<受診の心構え>どういう情報が必要か
<予防・拡散を阻止する話>
<治療の話>
<落とし穴>
<もう一つの落とし穴>感染後過敏性腸症候群
<セルフケアに関するTips>
<医者として困ること>院内に病気を持ち込む人々
<本当は改善したいこと>急性期疾患の予約診療
一般的な胃腸炎の薀蓄を読んでおきたい方はこのままお進みください。(私のブログは基本的には外来でお話しする薀蓄をメモする場所です)
ノロウイルスは胃腸炎を起こす有名なウイルスです。そんな有名だったかなあ。
ノロウイルスが命名されたのは2002年だそうですから、私が医者になったのが1990年ごろなので知っているわけがないのです。小型球形ウイルスと呼んでいました。こいつの(名前の)広がり方と言ったら、すごいですね。席巻してる、という表現がぴったりです。ロタウイルスもたじたじです。
ただロタウイルスの症状の激しさ(私は小児科ではないので実際には診断したことがない)からすれば、ずっとましです。他に腸管アデノウイルスが胃腸炎を起こすウイルスとして知られています。
<もともと鵜川医院に嘔吐下痢でかかる方は少ない>
嘔吐・下痢で医院を受診する患者さんは当院では少ないのですが、その理由はわかっています。
1) 混んでいてすぐに対応することが困難であることを大抵の患者さんがわかって避けてくださっている。(すみません)
2) 遠くから受診した方を叱る。主に脱水の補正が必要なのに片道1時間以上かけて来ることのバカバカしさについて患者さんをたしなめる。他の件についても、当院は遠方からの患者さんを歓迎していません。
3) 本当に必要でない限り、頼んでも点滴をしてくれないという事を患者さんがわかっている。
4) 嘔吐・下痢は脱水がひどくなければ、自宅でなんとかなる事を普段教育している。(経口補水塩の作り方を教えてある)
5) たまたま当院で出している薬が予防・治療になっている。(胃腸科ですから)
6) 細菌性を考えたときに培養はするけれど、ウイルスに関しては検査をしない。(電話で「ノロウイルスは調べてくれるんですか?」という問い合わせがすごく多いので「検査キットは持っていません」と答えています。)
ノロかどうか確かめてもらいなさい、というトンデモ上司がいる会社がかなりあります。(会社としての方針ではなく個人の判断なのだろうと思いたい)不必要な受診が増えるだけですからやめてください。
小児科では1)包括医療である場合が多い、2)集団発生しやすいなどの理由でノロウイルスの迅速検査をする場合があると思います。
臨床的にはノロウイルスはそれ自身が致死的ではないので脱水を防ぐことが主な治療であり、むしろ拡散させない事が重要で、そのため来院しなくて済むならばその方が良い、と考えて普段指導を行っています。来院時にはむしろノロではない場合の方が重症化することが多いので気を付けています。
嘔吐・下痢で受診した際に、必要なのは細菌性なのか、ウイルス性なのか、それ以外(毒など)なのかを鑑別しなければなりません。従って、
1) 48時間以内に食べた物、飲んだ物すべて
2) 発熱の有無
3) 下痢の回数と性状、血便の有無
4) 血尿の有無
5) 腹痛の場所、程度、推移
くらいの情報は最初から用意していらっしゃらないといけません。
当院で診断した中には「シガテラ毒」なんていうのもあります。これを診断できたのは患者さんからの情報が緻密だったからというのが理由です。明らかに神経毒だろうと思われる下痢を大病院に紹介しても「アレルギー」とか診断されてしまうぐらい、こういう毒の診断は難しいのです。
患者さんから話したいのは、
1) こんなことはじめてです
2) みんな同じ物食べてるのに私だけ
という事らしいです。同情はいたしますが、情報の優先順位としては低いのでおっしゃるのは最後のほうで結構です。
ノロウイルスは食品にも普通に付着しているので、食べたものから推測するのはなかなか困難なのですけれども、少なくとも細菌性下痢を除外しなくちゃいけないから食べ物を聞いているわけです。
<予防・拡散を阻止する話>
診断はともかく、少ない量のウイルスや細菌ならば胃酸で無効化されるんじゃないかと思っています。特にノロウイルスは塩素系の消毒薬に弱いわけですから。それは余談として、子供さんの吐物の処理などをしているときにお母さんが容易に感染してしまい、お気の毒です。当方も無防備に吐物の処理をしますと、さすがに感染します。塩素系の漂白剤を染みこませた雑巾で、手袋を着用して、マスクをして処理なさるとよろしいのではないでしょうか。あとはドアノブや水栓なども同じように拭いたほうがよろしいでしょう。インフルエンザと異なりアルコール消毒が無効なので、石鹸できちんと手を洗わねばなりません。レストランなどでおしぼりが出てきますが、あれはどうなんでしょうか。何の意味もないように思います。手洗いで石鹸で手を洗っても自動水栓でもない、ドアも自動ではない、逆に危険な気がします。塩素系ではクレベリン(空間除菌、はうそですからだまされないようにしてください。あくまで塗った時に効く)という消毒薬が有名ですが、気になる方は手に入れておくと良いのでしょう。私は強酸性水でよく手を消毒しています。指で鼻や髪の毛をいじるのも良くない習慣です。少なくとも医療従事者は首から上を触るな、触ったら手を消毒しろと教育されてるはずですが、守っているでしょうか。
また、抗体はできにくいらしいので、「なったから大丈夫」などとは思わないことです。
スチームアイロンでじゅうたんなどを熱するのは非常に頭の良い方法ですね。
(ノロウイルスの経鼻ワクチンは治験中らしいです。2012年1月追記)
<治療の話>
予防の話はこのぐらいにして、ウイルス性の胃腸炎の基本は脱水の補正ですからそこらへんに情報は沢山転がっているはずです。
下痢が酷い場合にはナトリウム・カリウムが喪失し、嘔吐が酷い場合にはナトリウムの喪失が多くなり、失われた電解質と水分を口から入れるか点滴で入れるかを選択するのですが、私は前者を選ぶことがほとんどです。五苓散を使うのはエポックメイキングな出来事で、それらを駆使して診療を行っていた小児科の先生方を尊敬します。制吐剤としてドンペリドンなどがたいして効果が無い事は多くの臨床経験からわかっており、むしろ五苓散の方がすっきりと効く。もちろんこの辺りは色々な技がそれぞれの医師にあるのです。
ショックに陥るほどの脱水があればもちろん入院という事になります。
自宅で出来ることとしては経口補水塩を嘔吐しない程度(1回100cc以下)に飲んでおく、という事でしょう。五苓散は処方薬ではないから自宅に常備してあっても良い。私も市販の五苓散を2袋ぐらい自宅の救急箱に入れてあります。嘔吐が酷いときには白湯に溶かして飲むのです。
他院受診をしたが痛みが取れないという相談が結構あります。歩くと響くとか、押すと非常に痛いという場合には警戒すべき痛みですが、腹膜炎ではなくても腸が腫れて痛い場合も多い。そういう胃腸炎の痛みはお医者さんが出してくれる抗コリン薬(ブスコパン)では治らずなかなか頑固です。私は抗コリン薬は使わずに(抗コリン薬はむしろ制吐剤として使ったりする)、粘膜保護系の投薬をすることが多いのですけれど。それに制吐作用も期待してマイナートランキライザーを加えたりです。発熱は一日で落ち着くので、よほど脱水がひどい場合以外は熱は下げなくて良いと考えています。しかし痛みを止める効果も期待してアセトアミノフェンを使う場合もあります。
ウイルス性の場合勝手に治るといえば治る病気なので、治療の基本は整腸剤でよろしいと思います。
<落とし穴>
性病でもあるアメーバ赤痢、コレラ、キャンピロバクター腸炎、エルシニア腸炎、憩室炎、急性ヘリコバクター感染症などとの除外が難しい場合があります。経過がおかしい、4-5日で治ってくれない、という場合にはもう一度同じ先生に相談すべきでしょう。私自身は鑑別が難しいときにエコーを行います。慣れていればかなり精度良く鑑別することが出来ますが、一般的とは言えない方法です。
<もう一つの落とし穴>
感染性胃腸炎をきっかけにして過敏性腸症候群を発症してしまう場合や、後述しますが抗生物質を処方されたために抗生物質起因性腸炎を併発する場合があります。抗生物質の投与は可能な限り避けています。
<セルフケアに関するTips>
○整腸剤。
他院から流れてくる患者さんで圧倒的に多いのが、1)抗生物質を処方して整腸剤を処方しなかったために、胃腸炎は治ったのに以後ずっと下痢。2)細菌性胃腸炎だったらしく症状が増悪した。のふたつです。1)と2)の差は痛みの有無なので比較的簡単かもしれません。下痢が何日か続いたら腸内細菌は激減しますから補給せねばならないのです。割と基本だと思うのですが、処方されていないケースもちらほら。患者さんには「風邪引いたらヤクルト」と指導しますけど、他の医者から整腸剤を処方されなくてもなんとかなるだろうと思って言っているわけです。
○重症化を見逃さない。
発熱が持続する場合、下血、血尿、強い腹痛の持続があるときにはノロウイルスではないと思いますから、これは医者の出番だろうと思いますからすぐに病院へ。
○脱水を起こさないように。
水分のとり方については過去に書いたと思います。
○人それぞれのTipsがある。
あなたの体質にあわせて、こういう場合の対処法(医者を必要としない)を教える事こそが医者の真骨頂だとは思っています。知らない人には指導は出来ませんけれども。
<医者として困ること>
明らかに海外で感染してきたのに、検疫で申請しないで医者に飛び込んでくるのはルール違反です。赤痢やコレラなどを院内で撒き散らされたらかないません。必ずまず電話であちこちに相談することです。少なくとも飛び込み受診はお断りします。
<本当は改善したいこと>
私の準備は出来ているので、あとはみなさんのITリテラシーが上がるのを待つばかりです。
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