2009/09/07

Evaluation~評価~

「Evaluation済んだ?」

これは、Detroit Receiving Hospital で Prof. Sugawa (私の叔父です) の元で研鑽を積んでいた時代に、毎日何度も耳にした決まり文句です。

Evaluation とは日本語で「評価」の意味で、患者さんの状態あるいは病態を把握するという意味があります。

欧米では先に評価があり、そして治療を行います。例えば吐血で運ばれてきた患者さんがいるとして、どのくらいの血液が失われたかをまず評価します。そして、その結果血液の7割が失われた状態だったとしましょう。

ここで日本ですと輸血しながら急いで内視鏡をし、とにかく止血しようという事になります。しかし血液の7割が失われた状態では治療が失敗に終わる確率が高いので、欧米ですとまず失われた7割のうち半分でも輸血してから内視鏡をしましょうという事になる。日本では評価するまで待てない、名人芸で何とかしてしまおうとする。そういう違いはあると思います。これは哲学の違いであって、比べることは難しいかもしれません。でもそういう違いがあるという事は知っていても損はないはずです。どちらが良いとか悪いとかではないと思います。期待値の差はわずかです。

実際日本の患者さんは沢山の恩恵を受けます。日本では「診断即治療」という東洋的な考えがあります。評価はしないでも取りあえず薬を投与してみて効果があるかどうかで診断が正しかったかどうかを判断します。治療が非常にスピーディで、医師の勘に頼る部分は大きいものの医療費も安く、時間もかかりません。日本の風邪の診療など、まさにそういう発想です。

アメリカだと「血液培養した?」が合い言葉になります。もちろんempiric therapyという便利な言葉はあって、予測にしたがって最適だと思われる薬を出すというやり方をしますけれど、基本的にはまず評価ありき、です。

「診断即治療」「評価と治療」それぞれに良い点がありますが、問題は前者は失敗した場合の軌道修正を考えねばならない点、後者はやたらと医療リソースを使う点です。医療リソースを使わずにすばやく評価できるとするならばどうでしょうか。それが最強の医療と言えないでしょうか。

ここまでは前置きで以下に実例を示そうと思います。

胸焼けに対する、一般名Mという薬を使うときの注意点についてです。

Mという薬には、実は胸焼け、すなわち逆流性食道炎に対する適応はありません。あるのは慢性胃炎の諸症状の改善および、消化管検査の前処置薬としての適応のみです。それがなぜ逆流性食道炎に使うのか私は知りません。しかし非常に多くの病院で胸焼け症状に対してMが処方されるようです。一般的には消化管を良く動かすとされているからなのでしょう。

ところで胸焼けで医師からMを投与された患者さんが心窩部の激痛を訴えて救急外来を受診しました。2度受診してあまり良くならないということで当院に受診されたのです。この方の訴えを良く聞いておりますと、胸焼けだけではなく心窩部痛もあったようなのです。それで私は考えて超音波検査を行いました。


胃壁にずっと空気の泡が貼りついている時はその部分はびらんか潰瘍になっている所見です。これは胃の前庭部でその部分が腫れており、典型的ではないけれどAGML(急性胃粘膜病変)に近い状態と思いました。ピロリ菌がいないことはわかっている方で、内視鏡の必要は恐らくありません。

胃の出口や十二指腸で炎症を起こした場合に胸焼けを訴えることは良くありますが、それで逆流性食道炎と判断してはまずいのです。逆流性食道炎スコアなどというものに頼ると失敗するでしょう。PPIだけを出すならばまだしもMを処方してしまったために蠕動刺激により痛みが増悪してしまい胃痙攣の如き症状を訴えたのだと考えました。

診断即治療をする場合には増悪させないような処方を選択する。あるいはそこに単純且つ効果的な評価を加えてより病態にせまった投薬をすれば喜ばれます。エコーによる消化管診断は病態にせまるという意味では、簡便、安価、安全、効果的、すべての特徴を備えた必携の検査法になりつつあると考えます。

6 件のコメント:

  1. M は,何だ?
    ムコスタか?

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  2. kema先生、違います。
    ムコスタは副作用がほとんどないという点で、診断即治療的な日本に合致しているらしく、良く普及していますね。当院では不採用です。

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  3. マーズレンかっな?

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  4. はずれです。マーズレンは抗ヒスタミン作用もあるというありがたい薬です。当院ではグロリアミンを採用しています。うがい薬にも、傷薬にも、痔の薬にもなる万能薬です。

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  5. 正解はモサプリドです。これは診断即治療には適さない薬です。薬屋さんがなんと言おうとも。

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  6. 心窩部の激痛 だと、心臓疾患の鑑別をしようとしちゃうなぁ。。。どうしても。

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