2013/09/26

専門用語と婉曲表現

少なくとも自分の場合、
専門用語や英語を患者さんに対して使うときには、
それは婉曲表現のつもりです。


「がん」と発音される言葉には、「癌」と「がん」とがありますし、患者さんの受ける感覚も様々でしょう。「悪性腫瘍」「悪性新生物」などといった言葉を使うと必然的にその言葉に対して注釈をせざるを得ない。だからこれが婉曲表現になるという事です。

麻薬系の鎮痛薬を「オピオイド」と表現する。麻薬という言葉に対してあまり良い印象を持っていない患者さんに対して有効な表現です。


医者の説明がわかりにくい事を、専門用語や英語のせいにする場合があります。
ですが私はその考え方には反対です。
「わざと」専門用語や英語を使う。そしてその言葉の解説をすることによって正しく、しかし柔らかく患者さんに事実を説明することが可能だと考えています。

2013/09/23

「金のうんこ」 便移植の時代がやってきた


便移植はC. difficileという細菌の治療目的で行われてきた治療です。
英語では fecal microbiota transplantation 略して FMT と呼ばれます。日本語では糞便移植でしょうか。

2009年のQMJに載った論文を頼りにさかのぼっていきます。
Faecal transplant for recurrent Clostridium difficile-associated diarrhoea: a UK case series
A.A. MacConnachie, R. Fox, D.R. Kennedy and R.A. Seaton
From the Infection Unit, Brownlee Centre, Gartnavel General Hospital, Glasgow, UK
QJM (2009) 102 (11): 781-784.


便注入は1958年に最初の報告があるそうですが、
1984年のこの報告を紹介します。
Relapsing Clostridium difficile enterocolitis cured by rectal infusion of normal faeces.
Schwan A, Sjolin S, Trottestam U, Aronsson B.
Scand J Infect Dis 1984;16:211-15.

これはクロストリジウムディフィシルという非常に苦労する腸管感染症の患者さんに普通の便を注腸したところ良くなった、という報告です。

はるかに時間が飛んで2000年、この報告があります。
Treatment of recurrent Clostridium difficile-associated diarrhea by administration of donated stool directly through a colonoscope.
Persky SE, Brandt LJ.
Am J Gastroenterol 2000;95:3283-5.

これは大腸内視鏡で普通の便を注入する報告です。注腸よりもさらに奥から入れてみるというアイディア。

そして2003年、とうとう上から入れてみようというアイディアが登場します。
Recurrent Clostridium difficile colitis: case series involving 18 patients treated with donor stool administered via a nasogastric tube.
Aas J, Gessert CE, Bakken JS.
CID 2003;36:580-5.

Transplant(移植)という洒落た言葉を使ったのは2009年のQMJ論文がおそらく最初で、途中でJAMAかBMJかなにかに載った気がしますが、NEJMで抗生物質よりも効果があるという結論になり注目を浴びました。今後標準的な治療になるのではないか、と思います。
Duodenal Infusion of Donor Feces for Recurrent Clostridium difficile
van Nood E, Vrieze A, Nieuwdorp M, Fuentes S, Zoetendal EG, de Vos WM, Visser CE, Kuijper EJ, Bartelsman JF, Tijssen JG, Speelman P, Dijkgraaf MG, Keller JJ (16 Jan 2013). 
N Engl J Med: 130116140046009. doi:10.1056/NEJMoa1205037. PMID 23323867.

1958年~2013年という気の長くなるような時間をかけて、全くお金のかからない治療が脚光を浴びる様子を見るのは感無量であります。

最近私の行っている大学でもこの治療が行われましたが、倫理委員会で、「本当に大丈夫なのか?」と若干のやりとりが行われたと伺いました。その効果が非常に高くてみな驚愕した、という事です。

おそるおそる、という感じで日本でも広がっていくだろうと思います。最初は影響が少ないように家族からの移植、という形で行われるのかもしれません。




腸内細菌叢は複雑で、クロストリジウム属はすべて悪玉かというとそうでもありません。
私は複数の整腸剤を目的ごとに使い分けますが、現在発売されている整腸剤には限界があります。最近東京大学が多くの種類を混ぜた細菌カクテルが有効であることをNatureに報告し、注目しています。(リンク

パーキンソンなどの神経疾患に効果があるだろうという報告もありますし、脂肪肝などにも行われる時代は来るかもしれません。現在は食品関係者でサルモネラや病原大腸菌保菌者は(治療にかなりの時間がかかり、その間仕事が出来ないため)非常に肩身の狭い思いをせねばならないのですが、一気に解決する可能性もあるのです。

一番効果のあるうんこは「金のうんこ」として珍重されるのかもしれない、などと不謹慎にも考えるのでありました。



クロストリジウム属や大腸菌は入らないものの、手作りの糠漬けの中には「金の糠漬け」があるかもしれないんですよ、というお話は外来でしています。(だからおなかの強い人がつくった糠漬けをもらってきなさい、と言うのです)
細かく刻んで食べてください、と申し上げておりますが、日本独自のこのユニークなお漬物は、日本人の健康を守ってきたと言えるかもしれません、高血圧と引き換えに。
一方他国から移入されたポピュラーなお漬物に関しては、それでは調子が良くなった患者さんを聞いたことはありません。


良い事ばかりではありません。糞便移植ではサイトメガロウイルス感染やノロウイルス感染が報告されています。例えばNEJMに載った論文では潰瘍性大腸炎の患者が自分の子供の糞便を食べ、そしてサイトメガロウイルス腸炎を発症しています。子供は非常に多くがサイトメガロウイルスに感染しているので、少し考えれば当然の結果なのですが。

ドナーに求められる条件として、(UNCのプロトコルによる)
1)性的にアクティブすぎない人
2)薬物使用がない人
2)刺青を6か月以内に入れていない人
3)投獄されていない人
4)既知の伝染病がない人
5)炎症性腸疾患や消化管癌の病歴がない人
6)メタボリックシンドロームがない人
7)過去3ヶ月に化学療法、抗生物質の投与を受けていない人

糞便中の病原性大腸菌、サルモネラ、チフス、カンピロバクター、ノロウイルス、ロタウイルス、クリプトスポリジウム、ジアルジアなどが検査されます。
それ以外は以下のようになっています。


HEVがないし、H. pyloriもないので日本向きではないのは明らかです。
LFTsとはliver function testsの事です。(ALT, ALT, ALP, T-Bilなど)
考えに考え抜いてプロトコルは作らねばなりませんね。

2013/09/21

上部内視鏡で機能的な異常をどう捉えるか

1)丁寧な問診の情報
2)一旦それを忘れてから内視鏡検査
3)その場で1)2)をすり合わせつつ病態を理解
4)治療とフィードバック
5)超音波を利用した多角的な病態の理解

これを1万例以上繰り返します。

観察項目(胃と十二指腸)
1)萎縮
木村・竹本分類を基本。後壁優位の萎縮であったり、まだら萎縮であったり、細かく捉えるといろいろなパターンがあるがあくまで木村分類が重要。萎縮が胃酸分泌、ガストリン分泌、蠕動に与える影響を考慮する。HPの有無もほぼわかるので当然考慮にいれる。
2)胃酸分泌抑制薬の効き具合の判定方法(あくまで私見)
胃底腺ポリープの増え具合、大きくなり具合
粘膜の白いひびわれ模様
粘液のねばり
十二指腸球部の異所性胃粘膜の発赤
3)胃の蠕動の強さ
各部位の発赤
4)消化の情報
十二指腸内への脂肪滴の残り方
5)胆のう機能の情報
胆汁逆流
6)受け入れ反射の有無
空気を入れたときの反応
7)LESの様子
深呼吸のときの伸び具合
げっぷの様子など

これはごく一部ですが、機能的な情報を上部内視鏡で収集しながらどんな薬を使おうか、どんな指導をしようかと考える。

1)消化はやや時間がかかっているタイプ
2)油をきっとあまり食べてない
3)あまり胃痙攣のような痛みは起こしていないようだ
4)胃酸分泌は適正で多すぎるほどではない
5)受け入れ反射もある
6)胆汁逆流がなく極端な胆嚢機能異常はないかもしれない
7)昨日はアルコールを飲んだな

などと考えながら、です。
決めつけは良くない。
注意深い指導と治療。
フィードバックを受けながら修正。

現状のEBMにはフィードバック項目はほとんどない。
私が目指すのはもう一段階進んだEBMで、
複雑な条件分岐付きの治療です。
内視鏡ファイリングを自分で開発してみてこの膨大な情報をどう活用しようか、
と10年以上考えていますが答えは見つかりません。
少なくともMinimalでStandardなTerminologyでは表現できない世界がある。
エコーなどもっと複雑なのです。

ひとつ考えられるのは、内視鏡の展開図です。
コンピューターで3次元を2次元におそらくマッピングが出来る。
3D-CT、バーチャル内視鏡ではすでにポピュラーな方法ですが、
これを応用すると内視鏡の精度は飛躍的に高められる可能性はある、と考えています。

2013/09/16

構造計算

建物には「構造計算」というものがあります。これを人体に応用してみたい。
本当はパシフィック・リムのイェーガーの計算書を手に入れたいところですが、
デルトロ監督とは友人ではないのでしょうがない。

建物にかかる力としては、
1)固定荷重:これは体重に相当します。
2)積載荷重:体重以外の重量、服や荷物の重さに相当します。
3)積雪荷重:髪の毛の重さみたいなもんですが、私の場合考えなくて良いでしょう。ドラァグクイーンなら計算に入れます。
4)風荷重:人間ならほとんど考えなくて良いでしょう。ボルトのように風と戦う人間ならば別です。
5)地震荷重:ダンサーならば必須項目。
6)その他:土圧や水圧は今回は考えぬこととします。
が考えられます。

しかし人間やイェーガーが建物と違うのは動くことで、
7)動作の速度、慣性モーメント
がさらに加わります。車やクレーン車の強度計算を参考にしたほうが良かったかもしれない。

自分で車検を取るときにはこの強度・剛性測定をしなければならない場合があるので知っていても損ではないかもしれません。(→リンク)車体各部を実際に動かして、その時に生じるわずかなひずみを測定するのです。各部にかかる応力や、その部位の強度がわかります。

さて、同じ質量の短い棒と長い棒とを用意して、それを倒した時の事を考えます。するとその慣性モーメントは長さの二乗に比例します。家の構造計算でも、運動が加わった場合でも、長さや高さは大きな要素で、その長さが長いほど大きな強度や剛性が必要です。人間の場合にも同様で170cm以上の人の方が骨折が起きやすいという論文があるのです。(169cm以上の人の大腿骨頸部骨折のリスクは159cm以下の人の3.16倍 Epidemiology 11, 2: 214-219, 2000)ちなみに成人後に10kg以上の体重増加のある人々は逆のオッズ(0.35)であったとのことでこれも興味を引きました。

さて、骨の強度と剛性はなにで決まるかと考えますと当然骨量だけで決まるものではありません。骨の解剖を考えますと間質の蛋白質とその結びつきの強度も大変に重要です。そして構造そのもの(ハニカム構造であったりしますが)の破たんの有無、中心部と周辺部の密度の差なども関与するでしょう。それを測定するのは骨だけでなく、窒素の密度であったり、そしてもっとも重要なのが実際の剛性の測定です。ある程度の力を加えたときの形態のほんの僅かの変化を測定することでその骨の真の強さが測定できます。

体重の変化も、遺伝も、身長も、体重も測定せずに、誤差の大きな方法(骨密度、と呼ばれるものです)とわずかの血液検査で大雑把に将来を予測するのは構いませんが、それではイェーガーはいつまでたっても建造できないのではありませんか。

骨の中には重力加速度計が存在し、加速度を明確にキャッチし造骨の命令を出します。そのセンサーに明確な指令を与えるための運動療法を処方せねばなりません。また必要なアミノ酸があり、ライフスタイルを把握しつつ適宜指導をせねばなりません。カルシウムの過剰な投与は動脈硬化を促進し有害であることはすでにわかっているので安易なサプリメント服用には警鐘をならす必要があります。患者の身長や体重の変化は重要です。建物は鉄骨だけで作られるものではありません。その他の構造物、筋肉や腱、あるいは運動を命令する小脳、それぞれへ総合的なアプローチをするのが骨折を予防する臨床の未来の姿であろうと考えております。

骨量に注目しすぎるのはその未来を曇らせるから嫌なのです。
海外では木でできた美しい高層建築があり、世界最古の木造高層建築、五重塔が存在する日本にはない。そういう状況になるのが嫌なのです。

2013/09/13

ふらつく (dizziness)

「ふらつく」には "vertigo" と "dizziness" とがあり、今回は "dizziness" について。

dizziness は脳内のジャイロセンサーのうち上下方向の加速度を検出するセンサーが実際とは違った信号を送ることにより感ずる違和感の事だと理解している。エレベーターで感ずる感覚に似たようなものだ。

それに最も影響をあたえるのは血圧の変化(微分)であると理解する。

数秒以内の血圧の変化に影響を与えるのは末梢血管の収縮であって、心拍出量の変化よりも変化のスピードが速い。

起立性低血圧として診断されるには臥位から座位にして10mmHg以上の血圧低下、とされるわけだけれど、病的な範疇には入らないのだけれど姿勢の変化に応じて血圧が変化しやすい人々がdizzinessを訴えやすい、という事に決めている。

そしてその変化に与えるパラメーターとして大きいのが筋肉量の低下であると考えている。

特に足の筋肉のポンプ作用は重要であると考えており、足がやせてしまったような人はdizzinessを多く訴える。

ハイヒールを履くと筋肉は緊張するわけだから血圧が安定しやすく、女性がヒールの高い靴を履いてきた、というのはそういった実用的な意味もあるのではないか、と思ったりもする。

むろん、血管の柔軟性の欠如は血圧の微分を大きくしやすくそれもdizzinessの原因にはなるだろうが、それは不可逆的な変化であってそれを議論しても何も生み出さない。「だからこの健康食品を」という事になるのだが、効かないし、それを言うのは「お金を儲けたい人々」に任せることとする。

ところでdizzinessを訴える人には、足を太くするように指導する。

女子高生の時の自分の足を思い出すともっとパンパンに張っていた人がほとんどであるはずだ。足の腱膜はかなり固い組織である。高校時代に作られたその腱膜はストッキングのように足の表面を覆っているけれど、筋肉が落ちたときに柔軟に収縮してくれるわけでは残念ながらないようだ。したがって足の筋肉が落ちてくると筋肉を支える腱膜が余った状態になってその隙間に水がたまったりしやすくなるし、血液の還流が悪いので血圧も変動しやすくなる、と説明している。そこに元のように筋肉を形成してやればむくみも取れるし、ポンプ作用で血液が還流してくるから血圧が安定するのでdizzinessを感じにくくなるだろう。ある程度ヒールの高い靴も効果はあるだろう、と説明する。

具体的には膝のお皿の10cm上の周囲径を測定しておいて、それが増加するようにスクワットやランジの指導をする。プロテインが必要になる場合もある。回数は人それぞれだが、負荷は与えねばならぬ。森光子さん最強説をとなえている。

足だけでなく全身の筋肉があったほうが当然良い。

こうした指導を整形外科の先生方が本気でなさった場合には我々内科は抗ずるすべがなく、仕事の大部分をとられてしまうだろう。

2013/09/07

結果の時代

私が大学院時代に教わった手法ですが、コンピューターへの結果の入力方法について。

同じ結果を2名に入力させる。
結果が一致すればOK、不一致ならば差し戻す。

臨床研究には多額の研究費用がかかるという事でしたが、こういう手間がかかるならしょうがあるまいと納得していたのです。が、実際にはそういう場面に出くわしたことはまだない。

ところでそれではいけないわけで、人為的なミスが起きぬような方法を考えねばならない。各種モニターからの入力もすべて自動で行われるべき、という立場です。内視鏡におけるモニター類もすべてセンターコンソールに集中して画像とともに記録されるべき、と主張してきましたが全く無視されて現在に至ります。自分で開発できるのですが面倒ですし、しませんでした。

主観的な検査についてはMinimal Standard Terminologyで記述法が定義されていることが多いのですが、これがなかなか難物です。同じものの表現方法が何通りもある。

電子カルテは岐路に立たされています。オーダリング情報はしっかりと統一されている、しかし結果についてはわざとうやむやに記述されていた。これは色々な思惑があっての事だと理解します。しかしそれではいけない、という機運が出てきている。これは正常な事です。

以前、インシデントは自動に記述されるべき、と主張しましたが医療のアウトカムについても同様に自動で記述されるべき、と考える立場です。その代わり結果については一定の免責も規定されるべき、と思います。

未来学者のアルビン・トフラーが無用知識という概念を提唱していると坂井さんのブログで知りました。現代の法律はコンピューターが自然言語解析を用いて精査し、矛盾を指摘したり出来る時代にすでになっているかもしれない、などと思いました。法律の一部も一種、無用知識化している印象があるのです。

医療の記録は無用知識が最も多くなるだろう分野ですが、その中から矛盾を発見したり、法則性を発見するのはもはや人間ではなくてコンピューターなのかもしれないと思います。