2009/11/19

Wilson病と片頭痛

2009年5月頃のMedscape Gastroenterologyより

内容は15歳の女の子が片頭痛を訴えて来院したときにたまたま肝機能障害が見いだされた。(GOT, GPT, r-GTPが正常の2-3倍程度)その場合鑑別診断は何か。普通は自己免疫性肝炎を疑うが、α1-アンチトリプシン欠損症とかヘモクロマトーシスとかWilson病もあり得るだろう。今回はWilson病であってATP7B遺伝子の変異が認められたのでキレートであるトリエンティン(Trientine)と亜鉛が奏功した。最近は古典的なWilson病(もっと進んでしまいカイザーフライシャー輪を認めるような)として見つかる前に診断のチャンスがあるという話。

この話自体は、「良い話だな〜」で良いのだけれど、あまり私には役に立たなかった。

何しろオフィスに来院した理由である「頭痛」は「片頭痛」として一瞬で片づけられてしまっているし。(Wilson病や、銅の避妊具を入れた女性で片頭痛を訴えることもあるという論文がある。なぜ銅がトリガーになるかは明らかにしていないが、血中のチラミンが上昇しており何らかの細胞傷害が起きていることを示唆している。それで血小板が消費されセロトニンが放出され欠乏状態に陥るとトリガーの可能性とはなる。銅は炎症に中心的に作用していることがわかっている金属のひとつで、これが炎症を起こしているとすれば細胞傷害のきっかけを作ったのが銅であると言う論理は成り立つかもしれない。キレートによる治療で女の子の片頭痛がどうなったのかは臨床医としてどうしても知っておきたい事のひとつで興味深いことなのに放置されたままである。そしてミステリー好きの人には「解決されなかった伏線」として大いに批判されるだろう。

医学における臨床試験問題は、「解決されない伏線、あるいは患者さんの主訴が多すぎる」のが医学生を悩ませる。そして実際の臨床では案外それらの「解決されないはずの問題点」が実は関係があって解決される実例を良く目にする。事実は小説より奇なりと言うが、実際の臨床の方が、臨床試験問題よりもよほど原因がシンプルですべての問題が一挙に解決できるという実例が多いことがわかれば医学はとても面白いのにと思う。

この症例、恐らくエコーでも肝臓に異常があったと思う。子供の肝臓は通常あまりにもきれいで、わずかの異常でも「おかしい」と思うはずだからだ。肝硬変になる前の、そうした症例の蓄積が非常に重要だ。胃癌になる前の胃はわかる。食道癌になる前の食道もわかる。エコーが玄人仕事で実際の観察と記録とが一意でないという特殊な検査である(内視鏡もそう)としても、やはり症例の蓄積は重要だし、異常を異常として気付くための検査として超音波検査はきわめて有用で、臨床医には「肝障害があったら全部の検査をやっておけ」と説明するよりも、「こういう所見があったら次の検査に進めよ」と教えたほうが有用にも思う。アメリカの臨床の問題を見ていると、あまりにも網羅的にすべての病気を調べすぎる傾向があり、これは医者がどんなにバカでも同じ結果が出ると言う点で非常に優れているのは認めざるを得ない一方で、お金もべらぼうにかかるし、看過出来ないほどの資源の無駄遣い、つまりその医療はアメリカ国内の一部の患者さんしか享受出来ないという悲しい側面もある。

診断においては子供に限らず侵襲の少ない検査から行なおう、資源を使わない検査から行なおうとすべきで、問診、診察を一番に、そこでおかしいと思えば私の次の一手は、尿検査、便の検査と同じくらいの重要度でエコーだ。エコーは一度買ってしまえば電気代がかかるだけで、(もちろんプローブは消耗品だし、ゼリーも使うけど)患者さんにはほとんど害をなさないし、少なくとも血液検査をするよりは私には抵抗感が少ない。しかも私にはきわめて有用だ。有用かどうかはただし、エコーの熟練度によって決まってしまうのが実情で、エコーでなんでもわかると豪語するのは危険だし、客観性に欠けると言う絶対的な欠点があるためにたとえ自分は出来ると思っても普及させようとは思わない。しかし将来はロボットがエコー検査を行なう時代が必ず来て、検査が客観性を持つ時代が来るわけで、その時代に備えて症例の蓄積が重要だから行なっているような側面も私にはある。

このWilson病のケースでは肝障害の診断においてエコーが無視されているほかに、世界的には最も多いだろう飢餓性の肝障害とか寄生虫による肝障害にも全く触れられていない事も気になった。

もちろんアメリカではエコー検査が10万円以上(日本は5300円で、血液検査をするよりも安い)するために、検査として話題にも登らないことは理解出来る。

しかしながら、こういう国内外で違う医療事情を知らずに盲目的にアメリカの教科書を読んで勉強して、そのままを当てはめていく医者が今後増えていくのならばそれはそれで問題だ。

ともあれこの問題が勉強のきっかけになり、やはり非常に良かったと思える。それにアメリカではおかしいなと思えばメイヨークリニックで遺伝子診断してもらえて良いなあとか思った。日本ではまずコマーシャルで遺伝子検査をしてもらえるもの以外は不可能だし、可能だとしたときに料金を誰が負担するかでもめる。アメリカでは支払いをどうするか、保険会社と事前に直接交渉できるだけまし。日本は保険が事前に認めるかどうかの交渉は出来ない。保険で認められている検査ですら、あとで支払い基金が「払いません」と言ったらそれで一巻の終わりだ。ましてや保険が認めていない検査については本来医師の裁量で行なっても良いとなっているはずなのに実際は全部基本的にはだめだ。また、コマーシャルではない検査なら、「混合診療禁止」とかいう変なルールでアウト。混合診療とは本来、診断がついてからの問題なんであって、その診断名について保険診療と自費診療を混ぜてはいけませんというルールだったように思う。でも、診断についてもコマーシャルでないものを使うときに「混合診療禁止」とかいって請求出来ないようなムードになっているのはおかしいなとも思う。

0 件のコメント:

コメントを投稿