2014/05/25

過去の世界に思考を漂わせる

のどのつまる感じ、を患者さんに説明する時に、ジークムント・フロイトの名前は無視できません。
残念ながら日本語でも英語でもフロイトの言う"ヒステリー球"を興味深く語るストーリーは見つけることが出来ませんが、過去に想像をめぐらせる事が可能です。 想像を潜らせていき、他人の思考を辿るのが自分の楽しみ方です。 

患者さんはほとんどがフロイトの事は知らないので、医学の世界に多くの影響を与えた巨人である、と説明しています。 フロイトは1900年ごろに活躍した人です。 フロイトを語ることは、100年以上前のヨーロッパで彼の患者になった特定の階級の人々の生活を想像することだろうと考えます。

 1885年に彼はフランスのパリでジャン=マルタン・シャルコー(シャルコー・マリー・トゥース病にその名前を残しています)から催眠によるヒステリーの治療法を習います。ヒステリーというのはシャルコーが登場するまではなんだかおぞましい概念で、それは英語版のWikipediaを読むとわかりますがリンクは張りません。それをやや科学的に考えたのがシャルコーと言え、彼の教えを受けたフロイトはドイツに帰ってから"男性のヒステリー"という発表をしているわけですから、ヒステリーを抽象的な"女性のなにか"と捉えることをやめて、"精神的ななにか"と理解したのだろうと思います。

フロイトがヒステリー球という言葉を残したという事はすなわち当時の彼の患者には精神的だと思われる理由でのどのつまりを訴える患者がかなりの数いた、という事を表しています。彼のあまり幸せそうではない人生を追体験するのは辛いことですのでそれはやめて、当時のドイツで精神分析医にお金を払うことが出来る女性というのは、中流以上の婦人なのであろうと想像します。すると現代の暮らし向きに比較的近くて余裕もあるであろうか、などと考えるのです。"のどのつまり"はある程度の"思考の空間"がないと出てこない症状で、現代の先進国の生活とある程度状況が似ているのかもしれないと考えると興味が湧いてこないでしょうか。

金匱玉函要略述義 3巻 丹波元堅 学 井口綏之 写 嘉永5 [1852]
"梅核気(ばいかくき)"という言葉があります。"咽中炙臠(いんちゅうしゃれん)"とも言うそうです。紀元2世紀、後漢の時代に張仲景(医聖)が著した『傷寒雑病論』は後に失われて再編集され『傷寒論』となり、さらに異本として『金匱要略』(きんきようりゃく)が編集されるのですが、その中に「婦人、咽中炙臠(いんちゅうしゃれん)有るが如きは半夏厚朴湯之を主る」とあるのが初出だそうです。和漢の処方には江戸時代の比較的新しいものも多いと思いますが、半夏厚朴湯が1800年以上も前の処方だと知るとこれまた興味が湧いてこないでしょうか。2世紀の婦人が、咽中炙臠という症状で悩んでいたとは!後漢は製紙が発明された時代で天文学や数学など大きく科学が発達しました。そうした時代に女性が医師に「のどがつまる」と受診するのです。なんと世の中は変わっていない事でしょう。

全く違う想像をする事も可能です。2世紀に張仲景が傷寒論を書いたそもそもの背景には感染症の流行で彼の親類縁者が多数亡くなった事があるそうです。ところで消化管の機能的な異常、例えば機能性ディスペプシアや過敏性腸症候群は感染症の流行の後に患者さんが増えるとされています。(サルモネラの集団感染後のディスペプシア症状の報告が有名ですが、実際に外来では良く診ます)すると2世紀当時、感染症から生き残った患者さんが機能性疾患としての咽頭違和感を訴えても不思議ではないのではないか、と想像することは出来ませんか?あるいはフロイトがヒステリー球を記述した当時はハンセン病からはじまり、1894年北里柴三郎によるペスト菌の発見、1898年志賀潔による赤痢菌の発見など、細菌学が目覚ましく進歩した時期でもあります。この感染症学と咽頭違和感とのオーバーラップは全くの偶然なのでしょうか。医学の進歩とはそういうものだ、と言われればそれまでですけれども、まるで進化におけるカンブリア爆発を彷彿とさせます。

そのような妄想はおいておいて、このように「咽頭違和感」が極めて古い概念である、という事は知っておいて良い知識だろうと思います。古の人々の様子を理解することもまた、気になる症状を少し和らげてくれるかもしれないからです。

私は和漢の事は詳しくありません。エキス剤の出典は時々確認し、その処方が登場した歴史、当時の社会情勢、文化に想像を膨らませます。古い時代の西洋医学は治療よりも病気の詳細な記述に驚嘆します。新しい知識を身につけるのも大切でしょうけれど、古い時代のお医者さんがしてきたことを追体験することも、基礎的な医学知識を持っているから出来る事だと思いますし楽しみたいと思います。

さて実際に咽頭違和感がサブスタンスPの増加によるのだ、というような仮説があるのかどうかは知りません。(なんとなく今思いつきました)しかし神経が過敏な状態になっているのは事実であろうと思われ、これを解決する方法には色々なアプローチがあって良いと思います。私も毎度毎度違う説明をしているように思います。

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