過敏性腸症候群(IBS)という病名を、診断名として患者さんに説明しなくなってから数年経ちました。多彩な症状、多彩な原因を十把一絡げにしてひとつの病名とし、患者さんを混乱させる事を恐れるからです。
第一、病態が明確でない病名を、ひとつの疾患概念として定義するのは間違いだと思います。
例:10年以上にわたり過敏性腸症候群と言われている男性
「症状は?」
「過敏性腸症候群です」
「下痢?」
「下痢ではありません」
「便秘?」
「まさか!」
「ではどうして過敏性腸症候群と?」
「トイレが心配だからです」
本人の言う、下痢や便秘の定義が不明確ですから、正確な症状は不明なのですけれどなんとなくわかります。
なるほど、症状は所謂過敏性腸症候群なのでしょう。
とにかくいつトイレに行きたくなるか予想がつかない。トイレに行きたくなると我慢するのが大変、という風に解釈しました。
しかし実際に大腸の粘膜を見てみると、等張電解質液で何度も洗浄したにもかかわらず頑固に粘液多糖質が付着して、絶対に水分が吸収できないような状態になっている。恐らく乳酸菌以外の細菌が異常発酵してそれらが分泌した粘液多糖質なのでしょう。ちょうど牛やヒツジの胃はこの状態に似ています。ものすごくメタンガスが発生する状態。大腸で水分が吸収できないので相当やわらかい便である事が想像されますが、それを何年間もずっと我慢していた事によって大腸はハウストラが消失し麻痺しているような状態になっている。そして直腸とS状結腸の一部に強く痙攣する部位があったりします。
確かにこれならば便が形にならず、しかも常に下痢というわけでもなく、いきなり我慢できないほどの便意に襲われるであろう事は想像できます。これが過敏性腸症候群と言えるのかどうか、私にはわかりません。その粘液多糖質が原因なのか結果なのかもわからないのですから。しかし私ならば、こういう症例では最初に大腸内視鏡、その後はガスコンと整腸剤を投与します。ガスコンは粘液多糖質を産生する細菌の繁殖を抑えるから併用します。(牛やヒツジにガスコンを投与するとメタン産生が劇的に低下するという特許があります)ただ、治療で細菌叢が変化したりすると今度は便秘になるかもしれません。抗生物質を使う先生もおられるでしょう。(残念ながらこういう症例の便培養をしても原因究明をすることは困難)
大腸内視鏡を行なわずに症状のみで過敏性腸症候群と診断する傾向があるように思いますが、大腸内視鏡は生理的な大腸の機能などを推し量る良い機会であって、本人の了解があれば行なった方が良いのではないかと考えます。むろん大腸内視鏡を使わなくてもそうした生理機能や病態を推し量る事は注意深い問診や、他の検査でも可能です。エコー所見やPETがヒントになることもあります。要は考えるかどうかです。大腸内視鏡はただ、問診で深く聞く事が出来なかった事を想起することが出来るほど情報量が多いために個人的には重宝している検査です。単純レントゲンであれ、エコーであれ、血液であれ、尿検査であれ、生理機能に注目しつつ検査を行なう医師がどれほどいるかは疑問で、まったく個人的な興味と仮説に基づいて診療しているのが実情です。
参考リンク: IBS(nih.gov)
IBSは過去1年以内に12週間以上腹痛や腹部症状で悩んでいる状態で、そしてその症状が排便や便の性状と関連性があるもの、とされる。その症状の中にはガスや、便中の粘液も含まれている。通常、便中の粘液は肛門から数センチ以内で産生される粘液であるけれど、中には上述のようにもっと口側から産生される粘液が含まれるかもしれない。いずれにせよこの漠然とした定義に流されて、病気が大量生産されている事実を憂いている。
このリンクで注目すべきは、カフェインやアルコールには触れられているもののタバコに関してまったく触れられていない事。IBSを訴える患者さんの多くはタバコを吸わないかミント入りのタバコを吸っているが、それは当然の選択であろう。今年の7月22日、バラク・オバマ大統領はタバコに関する法律に署名をしているけれど、この法律はキャンディーやフルーツ風味のタバコ、ならびに「低タール」「マイルド」「ライト」などの命名を禁じ、そして既知の健康被害に対する警告をもっと大きくタバコのパッケージに表示するよう定めるもの。本来タバコをtolerateできない母集団に大量にタバコを供給する魔法の秘薬がメンソールであって、危惧される問題だけれど残念ながら禁止されたフレーバーの中にはメンソールは含まれていない。AltriaやLorillardが同日発表した声明を見るに、彼らはメンソールを禁止する法案を阻止するためのロビー活動に成功したように思われる。
0 件のコメント:
コメントを投稿