2018/03/25

不安は不快な感情ではない

自分は文章を、読む人にあわせて何通りにも書き直すことが良くあり、下の2つの文章は同じ内容を別の書き方で示したものです。言いたいことは、患者さんは良く不安になるのだけれど、検査をしてもしなくても一定の時間が経てば不安な状態ではなくなるわけで本来ならば不安を理由に検査しなくても?と思ったりするという事。逆に医療者側が「安心」を謳うのは詐欺っぽいので自分はなるべく「安心のために」などとは言わずにただ淡々と「科学的には必要」と言うにとどめている、という事です。もちろん演技的に患者に検査を受けるように訴えかけることはありますが、患者が科学的な思考の人ならばそうする必要は特にありません。


「情緒の系図」という本で哲学者の九鬼周造は「不安」を上手く書きあらわしています。すなわち一か他かの決定を孕んでいる危機の情緒が「不安」である、と。未来の可能性に対する緊張状態であり、しかしそれは不快とは限らないとも書いています。我々が行う治療には必ずリスクがつきまとい、未来は不定であるから、不安は医療の添え物のように存在するはずです。その乗り越え方には多様性があり、どれだけ多くの乗り越え方を提供できるかが医師の力量度量であると思います。第一次世界大戦終結はヨーロッパの人々をたいへんな不安状態におとしいれました。戦争が終わったのに、ますます不安なのです。ではどうやって彼らはそれを突破したか、というとそれが「実存主義」で、その言葉を聞いたことがあるでしょう。この実存という言葉は九鬼周造が作ったものです。ものすごく簡単に言うと個人・現実を大切にしよう、という事です。有名なのはサルトル。医学においてこの考え方は便利で「不安、未来に到達することで解消される精神状態です。一歩ずつ前に進みましょう」という主張に使えます。


第一次世界大戦は当時のヨーロッパの人々の価値観を破壊してしまい、特に宗教を背景にした確固たる自信は失われたようで、長い「不安の時代」に突入したみたいです。日本は戦争で疲弊したヨーロッパと比較すると非常に裕福であり、当時ヨーロッパに留学した日本人、九鬼周造もその一人ですけれどもずいぶんと良い暮らしをしたようです。おかげでその思想が輸入できたみたいですが。
当時のヨーロッパで発生してきたのが「個人主義」「今を楽しもう」というようなコンセプトです。めっちゃ大雑把に捉えればそれが実存主義なんでして、その考え方はいろんな不安を抱えている人と話し合う時に、「不安は未来の結果を予測する気分のひとつ」「しかしその未来が来た瞬間、その不安の有無はなんの意味ももたなかった事に気づくだろう」「その気分は良くも悪くもないけれど、とりあえず今をしっかりと生きようね」と説得するために使います。実存主義で有名なサルトルと交流のあった九鬼周造が実存主義という言葉を最初に使ったんですね。


患者さんによって「腑に落ちる」文章のパターンは異なります。普通に書くと(自分のメモとして書くと)前のパターンになります。患者さんの反応を見ながら話したという想定で書いたものが後ろのパターンです。でも明治維新で欧米列強に潰されずにすみ、日露戦争で一定の結果をおさめ、第一次世界大戦で疲弊した欧州の文化を日本が金に任せて(表現は悪いけど)輸入したというような自分の歴史感が、むじろ雑談系の文章には混ざり込んでいるのは面白いかもしれません。

2018/03/11

正確さ判定の能力

医学を含めた科学分野では、人類が残した知識のうち9割以上は英語で記載されているので、その言語を理解できるかどうかが知性の差になってしまう可能性がある。

得意不得意関係なく、理解しようとせざるを得ないから身につけるように、と自分の周囲の若い人々には話す。その話を聞いて「でも英語は嫌いだ」と言う若人は幸い居ない。だからこの話を書く必要もないのではあるけれど、英語に意味があるの?と思っている人もいるかもしれないので書いておくことにした。

ご存知の通り、Google翻訳は優秀で、2017年から飛躍的に機械学習アルゴリズムにより精度が向上している。最初は和英翻訳でその効果を実感したが、英和でも精度は上がっているように思われる。その他の翻訳ソフトも似たり寄ったりである。ソース、および細かい部分で人の手を入れているかどうかだけの差である。

自分は英語が得意でない部類に属している。しばらく現地で生活するとそれなりではあるが、普段は日本語の難しいフレーズをこねくり回すタイプであり、すぐに忘れてしまう。それでも文献(医学に限らず)は基本的には英語で読むが、それは細かい部分で一次情報の変化が起き、それを鵜呑みにするのが嫌だからである。日本語を読むのは変化がどこにあったかにより翻訳者の偏り(バイアス)を知るためである。報道では恣意的な変化が起きるのは皆さんご存知と思う。科学でも同様の事が起き得る。

時短のためにGoogle翻訳はありがたい。英語を斜め読みしてすべてが頭に入ってくる能力は自分にはない。しかしGoogle翻訳した日本語を斜め読みしてから英語を斜め読みするとまずは情報の第一相が脳に蓄積される。情報の第二相としては、共通言語としての専門用語を抜き出して理解する作業がある。

疑似科学の人々は、専門用語が一般の人には理解できない事につけこんで論理を恣意的に捻じ曲げてもっともらしいストーリーを作るのが得意である。一般の用語では説明できないからこその専門用語なのであるが、わざと間違えて使う事により、説得力のある嘘の文章を作ることが可能になっている。逆に我々も専門用語の無理解により、翻訳や理解を間違える事がある。したがって「どれが専門用語か」と判別する事は大切である。それが第二相である。

第三相は意味が通るかの再検証である。通らない部分は主語や係り受けなどを機械学習が正しく判定していない部分であり、どういう文章は自動翻訳が苦手か、などを我々が学習する良い教材になる。日本語能力、論理的な思考力が必要になる。

第四相として、めったにない事であるが、スキルのある職業翻訳家のアシストを受けることがある。あるいは同業者からの指摘も有り難い。なんとなく理解していた事が深く理解できる場合があり非常に助かる。細かい部分が間違っていると思われる日本語の医学記事を読んだ時にそれを指摘することがあるが相手からのレスポンスはほぼないので、最近はやめた。しかしこのように小さな間違いが日本語には沢山転がっている。(オリジナルアーティクルではない分、間違いがことさら多くなる、という特徴を知るべきだ)

さて、英語の検定であまり良い点数が取れなくてもこのぐらいまでは出来る気がするが、こういう事を繰り返す事のメリットとしては、「正確さ判定の能力」が向上する、という事がある。科学のみならず、あらゆる事象について、正しいかどうかの判定を繰り返すトレーニングが自分に非常に役立っている。

一次情報を取り扱える人間になれるかどうか、は将来を大きく左右する。時代として、人工知能が現在一次情報に侵入してきており、多くの天才が人工知能を恐れるのはその将来が少し見えるからである。知性の根源を握られると勝てない。若い人に勉強をしなさい、と自分は言わないが、物事が正しいかどうか、を考える作業は人生を楽しくするので、身につけておいたほうが良いスキルだ。多くの人は自然にやっていることだろうと思う。そしてとても良い教育をしている学校のカリキュラムはこうした能力が「自分が望めば」身につくようにプログラムされており感心する。

2018/03/04

正しい医療情報を得るための簡単なアルゴリズム

「コレステロールのお薬には怖い副作用があるんでしょう?ほら、筋肉がどうとか。筋肉が痛いって言ったら『それは大変だ、中止しなくちゃ』と、薬が中止になったんです。ですから私はその薬は使えません」という患者さんがいたとしましょう。


日本語で
コレステロールの薬 筋肉痛
と検索してみましょう。すると……

主に副作用(主に横紋筋融解症)を煽るような記事が多いです。ほとんどそうですね。


コレステロールの薬で最もメジャーなものはスタチンと呼ばれる薬なので、
スタチン 筋肉痛
で検索してみても同じです。



ところで、これを英語で検索してみることにします。わかる英語で良いです。
cholesterol drug mまで入れると勝手に muscle pain とサジェストすらしてくれます。
すると、

随分と違うんですね。冷静な記事が並びます。英語だからわからない?とりあえずGoogle翻訳してみましょう。すると筋肉痛が起きる原因ははっきりしていないが、薬が筋肉の増殖を抑制する可能性(抗炎症作用=筋肉は破壊により増殖するからそれをも抑制)とかCoQ10を減らすなどと書いてあり、それについては医療スタッフに相談せよと書いてあります。そのあとに横紋筋融解症の事が書いてあります。



以前私は健康の情報を得るためには、検索語+ site:ac.jp か、 site:go.jp site:or.jp を入れて検索すべきで、企業ないしアフィリエイト入りの記事は完全に無視しなさいと書きました。
しかしGoogle翻訳の精度が上がったので、日本語を英語に変換して検索し、その英語をまた日本語に変換して情報を得る、というアルゴリズムも勧めます。

少なくとも日本語でアフィリエイト入りの記事は完全に無視してもなんら不都合はありません。地球の知識の9割以上は英語で記述されているため、その分淘汰を受けやすくなるとも考えます。



この機能は簡単にWebサイトに実装も可能です。めちゃくちゃ暇になったらやるかもしれませんがーーー。