2013/03/31

機能的な異常のEBMには背景の細かい分析が不可避

題名の通りです。

なぜモサプリドを一律に逆流性食道炎に使ってはならないかの答えがここにあるのです。
(添付文書では適応症は慢性胃炎による胸焼けなどとなっています。なぜ逆流性食道炎がないのかを考えてください)



逆流性食道炎と呼ばれる病態の背景には、

1)胃の委縮の度合いとピロリ菌の有無
2)体重
3)性別
4)排便習慣
5)嗜好品
6)使用薬剤
7)体格や胃の形状
8)遺伝子の差

などが存在し、それにより投薬した時の結果は異なります。
これらを無視して治験を行ってもうまくはいかないのです。

便秘の新薬がなかなか出てこない、あるいは出ても売れない理由は同じではないでしょうか。


FD(機能性医症)、IBS(過敏性腸症候群)でも同様に背景を重要視しています。
もっともこれら二つの病名はほとんど使わないのですけれども。




そしてこれらの解決には、

1)ライフログ
2)高度な統計処理
3)ビッグデータの活用

が大切です。
つまり解決するのは医者ではなくて、数学の出来る科学者なのでしょう。
今は私の脳内コンピューターが大雑把なシミュレーションをしているに過ぎないのです。

2013/03/03

痛み物質

痛み物質(発痛物質)というものがあり、これが神経終末を刺激することにより、「痛い」と感じます。

カリウムイオン、水素イオン、アセチルコリン、ブラジキニン、ヒスタミン、セロトニン、ATPなど、消化管に豊富に存在するそれらは、炎症が全くない状態であっても過度の緊張や、伸張、一時的な虚血などで神経終末を刺激することがあり、それが腹痛の原因となり得ます。

胃や食道の痛みは、カプサイシン受容体を介して感じているとされています。その受容体は粘膜の下の筋層にあります。その証拠に、胃や食道の内部を傷つけても痛みを感ずるという事はありません。カプサイシン受容体の名前の通り、トウガラシは神経にもしも触れれば胃が痛くなるはずですが、実際には食べても痛くなったりはしませんね?それは受容体が筋層にあるからです。
炎症が筋層に及んだり、あるいは筋肉の緊張があまりにも強い状態となったり、虚血状態になったり、あるい細胞間の隙間をイオンが浸み込んだりして刺激をした時にはじめて痛むのです。

「胃が荒れたから痛む」というのは医者が使う一種の方便です。一般の方にはカプサイシン受容体が間接的に刺激され痛みを感ずる事を説明しても直感的にはわかりにくいけれど、皮膚がただれると痛みを感ずるように、荒れた胃の内腔の写真を見せれば「痛そうだな」とすぐにわかった気になってくれるから多用される表現です。

毎月150人の内視鏡をして、そのうち除菌が必要な消化性潰瘍は平均して10人です。胃癌は1-2人。食道癌は1人以下です。半数以上はピロリ菌がいない人です。荒れていない胃は若い方の一部をのぞいてほとんどありません。残りの138人に「痛み」をどう説明すれば良いのでしょうか。

「胃が荒れてますから」と説明すれば30秒で済み、ほかの患者さんの待ち時間が短くなりそうですけれど、それでは嘘をついている気になってしまう。もちろん中には筋層まで明らかに炎症が及んでいる粘膜の方は数人はおられますから彼らに対する説明はそれで正しいのでしょう。しかしそれ以外の方には、「痛みと内視鏡所見とはそれほど関連がないのだ」という事を理解していただかないといけません。

その理由として、「胃の荒れ=胃の病気=痛み」と関連付けてしまうと、胃が痛むたびに心配してしまい、「検査をして欲しい」と言いかねないこと。つまり検査過剰になりやすいこと。次に、「痛みがないから大丈夫だろう」と、胃癌の高リスクなのに検査を受けない人が出てくること。痛みに対して臨機応変に対処ができないこと。間違ったメタ知識を他人に教えかねないこと。などが挙げられます。

ウイリアムボーマン医師が100年以上前にすでに報告していることですが、強いストレス状態では胃の出口~十二指腸の血流がかなり低下します。これだけで、長く正座をしたときに血流が不足して足が痛むのと同様に、胃が痛むことは不思議ではありません。その時にてのひらで静脈圧以上の軽い圧迫を加えるとおそらく静脈還流が良くなりますし、じんわり温めることで血流の改善が期待されます。また、例えば胃体部の筋肉が収縮して前庭部に圧力を与えていたとすると、てのひらでの圧迫によって圧力は分散させるでしょう。いろいろな理由で、「てのひらで心窩部をやさしくおさえると胃の痛みはとれる」のです。

上記はほんの一例で、痛みの理由は人それぞれですが、胃の中には何か名残を残してくれることが多い。私が内視鏡検査をするときにはその名残を一生懸命探します。例えば前庭部に周辺部浮腫を伴うびらんが多発していると、「ああ、前庭部の蠕動がかなり強いのかな?」とか、「何か粘膜防御を阻害する薬を飲んでいるのかな?」などと想像します。もしも症状があるならば、例えばミントティーは効果があるかしら?などと患者さんと相談したりもするのです。ミントティーはカルシウムチャンネルを阻害して、胃の出口の動きを少し緩やかにしてくれるからです。

痛みの話の導入を少し書きました。私も痛み物質の話は読んでも忘れる、読んでも忘れる、の繰り返しでなんとなく理解しているに過ぎませんが、「痛み」というものを、「荒れている」というような大雑把なとらえ方をするのはやめて、もう少し基礎から捉えなおしたときに、患者さんひとりひとりに即した治療が可能になる、と私は考えているのです。

検査をして「異常がありません」と説明した時に、「異常がないなら、いいです」と帰ろうとする人々が半数以上おられます。その方々にも同じように時間をかけて説明をするのはやや虚しい行為ではありますが、それも人生。

2013/03/02

40歳からの便潜血検査

便潜血という検査があります。大便の中にわずかな血液が混じっているかどうかを調べるのです。
人間の大腸の粘膜は脆弱(弱い)で、多かれ少なかれ出血はあるものです。
したがって、正常の大腸であっても「陽性」と判断される場合はあります。

老人保健事業によって1992年から40歳以上の男女を対象に便潜血検査が日本では行われており、これは海外より少し早い年齢です。(海外では50~55歳以上が対象になっていることが多い)

さて、陽性と判断される人数なのですが、大雑把に上位2~10%以内に入っている事ではないかと思います。カットオフ値は各施設で違い、40ng/mlとしてみたり50ng/mlとしてみたりいろいろだと思うのですが、例えばNEJMのこの論文は、陽性者が9.8%ぐらいとしています。

そもそも大腸癌は毎年10万人あたり96.1人(こちらにデータあり)が罹患し発見される癌です。
だいたい0.1%です。二次検診に受診した人のうち、1~2%に癌が見つかればそれはなかなか優秀です。そうしたければ、二次検診へは0.1%の50倍から100倍の人数をまわせば良いという事になる。カットオフ値を上位5%とするいうのはそんなに根拠のない数字でもありません。

ここで、いつも裂痔で出血していたり、大腸炎で出血したりする人は無視して、
少なめに見積もって毎年3%の普通の人がランダムに検査に引っかかってしまうというモデルを考えてみます。そこで、40歳から64歳までの25年間、一度も便潜血検査で陽性にならない、という可能性を計算してみます。

計算式は、
(0.97^25)です。すると答えは0.47となります。大雑把な計算ですが、ほぼ半数の方は65歳までに必ず1回は全大腸内視鏡検査を受ける羽目になる、という事です。

全大腸検査を一生のうち1回でも受けると、左方結腸癌の7割は、癌になる前にポリープの状態で切除されてしまい予防される、というカナダの統計があります。(あらゆる検査の中で、検査を受けることで癌の直接の予防になるのは大腸内視鏡だけです)

65歳までに、理由がなくても、大腸内視鏡検査を受けることは公衆衛生に貢献すると考える人達がいますけれども恐らく便潜血検査でも同じような事をしているのです。

ちなみに便潜血検査を500円として、それを25年行いますと12500円。それで半分の方が陽性になって20000円強の大腸検査をお受けになる。大雑把に考えると、一人当たりのコストは((12500 x 2) + 20000) / 2 = 22500円/25年という事になります。

それならば、最初から65歳までに20000円強の大腸内視鏡検査を全員に行えば、コストは同じ、さらに、対象者が50%から100%に広がるので公衆衛生に貢献するかも知れません。



私は、便潜血検査を40歳からまじめに毎年受ける事はとても良いことだと考えています。ただし途中でさぼったり、陽性になっても検査にいかないような人々にはその役割は果たせないため、彼らは大腸内視鏡検査を受けるべきだと思います。ただし、その時の費用負担をどうするかなどクリアせねばならない問題はあると思います。

ちなみに親あるいは兄弟に大腸癌の方がおられる方は大腸内視鏡検査の対象者です。