2019/04/23

理解と選択

村上春樹さんの評論文で、「良い小説」の定義として「読者に選択を任せられるのが良い小説」という表現を用いていたように思う。

物事は、並び替えをすることで、意味が変わってくる。そういう事も言っていたように思う。うろ覚えだけれど。そういう経験は誰にでもあるのではないか。

詳細な描写の積み重ねをしていくと、読者は自分の心地よい順番にその優先順位を並べ替えていき、結果として「物語と同化していく」という事が起きるのだと理解する。しばしば村上春樹さんの小説には断定的ではない表現が出てくるけれどもそれが効果的なのだろう。

外来の作法も小説と同じく、証拠を積み重ね、それらを患者が理解し治療法を選択するのが理想だ。

「薬は嫌いだ」と言う人々は、「理解と選択」をしてこなかった人たちだと直感的に思う。「薬をくれくれ」という人々も同じく「理解と選択」をしてこなかったという点では同じだけれど、「薬は嫌い」な人たちのほうが、損をすることが多い。

そういう彼らには苦い過去や、理解や選択が許されない環境があって、それらを急に変えようとは思わないけれど、損するのは患者なので普段の外来で介入できないかと思っている点の一つではある。

よく言われる「動機付け」というものである。

小説を読むのが好きだ、という人は外来で医師と上手に会話が出来るのだろうか。特に村上春樹ファンは、自己決定にすぐれた人々なのか。良く分からないのであるけれど、本を読む、はいろいろな物事を解決してくれるので、悩んでいる人には勧めています。本を読んで自分なりに解釈することは立派な「選択」のトレーニングだから。

さて「適切な動機で病気を治療する、症状を取るように努力する」は患者がとるべき行動としての第一段階だと思う。その上には「自分で考えて、応用していく」があり、さらにその上には「突発的な事態に対処する」がある。

第一段階の手前で止まっているのはとても損で。

「薬は嫌」っていう考えが「あれ?そうでもないかな?」って思うような体験をするのには、胃腸の薬というのは比較的適切ではあって、いつも苦労しながら患者さんに良い体験をしてもらえるよう頭をぐるぐると回転させております。

2019/04/17

産後うつ、貧血だとリスク6割増

2017年、成育医療センターよりリリースがありまして、https://www.ncchd.go.jp/press/2017/maternal-deaths.html
妊産褥婦の自殺にかかる状況および社会的背景の調査を開始
その成果の一つではないか、と思う結果が報告されました。

産後うつ、貧血だとリスク6割増
https://mainichi.jp/articles/20190416/k00/00m/040/146000c
毎日新聞から報道された報告のソースは成育医療研究センターからのプレスリリースに見つからないので、確認中ではあるのですが、産後うつの予防は大きな問題です。

個人的な事ですが、10年前の外来では鉄過剰の女性が多く、自分はむしろ鉄キレートに興味を持っていたのですが、その後鉄欠乏の女性を診ることが増えてきています。

最初にフェリチン(鉄欠乏の重要な指標)に興味を持ったのは2005年ごろの話です。勤務していたがん研病院でドックを受ける人のうち、とある高級人間ドック経由で来院されるみなさんが全員「腫瘍マーカーとして」フェリチンを検査されていました。「意味ないじゃん」が最初の印象でしたが、その後フェリチンを意味を調べ、IRHIOという概念がいろいろな病気を説明できる事に納得し、その頃から当院患者さんでのフェリチン追跡を開始しています。NASHという病気では特に大切です。

2005年以後、主に鉄過剰を目的にフェリチンをチェックしていました。むろんMCVが90以下なら鉄欠乏を考えてフェリチンを見、自分は鉄欠乏を見逃してはいないと自信を持っていました。その認識が変化したのは2010年に書いた「咽頭違和感」のブログ記事に「私は鉄欠乏で、鉄欠乏が治ったらのどの違和感も治った」とコメントがあった事でした。
http://blog.ukawaiin.com/2010/05/blog-post_09.html
自分は最初から鉄欠乏を見逃さない、という自信はありましたけれど、諸症状が鉄欠乏の改善で治るという認識を持ったほうがむしろ良い、と変化したのはコメントをもらった2014年からのことです。コメントをくださった匿名さまありがとうございます。つまり鉄欠乏はのどの違和感含め、あらゆる神経系の異常に関与するだろうことを理解したわけです。発達障害を診る小児科の友人が鉄欠乏の事を口にしていたのも同じ時期だと思います。

自分の認識が変化するとともに、患者さんの疾患傾向が変化してくるのは当然の事かもしれません。

さて、国立成育医療研究センターのチーム(小川浩平医師(産科)など)が産後にうつを発症するリスクが、貧血がない女性と比べ、貧血がある女性は約6割も増えるとする報告をしたという話題に戻りましょう。毎日新聞の書く、貧血になると全身の倦怠(けんたい)感や疲れが取れにくくなり、気力が低下するため、という説明は何をあらわすのでしょうか。鉄欠乏が神経系の異常を来した、だけではない情報があるのかもしれません。鉄欠乏では細胞膜が不安定になり、興奮しやすくなるような印象を持ちます。後に書きましたが、急激に進行した貧血である、という事も何か意味を持つ可能性がある。

チームの最終目標は産後うつの発症を減らし、妊産婦死亡で最も重要な原因である自殺を抑制することです。

実際のデータをみます。
2011~13年にセンター内で出産した女性977人(平均36歳)が対象。
貧血は妊娠中期で19.8%、後期で44.5%となり、産後1ヶ月でも44.2%でした。
産後うつは20.1%に発症し、10-20%とされる従来の報告の上限程度。これはハイリスク妊娠が多い同センターならではかもしれません。
興味深いのは妊娠後期の貧血と、産後1ヶ月の貧血とは、中の人が違うらしいことです。
産後に貧血が重症だと、うつを発症するリスクは1・92倍。軽症でも1・61倍、全体では1.63倍でした。ところが妊娠の中・後期では貧血と産後うつとの関係は分からなかったというのです。

妊娠後期はそれほどではなく、産後に貧血となった人々の中にうつ病の人が多いときにその結果の説明がつくのですが本当でしょうか。産後に貧血になるとはどういう事か。あるいは産後に貧血が改善しない人々にもうつ病が多いのか。出血が多くて止まりにくかった人かもしれません。合併症がおきたのかもしれません。フェリチンがもともと低い。増血剤などの治療に反応しにくかった。あるいは鉄以外の栄養素の欠乏も生じた。大きな侵襲が起きて急に貧血になることが心理的な影響を及ぼしたか。いろいろな事を考えますが、良くある異常だからと経過観察されることがある貧血にも、目を離してはいけない、そういう状態がある、という認識が必要であると思います。

一方、米FDA(食品医薬品局)が2019年3月19日、世界初となる産後うつのための薬を承認しています。
疾病管理予防センターは米国で9人に1人の産婦が産後うつを発症しているとしていますが、今回承認されたブレキサノロン(Brexanolone)は、ザルレソ(Zulresso)という商品名で販売されます。注射剤で60時間にわたって持続的に投与します。2日以内に効果が見られるといい、費用は約2万ドル。ブレキサノロンはγ-アミノ酪酸タイプA(GABAA)受容体の正のアロステリックモジュレーターです。

米国は産後すぐに退院なのですが、新しい治療が導入されたことで目を離さないケアが可能になるだろうという点で光明が見えましたし、論文を検索すると、GABAA受容体と鉄とは大いに関係がありそうなんですね。(鉄が不足するとGABAA受容体の活性が落ちる的な)ちなみにGABAA受容体を刺激するのはブレキサノロンだけでなく、抗不安薬であるベンゾジアゼピンもそうです。なぜベンゾジアゼピンはだめなのに、ブレキサノロンはOKなのかは今後勉強したいと思います。