2010/01/07

再掲:萎縮性胃炎とは何か

http://blog.ukawaiin.com/2008/12/blog-post_29.html

一年前の重要なエントリーについて、改めて注意を喚起したいと思います。

昨年11月より、私の師匠、高橋寛先生が癌研有明病院から昭和大学藤が丘病院へ消化器内科教授として異動されたのに伴い、私も藤が丘病院へ通っています。

そこで若い先生方に内視鏡診断のTipsを教えるわけですが、「高度の萎縮性胃炎には高分化腺癌/あまり萎縮がない場合は未分化腺癌」と間違えて覚えている事が多いのです。その間違った常識を正すために使用するのがこのグラフです。


残胃は除いております。

当院は、胃の内視鏡を行なう場合に必ず萎縮の度合いを木村・竹本分類で記載するのが特徴です。これは極めて重要な指標であり、また、検査の品質管理にも大切なのです。そういう目をトレーニングしなければ無理でしょうが、若い先生方を教育する場合必ずこの萎縮の診断をまず教える。それが検査レベルの向上には不可欠と考えます。また、萎縮の範囲は血管の透過度ではなくてまずRAC(regular arrangement of collecting venules)を重視して診断するべきとも考えております。さらに除菌前か、除菌後か、という事も付随所見として書く場合がほとんどです。除菌の有無は見れば9割ぐらいは当たりますので、呼気テストとあまり精度が変わらないどころか、呼気テストと違い偽陰性が少ないので臨床上は都合が良い。(偽陰性が少ないという意味では便でのHP抗原検査がお勧めです)発癌率がかなり変わりますからこれも検査の品質管理には重要な指標です。

なぜ、Open type atrophyと、Closed type atrophyだけではまずいのかと言いますと、グラフを見ていただくとわかるのですが、C-1とC-2の間には壁があり、C-2とC-3の間にも壁があり、C-3とO-1とが似ていて、しかしO-2、O-3となるにしたがって、発癌率がどんどん上昇するという傾向があるからです。Open、Closedと大雑把に分けてしまうと統計学的な差を議論する事がナンセンスだからです。

ここで強調したいのは、萎縮が進むと高分化腺癌は飛び抜けて多くなる一方で、未分化腺癌も右肩上がりに頻度が増すという事実です。萎縮した胃、しかも高齢でやや貧血、こうした白色調の粘膜の中で、同じ褪色調の未分化な癌を見つけるというのは至難の技です。しかし見つけないことにはしょうがありません。(貧血女性の未分化癌が良く見落とされるのも同じ理由です。気をつけるべき)

表には示していませんが、残胃でB-II再建である場合に非常に高度な腸上皮化生が生じてきます。その白色調の粘膜の中に、未分化癌が潜んでいないという保証などないよという話を若い先生には今日したわけです。本当に結構多いわけですから。癌研病院ではそうした症例を実際に見るわけです。ではそれをどう見つけるのか。それはひとつは異常血管で気付くことがやはり多い。次に粘膜のてかりというか、表面構造のわずかな差で気付くことがある。粘液の付着で気付くこともある。腸上皮化生に良く見られる脂肪滴のような小顆粒が見られない部分が気になることで気付くこともある。色素が使えればメチレンブルーで染まらない事で気付くことがある。あとはマニアックですがIHb観察では差が出ます。おかしいなと思えばNBIなりでもう少し近づいて観察し、記録も出来ましょう。

おかしいからなんとなく生検をしました。それは癌でした。というのでは勉強にはなりません。あとで見直してみて、これは癌だと診断したポイントは何だったのかを振り返ることが出来、また癌の範囲を正確に把握することが出来るような記録を取らねばなりません。

この話をもう一度書いた理由は、昨年度消化器領域のニュース(Medscape)で最も注目を集めたのが和歌山医大の一瀬教授による、「除菌をしても完全に胃癌がなくなるわけではない」(Int J Cancer 2009;125:2697-2703.)という報告です。一昨年だと思いますが中国から面白い論文がでました。それはピロリ菌除菌は発癌を5年遅らせる--というものでした。一瀬先生は萎縮の診断は一種の個人技だというのがおわかりで、ペプシノーゲン(PG)を使用されました。これは英断だと思います。私と父は何千例、何万例とすり合わせを繰り返していますから萎縮の診断は完全に一致するのですが、通常の病院ではそういった品質管理は絶対に無理でしょう。したがってPG(ただし保険診療ではそれは認められません)を使用する方が通常は良いでしょう。そして中国の論文と同じで「the first cancer was detected 5 years after eradication」という結果が得られたのです。幸いなことに、除菌後は進行癌が減るようです。これは除菌後には粘液が減り、粘膜の浮腫みがなくなり、サーベイランスがしやすくなる(癌が早期で発見しやすい)という要素も加味されるとは言え、喜ばしいことです。それでも、萎縮が進んだ症例では癌はゼロではないからサーベイランスをするべきだと結論づけています。

現在はPG検査が結構値段がお高くて保険も効かず、目で見て診断するのは内視鏡のついでだから楽であるという理由で当院では木村・竹本分類に頼っており、非常にきれいなデータが得られていますが、個人技に頼りすぎているのも事実で普及を図るような方法とは思いません。しかし、胃のバリウム検査にせよ、内視鏡検査にせよ、見ただけで萎縮の度合いはわかるわけですから、何かの方法で、正しく記録すべきでそれが患者さんの利益になるだろうと考えてはおります。

5 件のコメント:

  1. 興味深くプログを読ませていただきました。
    最近、内視鏡検査をした結果、萎縮性胃炎の6段階分類で真ん中ぐらいでピロリ菌陽性と言われましたが、高齢者(75歳)の場合、今さら除菌してもガンのリスクはさほど減少しないし、除菌の副作用と天秤にかけると、除菌しない方が得策と思ったりしていますが、いかがなものでしょうか?

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    1. 匿名様
      医療というのは、「リスクを冒して得をとる」というのが基本戦略ですから、匿名様のように両天秤にかけてみて、「うーん、損得同じぐらいか」と考えた時にとりあえず延期しておくのも一つの答えとして正解です。そして時々その天秤に新しい分銅が乗るでしょうから、その時点で判断しなおすのが賢いだろうと思います。
      ちなみに当院では2001年からの統計で75歳以上の除菌は2012年までの12年間は毎年5名、その2013、2014年は20名/年で4倍に増えています。

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  2. 鵜川先生
    ご返信、ありがとうございます。従来は医師にお任せということが多かったわけですが、最近は患者自身が「基本戦略」をしっかり認識することが必要なのわけですね。納得です。
    ところで、、除菌に失敗し、再度挑戦することを断念した場合は、ピロリ菌の勢力がより強くなって害を及ぼすといったことは、あるのでしょうか?言わば薬のリバウンド現象みたいなものですが、これは素人の杞憂でしょうか?

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  3. 匿名様 良い質問だと思います。そのお考えの背景には、「ピロリ菌が多い・少ない」というような誤解を与える表現をする医療関係者がいることがあると思います。幸いにして、除菌に失敗しても胃炎自体は改善することがほとんどで逆は経験した記憶がありません。この理由もきちんとあるのですが、大切な事なので記事に書いておきたいと思います。

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  4. 鵜川先生
    是非、「記事」をアップ願います。興味があります。
    何故、このような質問をしたかと言えば、高齢である小生は、除菌に失敗した場合は再度挑戦する気力が出てこないのではないかという気がしたからです。除菌に失敗しても胃炎自体が改善すれこそ悪化はしないならば、あまり考え過ぎずに除菌に踏み切ってもよいわけですね。ところで、胃炎の改善というのはいわゆる胃炎の分類レベルの数値が下がるということでしょうか(胃の萎縮は可逆的なものかどうか)?しかし、そうであったとしても、胃がんのリスクが下がるというような単純な推測は、正しくないのでしょうね。

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