2013/12/25

テレビは選んで視られない

「先生、私2時間毎に夜起きるんですけどね」
「トイレに起きる?」
「そうです。テレビで、『過活動膀胱』というのをやっていましてそれかしら」
「なるほど。2時間毎に眠りが浅くなるのでその時に尿意が来る、と」
「そうですね、2時間毎です」
「で、困る?」
「困りはしないんですけどね、テレビで『過活動膀胱』だと言ってましたのでそれかしら」
「なるほど、では別の番組を見た患者さんのお話を私再現しますね」

「先生、私、良かった」
「何が?」
「テレビでやっていたんです。夜水を飲むのは良いって」
「良いですよね、脳梗塞の予防になるんじゃないでしょうか」
「私2時間毎にトイレで目が覚めちゃうんですけれど、その度に口が乾かないように水を飲んでいたんです。そうしたらテレビで、夜水分を補給するのは脳梗塞や心筋梗塞の予防になるって言うじゃないですか」
「そうですよね」
「私、長く寝ていると口が乾いてしまうし、トイレで起きてもすぐに寝られるし、そんなに苦ではないんです。それに脳梗塞の予防になるんだったら、すごく良いですよね」
「そうですね、あなたが感じる通りではないでしょうか」

「と、こんな話です。症状は同じでもあちらは楽天的、あなたは悲観的」
「先生、夜トイレで心不全が起きるってテレビでやっていました」(この辺りの切り返し方はなかなか普通の人には出来ないと思いました)
「ああ、それは冬寒くてトイレとか風呂とか気をつけろっていう話ですね。それは本当」
「だから私、トイレに行く時にはすごく暖かくしています」
「それでよろしいです」
「ところで私先生に朝ごはんを食べろと言われまして、今まで9時に起きていたんですが6時半にしました。6時半に起きて色々やっていますと、夜は眠くなりますので夜は9時頃寝つきます。それで良いんでしょうか」
「健康的じゃないですか」
「私もなんだか気持ちが良いような気がしています」
「良かったですね。ところでさっきの別の方の話、聞いてました?」
「ああ、テレビの。私その番組見ませんでした。私、見たのは全部メモしていますから」
「じゃあ、今度私が見たらちゃんと記録して詳しくお話しますよ」
「はい」


ところで、ご老人。
6時間寝ている、という方でも9時間10時間、ベッドに入っているのは当たり前です。
彼らの「2時間おきにトイレ」は寝ている時間は含まれていない可能性があるので注意は必要。

21時にベッドに入る。23時にトイレ。1時にトイレ。その後5時まで飛んで、5時にトイレ。ベッドからは出ないで7時にトイレ。こういうパターンが結構ある。実際にねているのが23時~1時、1時~5時、あとはまどろんでいる感じで、本人申告の睡眠時間は6時間です。

本当の睡眠パターンがわかるまでは、夜中にトイレが多い、の真実はわからない。大体一回じゃ本当の事はわからないので、何度も何度も聞き方をかえて調査するのが常です。毎日同じとも限りませんし。この方の場合も9時間半も寝床に入っているわけで、本当に2時間おきならば4回起きていないといけない計算になりますが実際には3回なのでした。そしてそれに病名をつけるのは勝手にして頂いてよろしいのですが、投薬するかどうか決めるのは簡単では無いということは皆さんならばお分かりになるでしょう。

軽い会話だとお思いでしょうが、
1)医者と患者の違いは、同じ聞き流しているようでもそれを後で役立てようとしているか、そうでないか。
2)患者に聞き流されることはわかっていても、「考え方をニュートラルに戻そう」という努力はする。
3)テレビに影響された患者は訴え方まで抽象的になってしまい真実を伝えないので情報収集にかえって時間がかかる。
4)そういう影響をテレビは明らかに考慮しないが、それは彼らの能力の限界なのだからしょうがない。
というような事を読み取っていただくとありがたい。



この人にはこのテレビを視せたい、がコントロール出来る世の中に早くならないんでしょうか。

2013/12/24

両方とも真実

「先生、さつまいもを食べたらおなかが痛くなっちゃって。もう食べません」
「そういうことありますよね」


「先生、お通じがちょっと悪かったんでさつまいもを食べて、気持ちよく出しました」
「そういうことありますよね」


どちらも真実だと思います。


1)何が体に良いかなんて、やってみなくちゃわからない。
2)あるとき良かったことが次に良いとは限らないし、悪かったことが次に悪いとも限らない。ただし人間ってのは成功したことは繰り返したがるし、失敗したことは繰り返したがらない。


色々やってみる人って結構好きです。
やっているうちにだんだんと2)の傾向が強くなり、「あれもだめこれもだめ」と言いだす人がいます。その場合には、もう少しニュートラルに考えるようにアドバイスできます。


暖かく見守っていますが、
「何を食べたら良いのですか?」
と成果だけを要求する人が一番多いのは事実です。


こういうのって、「大学病院は研修医が多いから嫌だ」っていう患者さんと似ている気がします。
そもそも研修医だとみなさんが思っているのは大抵は研修医ではありません。もう少し上の立場の医師です。もしかするとすでに専門医かもしれない。

大きな病院には沢山の先生がおられますが、患者さんは、自分が先生とあわないなと思った時に相手を「若い」「研修医」などと形容しがちなのです。そして若い先生を避けたいと思うようになります。2)でしめしたような心理です。医師の選択について、もう少しニュートラルに考え直すようにアドバイスすることが出来ます。


若い先生が多いのであればそれは人気の病院なのですから実力はお墨付きなので安心してかかれば良いのに、と思います。
「実験台になる」も本当ではありませんし。みなさんがおかかりになっても実験台になるという事はありません。


何か愚痴のようになってしまいましたが、元に戻します。


おなかに限らず自分の症状についていろいろ考える人が多いのですけれど、
その解釈についてはだんだん偏ってくることが多く、
それをニュートラルな状態に戻す、というのが医者の仕事かなあと思っています。


メリー・クリスマス

2013/12/23

NFCかQRコードか

患者さんに心電図や血液のデータ、レントゲン、エコー、内視鏡写真、そして私が書いたサマリーを安全に、瞬時に、患者さんを煩わせずに電子的に渡したい。そういうことが可能でしょうか。

USBメモリ:物理的な接続があるのでだめですが、情報の取り扱い方についてのパイロットスタディは出来るでしょう。しかしそれならば形にこだわらず、情報が保存できるメモリがあるデバイスならばなんでも良い。USBメモリ、という形にこだわるのは愚かです。

NFC+Bluetooth:ペアリングをNFCで行いBluetoothで通信をするというのはやや現実的ですが、患者さんがそのデバイスを持っていなければならないという欠点があります。

NFC+Wi-Fi:ペアリングをNFCで行うと煩雑な手続きを簡略化することができるし、Bluetoothよりもスピードが現実的です。

どの業者も自分がイニシアティブを取りたいのです。患者さんが受けている医療を個人情報抜きでも知ることが出来ればそれは大きなビジネスチャンスだからです。競争は熾烈になるだろうと思います。使えなさそうな技術が普及しそうになったときは邪魔しようと思っています。例えばICカードの中に患者さんの医療データを入れるというのは容量、スピードともに非現実的です。クラウドも面白いのですが、24時間稼働はしないでしょうし、やはりローカルに皆さん自分でデータを二重化しておくほうが安全でしょう。

電子カルテダイナミクスでは赤外線を使って患者さんにテキスト情報をお渡しするソフトウェアがありました。現在はQRコードを用いて情報をお渡しするソフトウェアがあります。まずはそれらの活用をするのが現実的ではないかと思い、現在いくつかのソフトウェアを開発しています。

(株)ダイナミクス社が提供しているソフトをご紹介します。
まずは Candy for Android
そして Candy for iPhone

これは、電子お薬手帳です。
私は現在、当院の院内処方だけでなく、他の医院の処方も管理出来るように入力出来るようにカスタマイズしている最中です。もうしばらくお待ち下さい。電子お薬手帳の便利さは緊急時に実感出来ます。最近でも経験がありました。ひどい薬疹の方の原因薬剤がわかったのも、薬歴がコンピューターで管理されていたからでした。めったに薬疹を起こさないお薬で、手作業での管理では盲点になったことでしょう。

他には自分の医療関連の基本情報をあらかじめ入力しておくソフトを開発しています。それを医療機関に持って行って読み取ってもらうと、いろいろな問診が簡単に済むというものです。
ウイルス感染が怖いので、USBメモリ、メール、CD-ROM、すべての電子データを医療機関は嫌がって受け付けてくれません。その点QRコードはウイルス感染の危険がないと言えるのでこれに基本情報を入れておくのは有用かもしれないと考えているのです。

これらはAndroidとiOSにしか提供出来ませんので、重要な情報はQRコードを印刷してお薬手帳に貼ってしまう、という方法も考えています。電子化は大変大切です。ミスを防ぐことが出来ますから。

身体は一つしかないので、頑張りますがいつ出来るかわかりません。

別に外来で3時間も待たせてしまうのはこういう仕事をしているからではありませんよ。難しい患者さんが来るからです。その人々がせめて他院でのお薬を手帳で整理し、他院や検診の血液検査を整理し、主治医がサマリーをちゃんと作っておいてさえくれれば、確実に待ち時間は半分になるんじゃないかと思います。初診の方がそうなってくれないといけないので、当院の患者さんに私のソフトが普及してもどうしようもありません。私がソフトを作るのは私が将来楽をしたいから。だから今、頑張っています。

2013/12/12

竜涎香が抹香鯨の体内でしか出来ない理由

友人から紹介された「調香師の手帖(ノオト)」を読み直した。
二回目なのにどうも内容を全く覚えていなくて、「ああ面白い」ともう一度感心しながら読み終えた。これはどうも自分の記憶力もそろそろ下り坂だぞ、とわかって「銃・病原菌・鉄」の二回目を読み始めたところだ。マクニールの世界史なんて、まだ表紙しか読んでいないのにもう読んだ気になっているので、本当は「銃・病原菌・鉄」もまだ読んでいないのかもしれない。

調香師のノオト、のノオトは、オリエンタル・ノートとか、グリーン・ノートなどと言う香りの呼び方とかけている。とりあえずジャンパトゥのJOYっていう高価な香水が天然のジャスミンの香りなんだっていうのを覚えておけば良いのかもしれないけれど、どうしても普段の仕事が仕事なので、うんこの匂いのスカトールも薄めるといい匂いとか、そういうネタばかり頭に入ってくるのはしょうがないのだ。

竜涎香はマッコウクジラの体内に出来る。とてつもなく高価な香料だ。

そして高価な天然香料も材料の成り立ちを知るとぎょっとするものもある。竜涎香(龍涎香:りゅうぜんこう アンバーグリス)がそれ。だってクジラの消化管の中で食べかすが発酵して固まったもので、糞便みたいなものだ。そして竜涎香は香りの分類でいうとアニマル・ノートという事になる。

麝香(じゃこう)と並ぶ高価な天然香料の代表格、竜涎香を作るのはクジラの中でもマッコウクジラだけ。
なぜマッコウクジラだけ?不思議に思わないだろうか。

なぜクジラでもマッコウクジラなのだろう?

竜涎香は胃石のように消化管で出来る石で、大きいものでは160kgもあるという。
マッコウクジラが消化しきれなかった食べ物が消化管内で固まったものらしい。
時々マッコウクジラが吐き出すが、あるいはそれが原因でイレウスになって死ぬこともあるという。
吐き出したもの、あるいは病死したマッコウクジラのそれが海流にのって海岸へ漂着すれば、それは1kg200万円で取引される竜涎香だ。
マッコウクジラの肉質は油っこく食べられないそうだけれど、かつては良質の油や、あるいは竜涎香採取のために捕獲されていた。

Mother and baby sperm whale

マッコウクジラだけに出来る理由を探した。
直接の答えはなかったけれど、推測は簡単だった。
哺乳類の消化管の長さを比べた表がWikipediaで見つかり、マッコウクジラは地球上の生物でダントツの1位。消化管が300m近くあって長いから。

消化管が圧倒的に長い

地球上で第2位であるシロナガスクジラですら140m程度だそうだから圧倒的。クジラ類の中ではイカなどを捕食する特異的なクジラだから、消化に時間がかかるので長くなるのだろう。(他のクジラはオキアミとかプランクトンとかを食べる)
ダイオウイカと戦うのはマッコウクジラでなくてはならない。そういう絵があるように記憶しているけれど、ちゃんと意味があるのだ。モビーディックはもちろんマッコウクジラだ。

特異的に長い消化管だからこそ竜涎香が出来やすい環境なのだろう。食べたものが消化しにくいもので、かつ発酵で成分が変化して粘調になりくっついてやがて石化していくのだ。



先日、クジラのお腹をつっつくと爆発する動画がネットにながれていたけれど、
見た瞬間、「あ、マッコウクジラに違いない」と思った。

動画で腹に穴をあける人は「やるぞ、やるぞ」とすべてがわかっているような動作をしているので結果をもちろん知っていたに違いない。
死んで何日か経つと発酵して産生されたメタンなどで腹が爆発するのは恐らく珍しいことではない。
それが起きやすいのは当然消化管が一番長いマッコウクジラだ。

あの動画の後日談は知らないけれど、きっと竜涎香を探したのだろう。大変な苦労だと思うけれど、1kgでも見つかれば元は取れるのだから自分なら頑張って探す。

マッコウクジラは神秘のクジラだ

マッコウクジラは不思議なクジラだ。深海に適応し、潜水病にならず、その秘密は英名の"sperm whale"に暗示されている精液様の頭部の油やそこに分布する血管にあるらしいが詳細は明らかになっていないとのこと。(油は極性が少なく、水に比較すると10倍ほど気体が溶けやすいという記述をインターネット上に認める。これが急に減圧した時の空気塞栓を予防する秘密だと想像するのは易しいが細かい挙動に関してはよくわからないという事であろう)

Ocean Cleanupプロジェクトは竜涎香を沢山発見出来るかもしれない

Boyan Slatという青年が提唱した"The Ocean Cleanup Project"という、海のプラスチックゴミをきれいにしようという運動があるのだけれど、これは竜涎香探しにおあつらえ向きの発明だ。
興味をもって見守りたい。


竜涎香を日本の海岸で探したい人はこちら→竜涎香「浮かぶ金塊」を探そう
身体の中で出来る石を人類は珍重するお話はこちら→胆石のできやすい人