英語では fecal microbiota transplantation 略して FMT と呼ばれます。日本語では糞便移植でしょうか。
2009年のQMJに載った論文を頼りにさかのぼっていきます。
Faecal transplant for recurrent Clostridium difficile-associated diarrhoea: a UK case series
A.A. MacConnachie, R. Fox, D.R. Kennedy and R.A. Seaton
From the Infection Unit, Brownlee Centre, Gartnavel General Hospital, Glasgow, UK
QJM (2009) 102 (11): 781-784.
便注入は1958年に最初の報告があるそうですが、
1984年のこの報告を紹介します。
Relapsing Clostridium difficile enterocolitis cured by rectal infusion of normal faeces.
Schwan A, Sjolin S, Trottestam U, Aronsson B.
Scand J Infect Dis 1984;16:211-15.
これはクロストリジウムディフィシルという非常に苦労する腸管感染症の患者さんに普通の便を注腸したところ良くなった、という報告です。
はるかに時間が飛んで2000年、この報告があります。
Treatment of recurrent Clostridium difficile-associated diarrhea by administration of donated stool directly through a colonoscope.
Persky SE, Brandt LJ.
Am J Gastroenterol 2000;95:3283-5.
これは大腸内視鏡で普通の便を注入する報告です。注腸よりもさらに奥から入れてみるというアイディア。
そして2003年、とうとう上から入れてみようというアイディアが登場します。
Recurrent Clostridium difficile colitis: case series involving 18 patients treated with donor stool administered via a nasogastric tube.
Aas J, Gessert CE, Bakken JS.
CID 2003;36:580-5.
Transplant(移植)という洒落た言葉を使ったのは2009年のQMJ論文がおそらく最初で、途中でJAMAかBMJかなにかに載った気がしますが、NEJMで抗生物質よりも効果があるという結論になり注目を浴びました。今後標準的な治療になるのではないか、と思います。
Duodenal Infusion of Donor Feces for Recurrent Clostridium difficile
Duodenal Infusion of Donor Feces for Recurrent Clostridium difficile
van Nood E, Vrieze A, Nieuwdorp M, Fuentes S, Zoetendal EG, de Vos WM, Visser CE, Kuijper EJ, Bartelsman JF, Tijssen JG, Speelman P, Dijkgraaf MG, Keller JJ (16 Jan 2013).
N Engl J Med: 130116140046009. doi:10.1056/NEJMoa1205037. PMID 23323867.
1958年~2013年という気の長くなるような時間をかけて、全くお金のかからない治療が脚光を浴びる様子を見るのは感無量であります。
最近私の行っている大学でもこの治療が行われましたが、倫理委員会で、「本当に大丈夫なのか?」と若干のやりとりが行われたと伺いました。その効果が非常に高くてみな驚愕した、という事です。
おそるおそる、という感じで日本でも広がっていくだろうと思います。最初は影響が少ないように家族からの移植、という形で行われるのかもしれません。
腸内細菌叢は複雑で、クロストリジウム属はすべて悪玉かというとそうでもありません。
私は複数の整腸剤を目的ごとに使い分けますが、現在発売されている整腸剤には限界があります。最近東京大学が多くの種類を混ぜた細菌カクテルが有効であることをNatureに報告し、注目しています。(リンク)
パーキンソンなどの神経疾患に効果があるだろうという報告もありますし、脂肪肝などにも行われる時代は来るかもしれません。現在は食品関係者でサルモネラや病原大腸菌保菌者は(治療にかなりの時間がかかり、その間仕事が出来ないため)非常に肩身の狭い思いをせねばならないのですが、一気に解決する可能性もあるのです。
一番効果のあるうんこは「金のうんこ」として珍重されるのかもしれない、などと不謹慎にも考えるのでありました。
クロストリジウム属や大腸菌は入らないものの、手作りの糠漬けの中には「金の糠漬け」があるかもしれないんですよ、というお話は外来でしています。(だからおなかの強い人がつくった糠漬けをもらってきなさい、と言うのです)
細かく刻んで食べてください、と申し上げておりますが、日本独自のこのユニークなお漬物は、日本人の健康を守ってきたと言えるかもしれません、高血圧と引き換えに。
一方他国から移入されたポピュラーなお漬物に関しては、それでは調子が良くなった患者さんを聞いたことはありません。
良い事ばかりではありません。糞便移植ではサイトメガロウイルス感染やノロウイルス感染が報告されています。例えばNEJMに載った論文では潰瘍性大腸炎の患者が自分の子供の糞便を食べ、そしてサイトメガロウイルス腸炎を発症しています。子供は非常に多くがサイトメガロウイルスに感染しているので、少し考えれば当然の結果なのですが。
ドナーに求められる条件として、(UNCのプロトコルによる)
1)性的にアクティブすぎない人
2)薬物使用がない人
2)刺青を6か月以内に入れていない人
3)投獄されていない人
4)既知の伝染病がない人
5)炎症性腸疾患や消化管癌の病歴がない人
6)メタボリックシンドロームがない人
7)過去3ヶ月に化学療法、抗生物質の投与を受けていない人
糞便中の病原性大腸菌、サルモネラ、チフス、カンピロバクター、ノロウイルス、ロタウイルス、クリプトスポリジウム、ジアルジアなどが検査されます。
それ以外は以下のようになっています。
HEVがないし、H. pyloriもないので日本向きではないのは明らかです。
LFTsとはliver function testsの事です。(ALT, ALT, ALP, T-Bilなど)
考えに考え抜いてプロトコルは作らねばなりませんね。
なるほど。
返信削除私も家伝の糠床(残念ながら我が家にはなし)を連想しました。それと日経サイエンス誌で読んだマイクロバイオームの記事と印象的なイラストです。
注入するのは同じ遺伝子を持った近親者のが良いのか、風邪などひいたことがない人のが良いのか興味あります。
経鼻チューブ抜くときはちょっとクサイのかどうかも気になっちゃいます。
今日経サイエンス検索してマイクロバイオームのイラストらしきものを見てきましたが、とても良い感じですね。
削除仰る通り近親者でのトライアルはトラブルを少なくするのではないか、と考えられているようですが、実際にはこの治療は失敗例を探すことが難しくって。(まるで二酸化炭素内視鏡のようだ・・・)
臭気は気になりますよね。そういう細かい工夫は大切でしょうね。