2014/01/03

食道癌に関して患者さんを脅かすのはやめよう

患者さんを癌という言葉を使って脅かすな、というような記事は比較的欧米のジャーナリズムには登場する頻度が高いと感じます。日本と違うのは著者がジャーナリストではなく、大抵その分野ではある程度知られ尊敬されている医師だという事です。敬意を払われている存在、あの方の言うことならば聞いておこう、そういう存在は大切ではないかと思います。あまりこの国にはないコンセプトの生き方だと思います。

医療ジャーナリストは事実を易しく、なるべく誤解なく伝えるのが仕事であって、意見を言うのが仕事ではない、という役割分担ができている印象を持っています。もちろんソースの選択が彼らの意見なので、あえてそれに蛇足のように意見を加える必要がないのかもしれません。

欧米の医師のスタンスと観察していると、
「いろいろ極端な事をいう専門医」がいて、
「患者を脅かしてはいけない」という冷静な反応があり、
そして背景では決着をつけるべく何年も前からRCTが進んでおり底力を感じます。

専門医どうしでの冷静な議論が行われて、粛々と進歩していくのが羨ましくなります。COIもドライに扱われているように感じます。私の英語力が拙いために、妬みや邪魔などのノイズを感じにくいだけなのかもしれませんし、日本よりより反対意見が地下に潜っているだけなのかもしれませんので今後も観察し続けようと思っています。






癌と言う病気には、予測がある程度可能なものがあります。

例えばC型肝炎における肝細胞癌、ピロリ菌による胃癌などが代表ですが、適切なサーベイランス(検診ではなく)を行い9割程度を早期の状態で発見、患者さんのQOLを維持出来て、しかもそれが医療経済的に十分ベネフィットがあるならば、「癌のサーベイランスのために検査をしましょう」というのは妥当だと思います。もちろんそれを言うには、9割を発見出来る実力が必要だし患者さんだけでなく医師にも尊敬されている存在でなければならないことは言うまでもありません。そして残りの1割の人に寄り添っていく誠実さも求められます。

ところで欧米は必ずしも癌のリスクがあるときにも早期で発見することは目指してはいません。なので日本のように「どうして早期で発見してくれなかったのだ」と患者さんから恨まれるということはありません。進行した状態で見つかっても治そう、というのがスタートラインになっています。日本は変に診断技術ばかりが進歩してしまっているために、「早期、早期」と連呼しますが、まるで早期でないと治らないと言わんばかりです。そして逆に早期でない場合に患者さんが落胆してしまう。こうした欧米と日本との温度差は常に感じておりますし、私自身が「早期癌を見つけるのが得意」などと言っている時点で自ら矛盾を作り出しているようにも思っています。早期で発見されなかった時こそ役立つ医師になりたいと常に思っています。

このように癌が治る、治らない、という議論をする状態ではとうていない隙間で、「癌は放っておけ」と意見を表明する人がいるのは一向に構わないのですが、彼らが怠ったとすればそれは同業者から尊敬されるための努力だろうと思います。一部から支持されてもそれは政治に過ぎません。全体からなんとなく信用される存在になることはいかに難しいか、ということを痛感します。





話がそれましたが、食道腺癌はバレット上皮から発生するものが多い、という事実だけが先行してみなさんに認識されてしまったという問題があります。

バレット上皮は内視鏡をすると非常に、非常にありふれた所見(数人に一人)ですので、これだけではリスクを予測するには全く不十分なのです。

男性にしか起きない病気があるとしてその病気に日本で年間500人かかるとする。その病気の早期発見のための検査を男性に対して毎年全員受けなさい、と言えるでしょうか。無駄すぎます。「バレット上皮に気をつけろ」としか言わない医師がいたとしても尊敬されないのは、自分の利や正義のみから発言するからです。まともな研究者であればもう少しリスクを絞りたいと思うでしょう。今までの研究ではなるべく新たなリスクを発見して、その人達を積極的に見ようというスタンスでした。




あたらしい前向き研究
http://cancerpreventionresearch.aacrjournals.org/content/suppl/2013/11/20/1940-6207.CAPR-13-0289.DC1.html
があり興味を引きました。
1988-2009のコホート研究です。
サンプルとしてバレット粘膜からの生検は2cmおきに。コントロールとしてバレットではない部分からの生検を行い、合計で平均3個程度となったそうです。
サンプルとコントロールで染色体を増幅して、その染色体異常の頻度を測定するという方法で研究を行っています。(どれだけの染色体異常が起きたか、は再生修復でどれだけミスが起きたかをよく反映すると思います)
腺癌を生じた人々では多くの染色体異常が生じ、多くはコピーロスでしたが、バレット上皮のどの部位でも同じような異常が生じていたということ。そしてその異常は癌と診断される48ヶ月前には出現し始めていたということ。




その論文を受けて、検査の間隔を48ヶ月まで伸ばすことが可能なのではないか、という議論がありました。リスクの少ない人々を何年まで検査間隔を伸ばすことが出来るのか、という事についてなかなかエビデンスがないのですけれど、こうした証拠というのは役立つと思い興味を引いたのです。

さて問題は、日本では48ヶ月おきの検査で3回の内視鏡をパスすることが出来るとして6万円ぐらいしか医療費が削減出来ないのに、この染色体の検査がそれよりも高価だという事です。

欧米ではおそらく内視鏡のコストは日本の数倍なので、「経済的だ」という話になるのですけれど、日本は極端に医師の手間暇が安く見積もられているために欧米とは同じ議論にならない。当院のように1台の内視鏡で年間2000例を超える症例を検査すれば利益は出ますが、多くの病院では内視鏡で利益は出ません。

これが早期早期と連呼せざるを得ない、日本のしょうがない側面なのかなと思います。




横にそれたので、まとめます。




1)バレット上皮があるというだけで医師が患者さんを脅かすのは誠実ではありません。高脂血症や骨粗しょう症にも似た側面があります。
2)ただし、タバコ、内臓脂肪型肥満のように改善できる食道腺癌リスクがありますので患者さんには意識していただきたい。
3)そのような説明を医師がきちんとしているにも関わらず、しっかりと聞こうとしない患者さんがかなり多くいます。そして「脅かされた」と思っている。それは間違いなので、きちんと医師の言うことを聞いておきましょう。
4)検査をどのくらいの間隔で行うかについては結論が出ていませんが、リスクが低めであると判断したみなさんに我々は3年に1度の検査を今のところ勧めており、この方針はそれほど間違っていなかったかなと考えています。
5)我々一般医家の行うすべての医療がフィードバックできれば、この難しい問題に結論を出せる日がいつか来るかもしれない。頑張らねばならないと決意を新たにしました。




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 ラジオ波焼灼は、アメリカとヨーロッパではかなり意見が異なります。
 上記論文は2009年で終了なのでまだラジオ波焼灼の話は出てきていません。

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