをきちんと把握
・質問をする
を勧めています。
さらに
・会話を録音したり録画して復習する
・一緒に誰かに聞いてもらう
・質問を予め紙に書く
・外来とは別の質問時間を設定
を提案しており医者には話し上手になるように仰っています。
自分の場合はSNSを活用します。
・何か思ったらとりあえずSNSに質問を放り投げてみる
・友人や家族、医師とそれらを共有する
・家族が患者本人から相談されたことを医者に投げる
・専門医から受けた説明を自分(鵜川)が解釈して解説する
・調べ方を教えたりする
そんなことをやっているとだんだんアクティブになる印象です。

アクティブラーニング、という言葉があります。自ら課題を見出して、解決方法を探っていく、という勉強の仕方です。
医者の教育は1990年代から変化しており、米国ではアクティブラーニングになりつつあります。
ペイシェントエンパワーメントも、アクティブラーニングの考えを患者さん側に導入することにほかなりません。
身体を不思議だなあと思い、何が問題だろうと考え、協力しあい、解決していく真摯な姿勢が皆に求められている時代だろうと思うのです。

2021/12/26

キリンの模様について

自分はアラン・チューリングの天才性が好きで、寺田寅彦も好きなので、キリンの模様がどう出来るのか、という話も好きです。何の話かですって?

寅彦の弟子に平田森三という物理学者がいて、ヒビの研究者として有名なのですが、彼はキリンの模様を見て「成長とともにひび割れたのだ」と閃き1933年岩波書店『科学』に投稿します。これに対して動物学者が「非専門家が何をいう」と噛み付いて延々と論争が繰り広げられたという話です。すでに大物中の大物だった寺田寅彦が手打ちを促したとのこと。

こうした論争に決着をつけたのは天才数学者、第二次世界大戦を4年早く終結させたと後世賞賛されるアラン・チューリングです。化学反応が生み出す波が生物のパターンを作る、と数式を使い仮説を発表したのです。これはチューリングパターンとして知られますが、論文は彼が差別により不遇の死を遂げる2年前、1952年の事でした。チューリングのこの仮説は説得性があって、大阪大学の近藤先生により自然界にある事実だと確かめられた1995年には世界中の注目を浴びました。近藤研究室のホームページは以下のリンクからどうぞ。

https://www.fbs-osaka-kondolabo.net/

私は以前よりこの近藤研究室のWebサイトを購読しているのですが、ノーベル賞の本庶先生の弟子だとは初めて知りました。(NHKの記事)本庶先生の研究姿勢が厳しい事は知られていて、私はそういう雰囲気から傑出した人材が生まれるのか懐疑的だったのですが、「好き」はすべてを凌駕するのですね。とても感動しました。

その近藤研究室のブログの模様の記事は大変に面白いです。チューリングパターンとヒビは本質的なところで似ているというのです。

https://www.fbs.osaka-u.ac.jp/labs/skondo/saibokogaku/categories/scientific%20columns/torahiko.htm

冒頭にある美女を侍らせる寺田の写真は現代のポリティカルコレクトネスの考え方からは受け入れ難い側面はありますが、内容は興味深く、天国で平田先生もチューリング先生も「そうそう、論争するような事じゃない」と言っていそうです。

ある日自分の夢で「スイカの模様の意味を述べよ」というテストの問題が出ました。

その時に考えた答えは、チューリング・パターンではなく、平田の「ひび割れ説」でした。スイカのひび割れ模様がある部分にタネがある、などという言説をインターネットで読んで、確かめて見たくてしょうがないのですがまだできていません。どなたか。では、自分がひび割れに肩入れしてしまうのはなぜなんでしょう。やはり大腸メラノーシスをいつも見ているからなのではないか、と思うのです。大腸の内視鏡写真を出しますよ。ほらね。

大腸メラノーシスとは、センナなどアントラキノン系の下剤を長年使用したときに大腸粘膜が着色してしまった様子をあらわす用語です。この状態になりますと腺腫(ポリープ)ができやすいとも言われますし、アントラキノン系の下剤は徐々に効果を失って大腸が動かなくなり手術が必要になる方がいますから、ぜひとも脱センナをしなければならないと日々注意しています。その大腸メラノーシスの持つ模様がちょうどキリンの模様とそっくりなのです。この着色は粘膜の成長とは関係ないように見えます。むしろ伸張/収縮と関係しそうなイメージ。だからひび割れが連想されるのです。

自然界には多くのチューリングパターンが存在しています。近藤研究室のブログはとても面白いので是非読んでみて下さい。

この模様も内視鏡で見える消化管粘膜のパターンです。チューリングパターンっぽいでしょう?きれいですよね。