2015/05/10

常在細菌叢が人間のセロトニン分泌を調節する仕組み

消化管の話がCELLという雑誌に載ることは珍しいのですが、比較的理解しやすい抄録だったのでご報告。本文は長く(CELLの論文は読むのに本当に時間がかかります)まだ読んでいませんが、図表などに興味深く使えるものがあるので読む予定。

実は大腸のセロトニン(5-HT)レベルに注目したことはなく、私自身は小腸のセロトニンレベルに興味があり、それは常在細菌叢だけでなく圧変化などにも大いに影響を受けるという印象を持っていますがこれについても続報を待ちます。この研究は過敏性腸症候群(IBS)の理解のために重要となる可能性がありますし、autismや片頭痛などの研究へも影響を与えるかもしれません。
発表したのはカリフォルニア工科大学のHsiao Lab。 著者は全員若い(責任者まで含め30歳以下)気鋭の研究者達です。
ウェブサイトのセンス、図表の美しさも特筆すべきでしょう。



要点
腸の微生物が大腸と血液中の5-HTのレベルを調節
芽胞形成菌は、結腸5-HT生合成を促進する代謝産物を調節する
腸内細菌叢に依存する5-HTの変化は腸の蠕動および止血に大いに影響する
腸内細菌叢を変化させると5-HT関連疾患の症状を改善することができる可能性

抄録
消化管には、体内のセロトニン(5-hydroxytryptamine、5-HT)の多くが含まれていますが、消化管由来の5-HTの代謝を制御するメカニズムは不明である。この研究では、微生物が宿主5-HTの調節において重要な役割を果たしていることを実証する。マウスおよびヒト微生物において常在する芽胞形成菌(spore-forming bacteria、Sp)は、内腔、粘膜、循環血小板に5-HTを供給している結腸クロム親和性細胞(EC)から5-HT生合成を促進する。重要なことは、細菌叢に依存する腸5-HTへの作用は、宿主の生理機能、腸管蠕動調節、血小板機能に大きく影響していることである。我々はSpにより増加した糞便中の代謝産物が培養されたクロム親和性細胞内の5-HTを増加させることを見出した。これ腸内細菌叢からクロム親和性細胞への直接の代謝シグナリングの存在を意味する。これに加え、特定の微生物代謝産物の管腔濃度を上昇させると無菌マウスにおいて結腸と血液内の5-HTが上昇することを発見した。これらの知見は、Spが宿主5-HTの重要な調節因子であることを示し、基本的な5-HT関連物質の生体内産生の調節に宿主細菌叢の重要な役割を果たすと強調するものである。

2015/05/04

ナトリウムチャネルに関する思考実験

医者になってから20年の間、体内のナトリウムチャネルに関してなんら知識がなくても問題なく臨床が出来、しかしその姿勢を突き崩したのがシガテラ中毒でした。

シガトキシンとの出会いによってはじめてナトリウムチャネルを意識し、いくつかの考えを得るに至りましたから、その思考実験を記録として残すこととします。

ナトリウムチャネルの種類と関連する疾患

蛋白名遺伝子名発現部位関連する疾患
Nav1.1SCN1A中枢神経系, [末梢神経] 心筋細胞熱性けいれん, 全般てんかん熱性けいれんプラス, ドラベ症候群, West症候群, Doose症候群, ICEGTC, Panayiotopoulos症候群, 家族性片頭痛, 家族性自閉症, Rasmussens脳炎, Lennox-Gastaut症候群
Nav1.2SCN2A中枢神経系, 末梢神経遺伝性熱性けいれん/てんかん
Nav1.3SCN3A中枢神経系, 末梢神経 心筋細胞てんかん, 痛み
Nav1.4SCN4A骨格筋周期性四肢麻痺, 先天性パラミオトニア, カリウム惹起性ミオトニー症候群
Nav1.5SCN5A心筋細胞, 非感応性骨格筋, 中枢神経系, 消化管平滑筋細胞, カハールの介在細胞QT延長症候群, ブルガダ症候群, 突発性心室細動, 過敏性腸症候群
Nav1.6SCN8A中枢神経系,後根神経節,末梢神経, 心筋, グリア細胞てんかん
Nav1.7SCN9A後根神経節, 交感神経系, シュワン細胞, 神経内分泌細胞肢端紅痛症, PEPD(家族性直腸痛症候群), 無痛症, 線維筋痛症
Nav1.8SCN10A後根神経節痛み, 神経精神病
Nav1.9SCN11A後根神経節痛み
NaxSCN7A心筋, 子宮, 骨格筋, 星状細胞, 後根神経節未知

シガテラ毒による食中毒では、初期には下痢などの消化器症状が、次にドライアイス・センセーションと呼ばれる手の痛みが、そして強烈なだるさ、あるいは精神症状が出現します。

特異的なのがドライアイス・センセーションとされていますが、
水に手を触れるとまるで氷のように感じてしまい、痛くて手も洗えなくなる、というものです。

そのあとに出現する強烈なだるさ、人によってはうつのような精神症状が出現しますが、これは線維筋痛症や慢性疲労症候群と印象がオーバーラップします。

シガトキシンという毒素はきわめて大きな分子です。完全に生合成されたのはノーベル賞級の快挙とされています。想像するに大分子ですからナトリウムチャネルとの親和性が極めて高いうえに代謝されない、分解されない、ナトリウムと競合して再びそのチャネルから離れるまでに相当期間かかるだろうことは、症状としてのだるさが半年以上続く事があることから容易に想像が出来るのです。でもやがて治る事はわかっているのでそのように患者さんに説明し、慰めるのです。

さて、慢性疲労症候群ではシガテラ毒が多くの患者に検出されたという報告がありますが、これは彼らがシガテラ毒に侵されている事を示すのでしょうか?その後の研究で、シガテラとして検出されたのはカルジオリピンのフラグメントでありそうだ、という事がわかっているようです。カルジオリピンはミトコンドリアに存在するリン脂質の一種ですが、これが慢性疲労症候群患者では障害されている事が電子顕微鏡で見えるらしいのです。そしてもしかするとこのフラグメントはシガテラ毒同様に後根神経節を刺激したり中枢神経系で刺激をしてだるさの原因になるのかもしれません。ナトリウムチャネルを介して。

その他、表を見ていただくと色々な想像が出来るのではないでしょうか。医学生時代には習うことがなかったナトリウムチャネルですが、今後痛みやだるさの研究に、重要な位置を占めるのかもしれません。

ここまでで何を言ってるかわからない?上記の表から「ナトリウムチャネルは主に神経に存在し「抑制系」として機能している」と想像できるのです。すなわち、それが変異する事で抑制がかかりにくくなったために各種のけいれん、てんかんを生じているのではないか。(てんかんは脳内の回路がショートして過剰に興奮してしまう状態です。抑制がかからないと生じやすいのです。脳科学者がなにか閃いた時に脳がすごく興奮している!と喜んでいるのは間違いで、集中して考えるという事は抑制がしっかりとかかるという事であり、閃いたあとの脳の興奮は脱抑制の状態を見ているだけだと考えた方が正しいと思います。したがって脳の興奮状態を見る検査で、頭が良いとか悪いとか決めつけると全く逆の結論が出ると考えています)ナトリウムチャネルは正常の状態ではチャネルにナトリウムがついては代謝される、を繰り返しているのでしょう。ほんのわずかの量で刺激をすれば痛みを抑制するように働くし、長時間刺激すれば今度は痛みの抑制がかからずに辛い事になる、と解釈すれば良いのでしょう。

さて、このナトリウムチャネルを刺激する毒、と言えばトリカブト、アコニチンです。アコニチンは薬として使えば痛みをうまくコントロールする事が出来る。附子という名前で処方し、使います。線維筋痛症の痛みは附子を使う先生がおられるだろう、とか、シガテラ毒の症状は附子で競合阻害を生じさせれば早く緩和出来ないだろうか、とか想像が膨らまないでしょうか。

また全然知らなくていいのですが、"Mad Honey Disease"と呼ばれる、シャクナゲ属のハチミツによる食中毒があって、これはグラヤノトキシンという、同じくナトリウムチャネルを刺激する毒によるものです。

ベラトリジンという毒はユリ科から得られたもので、これも軟膏として使い痛み止めとして使われた、という事です。人間と言うのはなんと知恵のある動物なのでしょうか。ほとんどのものは、もうとっくの昔に試されている。

シガテラ毒についてはまだこのブログでは書いたことはありませんが、その発見の裏には実に示唆に富んだエピソード、ドラマがあります。数百年も前から伝えられてきた船乗りの言い伝えには、すでにシガテラ食中毒の予防法が示されていたのですから感心します。この話は面白いのでいつか誰かが本にするのではないでしょうか。

2015/05/03

気のせいじゃないか

医者が「気のせいじゃないか?」という場合があるようだ。

自分はその言葉は使わないんだけど単に好みの問題だ。

院長ほどの人物になると、

「気のせいじゃないか」

「なんだ気のせいだったのか!」

と患者がニコニコして帰るという小噺のような展開が院内では見られる。自分も達人になったらそういうやり取りをしたいものだとは思う。

ちなみに院長の「気のせい」とは、

「あなたの感覚の閾値がやや下がっているようだ、それは普段の生活とは違う生活から生じたように思われるがあなたと住んでいるわけじゃないからその詳細はわからない。しかし自分の診る限りは命を危険にさらしたりQOLに関与するものではなさそうであり、それを突き詰めることはかえってあなたの生活によろしくないから今日はあなたがいったん引き下がって下さいね」

という意味で使っているように思われる。そして患者は一瞬でそれを理解するのである。
それは今までの信頼の賜物、と言えるから皆さんも隣人とはそういうかかわりをしてほしい。

逆に私の場合には患者あるいは他人を隣人としては見ていなくて一期一会だと思っているから、上のようにくどくど説明するのである。私が良く診察室内で「あなたは二度と来なくてよい、というつもりで診ている」と言い患者が不審がる。これはこれで真摯な姿勢だと自分では思っているのだが。どちらの言葉をかけられるのが幸せなのかと言うと、人間としては前者じゃなかろうか、とは思う。



つまり「気のせいじゃないか」という言葉は、「気のせいだ、病気ではない」と決めつけているわけではない。情報が不足している、あるいは経過観察が必要であり患者からもっと情報を引き出したいときの言葉である。それを言葉通り受け取る人と言うのは、まだ人との関わり方がわかってない、という事になるのではなかろうか。

これは一方で、医者の「隣人さがし」の言葉でもある。この言葉が通用する患者は自分との相性が良いのだ。

2015/05/02

いろいろな胃カメラ

いろいろな胃カメラがあるので、みなさんそれぞれ自分に合うものを探してください。
ちなみに日本以外はほとんど鎮静剤を使います。

■細い内視鏡 6mmぐらい
 鎮静剤を使わないで8割の人が楽に検査を受けられる
 鎮静剤を使わないからすぐに帰れる
 ※鼻の穴が小さな人はだめ(女性の何割かは辛いでしょう)
 ※血液サラサラのお薬の人はだめ(鼻出血が起きると止めにくい)
 ※麻酔や血管収縮薬があわない人がいる
 ※鼻の穴の麻酔に結構時間がかかる
 →基本健康で、高齢じゃなくて、鼻の穴が小さくない人向け
 →画質は今進歩中である

 当院ではやりませんから、そういう希望の方は来ないようにして下さい

■中くらいの内視鏡8-10mmぐらい(鎮静剤なし)
 鎮静剤を使わないで半分ぐらいの人は我慢は出来る
 鎮静剤を使わないからすぐに帰れる
 →オエオエしない人向け
 →画質は十分である

■中くらいの内視鏡8-10mmぐらい(鎮静剤あり)
 9割の人が楽に検査を受けられる
 追加料金がかかるわけではない(数百円以下)
 ※鎮静剤を使うから時間がかかるしその日は車も運転できない
 ※鎮静剤があわない人がいる(ふらつく、気持ち悪いなど、1%くらい)
 ※鎮静剤の使い方は施設により全然違う
 →オエオエする人、不安が強い人向け
 →画質は十分すぎるほどである

 当院での内視鏡はこれで、鎮静剤の使い方は他と違い、
 アトロピン+ペンタゾシンor塩酸ペチジン+ジアゼパムorミダゾラム
 である。

■プロポフォールを使って完全に寝かせる
 やってる事がわからないくらい寝る
 ※麻酔科標榜医がいなければならない

 一部の病院でやっています
 プロポフォール高いし麻酔科標榜医が少ないから一般的な方法にはならないと思う
 自分でそういう病院を探せる情強向き

■太い内視鏡10mm-(鎮静剤あり)
 9割の人が楽に検査を受けられる
 追加料金は少しだけ(千円ぐらい)
 ※鎮静剤を使うから時間がかかるしその日は車も運転できない
 ※鎮静剤があわない人がいる(ふらつく、気持ち悪いなど、1%くらい)
 ※鎮静剤の使い方は施設により全然違う
 →画質が最高なので精密検査向き

 一部の大学病院や専門医が採用しています

バリエーションは無限にありますが、参考にして下さい。