2020/09/21

インフルエンザワクチン2020に関する患者さんの小さな疑問と、長くなってしまった回答

2020年9月20日記載

インフルエンザワクチンを65歳以上の方に優先して投与する、しかも10月中に、という事がテレビで言われているそうです。通知も来ました。ワクチンが来ないので実感がないですが。
日本には6000万人分のワクチンしかない(3178万本予定)。その供給は出荷ベースで以下のグラフになり、我々のもとに届くにはそれから1-2週間かかっている印象です。昨年は11月末までだらだらと出荷されていました。今年は政府は10月26日までに2800万本程度出荷を完了させるつもりではないかと思います。



その中で患者さんからの質問「どうせワクチンは3ヶ月しかもたないので、10月に打っても意味がないんじゃないか」というものがありました。何を根拠に3ヶ月?と思ったのですが、複数の患者が言っているのでテレビでそういう事を言う人がいたのでしょう。その根拠を調べていました。

とりあえずWikipediaは全言語をチェック。日本語のWikipediaにのみ、「インフルエンザワクチンは効果が3-4ヶ月しかもたない」的な文章がありました。他言語にはそういう記載が見当たらず、つまりそういう事なのですが、その根拠として武蔵国分寺公園クリニック副院長福士元春『薬局』p.108, 110-111. 67(1): 129-132, 2016.が挙げられていました。この医師はいろいろな文献収集をするのが得意なようで、おそらくどこかの文献なのでしょうがWikipediaの編集者が意味をわかっておらず曖昧な状態になっていると思います。



図に示したのは福士氏のものよりも新しい、2017年の論文の図です。2019年のScienceに載っていましたので非常に良いデータであると解釈されているということだと思います。「効かなくなる」の定義を「効果が半分になる」としてしまうとたしかにこのグラフからは120日前後と読めます。つまり4ヶ月という数字は全くでたらめとは言えなさそうです。(3-4ヶ月の「3」のほうの根拠はなお非常に曖昧ですのに「3」は患者さんの耳には残るのだから困ります)

しかしこの論文の本文ではデータの解釈は異なります。有効性はインフルエンザの種類によって月あたり7%から11%低下することを指摘していますが、だいたい5-6ヶ月は有意な有効性を持つ、つまりゼロになるまでは統計的に有意な有効性があるんだ、と言っているのです。しかも、流行前に打った人々のほうが、有効性の低下速度は遅かったというのです。この理由は良くわからずいろいろなバイアスが考えられるのですが、少なくとも10月(流行前)に打つことには特に異論は出ていない、むしろ推奨ということです。

?「3-4ヶ月しかもたない」
○「5-6ヶ月有効」
(しかもシーズン前推奨)

したがって、3-4ヶ月しか効果がないからギリギリまで待つべき、遅いほうが良いのではというような議論をテレビでしている人が仮にいるのだとしたら、そんな話は日本でしか成立していない(時期を自由に選ぶというような医療リソースの無駄はあまり他国では行われない)ことが雰囲気としてわかりました。その話がもしも10月中に打てなかった人、打てそうもなくて悲しくなっている人への慰め、であるならばよく納得できますがどうなのか。

さて、インフルエンザワクチンの効果が比較的はやく効果が落ちていく理由ですが、2つ考えられます。一つは抗体価が他よりも早く低下する(宿主免疫の季節的衰退、などと難しく書けます)こと。もう一つはインフルエンザがどんどん変異していくこと。

抗体価の減少が案外はやいのは、インフルエンザワクチンによる抗体は形質細胞(plasma cells: PC)のうち、循環性 B 細胞由来のPC(circulatory B cell derived PC: CBDPC)が産生するものが結構あって、これは非常に抗体価が落ちるのがはやいからだろうと推測します。ただし、香港株のワクチンについてはかなり抗体価が保たれることがわかっていて、6ヶ月経っても90%以上維持されるというデータがありますから、濾胞性 B 細胞由来の PC である、短命形質細胞(short-lived plasma cells: SLPC)が抗体を産生していると考えられます。通常我々が使っているインフルエンザワクチンは、CBDPCもSLPCも抗体産生する、と説明はされているんですが、いろいろあるんでしょう。

抗体価もそうですが、流行がはじまりますとインフルエンザはどんどん変異していきます。それによりワクチンは効果を失っていくわけです。シーズン後半にはだんだん効かなくなってくるのが運命なので、つまり、わざわざ遅らせて打ってもメリットはあまりなさそう、ということになります。もちろんそれとは別にとにかく打ってさえおけば将来のインフルエンザ罹患には得だとされるので、それを期待して打つという別の意味はあるでしょうけれど。

偉い人が言う通り、できれば出荷したてのホヤホヤ状態で、ワクチンを打つのが良いんじゃないかなと思います。したがって当院では私が優先順位をつけて、入荷量、患者さんの来院日をにらんで、今日ワクチンを打ってください、あなたは次回いつごろでお願いします、というようなことになるんだろうと思います。他院にかかっておられる患者さんから、通院中の医療機関では10月中の接種が確約できないと言われたという内容の電話がかかってきますが、私が順番を付けたその後、ということになるので10月中の接種はそもそも無理だと回答しています。(たぶん元の医療機関でも入荷が読めていないだけで、むしろ毎年そちらで打っているなら10月中に打てる可能性は高いです)

注:65歳以上に有効かどうかがわからない、ということを言う(Wikipediaにも書いてある)人もいますが、厳密なランダム割付が難しいから研究しにくいというのがその趣旨であり、効かないという意味で解釈されると困ります。

2 件のコメント:

  1. うーん?

    毎年、全部の症例の発生箇所を登録しているんですが(〜保育園〜組とか)、この説明だとある時点までは全部軽症で、その後1月くらいにある起点から一気に広がる現象の説明がつかないです。ここ20年くらい、症状の重さや伝播力は決して漸増傾向ではなく、スイッチです。市中統計では漸増に見えますが、個別を見ると抗体価ではなく、あくまで型マッチングの問題と捉えています。

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    1. 伊勢原市のインフルエンザを見ると、1週間で倍、というような増加が2-3週間連続するので、先生のご指摘は正しいと思います。そもそも自分自身が先生がご指摘のように型がずれてくる、ことのほうが重要ではないかと思っています。

      この元論文のデータでは、年度が違うとかなり流行に差があるので補正に補正を重ねて「どの程度抑制できたかな?」という事を算出しています。このグラフは抗体価とシンクロしているというよりは、結構標準偏差の大きな、有効率の低下をあらわしている意味しかないようです。

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