2009/09/30

BMI20未満でコレステロールが上昇する理由

大学院に入ったときに数名の「思春期やせ症(神経性食欲不振症)」の入院患者さんを受け持っており、その内分泌的な変化を研究するのも仕事であった。

視床下部ホルモンに大きな変化が出るだけでなく、甲状腺、副腎、女性器からのホルモンも大きく変化するけれど、それとは別に、血液中のコレステロールが過剰なほど上昇しているのもこの病気の特徴である。

全く食べていないのに、コレステロール値が高い。

いよいよ中心静脈栄養をしないと命が危ないという直前までコレステロール値が保たれてしまう、あるいは高値なので栄養指標としては使えないのであった。

コレステロール値は食事とは関係ないのだ、という感覚がそこで私の脳内にインプットされた。そう言えば食べ過ぎの人では中性脂肪が1000を軽く超えるのに、コレステロールは見事にコントロールされている。コレステロール代謝は簡単ではない。

コレステロールは、「やせ」「るいそう」という状態においても肝臓で十分に産生される。当時ひいた文献ではストレスと関連してホルモンを産生しなければならないからその材料としてこの栄養が必須でありそのために肝臓で産生されているというような説明であったと思う。

当時は見つけられなかったのだけれど、その後検索を続けてもっと納得のいく説明が得られたのが、この論文である。食事を制限すると胆汁分泌がなされないためにコレステロールの腸肝プールが減少し、血中コレステロールが上昇するという説明だ。



この内容については
拒食症では血液中コレステロールは上昇する(2010年5月)
やせた人は、油を摂取すれば血中コレステロールが下がる件(2011年4月)
に書いた。

やせた患者さんへの食事指導は糖尿病でも難しく医師の理解度が問われる。脂質代謝異常に関しても同様であって、「卵を食べるな」「脂肪は制限」的な乱暴な指導は避けなければならない。そしてやせた人の高脂血症には原理的にはゼチーアは絶対に効かない。効くのはプロブコールのはずだ。

脂質代謝異常もひとりひとり観察していくと極めて興味深い病態だ。
しかしその興味深い病態が、一律の「コレステロール治療」に埋没していくのが極めて残念だ。一律に治療できるなら、そもそも我々はお呼びではない。

しかし実際には「治療を受けたらかえって悪化した」と言うような相談を受けるのだ。

BMIが20いかないようなやせの人がコレステロールが高い場合にはまずはコレステロールの腸肝プールの減少があるのではないかと疑うセンスが大切だ。
ターゲットを明確にしないテレビなどのマスメディアの情報には多くの嘘が含まれるので注意が必要だ。

2009/09/25

除菌中にじんましんが出ると、中止しても成功しているというジンクス

数人の自験例、それから他院から引き継いで診た数人の患者さんの経験。

ヘリコバクター・ピロリ菌が陽性で消化性潰瘍があり除菌治療をすることになった。

そして除菌を開始したが数日でじんましんが出たので中止した。

残念ですねと言いつつも、一年後にチェックしてみるとピロリ菌が居ず、除菌に成功しているという症例がかなり多い。むしろ、成功している確率がかなり高い。

なぜ、じんましんが出ると成功していると言えるのか。

菌体が一時的に大量に放出されたことによるのか。(Jarisch-Herxheimer reaction)

ピロリ菌がいなくなり、炎症がなくなるとサイトカインバランスが崩れるのか。

ヒスタミン分泌になんらかの影響が出るのか。すなわちピロリ菌が死んで局所のヒスタミンが増えるはずがそれが全身に影響をするのか。

仮説をあげればきりがないが、単純な薬剤のアレルギーと考えてはいない。

今のところしたがって、発疹が出た上に失敗してと・・・落ち込む患者さんを見ずに済んでいるので、このジンクスには助けられている。

2009/09/14

結腸憩室症

結腸憩室症・・けっちょうけいしつしょう・・と読みます。
結腸だけでなく、消化管ならばどこにでも、食道にも胃にも十二指腸にも小腸にも憩室というものができます。袋状に粘膜が管外に脱出した状態です。
「休憩室」の「憩室」です、などと説明しますが、時々悪さをしますので困ります。

下にイラストを書きました。粘膜の一部分が、ぽこっと外側に飛び出た状態なんですが、伝わりますでしょうか?

外側に飛び出しているだけならばそんなに困ること無いはずですけど、炎症が起きますと扁桃炎などと同様になかなか治りにくいものです。そして脱出した粘膜から出血することがあります。また、憩室ができる方には、ガスなどによる腹痛を訴える方も多く居られます。

有病率はなんと4割、内視鏡を受ける患者さんのうち約半数に認めるありふれた状態です。

この憩室に細菌が入りこみ炎症を起こすことを「憩室炎」と言います。急性虫垂炎になる人が約2割と言いますが、憩室のトラブルも、憩室症の方の約2割に起こるといわれます。一生のうち一回でも起きれば、それはカウントされるので2割が多いのか少ないのか、その判断は皆さんにお任せします。他の統計では毎年1%というものもあります。

実際の写真は下に示します。





よく憩室症には水分と食物繊維と言いますが、この食物繊維という言葉には罠があるのです。

大切という繊維ですが、それは水溶性の繊維の事です。水溶性と言うのは水を含むとブヨブヨになる性質を示しています。それは効率よく色々な物を吸着して腸の中をきれいにしてくれますし大便の形や硬さを上手に調節してくれます。不溶性というのは文字通りで、水分を吸収しない繊維を示しています。例えばゴボウなどの根菜。水溶性と不溶性の違いはというと、廊下を雑巾で拭くか、ほうきで大雑把に掃くかくらいの違いがります。困ったことに不溶性の繊維は小腸での消化吸収を邪魔するので、小腸で吸収しきれなかった糖質が大腸内に増加する事となり、結果として発酵が活発となりすぎてガスが多くなります。このガスが憩室症には非常によくないので避けた方が良いのです。

では、水溶性、不溶性、どうやって区別すれば良いのでしょう。勉強して覚える必要はありません。①水でふやける様な食べ物は水溶性、②水につけても姿が変わらない物は不溶性と判断すれば良いのです。ゴボウは水につけても何も変わらないから不溶性。お豆やフルーツ、穀類はふやけるので水溶性と判断します。不溶性繊維が悪いとは言っていませんが、合わない人がいるのです。

水は一日2リットル以上飲むことを心がけると良いとされていますが、できれば食事といっしょに摂取した方が大腸には良い影響があると思われます。

私見ですが整腸剤も大切です。多発した憩室症の患者さんには整腸剤を処方する場合があります。自覚症状の改善に役立ちます。(予防が出来るかどうかは検討しておりません)

上記のような心がけでトラブルを予防しても炎症が起きてしまった場合、なるべく早期にエコーなどで診断をし、ニューキノロン系の抗生物質を使うと著効することが多く入院を回避できます。

一方、この憩室の粘膜は薄いので出血も起きやすいのです。

高齢になると、加速度的にS状結腸の憩室症の有病者が増加します。70歳以上では非常に多くなります。また出血などの合併症が多く、虚血性腸炎との鑑別が重要ですが、稀に命取りになります。実際内視鏡をしていると、高齢者の大腸は非常に緊張が強く、その理由がまだわかりません。バイアスピリンなどの抗血小板薬を使用している患者さんも多いので困った問題です。この内臓の緊張が強いのは手足の緊張が強いのと同様、末梢神経障害なのでしょうか。

ではいざ出血した場合に止血をどうするかというと、注腸バリウムを行うことがあります。粘度の高い液体で、出血点を封じ込めるという古典的だが効き目のある方法です。

アメリカでは手術での治療も多く、私が勤務していた病院では毎週のように症例がありました。

日本では保存的に治療をすることが多いと思います。憩室を裏返して内視鏡で止血することは不可能ではありません。アメリカでの実験的なライゲーション(ゴムで結紮する)による治療を見てきましたが、それを応用した手法を日本でも知人が発表した事があります。しかし、その手技は労力に対して利益が少なすぎ、二酸化炭素などを使用しなければ長時間にわたる検査は患者への侵襲も大きく、あまりお勧めの止血法ではないような気がします。出血点が幸い特定できればクリップなどでの止血が行われます。大量出血の場合は血管造影も行われると思いますが、症例は多くはないでしょう。

ところで横浜市大時代お世話になった多羅尾先生が、先日の神奈川消化器で驚くべき発表をなさいました。「長期ランニングによって上行結腸憩室症が治癒した一症例」というものです。憩室症は治らないと思っていた私は、衝撃を受けると同時に感激しました。実際の発表を拝見できなかったのが残念ですが、今後は「憩室症は治るかも」と患者さんに積極的にアピールしていこうと思います。

2009/09/07

Evaluation~評価~

「Evaluation済んだ?」

これは、Detroit Receiving Hospital で Prof. Sugawa (私の叔父です) の元で研鑽を積んでいた時代に、毎日何度も耳にした決まり文句です。

Evaluation とは日本語で「評価」の意味で、患者さんの状態あるいは病態を把握するという意味があります。

欧米では先に評価があり、そして治療を行います。例えば吐血で運ばれてきた患者さんがいるとして、どのくらいの血液が失われたかをまず評価します。そして、その結果血液の7割が失われた状態だったとしましょう。

ここで日本ですと輸血しながら急いで内視鏡をし、とにかく止血しようという事になります。しかし血液の7割が失われた状態では治療が失敗に終わる確率が高いので、欧米ですとまず失われた7割のうち半分でも輸血してから内視鏡をしましょうという事になる。日本では評価するまで待てない、名人芸で何とかしてしまおうとする。そういう違いはあると思います。これは哲学の違いであって、比べることは難しいかもしれません。でもそういう違いがあるという事は知っていても損はないはずです。どちらが良いとか悪いとかではないと思います。期待値の差はわずかです。

実際日本の患者さんは沢山の恩恵を受けます。日本では「診断即治療」という東洋的な考えがあります。評価はしないでも取りあえず薬を投与してみて効果があるかどうかで診断が正しかったかどうかを判断します。治療が非常にスピーディで、医師の勘に頼る部分は大きいものの医療費も安く、時間もかかりません。日本の風邪の診療など、まさにそういう発想です。

アメリカだと「血液培養した?」が合い言葉になります。もちろんempiric therapyという便利な言葉はあって、予測にしたがって最適だと思われる薬を出すというやり方をしますけれど、基本的にはまず評価ありき、です。

「診断即治療」「評価と治療」それぞれに良い点がありますが、問題は前者は失敗した場合の軌道修正を考えねばならない点、後者はやたらと医療リソースを使う点です。医療リソースを使わずにすばやく評価できるとするならばどうでしょうか。それが最強の医療と言えないでしょうか。

ここまでは前置きで以下に実例を示そうと思います。

胸焼けに対する、一般名Mという薬を使うときの注意点についてです。

Mという薬には、実は胸焼け、すなわち逆流性食道炎に対する適応はありません。あるのは慢性胃炎の諸症状の改善および、消化管検査の前処置薬としての適応のみです。それがなぜ逆流性食道炎に使うのか私は知りません。しかし非常に多くの病院で胸焼け症状に対してMが処方されるようです。一般的には消化管を良く動かすとされているからなのでしょう。

ところで胸焼けで医師からMを投与された患者さんが心窩部の激痛を訴えて救急外来を受診しました。2度受診してあまり良くならないということで当院に受診されたのです。この方の訴えを良く聞いておりますと、胸焼けだけではなく心窩部痛もあったようなのです。それで私は考えて超音波検査を行いました。


胃壁にずっと空気の泡が貼りついている時はその部分はびらんか潰瘍になっている所見です。これは胃の前庭部でその部分が腫れており、典型的ではないけれどAGML(急性胃粘膜病変)に近い状態と思いました。ピロリ菌がいないことはわかっている方で、内視鏡の必要は恐らくありません。

胃の出口や十二指腸で炎症を起こした場合に胸焼けを訴えることは良くありますが、それで逆流性食道炎と判断してはまずいのです。逆流性食道炎スコアなどというものに頼ると失敗するでしょう。PPIだけを出すならばまだしもMを処方してしまったために蠕動刺激により痛みが増悪してしまい胃痙攣の如き症状を訴えたのだと考えました。

診断即治療をする場合には増悪させないような処方を選択する。あるいはそこに単純且つ効果的な評価を加えてより病態にせまった投薬をすれば喜ばれます。エコーによる消化管診断は病態にせまるという意味では、簡便、安価、安全、効果的、すべての特徴を備えた必携の検査法になりつつあると考えます。

2009/09/05

検診で「胃ポリープ」と言われました

胃のバリウム検査などで「胃ポリープ」という病名が書いてある場合、絶対に心配してはなりません。なぜか。

今、胃ポリープとされる病変のほとんどは「胃底腺ポリープ」だからですし、その他のポリープであっても慌てることがないからです。


■胃底腺ポリープはピロリ菌がいない人にみられるポリープで、一番頻度が高い。

胃の前庭部(出口近傍)で作られているガストリンというホルモンがあります。ピロリ菌がいる人といない人で比較しますと、ピロリ菌がいない人では前庭部に炎症が起きないのでガストリンがよりたくさん産生される事が観察されています。
若い人々の多くはピロリ菌がいません。ピロリ菌がいなければ組織内ガストリンが上昇します。ガストリンが多ければ胃底部の粘膜が刺激されて増殖する。この増殖が粘膜のぷくりした膨れとして観察されます。まるで風船のように中に胃液を含んだ嚢胞状の膨らみが同時多発的に出現します。この膨らみを「胃底腺ポリープ」(fundic gland polyp: FGP)と呼んでいるのです。

ピロリ菌が感染していないとすでにわかっている場合、あるいは背景の粘膜に萎縮がない場合、胃にポリープがあると指摘されたらほとんど胃底腺ポリープです。(例外あり)

ピロリ菌が感染していても、ガストリンが高い場合や、同じく胃粘膜の増殖を刺激する女性ホルモン(Estrogen)が多い場合、あるいは増殖にかかわるβカテニンという遺伝子の異常がある場合も同じく胃底腺ポリープを認めることがあります。

私の個人的なデータでは、ピロリ菌の非感染者、女性に限ると55%以上にこの「胃底腺ポリープ」を認めています。男性は45%です。さらに色素を使用して1mm程度の大きさのポリープを頑張って探すともっと見つかります。ピロリ菌非感染者のほぼ全員にもともと「胃底腺ポリープ」があるのではないかと思うほどありふれた所見です。

■その他のポリープも一刻を争うものはないが、正確な診断が大切だ

一般にピロリ菌が感染している場合に見られるポリープは、幽門腺が増殖した「過形成性ポリープ」が多く、背景粘膜や位置、形状などからバリウム検査で鑑別するのは難しい事ではありません。従って「胃ポリープ」などという曖昧な呼び方は止めて欲しいと思っています。(さすがに遠慮があるのか、最近は「胃隆起性病変」というさらに曖昧な呼び方をしています)

さて、胃ポリープとされてしまう疾患には、鑑別が容易な「過形成性ポリープ」の他にどんなものがあるのでしょう。粘膜下腫瘍というものがあります。これは1cm以下ではあまり問題にはならず、しかも形態的に鑑別も可能で、胃ポリープと呼んではいけません。「腺腫」(この場合腸型腺腫)も診断は極めて容易です。もちろんも診断は容易で、わざわざポリープとは表現しないはずです。

カルチノイド胃型腺腫といった、医者を悩ませる病変がない事はないのですが、頻度としては医者が一生かかってカルチノイドが数例、胃型腺腫は見つかるかどうかという少なさからすると、素人のみなさんが「胃ポリープだ」と言われてそれを連想する事は合理的ではありません。

従って、「胃ポリープ」と表現されるような疾患に心配なものはなく、安心して良いですよ、と説明するのです。ただし、必ず一度は正確な診断を受けて欲しいと思います。正確な診断とは、美麗な写真を記録し、その写真を専門医が見れば誰もが納得するような、そういう診断の事です。

■こんな記事もあります。

胃底腺ポリープ:より詳しく知りたい方へ
胃底腺ポリープへの先入観と実際:そんなに男女差があるわけではないよ、という記事
ピロリ除菌で胃ポリープは消えるか:一般的に過形成性ポリープは消失します
確定診断:この言葉が一人歩きしているようなので

■今後こんな事を書きたい

ピロリ菌陰性者に多い、胃体上部~噴門部の過形成性ポリープについて
胃底腺ポリープが増えるようなPPIの使い方は美しくない