胃底腺ポリープは男性:女性が1:3とされていた。しかしそれは過去の話らしい。
1989年の報告で、胃底腺ポリープの出現頻度は1.9%、男女比は1対3.3と女性に多く、半数は単発例である、とあります。この論文は多く引用されていますが、良性疾患であるゆえに注目されず、頻度に関する報告が少ないのが現状です。下2つはいずれも会議録で、背景に偏りはあるものの概ね30-40%の出現率である、とされています。
今回は、胃底腺ポリープの頻度についての当院の現状をご報告しますが、背景粘膜を同時に記述することの重要性や頻度に影響するバイアスについても考察いたします。
当院院長は東京大学医学部附属病院分院時代から日本で最も長きにわたり内視鏡をしている一人です。その検査の特徴ですが、①意識化鎮静を使う、②データが電子化されている、③背景粘膜の評価に木村・竹本分類を使う、④HPの有無は見ればわかる、⑤徹底的に洗浄して検査する(ウォータープリーズ)、などです。
胃底腺ポリープのような良性疾患の頻度に影響するバイアスにはどのようなものがあるでしょう。まず①術者の意識、背景がC-1だからと行って安心せずに丹念に見ること。②後ほど述べますが使用機器の差。③撮影枚数。④洗浄をするかどうか。⑤色素を使って観察するかどうか。患者側のバイアスとしては、地域差、年齢、⑤PPI使用量、後ほど述べますが⑥セルフセレクションバイアスなどが考えられます。
全患者での頻度を、薄い折れ線で男女別に示しました。2000年当時男性が5.3%、女性が13.5%と、確かに女性が2.5倍ほどになっています。しかし2012年では16.3%、23.4%と1.4倍に過ぎません。2000年以前から胃底腺ポリープの背景粘膜には萎縮がないと論文に報告があります。そこで木村分類で萎縮なしに相当するC-0、C-1での出現頻度を濃い色で示しました。
(注:私と父がC-0、C-1と記述することは、ピロリ菌陰性であるという事とほぼ同義です。つまりピロリ菌陰性の場合の出現頻度と考えてください)
すると2000年時点で15.1%、33.5%と2.2倍の差があるのですが、2012年時点では48.3%、57.1%と、わずか1.2倍の差でしかないのです。もはや女性に多いとは言えなくなってしまった。この変化をどう説明したら良いのでしょう。
ここに当院での使用機器を重ねあわせてみましょう。すると240シリーズのスコープを使い始めた時、そして260シリーズのスコープを使い始めた時に出現頻度が上昇することがわかります。
年齢や撮影枚数はどうでしょう。年齢はそれほど変動がありません。撮影枚数は2003年にフィルム(20枚の制限があった)をやめてから右上がりですので関係するかもしれません。
初めて内視鏡を受けた人と、当院で受けるのが二回目以上の人を比較するとどうでしょう。確かに再診の患者では胃底腺ポリープがやや多いのですが、それでもやはり男女の頻度の差が少なくなってきたという傾向は変わりません。
色素の使用はどうでしょう。これは残念ながら差はでません。
PPI使用との関連はあるのでしょうか。「維持療法の必要のある難治性逆流性食道炎」でPPIを投与されている症例を見てみますと、なるほど胃底腺ポリープが多くなっているのがわかります。まだ症例が少ないために全体に影響するほどではない。ただ男性の比率がさらに女性に迫っているのは興味深いと思います。
セルフセレクションバイアスとは、患者が自らの意志で来てしまうバイアスのことです。我々は、背景粘膜がC-0やC-1であれば、HPがいれば別ですが、基本的にフォローは必要なく胃底腺ポリープはむしろ安心して欲しい所見ですと繰り返し説明します。しかしポリープ、と言われている患者はリピーターが倍になる、というデータが出ています。これは先程の、再診患者で胃底腺ポリープが多くなるという事実の原因となります。
以上をまとめるとこうなります。
男性の比率が増えた理由はFGPの出現頻度全体が上昇したことが最も大きな理由で、半数に見つかる現在では男女差はそれほど大きくはない。男性の胃底腺ポリープは小さくて女性よりは従来見つけづらかったのではないか。あるいはそれは背景の襞、粘液、色調などの影響だったかもしれません。しかし機器の進歩やその他の工夫でその差が縮まったと考えれば矛盾しません。一方、PPIは全体に影響をおよぼすほどではないが注目すべきであり、またセルフセレクションバイアスも注目すべきだと思います。
さて、男女比が変化したと言いましたが、男女差が常に10%と捉えることもできます。エストロジェン感受性のあるポリープは大きく、見つかり易かったのではないか、と思うのです。この仮説を証明するにはエストロジェンレセプターの証明をすればいいのです。
いずれにせよ、現代では胃底腺ポリープは女性に多い、と言えなくなってしまったことは事実です。従来の先入観は変えねばならないかもしれないのです。
別の話になりますが、私は従来から医師のクオリティ・コントロールの重要性についてしばしば言及してきました。日本において世界に最も遅れている分野です。
胃底腺ポリープの診断とその頻度は背景粘膜の記述とともに術者の熟練度、到達度、安定度を見る良い指標です。一般的に、良性疾患は軽視されますが実は全く逆で、検査のクオリティ・コントロールをするには最適です。胃底腺ポリープの出現頻度を、診断した医師ごとに解析することによって、その医師の質を正しく判定できる可能性があるのです。胃底腺ポリープはもっと注目されるべき所見なのです。
また粘膜をきちんと洗い、胃底腺ポリープまでもきちんと診断しようという努力は、胃癌の見落としを少なくすることにつながると考えます。
先入観を捨て、きちんと胃底腺ポリープを診断することが大切だという事を今一度強調して終了いたします。
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