2013/07/07

「はじめて」を追体験してみよう

むかしむかしの記事が最近またはてブに登場して、もう一度読み直しました。
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0925/high43.htm

「ポップカルチャー」という言葉で彼が表現したのは、
「勉強するよりも作っちゃった方がはやい」という世界。

車輪は再発明せよ、は現代の合言葉のようになっていますけれど、
なかなかそれでは遅々として世の中は進まない、と彼は嘆いているのでしょう。

アラン・ケイは決して気軽に
「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」
The best way to predict the future is to invent it
と言ったわけではなくて、

それが出来る才能の持ち主が才能に溺れることなく、過去を勉強して
車輪の再発明をすることな全く新しい概念を提唱して乗り越えて行け、
と言ったのではないかと今ではわかります。

彼は全世界何十億人の中の数百人に向けてこの言葉を訴えたかったのではないか。

私が医学関連で何かを思いついて「これはナイスアイディアだ」と思った時に、
きちんと勉強しなおすとたいてい1950年代にすでにアイディアは出ていたりする。
文献検索は1960年代後半からしかコンピューターに入っていないことが多いのですが、
苦労して検索すれば先人の輝かしい業績が必ずあるものです。
それは自分の無能さを思い知らされることだから、
勉強することなど馬鹿らしいと思う事は今でも良くあります。

勉強はそうした虚しさを感じさせるけれども、
同時に発見した人の「!」を追体験できる機会でもあります。

勉強には落胆と喜びとがあるように感じています。
自分はしかし選ばれた人間ではないので、本来は喜びだけを感じるべき人間であろうと思います。
がんばって勉強したいと思います。

ところで二酸化炭素内視鏡についてレクチャーしてきました。
(第13回日本実地医科消化器内視鏡研究会・会長 増山仁徳先生、座長 南康平先生)
そして私が目論んだのは、聴衆のみなさんが「二酸化炭素を応用した先人たちのはじめての感動」の追体験が出来れば良いなという事でありました。


もともとマンニトールを使用した腸管洗浄は可燃性ガスを産生してしまい、腸管内でエレクトロサージャリーをする際に爆発する可能性があります。その危険をさけるため窒素や二酸化炭素などの不燃性ガスを硬性内視鏡での手術に用いたのは1950年代と非常に古い話です。1968年にポリペクトミーが発明され、1970年代は盛んにポリペクトミーが行われだした時期のようで、不燃性ガスを使うと安全だという認識が欧米で広がりだしていたようです。最初、二酸化炭素は防爆目的で使われていたのです。


1974年にはシカゴのロジャースらからの最初の報告があって、10例のポリペクトミーを二酸化炭素内視鏡下で行って安全であったと述べていますがこの時に腹満感の軽減もメリットだ、と記述しています。これが見つけうる限りは最初の報告です。


1980年ころ、有名なロンドンのセントマークス病院Dr.Williamsが来日され「二酸化炭素を使った注腸バリウムは安全で楽である」と発表されたのを私の父が聞きました。父は英語が大変得意な人なのでDr.Williamsに「内視鏡ではどうか」と質問をしたそうなのですが、Dr.Williamsは「もちろん楽である」とお答えになったそうです。すなわち、このころDr.Williamsは「二酸化炭素を使った内視鏡は楽だ」という認識を確実にお持ちだったと思います。セントマークス病院に留学された先生は何人か存じ上げておりますが、その頃の歴史についてご存知の方はおられませんでしたし、二酸化炭素内視鏡について言及された記憶もありませんので確実ではありませんが、おそらくDr.Williamsは未来が確実に見えていた方なのだろうと思います。そして父が日本で二酸化炭素内視鏡をスタートしたのは1982年の事でした。
調べてみるともともと防爆目的で二酸化炭素や窒素を使う為の送水タンクはオリンパスのカタログに記載されていたため、半ば拍子抜けした形でボンベを内視鏡装置に装着して内視鏡をはじめたところその効果に驚いて、以後はずっと注腸バリウムや内視鏡ではもっぱら父は二酸化炭素を用いておりました。したがって私が医者になった1990年には二酸化炭素内視鏡しか目にしていない、という事になりました。

ところが実際には爆発的な普及にはいたらなかった。不燃性ガスであるという事がその理由ではないだろうと思います。それはなぜか。


炭酸ガスボンベは法律で緑に塗るように決まっています。私も最近知ったのですが、ミドボン、ミドボン、と呼ばれています。みどりのぼんべだからミドボンなのだそうです。どうも巷では、ビールが大好きな人が自宅でビアガーデンをやろう、などというときにこのミドボンを使う、というような事が昔から行われているようなのです。また工業用にはそれ以上に広く使われておりまして鋳造用、中和用、冷却用などきわめて応用範囲の広いものなので興味のある方は調べてみてください。


医療用炭酸ガスは、その口金がすばやく交換できるように工夫されている点と法定点検が3年に1度と、他の5年に比較すると少し間隔が短い事がありますが中身は工業用と同じで石油の精製をするときの副産物であります。7kg(10L)入り、2.2kg(3L)入りが一般的でありまして、当院では7kgを使用しておりますがポータビリティーを考えると2.2kg入りが便利かもしれません。ただし、リフィルは両方ともほとんど値段が変わらないようなのでお得なのは7kg入り、という事になります。
残りの炭酸ガスの量を推測するには、ボンベの重さをはかるのが一番良いのですが現実的ではありません。そこでボンベ内の圧力を測定します。
炭酸ガスの圧力ですが、気化した炭酸ガスは摂氏20度では56気圧程度になります。
今は圧力にはパスカルという単位が用いられ、1気圧は1013ヘクトパスカルであることはみなさんご存知だと思います。すると減圧弁のゲージには5.67MPaと表示されておりますが室温によって随分違いますので、夏は高く、冬は低いということになります。季節感を感じることが出来、なかなか風流です。だいたい5、と覚えてください。
私どもが使う7kgタイプのボンベには最初3500L相当の二酸化炭素が入っておりますが、上の図を見ていただくとわかるでしょうか、液体が中に残っている限りは圧力は微動だに変化はしません。しかし中の液体が無くなると急に圧力が低下し始めます。そこではじめて「あ、もうすぐだな?」とわかるのです。2.2kgタイプですと圧が下がり始めたときにできるのはせいぜい数人ですので気を付けてください。


父が1982年ごろに二酸化炭素で内視鏡をはじめたと申しましたけれど、1984年には先ほどのDr.Williamsが二酸化炭素は苦痛が少ない、という事にフォーカスしたはじめての論文をお書きになっておられます。(論文を書く、というのは大変な事です)

これが防爆目的から、安全で楽な内視鏡へ、という転換点であります。
全く偶然とは思えないのですが、1984年はEMRの発明の年です。
1968年のポリペクトミーの発明が防爆目的での二酸化炭素使用を後押ししたように、EMRの発明は安全で楽な内視鏡への転換とほぼ同時期に起きました。そして実はESDの発明の時期と、後ほど述べる二酸化炭素送気装置の発明がまたリンクしているのです。

実に、実に、興味深い事です。


1986年に、先ほどのシカゴのロジャース先生とほど近いイリノイ州、ファオサワーディ先生から二酸化炭素内視鏡が、イリノイ州ですら10分の1ぐらいの病院にしか普及していない現況を嘆く報告が出ています。これと同じ号にDr.Williamsのコメントが載っているのですけれどこのような記述があります。
1)二酸化炭素用のボタンが使いにくい
2)送気送水とガスとの切り替えが煩雑だ
3)オリンパスやフジノンの機器の開発はどうなっているのだ
というような内容です。

専用ボタンを使わなければならない、というような思い込みは普及の障害であったという可能性は否定できませんが、しばらく足踏み状態となりました。

一方鵜川医院では専用ボタンを使わずに(二酸化炭素が漏れることは気にせずに)「簡単簡単♪」と気軽に内視鏡のトレーニングを受けている私の姿があったというわけです。


さてよくある質問として何人ぐらいできる?いくらかかる?というものがあります。
7kgボンベ3500Lですから、1分2L使うとして1700分検査ができます。実測すると100名ぐらいで交換なので一人17分ぐらい使っているのでしょうか。2.2kgボンベですとその1/3ぐらいです。値段は7kgボンベのリフィルに3200円支払っているのですが、これは小さいボンベでもほとんど同じなので大きいボンベでは一人30円、小さいものではその3倍ぐらいかかるのでしょう。しかし術後に全く訴えがないために、回復室でのナースの仕事は激減します。この人的コストを考えると安すぎる、というのが実感であります。


またボンベがいくつ必要か?という質問があります。
当院は1台の内視鏡ですが4本。1本2万5千円ぐらいで高くはありません。2本なくなったところで充填していただく、の繰り返しとなっています。
2.2kgのボンベの場合には6本ないし8本用意すれば良いと思います。もちろん1万円しないのでもっと用意しても構わないと思います。入手性の悪い地域は少し多めに用意した方が良いのかもしれません。


さて1986年に「機械がないから普及しないのだ」と言われて約15年、2002年にはじめて商用の二酸化炭素供給装置が登場しています。カナダからの報告で前向き研究が行われました。この年はあちこちから前向き研究が報告されています。これはオリンパスECRと言って、イギリスのオリンパスが作ったようです。かなり大きな機械ですね。2002年にはそのような報告がいくつかあって、有名なクリーブランドクリニックからも論文が発表されています。


日本ではどうか、2003年に渡辺七六先生から、2004年ごろには国立がんセンターより学会での報告がみられます。TOSCAの登場もありました。私がいた癌研も有明病院にうつった2005年、上司の高橋寛先生のご判断で二酸化炭素内視鏡を導入しました。そのころウォータープリーズも作ったのです。やるなら上部も全例やろうということで健診センターは全例二酸化炭素になりました。喜んだのはナースで、「ストマからのガス抜きをしなくても良い!」と興奮気味に報告してくれたことが強く印象に残っています。便利だったのは流量計で、今までは気圧を0.2とか0.3気圧にしていたのですが実際にはスコープで流量が変わってしまうので経験が必要でした。しかし流量計によって2L固定などとするのが楽で便利になりました。また三方活栓を用いるアイディアも癌研のスタッフによるものです。


オリンパスUCRですが、「簡単にすべし」という高いハードルを良く超えてきた、と思います。もともと二酸化炭素専用送ガス送水ボタンにはボタンを押していない時にガスの圧力が上昇してしまうという問題点がありました。これは気体すべてが持つ性質で、それが1986年ごろの欧米の先生方の不満につながったであろうと思います。専用ボタンを使用した時のUCRの挙動は想像なのですが、おそらくこうなっていると思います。(上の図を参照)送気ボタンから手を放すと二酸化炭素の圧力は上がってしまうのですが、それが上がらないように一定に保つように調節をするのだろうと思います。
一方で、普通の送気送水ボタンを使いますと常にガスは漏れ出すわけですが圧力はほぼ一定であり使い心地は良いです。減圧弁を使っている場合には専用送ガス送水ボタンを使うという選択肢はないと考えています。


富士フィルムもオリンパス同様に送気装置を用意していますが、添付文書をみると設計や専用ボタンを使った時の挙動はほぼ同じであろうと想像しています。


Pentaxはどうかと言いますと、もともとY字型の送気チューブが標準添付なのだそうです。従って減圧弁経由でチューブを接続すればすぐに使う事が出来るという事。
Pentaxは南米などでシェアが高いと聞いていますが、案外現実的な判断なのかもしれません。南米での二酸化炭素内視鏡の普及は意識改革のみで良いのかもしれません。


色々な先生とお話しする機会があり、こういう話を伺いました。有名な病院なのですが、二酸化炭素内視鏡が楽であることに感激した院長先生が30Lボンベを2台接続して集中配管としてしまったそうです。そして片方が空になったところで自動的に切り替えるようになっているそうです。なんと先進的な!

さて具体的に当院の方法を申し上げますと、7kgボンベに減圧弁を装着し、それに三方活栓をつけてON/OFFできるようにしています。それを専用送水タンクにつなげています。
上部内視鏡の場合はそのまま、下部内視鏡の場合には最初はOFFにしておいてウォータープリーズを使って挿入し、盲腸に到達したら送気をOFFにし、二酸化炭素をONにして観察を開始します。挿入時は体位変換はほとんどしないのですが、観察時には体位変換を行う事が多いのはおそらく二酸化炭素を節約しようという心理が働いているのかな、と思っています。


二酸化炭素内視鏡は大変有効で、下部内視鏡や治療内視鏡のみならず、一般医家にもっともっと普及してほしい方法ですが、少し気を付けるべきことがあります。
その一つは送気ボタンと送ガス装置が連動していないために、光源の送気はOFFにせねばならないということです。
また20度で56気圧、5.68MPaなのですが、これが下がり始めたときにあと何人、と意識せねばならない事です。
いくら楽だからと言って、際限なく送気すれば患者さんが痛がることはあると思います。
減圧弁を使用している場合にはバルブの閉め忘れには注意していただきたいと思います。

二酸化炭素内視鏡との出会いは人それぞれだろうと思いますが、みなさんの第一歩はいかがでしょう。
私のように、「気が付いたらそこに二酸化炭素があった」というような人間は、過去を勉強することでしかその追体験は出来ません。追体験が出来ないと、二酸化炭素内視鏡が有効であるとか、普及させようというようなモチベーションもわかないのです。

癌研の若い先生方、藤が丘病院の若い先生方は私と全く同じ立場であるはずです。しかしそれが当たり前だと思ってしまう事は良くありません。他の病院で二酸化炭素内視鏡がなかったら、是非導入してもらおう、そういったモチベーションを持っていただくためにこの記事を書きました。



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