2017/07/21

カルシウム拮抗薬と逆流性食道炎

高血圧の治療に使われるカルシウム拮抗薬は、昔から逆流性食道炎を増悪させる、と言われています。
消化管の蠕動(収縮)はカルシウムチャネル経由で起きるので、血管選択性の高いカルシウム拮抗薬とはいえ影響はゼロではなく、消化管運動がゆっくりになり、あるいはLES圧(食道と胃の境目の収縮する筋肉の圧力)が低下して胃酸の逆流が起きやすくなるのは当然予想が出来るのです。

Do calcium antagonists contribute to gastro-oesophageal reflux disease and concomitant noncardiac chest pain?
Jeff Hughes, et. al.
Br J Clin Pharmacol. 2007 Jul; 64(1): 83–89.

Association of medications for lifestyle-related diseases with reflux esophagitis
Daisuke Asaoka, et. al.
Ther Clin Risk Manag. 2016; 12: 1507–1515.

一方で食道痙攣のために逆流性食道炎類似の症状が出ている患者さんにはカルシウム拮抗薬はとても効きます。また私見ですがカルシウム拮抗薬を使っている高齢者は一般にお腹の不定愁訴が少ない印象です。おそらく腸管の痙攣が予防されているのではないかと思います。その他にもカルシウム拮抗薬の利点は沢山あって大変有用な薬です。
とはいえ、逆流性食道炎を増悪させると言われる。オッズ比は2だとか、そういうデータがあるので無視できません。したがって高齢者の内視鏡をするときには、症状の出現と高血圧の薬との関連について良く聞いてほしいのです。

老人が15年ほど前に食道裂孔ヘルニアと言われ、当時からずっとプロトンポンプ阻害薬(PPI)を処方されていたが、今年になって症状が増悪傾向にある、という場合、脊椎の圧迫骨折が起きたのではないかとか、他の因子(悪性腫瘍、電解質異常、薬の副作用、その他)で消化管運動が悪くなったのではないかとか、考えるべきことが多くあります。そもそも食道裂孔ヘルニアがひどい場合、PPIの適応はなく手術が第一選択だ、というのがアメリカでの考え方ですし、私も内心同意します。ただし日本では食道裂孔ヘルニアの治療の症例数がアメリカに比較して少ないし、術式もいくつかあってどれが優れているか、どの患者さんにどの術式が良いのか、という明確なガイドラインはまだありません。将来は外科的な処置がメインになるだろうとは思うのですが、現状ではほとんど内服治療がなされます。その場合にはやむを得ずPPIを長期投与することとなるのですが、Mg、Fe、Ca、腸内細菌叢、内視鏡像などモニターすべき項目は多数あるのにきちんと行われることは少ないです。80を超えた患者さんでは内視鏡を行うことは難しくなりますから、そういう年齢になる前に、将来の予測が十分に立つ程度の情報をきちんと残す事が大切です。


さて、LA grade Cの逆流性食道炎、混合型の食道裂孔ヘルニア、3cmにはわずかに及ばない程度のSSBEがあり、出血も伴っている。FGP like polypは多数あってしかもかなり大きい。粘膜はサラリとしていて胃酸が完全にしっかり止まっているとは言えない。
なんとなくですが、15年のうち、最近まではそこそこコントロールされていたのではないか、それが最近コントロールが悪くなったのではないか、という印象がありました。

そこで薬歴を細かくみていくと、5ヶ月前からカルシウム拮抗薬(アムロジピン2.5mg)がスタートされていた。それまでPPIはランソプラゾール30mgだったのだが、逆流するという理由でエソメプラゾール20mgに変更されていた。しかしその変更は効果がなかった、ということです。

したがって逆流を悪化させたもっとも可能性が高い原因はカルシウム拮抗薬ではないか、と考えてその旨を主治医に連絡しました。どうしてもカルシウム拮抗薬を止めたくない場合にはボノプラザンを使うという策もありますが、差し支えなければ他のお薬にならないか、という手紙を書きました。

逆流性食道炎の増悪には沢山の理由が考えられ、卵巣がんが原因だった、などという驚くような症例もありますから油断出来ませんが、まずは最初は素直に考えて次の一手を打っていただく事が重要かと思います。

2017/07/18

壮大な社会実験は失敗に終わりつつある

ブロックチェーン技術を見た時に、技術音痴でない人は、「価値」に対して「値札」をつけたその「値札」が非常に重たくなったら商品の流通はどうなるのだろうか、と思ったはずです。

すぐに思いついたことは、
1)これはデジタル芸術にはすぐに使える。なぜなら芸術品は何億人の手に次々に渡ることはなく、その値札は軽いままだけであるから。
2)知識、にもすぐに使える。人工知能ではその知識が真正かどうかを確かめる術が必要で、そうでないと「善悪」に似た価値判断が行いにくいからである。そして知識に関しては変容しにくいものであるため、ブロックチェーン技術の親和性は高い。
そのどちらも行われていません。儲からない分野だと思われているのでしょうか。本物よりも偽物の市場のほうが大きいとそうなります。また利権をすでに持っている人々にとっては恐ろしい技術でもあります。著作権管理団体とか大手学術出版社にとってです。
3)その他企業内での技術文書や証券などにも使えるのは言うまでもありません。
これは実益があるので着々と進んでいます。

ところが、おそらくブロックチェーンが一番苦手とする「通貨」で実装がはじまったのが面白かった。1円ぐらいの価値に対してすら、その1円が真性だ、と保証するためのコストはかかります。その保証コストが永久に上がり続ける仕組みがどこで飽和状態になるのか、そしてその飽和状態を人間は知性で乗り越えられるのか。

今のところ人間の知性が乗り越える前に技術的な限界は来てしまったようで、投機が盛んになったために売買額が不要に増え、トランザクションに時間がかかるし、取引所は儲からないしで先行き不透明。

実は処方箋とか、診療情報提供書にもブロックチェーン技術をのせることは可能で、しかも再利用されない文書なので、障壁は低そう。
一方で何の利権も生み出さない(笑)ので実現は遠そう、とか思います。

2017/07/08

未来を見ず、近い過去を見ると不安にならない

良くあるのは、「これが癌(あるいは難しい病気の名前)だとして、私はどうなるんでしょうか」系の言動。
その可能性が高かったらもちろんその場で話し、それが告知の予備段階になる。

それは例外で、通常病気が見つかる確率は1%か、それ以下である。
したがってその説明は時間の無駄になる。
しかしそれを指摘するとますます混乱するのでこう言う。

「今あなたは未来を見ようとして不安になったわけですが、ここで過去を振り返ってみましょう」
「これをやって、これをやって、これをやった。私が思うに、ここまでの手順は完璧、最短手順」
「大切なことだからもう一度言うが、現時点でのベストを尽くしてる。あなたはそう思いますか?」
「そして次の結果が出たら、またベストを尽くせば良いのではありませんか?」

だいたいこれで落ち着くみたいです。

2017/07/05

判断を間違えないための目線

ゲーム理論という概念があります。社会や自然界の主人公は複数いて、その行動における意思決定の影響やお互いの影響を研究する学問です。

難しいことはすっ飛ばしますが、みなさんがこの世の中というゲームを生きている、と仮定します。人生ゲームというボードゲームでも多少は他人の邪魔をしたりは出来ますがかなり違います。現実には邪魔よりは協力のほうが大きな比率を占めていて、そのゲームでなるべく良い状態でプレーするにはどうしたら良いのかを常に考える事がすなわち正しい判断になりやすい、と患者さんには説明しています。

血圧の薬を飲まなければならないときに、「これはずっと一生飲むのですか?」という質問があったりしますが、では一生飲み続けた場合の利益・不利益を考えてみましょう、と計算してみます。

1月に1回の受診があったとして云々
そこで失われる経済的な損失
逆にその受診で偶然命が救われることもあるでしょう
もともと薬を飲むことで期待される健康寿命の伸び
副作用の出現率とその対処にかかる費用や時間
もしもヤブ医者にかかったとしたらこう
うちにかかったとしたらこう

そしてその判断を最適化するには少なくとも1年毎に再評価
あれ?再評価するのであれば、そもそも一生飲む、という前提が崩れますね?

通常、リスクとリターンを考えたときに血圧の治療というのは確実に大きなリターンを得られるわけで、あなたにとって得ですね、ゲームを有利に展開できますね、という結論になることが多いです。

良く私が患者さんに「お薬手帳を必ず持ってきて」とか「受診前に電話して」とか「うちより他の病院のほうが良いので紹介する」というような事をいう理由も同じで、総合的に判断して患者さんが有利にゲームを進めるにはどうしたら良いかを常に考えているからです。

患者さんのわがままやマイルールはゲームにとって有利ではないことがほとんどです。医師はゲームの状況を客観的に見られ、適切に助言できます。決して一人でプレイしているわけではないことを忘れないでほしいと思います。