2014/12/31

「病名」から想起される所見に再現性がないのならば、それは「病名」とは言うべきではないのではないか。

「他の病院で逆流性食道炎と言われた」
と患者さんがおっしゃれば、私は
「それは異常がなかったということですね」
と答えるし、

「表層性胃炎と言われた」
とおっしゃれば、私は
「たぶんピロリ菌がいないのですね」
と言いますし、

「胃で出血してると言われた」
とおっしゃれば、私は
「それもきっとピロリ菌除菌後なんでしょう」
と申し上げます。

そして患者さんは少し怪訝な顔をして、
「どうしてそんなことがわかるのですか?」
とおっしゃいます。それに対して私は、
「逆流性食道炎ならば、それはロス・アンゼルス分類でグレード何だ、と言われましたか?あるいは文章で結果をもらっていますか?」と質問し、それに対して答えられた方はまだいません。

逆流性食道炎は、ロス・アンゼルス分類でグレードA、B、C、Dとがありまして、それに色調変化型のMを加えて我々はM、A、B、C、Dを使い分けます。このうち、B、C、Dについては割合重要でして、その方々をいったん見つけた場合に自分のクリニックでフォローをしないというヘマを医者はほとんどしません。結果として世の中でクリニックからクリニックに渡り歩いている「ザ・逆流性食道炎」の患者はロス・アンゼルス分類でM、ないしはAであると考えられます。実はMであれAであれ、2時方向に炎症が強いタイプなのか、7時方向に炎症が強いのか、あるいはShort Segment Barrett Esophagus(SSBE)を伴うのか、あるいは食道裂孔ヘルニアを伴うのかどうか、という付随所見もその後の患者指導には重要ですけれど、それをされている方はおられるでしょうか?そういう説明なしに「薬を一生飲め」という医者がいるそうです。勉強不足もいい加減にすべきです。

そもそもSSBEの診断にも、食道裂孔ヘルニアの診断にも「深吸気」と、反射が起きないこと、の2点が重要です。つまり、患者さんを寝かしてもいけないし、反射を起こしてもいけないし、というとてつもなく高いハードルがあります。私は自分の内視鏡の宣伝をしませんが、その理由は、「ただの一度だって自分で100点をつけられる検査をしたことがない」というストレスに常につきまとわれているからで、患者が来ないに越したことがない、と本気で思っているからです。(それに、機能を見るのに内視鏡を使うというのは極めてマニアックな世界なので、内視鏡の時にそれを見なければいけない義務は医師にはありません。むしろそういう検査としてマノメトリーとpH測定という方法があり、興味があって検査をしてほしい方は当院には来ないで自分でその検査をしてくれる大学病院を探し、入院をして検査をお受けになって欲しいと思います)
こういう検査ができる医者がどれだけいるのか、というと、患者さんにすごく我慢をさせれば可能だと思いますが患者さんが喜んでお受けになる、という状態でそれを実現しているという先生は思い浮かびません。

表層性胃炎の場合には、それがピロリ菌がいての発赤ならばすぐにそれとわかるのでピロリ菌が除菌されるでしょうし、そうでない非特異的な赤さには多種多様の意味があり、なかなか一筋縄では理解ができません。それでも何にもないきれいな胃の線状発赤(櫛状発赤は誤訳)を表層性胃炎と呼ぶ医師は多く、それは異常がないという意味に他なりません。ただ「胃が動いている」という事を示す所見なのです。表層性胃炎には点状発赤、亀甲模様のような発赤、線状発赤など様々な所見が含まれており、言葉からの再現性が非常に乏しい病名です。

胃で出血、と言われる場合、ごくごく微量の血液が胃酸で変化し黒変して粘膜に付着したヘマチンと呼ばれる物質を指していることがほとんどです。そうでなければ胃潰瘍として治療されているはずです。そしてヘマチンが付着しているというのは胃酸が多い正常の粘膜で多く認める変化です。頻度的にはかつてピロリ菌がいて、現在はいない、というような除菌後の胃に多い所見なので「除菌後では?」などと私は言いますが、単なる勘です。むろんワーファリンなどを飲んでいてヘマチン付着が目立ちますね、などと言った意味のある所見はあるにはあるのですが、それを描写する医師は稀です。

以上、なるべく病名から患者さんの状態を想起しようとしますが、実際には勘で言っているにすぎない、という事がおわかりになりますか?このように、所見を想起できないこうした病名を患者さんに言うのは間違っている、と私は思うわけです。萎縮性胃炎もそういう意味では同じ穴の貉です。

では内視鏡の結果は患者にどう伝えるべきなのでしょうか。病名よりも大切なものがあるのではないでしょうか。

私の所見用紙をもらった患者さんに申し上げます。
1)もっとも重要なのは、一行目。何を何mg使ったか、という鎮静の薬剤についての記載があります。それに加えて十分鎮静ができていたか、反射があったか、などが書かれます。それは他院で内視鏡をお受けになる場合に参考になりますから持っていてください。あなたの忌憚ない感想を追加しておけばもっとよろしい。
2)私は食道についての評価は甘いです。ロス・アンゼルス分類でグレードMについては記載しない場合が多いです。胃・食道逆流症については症状を優先しており、病名をつけることによる患者さんの混乱を避けたいのです。ただしきれいな写真は左上に残してありますから、そこからどの程度の所見なのか推測は可能なようにしてあります。所見には書きませんが「うんと酒飲んでるな」などはわかっています。
3)胃粘膜萎縮の基本は木村分類で、私の診断は極めて精度が高く自信を持っています。貧血のある方に送気をしすぎて萎縮性胃炎と間違って診断している医師があまりにも多いのが気になっています。萎縮に加えてピロリ菌がいそうな場合にはそう記述してあります。ほとんどの場合ピロリ菌がいれば除菌をしています。胃潰瘍瘢痕や腺腫などの所見が書かれることがあると思います。びらんは時々書きます。NSAIDなどとの関連です。後日比較をするために粘膜下腫瘍は大きさが書いてある場合があります。胃底腺ポリープについてはほとんどある/ないしか書きません。胃底腺ポリープの数など複数あるのが普通で無意味です。過形成性ポリープについては部位など、やはり後日の比較のために写真を残してあります。基本的にあとで患者さんが読んで心配になるようなことは書きません。
4)十二指腸は腫瘍の有無などが重要ですが、あまりブルンネル腺過形成とか、異所性胃粘膜は書かない傾向があります。
ある程度、所見には自分の癖、というものがありまして、そういう背景を公開しておくのも親切かなと思って書きました。

病名の一人歩きは嫌なものです。みなさんは、食道裂孔ヘルニア(これは本当に程度をあらわすのが難しいです)、逆流性食道炎、などの病名に惑わされないでほしいと思います。

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