日本が医療ツーリズムで成功するには、日本しか出来ないことをしないとまずいだろう。
大腸のIIcとかLST-NGを見つけるのは日本のドクターが圧倒的に得意でしょう。
食道の表層癌を見つけるのは日本のドクターが圧倒的に得意でしょう。
↑
たぶん上記が出来るのは医師の数として1000人未満でしょう。
胃癌は案外見つかるかも知れません。でもそれだけじゃあ魅力に乏しいです。
超音波下穿刺細胞診が発達していない日本は、シンガポールや香港に勝てないかも知れない。
なんでだめかというと保険制度が悪いです。リスクと医療費が見合わない。
日本には病院が損までしてリスクを取る検査がたっくさんあります。
専用機を使った超音波内視鏡なんて、やればやるほど赤字です。
早期膵臓癌見つかる良い検査なんですけれどねえ。
国がやるなって言ってるも同然なので、しょうがないです。
日本は薬剤と検査はどんどん高くなるんですけれど、手技に関しては本当に見捨ててきたから、お金のことそっちのけで研鑽を積んできた医師を除けば、医療ツーリズムで成功するほどのスキルはないと思います。要するに医者のグローバル化には失敗してるんです。
たぶん放射線診断は、コンピューター支援で診断しているアジア諸国にアドバンテージはないんじゃないだろうか。
医療ツーリズムで何をする気かは知りませんが、世界の顧客の目は厳しい。
日本で300万円なんていうドックが、その価値がないということはすぐにばれるでしょう。
言葉だけが先行していますけど、買い叩かれて失敗すると私は思います。
内視鏡分野はいけるかもしれません。中国・韓国のドクターは上手いので競争相手として厳しいです。ノウハウは秘密にしておきましょうかね。
治療での医療ツーリズムはいけると思います。外科治療の合併症は少ないですから。
診断にせよ、治療にせよ、合併症が起きたときの保障をする保険会社が登場するかどうか。
いちばん儲かるのは保険のはずですが、
保険会社が動かないということは、彼らはこの商売に芽がないと思っているのでしょう。
絵に書いた餅です。
2010/12/30
食道癌とソーシャルゲーム
by purprin
ソーシャルゲームは立ち上げが勝負なんだそうだ。初日に何人ユーザーを獲得できるか。
かつて、インターネットでは早期参入~多くのシェア~利益総取りという理論がもてはやされたが、ソーシャルゲームではこれと同じ動きがユーザー側に認められる。すなわち、ソーシャルゲームを早くはじめる→自分の希望するIDをゲットできるし、ゲームも有利に進められる→ウマー。あるいは学校などではみんなと新しい場でコミュニケーション。テレビドラマをその日に見ておかないと仲間はずれにされるのと同じような感覚がソーシャルゲームにもあるようだ。AppleがはじめたPingだっけ、あれも48時間100万ユーザーと宣伝していたがすごく少ないと思った。すなわちソーシャルゲームとして捉えれば成功ではないと言える。だって新曲がPingで先に発売、などという「売り」がなかったし、せいぜい人気アーティストをフォローできるってぐらいだった。iTunesの利用者はFacebookほどではないかもしれないけれど、Facebookで成功するソーシャルゲームは初日400万ユーザーなどと言うのに比してあまりにもインパクトが小さい。
ところで医学でも当然同じような心理が市場(知識の市場)を支配している。すなわち新しい理論、あるいは新しい機器(モダリティ)に、①開発段階から何とかして割り込む、②①が無理だったときには発売ないしはオープンになったらすぐにそれに関して追随した論文を書いて「その道のオーソリティー」と呼ばれるようになる、というような戦略だ。それとは関係ないけれど日本国内だけを見るとまだ「海外の技術の紹介」だけでも成り立ってしまうので、「翻訳ブログでアフィリエイト収入」とあまり変わりがない。独自コンテンツを持つというのは研究者でも極めて難しい事だ。実際、「独創的な研究」として認められるためには本当に独創的である必要など無く、優秀な研究であれば良いので、すばやく追随できるだけでも優秀だと言える。
ファンクショナルMRI(fMRI)という新しい検査がある。日本人が開発に非常に深く関わっているにも関わらず、混合診療を禁止した保険制度が邪魔をしたとは思いたくないけれど、主に欧米でfMRIを使用した「恐らく医学には貢献しない、論文数を稼ぐための論文」が何百も一気にこの数年来登場している。脳の機能を見る検査だから一般マスコミ受けが良く、ニュースにも頻繁に登場した。柳の下にドジョウは何百もいるわけだ。論文が量産されることでますます天才レビューワーがこの世の中に必要になるという話はさておき、新しいものには飛びつけという風潮がどこの世界にもある事をおわかりいただくための例とした。
私個人はそうした競争から脱落した組に属していて、クリニックで父親を手伝っている。クリニックでは臨床に舞台を移して競争をしなければなりません。そこでクリニックならではの利点を利用する。すなわち投資の自由度。病院が臨床の医師に予算の権限を与えることは滅多にないと思いますからこれはアドバンテージです。みんなとは違うことに投資する。
電子カルテダイナミクスは安いのでそれ以外に投資できるという利点がある。と、ちょっと宣伝。
前置きはここまでにして、平成18年5月にオリンパスがCV-260SLという内視鏡画像プロセッサを発売し、これを待っていた私はすぐに借金、購入した。(実際にはリース)それ以前数年間学会で、NBI(狭帯域強調画像)という新しい内視鏡画像を見てきて、「これは解像度云々ではない価値がある」と思ったことと「やるなら早くしなければ意味が無い」と思ったのが導入の理由。
NBIを開発目的で保有していたがんセンターとか大学病院に自分がアドバンテージを持っているとすれば、本当の初診患者を全員NBI観察できる、という事につきる。全員に使ってみてはじめてわかる価値もあると思う。すべての上部内視鏡をNBI観察、毎日かなりの件数をこなすので経験数を稼ぎやすい。時間次第で大学の先生方には追いつけるだろうし、学会で発表される以上のノウハウも身につくだろうと考えたわけ。
次いでGIF-Q260Hという解像度の高い内視鏡も購入して日々目を鍛え続けた。と同時に学会で、どのような強調方法を使い、どのような色彩で観察し、どのような順番で写真を撮るのか、各施設のやり方を検討し取り入れてきた。比較的こうしたアンテナは発達している方だ。例えば構造強調はB5、色彩は1である。そして咽頭から食道はずっとNBIで観察していく。学会では通常観察A8、拡大観察B8で見ている施設が多いようだ。一方下部消化管を主に行なっている施設では拡大もA8のようである。上部内視鏡の医者は細かいことにこだわりすぎる嫌いはたしかにある。私がB5にしている理由も、人工的な強調で捨てられる情報を嫌うからだけれど、小さな差に過ぎないかも知れない。
食道癌は通常光では淡い発赤として見つかる。私はNBI導入以前から、必ず挿入時にほとんどの癌をルゴールなしで見つけてきた(むろん確認のためにルゴールは撒布する)という自負が強かったので最初2年は挿入時は通常光で、抜去時にNBIで観察してきた。しかし挿入時に空気を挿入しなながら観察する角度と、抜去時に引きながら挿入する角度とは異なっており、挿入時の方が若干観察に有利なように思う。柏病院で挿入時にNBIという記事を読んでからは以後、挿入時NBI、抜去時通常光としている。
スコープはやはりGIF-Q260Hがあると良い。これで慣れたあとだと、GIF-Q260を使っても良く見つかるようになる。同じbrownish areaでも見え方は異なるからである。GIF-Q260ならば構造強調はA5とかA7の方があっているかも知れない。
食道癌は飲酒者がなりやすい病気で、特にADH2(アルコールを分解する酵素)欠損で飲んだくれていれば、つまりアルコール依存症ならば発見率がときに2割にも達するという。2割とは驚きだが、たしかに母集団として非常に高リスクなので外来ではメインに飲むアルコール飲料の種類と、その割り方、過去のアルコールの飲み方、飲んだ時に顔に赤みが出るか、あるいは若い頃は飲んだら顔が赤くなったかどうか、熱いものをよく食べるか、家族歴、タバコの銘柄の推移、本数の推移を聞いている。
それらを一度一切忘れて観察を開始する。
そしてbrownish areaというよりも、IPCLの血管そのものが慣れてくると見える(強調がB5とかB7だと特に)のであるけれど、その変化を観察し、胃の観察が終了後抜去時に必要に応じてルゴールを撒布して再度確認という順番だ。以前淡い発赤として認識していたよりも、擬陽性は多くなるものの多くの発赤が見いだせることは事実で、これにルゴール撒布を組み合わせることでハイリスク群以外での食道粘膜内腫瘍の発見率も上昇させることが出来ている。
やはり慣れというのは有難いもので、NBI観察4年、GIF-Q260H導入2年ほどで最近特に食道粘膜内腫瘍の検出感度は上昇し、非常に強力な武器となってくれている。
新規モダリティにソーシャルゲーム的な飛びつき方をして、たまたまその恩恵に預かりましたという話です。
そして才能ある人は、そんな我々を簡単に追い越していくのです。みなさんが探すべきお医者さんはそういう才能の持ち主です。
2010/12/23
マッサージについて
セクション:
ムダ?知識
従ってやりようによっては筋肉の断裂、筋膜の損傷、内出血、浮腫、腱の損傷など種々の合併症を生じる事があり、たまには骨折が生じる事もあり、簡単にできる治療ではないなと感じます。もしもそれらの合併症が起きても整形外科に見せる患者さんは少ないようで、拝見するのは主治医の我々である事が多いのかもしれません。
ただここ数年、そのようなマッサージは陰をひそめつつあって、ソフトマッサージと呼ばれるような、筋肉にそれほど干渉しない(?)手技が広まりつつあるようです。それは合併症とそれに伴うトラブルを嫌うからでありましょう。
本来、医学的にマッサージが必要とされるのは、麻痺による筋肉の拘縮、疼痛を予防する目的が多いと思います。当然筋肉に働きかけるべきものです。したがって、ソフトマッサージと呼ばれるような手技の目的や効果については単なる「一時的な気持ちの良さ」なのだと理解します。治療か、と言われると微妙です。
一方例えば癌によるリンパ浮腫を予防・治療するための特殊なマッサージがあります。子宮癌の手術後や乳癌の手術後には、複数あるリンパ管の一部、あるいは全部を取り去るがために、リンパ液が足や手にたまってしまい非常につらい浮腫が生じる場合があります。その浮腫を、ほんの少し残ったリンパ管を通して体幹部に戻してあげる手技で、根気のいる仕事です。
ところで患者さんに伺っていると、いわゆるリンパマッサージには他にもいくつかあるようです。一つは全身のツボをマッサージによって刺激して行くようなものです。恐らく交感神経と副交感神経を交互に刺激するような印象で、大量の発汗があったり、下痢があったりすると患者さんは言います。それは厳密にはリンパ流には影響を与えないかもしれませんが、体液の出入りがある(発汗や下痢)ために、「淋巴」という名称を与えたのではないかと想像しています。普段あまり運動をする機会もない方には、そんなマッサージも新鮮なのかもしれません。
もうひとつは、これはインターネットでリンパマッサージを調べて行くとだんだん「そうじゃないかな?」と思い始め、確信を持っている事ですが、「ソフトマッサージ」のさらに弱いものを「リンパマッサージ」と呼んでいるらしいということ。テレビで顔のリンパマッサージなどと言っているものは同じです。この「リンパマッサージ」はデタラメ用語なので、あまり使って欲しい言葉ではありません。真皮ていどまでしか刺激しない弱い圧力で皮膚を「さする」ものは確かに全く合併症はなさそうで、患者さんからの文句は少ないに違いありません。しかも重要な点は、免許が要らない事です。マッサージの到達点(皮肉です)なのかもしれないと思った訳です。実際には、皮膚をなでてもリンパの流れが良くなるかどうかはわかりません。むしろ均一で弱い圧力をかけた方がよほど流れは良くなりそうです。とはいえ、馬鹿に出来ないなと思うのは、赤ちゃんにオイルマッサージをすると気持ち良さそうにしていますから、何らかのスキンシップ効果はあるんだろうということです。従って、この(偽)リンパマッサージも顧客のニーズを満たす可能性は十分あるのです。
問題は用語の混乱があることで、患者さんがリンパマッサージを受けたと言っても、私には皆目どのマッサージを受けたかどうかがわからないのです。
さて糖尿病の患者さんが例えば副交感神経を刺激するようなマッサージを受けてしまうと、低血糖が起きるリスクがあります。環境によっては皮膚疾患が増悪する可能性があります。あるいはお金のない患者さんがお金を搾り取られているのを拝見して心を痛める事があります。非常に扱いはデリケートですけれど、ときに私が介入したとしても気分を害さないでほしいと思います。
ところで乳腺炎の予防のマッサージはまた違います。これは最初に見たときに「!」と思いました。柔軟性のあるゴムチューブの中に脂肪のかすが詰まっている。そのかすをどうやって取りますか?という問題です。押し出しますか?いえ、皮膚ってのは押すと必ずその部分は浮腫が起きるんですよ。
私が上の「マッサージ」の項でなんとなく良い事を書かなかったのは、マッサージをすれば多かれ少なかれその部分にはまた浮腫が生じてしまうという事実です。
なので、乳腺を押してかすを絞り出すのは不正解です。周囲の浮腫で管が細くなり、ますますかすが詰まりやすくなるからです。正解はゴムチューブをうんと伸ばしてぱっと離す、です。ゴムチューブを伸ばすと内腔が狭くなってかすが細く長くなる。そこで元に瞬時に戻したら内腔の方が太くなりますからかすが移動しやすくなりますね。さらにそこに振動が生じますからこれで皮膚を圧迫する事なしにかすを乳頭方向へ移動させる事が可能になりますね。乳腺のマッサージはなにやら難しい事が書いてあったりしますが、この原理を理解しておけば大丈夫です。
話がいろいろ飛びましたけれど、マッサージと言ってもいろいろあるようで、ヒポクラテスの言う通り、なかなか奥が深いんじゃないかなあと。私なんて、良く腹部のエコーをしますけれど、調子が良くなってしまいまたエコーをやってくれなんていう患者さんが多くて閉口します。たぶんマッサージ効果なんでしょうね。ゼリー塗りますしね。エコーは集中力を要する検査で自分が消耗するので、患者さんから頼まれてもやりませんのでご了承ください。だいたい検査ってものは、こちらから患者さんに「必要なのでしてもよろしいですか?」ってお伺いをたてるものだと思っているので、患者さんからあれこれやるよう言われるのは元々好きではありません。
2010/12/20
完璧な仕事の準備
by Swamibu
これは大学院時代にテクニシャンのIさんの仕事を見ていて、以後考えていたこと。
彼女はラボのテクニシャンで、自分の仕事の評価をレポートにして上司に提出するんだけれど、その時に例えば実験のコントロール曲線がうまく描けるかとか、予期せぬデータが出ていないかとか、そういう統計学的な評価をしていたのを見て、医者もこういうQCの方法が出来ないかをずっと考えてきたわけ。
今の日本の医者のQCは馬鹿げたもの(点数を稼ぐなど)が多くて実際的ではありませんが、上部内視鏡では例えば
- 左右の梨状窩の観察が出来ているか。
- 食道上皮内癌の発見率。(特にハイリスク群で)
- 咽頭反射の確率と患者満足度。
- 胃の萎縮診断が正しいかどうか。(多数の検査をしていれば偏りがないかでわかる)
- 萎縮に応じた早期癌の発見率。
- 乳頭部の観察が出来ているか。
など様々な指標があり、それを自己評価すれば良いのです。
例えば萎縮がO-3であれば、早期癌発見率は2%維持できなかったらだめだとか、そういう縛りを自分に課すわけです。様々な場面で自分のQCを行う事、それが出来れば納得して医療行為が出来るのでそうなるよう電子カルテを駆使しているのです。
なるべく完璧な仕事をしたいのですが、では自分はどのように心がけているでしょうか。
良くスポーツ心理学では、納得のいく練習をすること、と言います。これだけの研鑽を積んできたのだから、自分は大丈夫だと自信を持つ、というような事。一方で、浅田真央選手は納得のいく練習をしてきても、それが上手くいかないこともある、と最近の自分を評価したそうです。世界のトップレベルの厳しさを垣間見るエピソードです。それは神の領域と言って良いでしょう。
我々の仕事はむろん人命がかかるわけですが、奇跡は毎回は起きないので、むしろ常に一定のレベルを保つにはどうしたらいいのか、を考えるわけです。オリンピック選手のように、最高の体調を管理するという事まで自分を追い詰めなくても良いのです。
むしろ、健康面精神面含めて最高のコンディションでないと自分の納得出来る仕事が出来ないと考えているのであれば、それはまだ自分が未熟であると私は考えました。ある程度悪いコンディションでも、平均的に良い仕事が出来ないか。
内視鏡においては
- なるべくワン・パターンの仕事をする。どんな患者でも同じような見方、写真のとり方をする。変なテクニックを駆使しない。
- 同じ事をするのでも、なるべく簡単にできるテクニックを常々工夫する。
- 時間に余裕をもたせる。患者が急かしても気にしない。
- 自分の限界を知っておく。
- やたらと質の良い仕事を患者にアピールしない。
というような事を実践しているつもりです。例えば、内視鏡時の鎮静は過去のナレッジ・ベースがあるのでかなり上手く量が決められます。胃内洗浄の時の器具の工夫もしています。時間は患者さんの都合より自分の都合を優先します。自分が例えば体調が悪いときでも、無用に働く必要がなければ内視鏡の質は高まるだろうと考えてのことです。最終的には「眼」に仕事をさせる事にすべてのリソースを集中できるよう、それ以外の事はなるべくワン・パターンにするのです。
やはりトレーニングが重要だろうと考えます。粘膜の異常を見逃さない眼は、やはり簡単には身につかないと思います。私の場合は癌研で膨大な数の症例を見せていただいたことがやはり大きい。1年いれば10年分の症例を経験出来るなあと思いました。頭脳以外の能力を駆使する仕事を「職人」と呼ぶのなら、内視鏡医はまさに職人だし、職人の仕事はその能力にいかに集中できる環境を作れるかどうかによって決まるだろうと思います。
今色々な仕事をしていて、なるべく高い次元でそれを行いたいという場合、それが職人的な仕事ならばまずは一番大事な「能力」をとことん鍛え上げてしまう。そうすれば、それ以外の事、たとえば体調がどうであろうとも、一定のレベルの仕事が出来るんじゃないかと思いますが、どうでしょうか。
2010/12/14
嘔吐下痢(ノロウイルスも含めて)について
セクション:
消化器の病気
<受診の心構え>どういう情報が必要か
<予防・拡散を阻止する話>
<治療の話>
<落とし穴>
<もう一つの落とし穴>感染後過敏性腸症候群
<セルフケアに関するTips>
<医者として困ること>院内に病気を持ち込む人々
<本当は改善したいこと>急性期疾患の予約診療
一般的な胃腸炎の薀蓄を読んでおきたい方はこのままお進みください。(私のブログは基本的には外来でお話しする薀蓄をメモする場所です)
ノロウイルスは胃腸炎を起こす有名なウイルスです。そんな有名だったかなあ。
ノロウイルスが命名されたのは2002年だそうですから、私が医者になったのが1990年ごろなので知っているわけがないのです。小型球形ウイルスと呼んでいました。こいつの(名前の)広がり方と言ったら、すごいですね。席巻してる、という表現がぴったりです。ロタウイルスもたじたじです。
ただロタウイルスの症状の激しさ(私は小児科ではないので実際には診断したことがない)からすれば、ずっとましです。他に腸管アデノウイルスが胃腸炎を起こすウイルスとして知られています。
<もともと鵜川医院に嘔吐下痢でかかる方は少ない>
嘔吐・下痢で医院を受診する患者さんは当院では少ないのですが、その理由はわかっています。
1) 混んでいてすぐに対応することが困難であることを大抵の患者さんがわかって避けてくださっている。(すみません)
2) 遠くから受診した方を叱る。主に脱水の補正が必要なのに片道1時間以上かけて来ることのバカバカしさについて患者さんをたしなめる。他の件についても、当院は遠方からの患者さんを歓迎していません。
3) 本当に必要でない限り、頼んでも点滴をしてくれないという事を患者さんがわかっている。
4) 嘔吐・下痢は脱水がひどくなければ、自宅でなんとかなる事を普段教育している。(経口補水塩の作り方を教えてある)
5) たまたま当院で出している薬が予防・治療になっている。(胃腸科ですから)
6) 細菌性を考えたときに培養はするけれど、ウイルスに関しては検査をしない。(電話で「ノロウイルスは調べてくれるんですか?」という問い合わせがすごく多いので「検査キットは持っていません」と答えています。)
ノロかどうか確かめてもらいなさい、というトンデモ上司がいる会社がかなりあります。(会社としての方針ではなく個人の判断なのだろうと思いたい)不必要な受診が増えるだけですからやめてください。
小児科では1)包括医療である場合が多い、2)集団発生しやすいなどの理由でノロウイルスの迅速検査をする場合があると思います。
臨床的にはノロウイルスはそれ自身が致死的ではないので脱水を防ぐことが主な治療であり、むしろ拡散させない事が重要で、そのため来院しなくて済むならばその方が良い、と考えて普段指導を行っています。来院時にはむしろノロではない場合の方が重症化することが多いので気を付けています。
嘔吐・下痢で受診した際に、必要なのは細菌性なのか、ウイルス性なのか、それ以外(毒など)なのかを鑑別しなければなりません。従って、
1) 48時間以内に食べた物、飲んだ物すべて
2) 発熱の有無
3) 下痢の回数と性状、血便の有無
4) 血尿の有無
5) 腹痛の場所、程度、推移
くらいの情報は最初から用意していらっしゃらないといけません。
当院で診断した中には「シガテラ毒」なんていうのもあります。これを診断できたのは患者さんからの情報が緻密だったからというのが理由です。明らかに神経毒だろうと思われる下痢を大病院に紹介しても「アレルギー」とか診断されてしまうぐらい、こういう毒の診断は難しいのです。
患者さんから話したいのは、
1) こんなことはじめてです
2) みんな同じ物食べてるのに私だけ
という事らしいです。同情はいたしますが、情報の優先順位としては低いのでおっしゃるのは最後のほうで結構です。
ノロウイルスは食品にも普通に付着しているので、食べたものから推測するのはなかなか困難なのですけれども、少なくとも細菌性下痢を除外しなくちゃいけないから食べ物を聞いているわけです。
<予防・拡散を阻止する話>
診断はともかく、少ない量のウイルスや細菌ならば胃酸で無効化されるんじゃないかと思っています。特にノロウイルスは塩素系の消毒薬に弱いわけですから。それは余談として、子供さんの吐物の処理などをしているときにお母さんが容易に感染してしまい、お気の毒です。当方も無防備に吐物の処理をしますと、さすがに感染します。塩素系の漂白剤を染みこませた雑巾で、手袋を着用して、マスクをして処理なさるとよろしいのではないでしょうか。あとはドアノブや水栓なども同じように拭いたほうがよろしいでしょう。インフルエンザと異なりアルコール消毒が無効なので、石鹸できちんと手を洗わねばなりません。レストランなどでおしぼりが出てきますが、あれはどうなんでしょうか。何の意味もないように思います。手洗いで石鹸で手を洗っても自動水栓でもない、ドアも自動ではない、逆に危険な気がします。塩素系ではクレベリン(空間除菌、はうそですからだまされないようにしてください。あくまで塗った時に効く)という消毒薬が有名ですが、気になる方は手に入れておくと良いのでしょう。私は強酸性水でよく手を消毒しています。指で鼻や髪の毛をいじるのも良くない習慣です。少なくとも医療従事者は首から上を触るな、触ったら手を消毒しろと教育されてるはずですが、守っているでしょうか。
また、抗体はできにくいらしいので、「なったから大丈夫」などとは思わないことです。
スチームアイロンでじゅうたんなどを熱するのは非常に頭の良い方法ですね。
(ノロウイルスの経鼻ワクチンは治験中らしいです。2012年1月追記)
<治療の話>
予防の話はこのぐらいにして、ウイルス性の胃腸炎の基本は脱水の補正ですからそこらへんに情報は沢山転がっているはずです。
下痢が酷い場合にはナトリウム・カリウムが喪失し、嘔吐が酷い場合にはナトリウムの喪失が多くなり、失われた電解質と水分を口から入れるか点滴で入れるかを選択するのですが、私は前者を選ぶことがほとんどです。五苓散を使うのはエポックメイキングな出来事で、それらを駆使して診療を行っていた小児科の先生方を尊敬します。制吐剤としてドンペリドンなどがたいして効果が無い事は多くの臨床経験からわかっており、むしろ五苓散の方がすっきりと効く。もちろんこの辺りは色々な技がそれぞれの医師にあるのです。
ショックに陥るほどの脱水があればもちろん入院という事になります。
自宅で出来ることとしては経口補水塩を嘔吐しない程度(1回100cc以下)に飲んでおく、という事でしょう。五苓散は処方薬ではないから自宅に常備してあっても良い。私も市販の五苓散を2袋ぐらい自宅の救急箱に入れてあります。嘔吐が酷いときには白湯に溶かして飲むのです。
他院受診をしたが痛みが取れないという相談が結構あります。歩くと響くとか、押すと非常に痛いという場合には警戒すべき痛みですが、腹膜炎ではなくても腸が腫れて痛い場合も多い。そういう胃腸炎の痛みはお医者さんが出してくれる抗コリン薬(ブスコパン)では治らずなかなか頑固です。私は抗コリン薬は使わずに(抗コリン薬はむしろ制吐剤として使ったりする)、粘膜保護系の投薬をすることが多いのですけれど。それに制吐作用も期待してマイナートランキライザーを加えたりです。発熱は一日で落ち着くので、よほど脱水がひどい場合以外は熱は下げなくて良いと考えています。しかし痛みを止める効果も期待してアセトアミノフェンを使う場合もあります。
ウイルス性の場合勝手に治るといえば治る病気なので、治療の基本は整腸剤でよろしいと思います。
<落とし穴>
性病でもあるアメーバ赤痢、コレラ、キャンピロバクター腸炎、エルシニア腸炎、憩室炎、急性ヘリコバクター感染症などとの除外が難しい場合があります。経過がおかしい、4-5日で治ってくれない、という場合にはもう一度同じ先生に相談すべきでしょう。私自身は鑑別が難しいときにエコーを行います。慣れていればかなり精度良く鑑別することが出来ますが、一般的とは言えない方法です。
<もう一つの落とし穴>
感染性胃腸炎をきっかけにして過敏性腸症候群を発症してしまう場合や、後述しますが抗生物質を処方されたために抗生物質起因性腸炎を併発する場合があります。抗生物質の投与は可能な限り避けています。
<セルフケアに関するTips>
○整腸剤。
他院から流れてくる患者さんで圧倒的に多いのが、1)抗生物質を処方して整腸剤を処方しなかったために、胃腸炎は治ったのに以後ずっと下痢。2)細菌性胃腸炎だったらしく症状が増悪した。のふたつです。1)と2)の差は痛みの有無なので比較的簡単かもしれません。下痢が何日か続いたら腸内細菌は激減しますから補給せねばならないのです。割と基本だと思うのですが、処方されていないケースもちらほら。患者さんには「風邪引いたらヤクルト」と指導しますけど、他の医者から整腸剤を処方されなくてもなんとかなるだろうと思って言っているわけです。
○重症化を見逃さない。
発熱が持続する場合、下血、血尿、強い腹痛の持続があるときにはノロウイルスではないと思いますから、これは医者の出番だろうと思いますからすぐに病院へ。
○脱水を起こさないように。
水分のとり方については過去に書いたと思います。
○人それぞれのTipsがある。
あなたの体質にあわせて、こういう場合の対処法(医者を必要としない)を教える事こそが医者の真骨頂だとは思っています。知らない人には指導は出来ませんけれども。
<医者として困ること>
明らかに海外で感染してきたのに、検疫で申請しないで医者に飛び込んでくるのはルール違反です。赤痢やコレラなどを院内で撒き散らされたらかないません。必ずまず電話であちこちに相談することです。少なくとも飛び込み受診はお断りします。
<本当は改善したいこと>
私の準備は出来ているので、あとはみなさんのITリテラシーが上がるのを待つばかりです。
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