2008/12/13

ペパーミントオイルと芍薬甘草湯

ペパーミントオイル(北海道で採れるハッカが最高だが現在は希少)は、消化管平滑筋のカルシウムチャンネルをブロックすることで消化管蠕動を抑制する。
食後にペパーミントを食べるとすっきりするのはこの薬理作用によるし、各種呼吸器疾患や風邪などに効くのも気道平滑筋などに作用し気道を広げるからである。

タバコにペパーミントを混ぜるのは、タバコで下痢をしてしまうのを抑制するし、呼吸器疾患がある人の自覚症状を出にくくするので、売り上げ増加には貢献するだろうけれど、人間をだめにするので使用禁止をお願いしたいほどである。素人さんの間でも、「メンソールを吸うようになったら危険なサイン」と言う噂があるそうだが、それは本当だと思う。

オバマ大統領が最初にやろうとした仕事がペパーミントを含むフレーバーたばこの発売禁止である。これはタバコ会社のロビー活動により法案は修正されたけれど、ペパーミント以外のフルーツ風味フレーバーたばこは発売が禁止された。フレーバーをつけることは、嗜好品としてのタバコの自己否定である上に、不当に子供や本来タバコを吸うべきでない人々を中毒に誘導するという意味で許されるべき行動ではない。オバマ大統領はペパーミントタバコの禁止を諦めないと言っていたが、政治家として信頼できる発言だ。

この薬理作用は古くから知られているけれど、再発見して発表したのは昨年お亡くなりになった黒坂判造先生であり、立派な論文にまとめたのは現在癌研病院の比企直樹先生だ。(比企直樹先生の論文を参照)この二人の業績を勉強せずに学会に発表している先生を何人か見たけれど全く感心しない。

さて、ペパーミントと同様の薬理作用を有する製剤がもうひとつあって芍薬甘草湯である。これはこむら返りに良く使用され、漢方薬のみなさんのイメージを覆すほど効き目が劇的である。我々プロはそもそも漢方薬が「ゆっくり効く」などという先入観は持っていない。

芍薬甘草湯については最初が良く分からない。少なくとも私が大学院時代、つまり平成5年ころに横浜市金沢区にある若草病院の先生が内視鏡技師会かなにかで発表していたのが最初のように思われる。やけに鮮烈な印象があった。大腸前処置薬のPEGにこれを加えると良いという発表であった。

当時私が研究でお世話になっていた田中俊一先生は漢方(和漢)に造詣が深く、したがって芍薬甘草湯など当時ほとんど臨床医は知ることがなかっただろうけれどそうした漢方薬を身近に勉強することが出来る環境にあった。芍薬甘草湯が痙攣を止める薬であってそれが平滑筋にも作用することを知ったのである。

その後私は虚血性腸炎の患者や、そうなりそうな高齢者の下痢に対して芍薬甘草湯を注腸することで自覚症状がかなり改善することを見いだした。そして、それを内視鏡時に使用するとペパーミントオイルと同様に蠕動抑制効果があり便利だという事も経験した。

上部内視鏡ではペパーミントオイルは便利だが、下部内視鏡ではペパーミントオイルを使用すると非常に粘性の強い液体が粘膜に付着することに困っていた。しかし芍薬甘草湯にはその問題がなく使用しやすいのである。

第84回日本内視鏡学会関東地方会で炭酸ガス内視鏡の発表をしたときに私のあとに発表した千葉の先生(名前を今失念)が、芍薬甘草湯を大腸内視鏡に利用する話をしていて興味を惹かれた。すばらしいと思ったのがその濃度。芍薬甘草湯エキス顆粒2.5gに対して微温湯500mlである。これは薄いように思うけれど、きちんと実験をして最も効果がある濃度を確かめたのだという。脱帽である。
確かに私が調整していた芍薬甘草湯(2.5g/100ml)より良く効くのである。

内視鏡を行う場合に用意しておくと便利である。むろん臨床にも様々な応用が可能です。




ペパーミントオイルを水に混ぜる際、どうしても濁ってしまうためにカーボポールなどの添加物を混ぜる。カーボポールは良くあるゲル化剤の一種である。黒坂・比企先生オリジナルのペパーミントオイルは透明で恐らくこの手のゲル化剤を使用していると私は考えた。なぜカーボポールを知っていたかというと当時化粧品を作ろうとしていて、その為に色々勉強していたからだ。結局カーボポールなどを買うには最小単位が10kgという事になっていて、家族が使うための化粧品を作るにはあまりにも大事なので頓挫していたわけで、ただその知識が多少役立ったわけである。黒坂先生は快くペパーミントオイルを分けてくださっていたけれど申し訳ないので、完璧ではないが別の添加物を入れ自家調整し使用していた。

その自家調整の方法についても、どこからか伝え聞いた私の方法を学会で発表している先生がいて困惑した。不幸な事にペパーミントの濃度や薬理作用についてきちんと勉強をしないままにあちこちで話すものだから、ペパーミントの評判を下げたと聞いている。残念だ。

現在ではミンクリアが発売されて障害は無くなっている。透明であり、障害のひとつであるシリンジの材質も吟味され、濃度についても安定している。是非使って欲しい。

8 件のコメント:

  1. とてもとても勉強になりました。メンソールのタバコを吸うと咳が楽になるなどと言う人がいますが、そういう理由があったのですね。納得です。いつも有益なブログをありがとうございます。

    返信削除
  2. 普段から精油を使用しての仕事をしていますが消化管蠕動の抑制をすることで胃がスッキリする・・・メカニズム。不思議ですね。
    胃の動きをよくするほうが素人はスッキリするんじゃないかと思ってしまいますが。それとはまた別もの?なのでしょうか・・・。
    興味深く読ませていただきました。メンソールの煙草が人間をダメにするっていうのも
    驚きです・・・。

    返信削除
  3. みかぼ人先生、コメントありがとうございます。

    メンソールの持つ不思議な性質を再発見した黒坂先生は他にもさまざまなアイディアをお持ちでいつも刺激を受けておりました。

    返信削除
  4. 匿名さま コメントありがとうございます。

    胃を動かすとすっきりしそうというのは、医師も一般に信じている事実ですし、実際胃を動かす薬は良く処方されています。しかし効くとは限りません。
    胃にはペースメーカーがあるのですが、しかし残念ながらこれを動かしすぎると吐き気がしてしまうのです。

    同じ「もたれ」でも、治療法は様々です。ペペーミントオイルや別のお薬を使用して幽門を開いた状態で胃の動きを抑制してあげれば自然に食べ物が移動し、胃の症状が取れる人がかなりいます。

    返信削除
  5. 大変興味深く読ませていただきました。
    確かにブスコパンは抗コリン作用がありますので、緑内障や前立腺肥大には使えないことを考えれば、ペパーミントオイルは有益であると感じました。
    先生は、どのような比率で製剤化しているのでしょうか?
    もし、宜しければ教えていただけませんでしょうか。

    返信削除
  6. 日本の先生方が積極的に特許を取得なさらないのは
    とても残念です

    返信削除
  7. 匿名様
    ミンクリアが発売されましたので、
    やっと濃度を申し上げる事が出来ます。
    0.8%です。

    返信削除
  8. machiさま

    http://www.j-tokkyo.com/2003/A61K/JP2003-292450.shtml

    をご覧ください。黒坂、比企、上西の3名が
    特許を取得しております。

    返信削除