2015/05/03

気のせいじゃないか

医者が「気のせいじゃないか?」という場合があるようだ。

自分はその言葉は使わないんだけど単に好みの問題だ。

院長ほどの人物になると、

「気のせいじゃないか」

「なんだ気のせいだったのか!」

と患者がニコニコして帰るという小噺のような展開が院内では見られる。自分も達人になったらそういうやり取りをしたいものだとは思う。

ちなみに院長の「気のせい」とは、

「あなたの感覚の閾値がやや下がっているようだ、それは普段の生活とは違う生活から生じたように思われるがあなたと住んでいるわけじゃないからその詳細はわからない。しかし自分の診る限りは命を危険にさらしたりQOLに関与するものではなさそうであり、それを突き詰めることはかえってあなたの生活によろしくないから今日はあなたがいったん引き下がって下さいね」

という意味で使っているように思われる。そして患者は一瞬でそれを理解するのである。
それは今までの信頼の賜物、と言えるから皆さんも隣人とはそういうかかわりをしてほしい。

逆に私の場合には患者あるいは他人を隣人としては見ていなくて一期一会だと思っているから、上のようにくどくど説明するのである。私が良く診察室内で「あなたは二度と来なくてよい、というつもりで診ている」と言い患者が不審がる。これはこれで真摯な姿勢だと自分では思っているのだが。どちらの言葉をかけられるのが幸せなのかと言うと、人間としては前者じゃなかろうか、とは思う。



つまり「気のせいじゃないか」という言葉は、「気のせいだ、病気ではない」と決めつけているわけではない。情報が不足している、あるいは経過観察が必要であり患者からもっと情報を引き出したいときの言葉である。それを言葉通り受け取る人と言うのは、まだ人との関わり方がわかってない、という事になるのではなかろうか。

これは一方で、医者の「隣人さがし」の言葉でもある。この言葉が通用する患者は自分との相性が良いのだ。

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