2010/03/27

インシデント(incident)

若者、特に医学生の方々は「インシデント」というと悪い印象を持つかも知れません。

インシデントは、偶発、とか偶然、とかいう意味です。医療の世界でインシデントというと普通は不幸にしておきてしまった偶然の失敗、というような意味です。
いい例を思いつきませんが、お薬を間違えて使いそうになりました、という事例が起きた時、病院では「インシデントレポート」なるものを書かねばなりません。企業でいう「始末書」の事です。したがって「インシデント」という言葉には良い印象がないかもしれません。

私にとっては、しかし、インシデントは良い意味です。当院はインシデントに頼っていると言っても過言ではありません。

incidentalomaという言葉があります。「偶発腫瘍」と訳されます。あまり良い翻訳ではありませんが、腹部CT検査を行った時に偶然に見つかる副腎の腫瘍などがこう呼ばれます。多くは無症状で、発見が難しい腫瘍です。CTの普及と同時に発見が多くなったのです。

当院ではCTのかわりがエコーであったり内視鏡であったり血液検査であったりします。

例えば患者さんが3人居たとして、それぞれ検査の適応は違います。例えばある患者さんは胆嚢ポリープの経過観察を行いたい。ある患者さんは原因不明の高血圧の精査のために腎臓・副腎・血管・甲状腺を見たい。ある患者さんは胆管拡張の精査をしたい。しかし、行う検査はすべて超音波検査です。

超音波検査は時々まったく主観的であるという性質があるものの、様々な異常所見だけでなく、正常所見であっても実に多くの情報を収集出来ます。例えば最初に剣状突起から正中に沿ってプローブを当てた一瞬に、脂肪のつき方がどうなのか、腹直筋はどうか、剣状突起の石灰化の具合、肝臓の表面、大きさ、内部のエコー、周囲のリンパ節、その下にある食道、そして胃、粘膜の厚さ、あれ具合、その動き、そして膵臓、その実質、膵管、その下の腹腔動脈、上腸間膜動脈、大動脈、その所見、その下の骨、呼吸の具合、心臓の動き具合、場合によっては心臓の異常まで、まだ検査をはじめて5秒かそこいらで大量の情報が我々医師の眼球から脳に流入してくるのです。したがって、偶発的に様々な所見を見つけるチャンスがあまりにも大きい。内視鏡もエコーほどではないが、やはり心臓を含めた大量の情報があります。そこから様々な所見を見いだすことが当院の診療の基本になっていることは認めざるを得ないのです。

偶然のこうした出会いが大切で、検査を行うときに注意をはらい、どんな適応であっても常に同じ検査をするべきだと考えます。

つまり、「特にここを見て欲しい」という患者さんの要望に対しては、「はい、わかりました」と申し上げつつ、「いつもと同じ検査」を心がけております。むろん未熟ですからどうしてもそこに目は行ってしまうかもしれません。

ところで「適応」という言葉がとても重要です。
私が検査を行うときに、その「適応」(検査の理由)がつまり私のモチベーションとなります。どれだけこの検査が患者さんにとって重要か、を考えたときに集中力が高まるわけです。

「検診」と言うのは検査の適応がないときの言葉です。

当院で行う内視鏡やエコーは決して検診ではないということをご理解ください。
もしも検診目的である場合、私が行う内視鏡やエコーの正当な代価はこれくらいです、とお話しますとたいていの方は「では結構です」と仰るでしょう。

2010/03/24

平成22年度診療報酬改定

新設項目の確認(基本診療)
25 地域医療貢献加算
26 明細書発行体制等加算

新設項目の確認(検査)
22 幼児加算(3歳~6歳)

新設項目の確認(処置)
1013 3歳以上6歳未満の幼児加算(手術)


ダイナ名称と、厚労省名称がだいぶ違うので、
印刷のあと、
ダイナ名称を厚労省名称にする。

今まで
細胞診(尿)細胞診(喀痰)
だったのが
細胞診(穿刺吸引細胞診、体腔洗浄等)
になったので、これだけは元に戻す。

検査区分の変更(これ重要)

HANP精密測定 3月31日まで区分41、4月1日から区分42
DNAポリメラーゼ 3月31日まで区分54、4月1日から区分61
内視鏡下生検法 3月31日まで区分10、4月1日から区分8

これを4月1日の診療前に付け直す事

明細書発行加算
チェックを入れる
(明細書が不要の患者は注意リストへ「明細領収書不要」と入力すること)

領収書
右側サーマル使用チェックする

あまりやることがありません。サーマルプリンタも標準になってしまいましたし。

2010/03/20

内視鏡の時の声掛けについて

私は自分自身、内視鏡の時の声掛けが上手だと思っています。

その理由がわかりました。


私は、患者さんののどが狭いときに、

「お口から息をゆっくりと吸い込んで見てください。ゆっくりと」

と言います。すると軟口蓋が上にあがって、見やすくなります。

そのあと咽頭の左側に沿って挿入し、左梨状窩に達します。

そこで患者さんに飲み込むように言ってはなりません。

内視鏡は飲み込んでしまうととても辛いのです。

ここでも私の決めゼリフがあります。

「のどにたまった唾液はそのままためておいてください」

これで患者さんは飲み込もうと出来ません。

本当にスムーズに挿入出来ます。

患者さんはいつ通ったかがわからない、とよく言います。

確かに粘膜にタッチするのはわかるらしいのですが、力がアナログ的に変化するので、

この瞬間に入った、というのが自覚できないようです。

ただ最初からものすごく力が入ってしまい、人の言うことが耳に入らず通用しない方も。

それはしょうがないので、多少手管を使います。

それでもこのふた言は大切です。

たったふた言が、内視鏡のクオリティを決めます。



看護師さんに横から、

「鼻から吸って~口から出して」

「ゴクゴクしないで」

と言われてしまうと・・・トホホです。



ちなみに声掛けの前に、

「・・・さん、」

と付け足しておくのも効果的です。

「・・・さん、お口からゆっくり息を吸って、ゆっくり」

耳元でささやくのです。

カクテルパーティー効果です。

2010/03/19

奇異性下痢

便秘なのに下痢、というおかしな病態が「奇異性下痢(paradoxical diarrhea)」です。結構多い。

子供の遺糞症[Encopresis]と症状は同じですが、お子さんの場合には社会的な問題まで含めてケアするようなのでやや異なる概念と言えそうです。

Google翻訳に頼ってみたら、なかなかの翻訳をしてくれました。


奇異性下痢

時折、慢性の便秘を持つ人々も、下痢に苦しむことができます。 場合は下痢のエピソードは何かを宿便と呼ばれるそれに伴うことができるため、便秘してください。 これは、あなたの直腸の内部を乾燥し、ハードディスクの便があるが、これは全体の閉塞の原因とされていないということです。 これは、緩やかな場合と水っぽい便の質量を乗り越えることができます。
(わからないと思うので日本語に直しました)
便秘が高じると、腸内に固い便がたまりそれが排便では出ずに宿便となることがあります。大腸で水分を吸収され乾燥したその便はかなり硬く栓となり、通常は便が漏れでるのを防いでいるのですが、やがて便(たいていは泥状)が溜まってくるととうとうその圧力がその硬い宿便のわきを通りぬけ、失禁してしまうという状態。それが奇異性下痢です。
徴候と症状
  • まず便秘、その後、下痢
  • 胃が痛む、けいれんする
  • 血液が出る
  • 少しずつ、不定期な便
  • 便失禁 - 水様性下痢漏れ
宿便は子供や高齢者など限定した人々に発生することが多いとされています。 治療は便の除去です。 これには、便を湿らせるために鉱物油(日本ではグリセリンが多い)を浣腸する必要があります。 時には、医者が手で便を取り出し、直腸から除去する必要があります。 まれに外科手術で取り除く必要があります。
いったん治療が行われた後、便秘の再発する可能性が高い場合、食生活の改善や運動をしなければなりません。 これらの改善には、食物繊維を摂ったり、日常生活に運動を取り入れることを含みます。 膨張性下剤も便秘を防ぐだけでなく、便を軟化するために使用される場合があります。


実際には上記の症状で一番疑うのは、直腸癌です。
下痢があるから下痢止めを使用する、という安易な考えはやめましょう。最初に出ない数日が必ずあったはずです。そういう時はこの奇異性下痢です。

2010/03/17

バレット癌の予防〜ラジオ波焼灼

バレット癌・・日本では馴染みのない病気です。

1)バレット癌は、胃と食道の境目に炎症が生じた結果粘膜が変化して生まれたバレット上皮由来の癌です。
2)ヨーロッパでは食道がんの半数以上を占めます。日本もヨーロッパも食道がんは1000人に1人の頻度で生じますが、日本はほとんどが扁平上皮癌です。日本で発生する食道がんはほとんどがアルコール摂取に起因します。タバコも危険因子です。
3)一方欧米では食道がんの半数はバレット癌、すなわち食道腺癌です。ピロリ菌がいないから多いのだ、というのは説明になりません。日本でもピロリ菌が居ない人は十分沢山いるのにこの差はどうしたことでしょうか。
4)発癌には特定の遺伝子の変異が必要だと言うことが最近わかっています。この変異が日本人には少ないと予測されています。以前から家族歴が重要とされていましたが、それが証明された形です。
5)食道炎の症状が強い人達は、バレット癌のリスクが高いとされています。
6)個人的な経験ではやはりアルコールとタバコは危険因子だと思います。

日本では10000人に1人というような稀な癌であるために、どのように危険因子を突き止めて、それを絞り込むのか、という研究が待たれているわけです。なにしろ、バレット上皮がある人を全員組織検査をして癌の有無を毎年検査すると、ひとりの癌を見つけるために何千万年、何億円というコストがかかり、全く割に合わないからです。

ところが、こうした努力を吹っ飛ばしてしまうインパクトの仕事が昨年発表され、医者はみな拍子抜けをしてしまいました。

それが、
「バレット上皮のラジオ波焼灼」
です。

ラジオ波焼灼は肝臓がんの治療にも使われていますが、比較的取り扱いのやさしい方法と言えます。電極からラジオ波が発生するとじんわりと組織が焼けていきますが焼け焦げて電気抵抗が大きくなりますとそれ以上は焼けないので自動的に治療が終了する、というような手軽さです。風船に放射状に取り付けた電極を、食道下部に設置してラジオ波を出すようにしますと、自動的に一定の時間をかけて上皮が壊死します。

これによって上皮で起きていた遺伝子レベルの変異がいったんすべてリセットされてしまいます!細胞異型が全くない場所からまた粘膜の再生が生じてきますから。
これにより発癌は阻止されてしまうのです。

この拍子抜けするほど簡単な手技により、バレット癌が予防出来そうだと言う論文が昨年出ましたので、これからはその検証段階と言う事になります。恐らくラジオ波では筋層にあるカプサイシン受容体も破壊してしまいます。ですからもしかしたら、逆流性食道炎の不快な症状も一切無くなるのかも知れません。

なんともコロンブスの卵のような方法ですが、やたらと名人芸を競いたがる某国に比べると、目の付けどころが違うなあと、全力で嫉妬心を覚えます。

ダイナミクスから、DICOMワークリストを管理する。


CONQUESTが動き出してしまえば、ダイナミクスからDICOMワークリストを管理するなど簡単なことです。


このフォームは、ダイナミクスが保持している患者氏名をローマ字に変換して、適当なUIDとか適当なACCESSION NUMBERを割り振るだけの機能を持っていますが、この程度で十分です。個人個人が工夫すれば良いと思います。

あとはエコーとかCRなどの機器が、このワークリストを読みにいく設定をきちんとすれば良いのです。

2010/03/16

ひとかき癌

小さな胃癌(5mm以下)を発見することは、内視鏡を行う医師にとって以下のような意味があり、こう思考します。

1) 極めて予後の良い(良く治る)胃癌を発見できたと言うことは、患者さんのメリットになる。
2) しかし治療は100%安全というわけではないので、診断を確実にする必要があり、このため組織検査を行わねばならない。
3) もともと癌組織は胃酸に対して弱いのであるが、組織検査を行ったとき小さな傷をつけるので粘膜防御機構がそこから突破されて胃酸にさらされ、消失したように見えたり、時間がたって復活したように見えたりすることがある。(眼に見えるような潰瘍と言う形態でその消失と復活を繰り返すことは悪性サイクルと呼ばれます)したがって組織検査を行うときには、小さな癌の場合、一時的に消失したように見えることを覚悟せねばならない。(5mm以上であれば見た目での診断はかなり容易であるけれど、5mm以下では拡大内視鏡を駆使しても難しい)
4) 組織検査を行う事でもともとの腫瘍が消える可能性は患者さんは理解しておくべきだし、承知もしておく必要がある。
5) その腫瘍が復活せずに、残った腫瘍もすべて胃酸やその場所に生じた炎症により溶けたり破壊されて消えてしまうことも少なくない。これは「ひと掻きで取れてしまった」という意味で「ひとかき癌」と呼ばれる。小さな癌を見つけることが多い高度な診断・治療を行う病院、医師にとっては日常茶飯事のジレンマとなっている。
6) 組織検査をする前に診断的にEMR(粘膜切除)をすれば良いではないかと言う意見に対しては、そのために生じた合併症を容認するほど日本はともかく「世界の」医療は甘くないと断言しておきます。十分なコンセントがあって日本ではそういう医療が普及しても、世界には絶対に普及はしません。

x) 一度確定診断がついたあと、EMR(ESD)を行い、それで癌組織がない時の方が取り扱いははるかに難しい。違う場所を取ったのではないかと言う疑念は常に付きまとうことになる。したがって、厳密に取った場所がわからない組織検査はそもそも意味がなくなってしまう。内視鏡の記録で粘膜の粘液はすべて洗い流せ、などとうるさく指導したり、組織を取るならば必ず遠景と近景、メルクマールを必ず記録するよう指導するのはすべてこの問題を回避したいがためである。

なぜこのような記事を書かねばならないのか。
当院にはいらっしゃいませんが、患者さんの中には
「癌があったのに、なくなった」
という事実が理解できずに
「医療ミスなのではないか」・・以下の二つの意味があります。
(最初から癌は無いのに騙しただろう)
(別の場所を取ってしまい、まだ癌が残っているのではないか)
とおっしゃる方が少なくないと聞くからです。
医療ミスというのは患者さんに肉体的不利益があった場合に使う言葉ですから、
そもそもそれは医療ミスではありません、と論破するのは簡単なのですが、
私が言いたいのはそういうことではなく、
こういう理由で癌はなくなってしまうのです、安心して下さい。
確かに消えてしまってまた出てくるのではないかと心配になるお気持ちはわかりますが、
あなたに不利益が生じることはないし、またその経過観察のための念入りな検査で、
他の場所に癌が見つかるなど患者さんに利益が生じる事の方が多い。
そもそも背景にはこんな事実がある。人間の身体と言うのは不思議なもので、癌が出来ては消えて行くことも数多い。
今回は自然に消えていく癌をたまたま見つけてしまっただけなのかも知れない。
と言うことを患者さん、またはこの記事を読む人には伝えておきたい、ということです。
心はいつも安らかにありたいものです。

さて癌ではないのですが、カルチノイドという胃では珍しい腫瘍(悪性のようにふるまうこともあり、注意が必要な腫瘍です)など、組織検査をしないと診断が出来ない上に、組織検査をするとかなりの確率で消えてしまうという医者泣かせの腫瘍なのです。私が個人的に経験したものできわめて珍しいものとして、胃のT細胞リンパ腫があります。これも消えてしまいました。

不思議な事はいつも医学とは隣り合わせにあります。
良く考えれば患者さんにとって得になる事であってもそれを
「ミスじゃないか」
と仰る背景にはよほどの医療不信があるのでしょうか。
当院ではそうしたことを仰る方の経験がなく、まことに幸せな事だと感謝しております。

2010/03/07

慢性疲労症候群とナトリウムチャンネル

疲労とナトリウムには特に注目しています。
注目する同機となったのが、シガテラ毒(Ciguatoxin)による中毒を外来で診断(実際には疑診であり確定ではない)したことです。

参考:Wikipediaによる、「シガトキシン

シガテラ毒では、ドライアイス・センセーションという特異的な症状があって、それが診断を容易にします。

水に手をつけるとまるでドライアイスのように冷たく(痛く)感じてしまう。結果としては痛くて水に手をつけることが出来ない。水で手を洗うことすら出来ないという症状です。
むろん最初は下痢・嘔吐・体のしびれなどを訴えますので他の中毒と鑑別はし辛いのですが。

大きな有機化合物である、このシガトキシンを生合成することは不可能とされていたそうです。この生合成に成功し奇跡の仕事を成し遂げたのは日本人で、平間正博先生をはじめとするグループです。(プレスリリース

シガトキシンに関してはその研究に日本人が深く関わっており、小説が二つも三つも書けそうなほど感動的なストーリーなのですが、それはきっとみなさんの目に誰かから発表されて触れることがあるでしょうから今回はそれは避け、むしろ私が気になった、シガテラ毒による中毒の症状の話をします。

それが、「だるさ」です。

実は伏線になったもうひとつの食中毒があります。
それは山菜による食中毒でしたが、非常に神経症状が当初強く、そしてだるさが何ヶ月も続いた・・・。
残念ながら専門医により「アレルギーでしょう」とお墨付きをいただいてそれ以上の検査が出来なかった事が残念ですが、今でも私はそれは神経毒であったと信じています。

そしてその症状と良く似た症例を外来で見たときに、神経毒じゃないかと思い検索、シガテラ毒に行きあたったのですから、私はGoogleに頭が上がりません。

そしてシガテラ毒による中毒も、どうしようもない「だるさ」が何ヶ月、時には一年以上も続きます。
その症状が慢性疲労症候群にそっくりだったわけです。

シガテラ毒は、前述のように非常に大きな分子です。これが神経のナトリウムチャンネルに結合して神経の過敏症状を来します。恐らく当初の過敏症状がおきたあと、チャンネルにシガテラ毒が結合しっぱなしになるので、興奮に何らかの変化が起きるに違いありません。こうした大きな分子は一度体に入れば分解は困難。あとは化学的にナトリウムチャンネルから遊離するのを待つしかないのです。この期間が数カ月から一年というわけです。

シガテラ毒には治療がありません。唯一の治療は、食べたらすぐにマンニトールという薬で強制的に利尿する、というものです。これは大分子がナトリウムチャンネルに結合する前になるべく多く排出してしまおうというアイディアだろうと考えます。ハワイでの民間療法では、強制的に浣腸するというシガテラ毒の治療法があります。これもアイディアとしては同じです。どちらにせよ、一度ナトリウムチャンネルに結合したシガテラ毒を引き離す術はないのです。

慢性疲労症候群には、いろいろな病因が考えられていますが、私はナトリウムチャンネルの機能不全だと思っています。例えば何かがきっかけでちょうどナトリウムチャンネルのリガンドになるような抗体が産生されてしまう、などです。

シガテラ毒が、慢性疲労症候群患者では高率に陽性になるという事です。これは取りも直さずナトリウムチャンネルに結合する何か(シガテラ毒とは限らない)が、慢性疲労症候群の原因であろう事を示す傍証のように感じています。しかしながら、シガテラ毒の研究には予算がつかないらしく、あまり成果が出ておりません。むしろ、シガテラ毒が色々なサイトカインのmRNA産生を促すんだよ、みたいな違う方向に行ってます。あんなデカイ毒が細胞内に影響を及ぼすには何かのチャンネル経由でしょう。そこを飛ばしてmRNAを議論しても結論は何も出ないんじゃないかと思います。

BMJ(ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル)でちょうど、
XMRVというウイルスが慢性疲労症候群の病因とは言えないらしい
という論文が出たので、上の話を思い出しました。(そもそもScienceで出た「とうとうXMRVが病因じゃないか?」という論文に対する反論)
難しすぎて、わけがわかりません。

魚を食べて痺れた、などという場合にはとりあえずマンニトールで利尿、という選択肢も考えておいた方が良いのではと思います。非常にポピュラーな中毒です。

2010/03/04

マロリーワイス症候群

EGJ.jpg Kunio Ukawa 2008
嘔吐をしたときに、運悪く胃の入り口の粘膜が裂けてかなり出血することがあり、それをマロリーワイス症候群 (Mallory-Weiss syndrome) と言います。ものすごくたくさん出血することが稀にあって、その場合は頻脈になって血圧が下がりますが、たいてい酒を飲んでいる患者さんが多いために酒のために頻脈になって血圧が下がっているのか良く分からない場合も。

多くの患者さんはちょろっと出血しただけでびっくりして来院されますが、幸いほとんどは血がにじみ出ただけで、粘膜が裂けてはいません。とはいえ、ブールハーヴェ症候群(突発性食道破裂)という怖い病気になることもたまにありますから、出血したらやはり来院して下さい。(黒色便が出た場合もです:ついでにいうと黒色便は必ず柔らかいです)
高齢女性では圧倒的に多いのがマロリーワイス症候群ではなくて、逆流性食道炎に伴う出血です。糖尿病の患者さんでは black esophagitis という興味深い病気も見られます。

1997年~1999年まで私は渡米して叔父のDr. Choichi Sugawa (Wayne State University)の元で外科内視鏡学を学んでいたのですが、

「マロリーワイスも、嘔吐による gastric congestion (胃粘膜のうっ血・・・これが出血の原因になります)も、ほぼ必ず小弯~前壁側に出来る」

という事を教わり、これは目から鱗でした。

以後、ずっと観察していますが例外がほとんどありません。必ず小弯~前壁側です。特に gastric congestion は必ず前壁側にある。例外があったらむしろ原因を突き止めて症例報告すべきです。Dr. Sugawaの気付きは、Urban hospital(都会の病院)のER(救命センター)で緊急内視鏡を長年行っている豊富な経験によるものなのでしょう。感心します。(合衆国でのマロリーワイス症候群の多さは日本の比ではありませんでした)

検査中、稀に患者さんに嘔吐反射が起こるときがあります。急いで食道胃接合部を観察しますと確かに前壁が食道内に入り込む様子が観察され、なるほどこうしてマロリーワイス症候群が形成されるのだと納得します。(これを mushrooming と呼ぶのだそうです。形がマッシュルームみたいだから)

その教示は以下のような結論も当然私に与えてくれます。

患者さんでいわゆる「吐き癖」がある人もつまり簡単にわかるのです。(摂食障害)
穹窿部前壁に gastric congestion があれば、その人は嘔吐が癖になっているのです。
摂食障害などでこうした所見は無視してはなりません。あるいはアルコール依存などで。
これは教科書には書いていないかも知れないので、覚えておきましょう。

嘔吐と似た生理に反芻(はんすう)があります。反芻はしかし、機序が全く違うようです。最近示唆を与えてくれる症例があり、勉強になりました。患者が言うには、反芻は嘔吐とは完全に違う。反芻は食道胃接合部を緩め、胃内圧を上げる作業だ、と言うのです。そしてそれを容易に再現することが出来るのだそうです。
従って反芻では、胃粘膜は食道には入り込まないようなのです。確かに患者さんの胃を観察すると全く gastric congestion の所見はありません。
嘔吐と反芻をいっしょにしてはなりません。(今まで何名かの医師に話していますが、彼らはそういう事は考えたことがなかったようで同意は得られていません)
(2012/7/8追記:上腸間膜動脈症候群における嘔吐の症例でも gastric congestion は見られないことを確認しました)

また、逆流性食道炎によるびらんが生じやすいのは前壁~小弯方向であることも知られています。

マロリーワイス症候群から話が横にずれてしまいました。
ちょっとした病気から、胃の生理を学ぶたくさんのヒントがある。
経験豊富な名手の言葉には沢山の宝が隠されている。という話です。

話を元に戻しますが、マロリーワイス症候群が疑われた場合に、患者さんに嘔吐反射を起こしてしまうような挿入をするのはナンセンスです。新たな出血を生じるかも知れません。鎮静剤を使えば良いと言うものではありません。
治療にクリップを使用する可能性がありますし、もともと出血している場合、経鼻内視鏡の適応はありません。結局は鎮静剤を使った上に丁寧で安楽な挿入をしなければならないという事です。
鎮静剤を使えば反射は出ないだろうし、出ても覚えていないだろうから良いや、ではなく普段から絶対に反射を起こさないつもりで精進しなさいね、という話を研修の先生にはしています。