2015/11/23

このメンタルコーチと内科医のやり方は似ている。

読売新聞に出ていたW杯ラグビー日本代表メンタルコーチ荒木香織氏のインタビューを読むとその方法論のひとつが内科医の方法論と似ていたのでメモ。

インタビュー記事

一つとして同じ事例はないのだろうと思うが、立川理道選手への具体例を見ると、ともかく話してみて一緒に考えていくという点では似ている。

問題が生じている場合に、
その問題のきっかけになっているものがないかどうかをリストアップ。
とことんリストアップ。(問題の切り分け)
さらにリストアップされたきっかけがどのように生じたかを考える。
さらにそれにどう対処するかを考える。
ひとつひとつ問題点をつぶしておいて、納得できたところで終了。
うまくいかなければフィードバック。

占いだとか、スピリチュアルだとか、洗脳だとか、そういうものと違うのは、
納得の段階へのショートカットをするために、相談を受けた側が「決めつけ」「誘導」をしない事だろう。内科の理想も同じだ。

おそらく荒木氏が優秀であると認められている理由は、相談をする選手への「ヒント」が適切であるのだろう。ここだけは知識や経験、そして才能の違いの見せ所である。




私の具体例を一つ挙げる。

「先生、ガスが出てガスが出てしょうがないんです」
「どうしてガスが出るのかご自分で検討はつけていますか?」
「わかりません」
「ガスの原因は口から入った物質と腸内にあります。変化のきっかけはないですか?考えてほしいのですが」
「うーん、一か月ぐらい前からなんですが」
「便はどうでしょうか」
「かわりません」
「ほんとう?」
「はい」
「サプリメントやお薬は?」
「いいえ」
「風邪も引いていませんか?」
「いいえ」
「海外旅行は?」
「いいえ」
(このプロセスは、失敗している。患者が考えるモードに入っていない。医療はたいていそうなのでそこからどう巻き返すかだ。わからない人のほうがまだ良く、ニュートラルな状態だといえる。自分で決めつけている患者にはこの方法は使えない)

ガスが出る病気としてもっとも多いのが便秘であけれど、大抵は患者が最初にそれを否定するところから始まることが多い。次は異常な腸内細菌増殖症であってこれもまた原因が特定できる場合が多い。ところが本人は何もないという。突破口がないだろうか。

巻き返しましょう。
ここで終わってしまうと何も解決できないから次に診察をする。

診察では腸音が強くないこと、ガスは確かに多い事、特に臍(へそ)周囲に多い事がわかった。
ちなみに検査の結果は何も持参せず、お薬手帳も持ってこないというハンディ付きである。

問題の切り分けをしなければならない。ガスが小腸にあるかどうかがポイントである。
エコーよりは腹部単純撮影が良いだろうと判断した。

「小腸ガスはなく、横行結腸にガスが非常に多いという結果となりました」
「はい」
「ところで骨盤内にはガスがありません」
「はい」
「これが意味するところですが、あなたが毎日排便しているつもりでも、100%出せていなかったらどうなるだろうか、と仮説を立ててみます。少量ずつ、少量ずつたまり、今ではずいぶんと大量の便が横行結腸にあるように見えるのです」
「はい」
「この状況では通常と比較するとガスを産生する細菌量は桁違いですから症状が説明できます」
「はい」
「こうなった原因はしかしわからないのです」
「……」
「なにか思い出しましたか?」
「……一か月前から出張が連続したのは関係あるんでしょうね」
「なるほど、矛盾なく説明できますね」

ここでようやく患者本人からこの1ヶ月出張が多いことを聞き出すことが出来た。
排便が完全でない状態が続いたことは、今回の症状をよく説明が出来る。

内科診療では、患者とのコミュニケーションを通して問題点を抽出し、患者自身によく考えてもらう、という事を行うことが多い。
それをショートカット出来るのは診察なり検査だったりするわけだけれど、そこに「思い込み」というバイアスをかけぬことを目指すべきだ。とても難しい事だけれど。

2015/11/07

クイズ:この差はなんでしょう

問題を作る、という作業は自分が何に興味を持っているかがわかるので嫌な作業です。




この一連の写真を見て、みなさんは腺腫だとすぐにわかると思います。


さて一年後に一瞬見えなくなっていて焦りました。手前の隆起は違うでしょうねえ。


ほらこういう時はNBIで見ると一瞬でわかる。違います。


ああ、ありました。これものすごく難しいですね。PHOTOという字のTをずっと上にたどっていって画面の中ほどにある発赤が怪しいなーと思って近づいていきます。
このように除菌をしてしまうと、少し形態が変化するのは知っておくべきです。周囲の色が少し白くなり相対的に正色調~やや赤に見えている可能性はあると思います。増加した胃酸や蠕動の影響もあるかもしれません。


NBIでは明らかになりますね。このように近接でNBIを上手に使っていくと驚くほどたくさんの腺腫が見つかりますが、そんなに面白くもないので自動診断時代を待っていてください。


もう目が慣れたからわかりますね。


もしかしたらcarcinomaが入っているかも、と思って生検しましたが腺腫と診断されました。

除菌前後では見えていたものが少し見難くなることがありますが、案外NBIが助けてくれます。
エコーでは脂肪肝の中から血管腫を見つけることが目のトレーニングになりますし、内視鏡では普段このような事に気をつける事が目のトレーニングになります。

結局クイズにはなりませんでした。

2015/11/04

ACG2015いろいろ

世界中で色々な学会が行われていますが、学会と言うのは枝葉末節の中にアイディアの萌芽があるもので、主流の発表は誰でも見るから面白くはないと感じます。しかし昨今の学会はポスター発表がデジタルと称されるものになり、数少ないモニターで限定された時間に発表されるのですべてをチェックするのは無理で(抄録と実際とはかなり違うのに)ますますつまらないものになりました。

とはいえとりあえずニュースサイトでもチェックしておくか、ということで
ACG2015(アメリカ消化器病学会とでも訳すべきか)の内容が紹介されていましたのでご紹介。

バレット食道がんのリスク

Mayo Clinicからバレット食道の生検でlow-grade dysplasiaがあると、ない人より8倍バレット癌発症のリスクが高いとの発表があったようです。
LSBEの生検はジャンボバイオプシー鉗子で4方向2cm毎だったと思います。最低8か所は生検するんでしょう。
1)すごい(真似できない)
すごく出血するんでしょうけれど、それが止まるまで待つという根性
2)くやしい(コスト的に日本じゃ無理)
8か所16か所の生検のコスト、30分以上かかるだろう検査のコストは2万円ぐらいじゃ賄えないです。
3)戦略がちゃんとあるなあ
それでdysplasiaが見つかったらラジオ波焼灼するという流れです。アメリカでは良い成績のラジオ波ですがヨーロッパではそうでもない、という点で検証は必要ですけれども診断して終わりじゃないところが偉い。

糞便移植に関する初めての二重盲検試験

ブロンクスとロードアイランドでの糞便移植の二重盲検トライアルが行われ、ブロンクスでは無効、ロードアイランドでは有効との結果が出ています。
糞便移植は難治性のC.difficile感染症に対して劇的な効果があるとの評判ですが、ブロンクス症例は経過が長いせいで治癒に至ることが出来なかったのではないかと考察されています。泥沼にはまる前に、より早期に移植したほうが良いのではと述べられています。

EMR(電子的医療データ)の活用:従来より高いハザード比に

電子カルテデータを解析した研究です。 The Humedica Electronic Medical Record SmartFile database の解析によると、便秘で来院した患者さんからは、虚血性腸炎、憩室炎、大腸がん、他の胃腸のがんが今まで言われているよりもはるかに高いハザード比であった(5-7倍)という事でした。
憩室炎も虚血性腸炎も便秘の患者からしか発生しないって感じはありますけれど、こういうデータが出てくるのは良い事じゃないか、と思います。

はじめての大腸内視鏡検査は大切

社会的な実験も発表されています。
「はじめてのおつかい」ならぬ、「はじめての大腸内視鏡」というテーマで低所得者にフォーカスして大腸内視鏡を行った研究では、98%の患者さんがきちんと来院して検査を受けた。ほぼ全員人生最初の検査です。男女とも6割の患者に大腸ポリープがあり、男性では4割、女性では3割に腺腫があった。(従来は男性4割、女性2割だと思うのでそれより確率が高い)
便潜血で介入していってもせいぜい4割程度しかきちんと受診してくれない事を考えるとこうした介入も意義がある事です。
大腸内視鏡検査は一回受けると「また受けたい」と言う確率が高い検査だけれど、最初の一回目がもっとも重要なので、人生最初の検査を60歳ぐらいまでに済ませておいてほしいと切に思います。

まだまだあるんですけれど、こちらからは以上です。