2010/12/30

食道癌とソーシャルゲーム



ソーシャルゲームは立ち上げが勝負なんだそうだ。初日に何人ユーザーを獲得できるか。

かつて、インターネットでは早期参入~多くのシェア~利益総取りという理論がもてはやされたが、ソーシャルゲームではこれと同じ動きがユーザー側に認められる。すなわち、ソーシャルゲームを早くはじめる→自分の希望するIDをゲットできるし、ゲームも有利に進められる→ウマー。あるいは学校などではみんなと新しい場でコミュニケーション。テレビドラマをその日に見ておかないと仲間はずれにされるのと同じような感覚がソーシャルゲームにもあるようだ。AppleがはじめたPingだっけ、あれも48時間100万ユーザーと宣伝していたがすごく少ないと思った。すなわちソーシャルゲームとして捉えれば成功ではないと言える。だって新曲がPingで先に発売、などという「売り」がなかったし、せいぜい人気アーティストをフォローできるってぐらいだった。iTunesの利用者はFacebookほどではないかもしれないけれど、Facebookで成功するソーシャルゲームは初日400万ユーザーなどと言うのに比してあまりにもインパクトが小さい。

ところで医学でも当然同じような心理が市場(知識の市場)を支配している。すなわち新しい理論、あるいは新しい機器(モダリティ)に、①開発段階から何とかして割り込む、②①が無理だったときには発売ないしはオープンになったらすぐにそれに関して追随した論文を書いて「その道のオーソリティー」と呼ばれるようになる、というような戦略だ。それとは関係ないけれど日本国内だけを見るとまだ「海外の技術の紹介」だけでも成り立ってしまうので、「翻訳ブログでアフィリエイト収入」とあまり変わりがない。独自コンテンツを持つというのは研究者でも極めて難しい事だ。実際、「独創的な研究」として認められるためには本当に独創的である必要など無く、優秀な研究であれば良いので、すばやく追随できるだけでも優秀だと言える。

ファンクショナルMRI(fMRI)という新しい検査がある。日本人が開発に非常に深く関わっているにも関わらず、混合診療を禁止した保険制度が邪魔をしたとは思いたくないけれど、主に欧米でfMRIを使用した「恐らく医学には貢献しない、論文数を稼ぐための論文」が何百も一気にこの数年来登場している。脳の機能を見る検査だから一般マスコミ受けが良く、ニュースにも頻繁に登場した。柳の下にドジョウは何百もいるわけだ。論文が量産されることでますます天才レビューワーがこの世の中に必要になるという話はさておき、新しいものには飛びつけという風潮がどこの世界にもある事をおわかりいただくための例とした。

私個人はそうした競争から脱落した組に属していて、クリニックで父親を手伝っている。クリニックでは臨床に舞台を移して競争をしなければなりません。そこでクリニックならではの利点を利用する。すなわち投資の自由度。病院が臨床の医師に予算の権限を与えることは滅多にないと思いますからこれはアドバンテージです。みんなとは違うことに投資する。

電子カルテダイナミクスは安いのでそれ以外に投資できるという利点がある。と、ちょっと宣伝。

前置きはここまでにして、平成18年5月にオリンパスがCV-260SLという内視鏡画像プロセッサを発売し、これを待っていた私はすぐに借金、購入した。(実際にはリース)それ以前数年間学会で、NBI(狭帯域強調画像)という新しい内視鏡画像を見てきて、「これは解像度云々ではない価値がある」と思ったことと「やるなら早くしなければ意味が無い」と思ったのが導入の理由。

NBIを開発目的で保有していたがんセンターとか大学病院に自分がアドバンテージを持っているとすれば、本当の初診患者を全員NBI観察できる、という事につきる。全員に使ってみてはじめてわかる価値もあると思う。すべての上部内視鏡をNBI観察、毎日かなりの件数をこなすので経験数を稼ぎやすい。時間次第で大学の先生方には追いつけるだろうし、学会で発表される以上のノウハウも身につくだろうと考えたわけ。

次いでGIF-Q260Hという解像度の高い内視鏡も購入して日々目を鍛え続けた。と同時に学会で、どのような強調方法を使い、どのような色彩で観察し、どのような順番で写真を撮るのか、各施設のやり方を検討し取り入れてきた。比較的こうしたアンテナは発達している方だ。例えば構造強調はB5、色彩は1である。そして咽頭から食道はずっとNBIで観察していく。学会では通常観察A8、拡大観察B8で見ている施設が多いようだ。一方下部消化管を主に行なっている施設では拡大もA8のようである。上部内視鏡の医者は細かいことにこだわりすぎる嫌いはたしかにある。私がB5にしている理由も、人工的な強調で捨てられる情報を嫌うからだけれど、小さな差に過ぎないかも知れない。

食道癌は通常光では淡い発赤として見つかる。私はNBI導入以前から、必ず挿入時にほとんどの癌をルゴールなしで見つけてきた(むろん確認のためにルゴールは撒布する)という自負が強かったので最初2年は挿入時は通常光で、抜去時にNBIで観察してきた。しかし挿入時に空気を挿入しなながら観察する角度と、抜去時に引きながら挿入する角度とは異なっており、挿入時の方が若干観察に有利なように思う。柏病院で挿入時にNBIという記事を読んでからは以後、挿入時NBI、抜去時通常光としている。

スコープはやはりGIF-Q260Hがあると良い。これで慣れたあとだと、GIF-Q260を使っても良く見つかるようになる。同じbrownish areaでも見え方は異なるからである。GIF-Q260ならば構造強調はA5とかA7の方があっているかも知れない。

食道癌は飲酒者がなりやすい病気で、特にADH2(アルコールを分解する酵素)欠損で飲んだくれていれば、つまりアルコール依存症ならば発見率がときに2割にも達するという。2割とは驚きだが、たしかに母集団として非常に高リスクなので外来ではメインに飲むアルコール飲料の種類と、その割り方、過去のアルコールの飲み方、飲んだ時に顔に赤みが出るか、あるいは若い頃は飲んだら顔が赤くなったかどうか、熱いものをよく食べるか、家族歴、タバコの銘柄の推移、本数の推移を聞いている。

それらを一度一切忘れて観察を開始する。
そしてbrownish areaというよりも、IPCLの血管そのものが慣れてくると見える(強調がB5とかB7だと特に)のであるけれど、その変化を観察し、胃の観察が終了後抜去時に必要に応じてルゴールを撒布して再度確認という順番だ。以前淡い発赤として認識していたよりも、擬陽性は多くなるものの多くの発赤が見いだせることは事実で、これにルゴール撒布を組み合わせることでハイリスク群以外での食道粘膜内腫瘍の発見率も上昇させることが出来ている。

やはり慣れというのは有難いもので、NBI観察4年、GIF-Q260H導入2年ほどで最近特に食道粘膜内腫瘍の検出感度は上昇し、非常に強力な武器となってくれている。
新規モダリティにソーシャルゲーム的な飛びつき方をして、たまたまその恩恵に預かりましたという話です。

そして才能ある人は、そんな我々を簡単に追い越していくのです。みなさんが探すべきお医者さんはそういう才能の持ち主です。

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