2009/01/17

二酸化炭素で内視鏡

防爆の目的で古いファイバースコープの時代から標準的にオプションとして用意されている炭酸ガス用の送気送水タンクを用いれば、わずかの出費で二酸化炭素を内視鏡に使用することができる。

St. MarksのDr. Williamsが日本でかつて講演された際に注腸バリウム検査に二酸化炭素を用いると仰っていたことをヒントに当院院長が内視鏡でも可能かどうかをオリンパス社に問い合わせたところカタログにもすでに載っていて脱力したそうである。ヨーロッパ向けのオプションであって、日本では宣伝されなかったものだから誰も知らなかったのである。それは、私が医者になる前の話で1980年代である。

私は医者になったころには、すでに7kg入りの大きな二酸化炭素ボンベが当院の内視鏡の横に鎮座ましましていて、大腸内視鏡の度にそのバルブを開けるのが通例であった。たまには閉めるのを忘れて翌朝には二酸化炭素の残量がゼロになってしまい、もったいないなあと思ったこともある。

そういうことで、私は二酸化炭素でしか大腸内視鏡をしたことがない。院長により、10数年前に私が内視鏡を持った当時から二酸化炭素、あるいはキャップ、あるいは送水装置など、挿入が簡単になり、患者さんに苦痛を与えないためのあらゆる工夫がすでに用意されていた。初心者であった私もそのために幸い患者さんに苦痛を与えたという経験がなく、自分は特別に上手いのだと勘違いしているふしがある。そのくらい、二酸化炭素を用いた内視鏡は安楽である。それは間違いがない。

二酸化炭素用の送気バルブも、ボタンを押さないときに二酸化炭素が漏れるかどうかの違いしかないために、脆弱なそのバルブがしょっちゅう壊れて買いなおすコスト(+バルブ生産のために要するCO2の量)よりも、漏れる二酸化炭素の方がはるかに少ないという合理的な判断から、使用していない。

なぜ、このように良いことづくめの二酸化炭素内視鏡が普及しないのであろうか。

ひとつは、二酸化炭素の利用が高額なのではないかという勘違いがあると思われる。
当院での実際を計算すると、一人当たりのコストは23円である。

私のメールから引用すると、

ヨーロッパの先生が誤解しているだろう事は、CO2を使用するために特別な装置が必要だと思っているところだと思います。減圧弁、流量計で充分なのに、です。日本でも国立がんセンターがCO2注入用の機械の使用経験を発表しています。しかし長時間、大量に二酸化炭素を使ってしまうかもしれないESDならばともかく、通常の検査でそれは全く必要ないのです。

二酸化炭素が体内にたまるのではないかという疑問については、私は以下のように答えたことがあります。

拘束性換気障害については充分に注意が必要です。
しかしリスクは空気>>CO2です。CO2の方が安全です。
空気で腸を膨らませた場合に横隔膜が挙上し、換気量が低下してしまいます。この為、患者さんのSO2も低下します。換気量が絶対的に低下した場合にはCO2も蓄積しやすくなります。(これは呼吸生理の話です)
空気が入ってしまうと取り返しがつきません。拘束性換気障害があり、O2が必要な患者さんについてはそもそも内視鏡検査のときにgeneral anesthesiaの準備をしてから行うべきです。
ところがCO2では、こういう自体を予測していなかったとしてもアンビューを押していればリカバーできます。空気よりも安全です。

では、COPDの人はどうでしょう。
COPDの患者さんでは、それほど換気量は低下していません。
SO2の低下が軽度であれば、CO2の拡散スピードからして、たまるということはありません。理論的に。PCO2を測定する意義というのは、PO2がすっかり下がってから、あるいはO2大量投与時の状態を知ることにあります。したがってRoom Airで検査をしている限りはPCO2を測定する意義はありません。

しかしESDの登場で少々変化が出てきました。ESDをするときにO2を投与しながら際限なくCO2を入れるような乱暴な手技が行われないかと危惧しています。(パンパンに膨らませたいという心理は理解できますが・・・)これですと、換気量を超えてCO2を入れてしまう可能性がゼロとは言えず、どのくらいの圧力でCO2が平衡に達するのか基礎的な検討が必要です。
またそれほど大量にCO2を入れたときに血管が開いたりするのか、それで血圧が低下しないのか、興味深いところではあります。私はESDをしないので検討のしようがありません。残念です。

しかし、Room Airで普通に検査を行った場合、1分あたりのCO2使用量は1.5リットル程度です。しかもそのほとんどは大腸には注入されず、内視鏡のボタンから漏れていくわけです。COPDがある患者さんであっても、SO2の極端な低下がない場合安全に使用が出来ます。

このあたり(COPDにも安全)は古い文献にも記述があります。

成人が1分間で体重1kgあたり4.66ミリリットルの酸素を必要とするということは単純に考えて60kgの人間が280ミリリットルの酸素交換を普通にしているということであろうけれど、二酸化炭素は酸素の20倍拡散しやすいなどという記述も見られるから、二酸化炭素の肺での交換能力として最低でも5.6リットルまでは保証されているという事なのだろうか。換気量が落ちて極端にSaO2が低下すればまだしも、通常の状態ではやはり問題にはならないように思う。そして、消化管からの吸収スピードよりも肺胞からの排出スピードの方が比べ物にならないほど速いということが、何よりも重要である。
もっとも、だからこそ腹腔鏡手術に使用されているわけであるが。

以上については、Progress of Digestive Endoscopy Vol. 71 No.2 (2007) p42-45に「二酸化炭素を使用した消化器内視鏡検査とその利点:当院の経験」として発表しました。

2009/01/06

胃底腺ポリープ

hokusai?.jpg Kunio Ukawa 2008
2013/10/6記
この記事が医師以外の方に良く読まれているので書き直します。(もともとは医師向けのブログです)
最初に「前回の『萎縮』に引き続いて」と書いてあるように、萎縮の概念が理解できないとポリープは理解しにくく混乱が生じます。まずは萎縮についてお勉強しましょう。

日本では胃粘膜が薄くなる原因のほとんどがピロリ菌であるので、それのみに焦点をあてて説明します。
ピロリ菌が感染すると症状がほとんどないものの炎症が起きては治る、が繰り返されます。炎症の起きて治った部分は元の粘膜より薄くなることが観察されます。その薄くなった領域が胃の出口から徐々に徐々にゆっくりと広がっていきます。この広がりには特定のパターンがあって、それを発見したのが木村健先生、そのパターンは木村・竹本分類と呼ばれています。
とはいえ、まともでわかりやすい解説がWeb上にありません。以下に私が書いた文章を示しておきますが……。(わからない若い内視鏡医は私に直接メールで相談してくださっても結構です。あなたの上司は間違っているかもしれません)

萎縮とはなにか
再掲:萎縮性胃炎とはなにか
萎縮性胃炎2


上記の「萎縮」の話は読んだとして続けます。やっと「胃底腺ポリープ」(fundic gland polyp: FGP)の話。

検診で「ポリープの疑い」と書かれたらほとんどがこれで、そして医師にもまだ理解していない人がいるので記載しておきます。(こちらも参照:「検診で胃ポリープと言われました」)(2016年追記:逆に「幸せポリープ」などと書いてしまう愚かな人もいて困るのですが……検診しかやってないとそうなるかもしれませんが、PPI使いすぎ、などの指標にもなります。一部の人にとっては幸せとも言えません。何にせよ正しい知識が重要です)このあたりから少しですます調をやめますがしばらくお付き合いください。

胃は粘液などを分泌する腺細胞で覆われており、それらは胃の出口(幽門)を中心に分布する幽門腺、入口(噴門)付近の噴門腺、それ以外に分布して胃酸などを分泌する胃底腺、に分類されている。

腺細胞が過剰に増えるとそれは表面から見て膨らんで見える。それを胃ポリープと呼んでいる。場所により腺細胞は違うのだからポリープにも幽門腺由来のもの、胃底腺由来のもの、噴門腺由来のものとがあるはずで、実際そうである。

ピロリ菌が感染して胃の表面に炎症が起こると粘膜の増殖が生じることがあり、これは胃底腺領域であっても組織で見ると幽門腺のような形態になって増殖(過形成)が生じてくる。これを一般的には「過形成性ポリープ」と言う。もちろん幽門腺がそのまま増殖してくることもある。(噴門腺は難しいので省略)

消化器病学会のページで「胃腺窩上皮過形成性ポリープ」として紹介されているものがそれだ。(用語集も参考になるので参照→こちら

このいわゆる過形成性ポリープの話は今回避けるが、読売新聞に2000年代に書かれた記事ですら、この過形成性ポリープと胃底腺ポリープが完全に混同されてしまっている。偉い先生が書かれた記事なのに、だ。「検診で指摘されるポリープはほとんどが過形成性ポリープで云々・・・」という書き方からも混同している事は明らかだった。胃底腺ポリープも確かに胃底腺の過形成なのだけれど、それを当時の医学的知識で区別しないのは問題だろうと思う。

さて胃底腺ポリープは、胃底腺そのものの過形成で生じたポリープで、実際その数は膨大だ。検診で指摘されるポリープの多くはこのポリープである。

当院ではオリンパス社の内視鏡装置を使っていて、200シリーズ、230、240、260、290シリーズとだんだんステップアップしてきた。このうち、胃に関しては、240シリーズ、260シリーズで非常に画質の進歩があった。解像度だけでなく、ダイナミックレンジも拡大している。(経鼻内視鏡の一部はまた200時代の画質に戻っているのでここでは考えないことにする)

どうしてその話を書いたかというと、胃底腺ポリープの発見率は使用する装置にひどく依存するからだ。

欧米で胃底腺ポリープの発見率は1.9%程度という報告がある。(日本でも1989年の報告で1.9%という数字がある)が、これは著しく低い。当院では2009年時点で女性の23.4%に胃底腺ポリープは見つかっているし、男性にも16.3%見つかっている。恐らく報告があった当時、ヨーロッパの機械は100シリーズやファイバースコープであったろう。(ヨーロッパで使用されているオリンパス社の電子スコープ100シリーズは日本の装置と比べて少々画質が落ちる。使うCCDが違うから。というのも日本では単色のCCDを使用し、赤緑青のフィルターを通した光を順番に照射しその合成像を画像として得る。これを面順次式というけれど、きちんとぶれずに写真を撮るには技術が必要だからヨーロッパの医師には評判が悪いのだそうだ。なので画質は落ちるけれど、カラーCCDを使用した数字が1で始まるシリーズをオリンパスは日本以外の国へは輸出している)

ピロリ菌がいない患者に限れば、女性の57.1%、男性の48.3%に胃底腺ポリープが見つかる。非常にありふれた所見だ。200シリーズの時代は10%~くらいであったが、それが機種を新しくする度に上昇しているわけだ。このポリープの発見率について以前学会で発表したときに、「ひょっとして全員あるんじゃないのかな」と思い、さらに注意して見るようになるとますます沢山見つかるようになり、現在の割合に至っている。

「胃底腺ポリープ」というのは、胃底腺がそのまま素直に増殖した隆起だから表面がクリっとして平滑で、周囲との境界が鮮明で、色調は周囲と全く同じで、腺構造が見えたり、あるいは regular arrangement of collecting venules (RAC) という毛細血管が表面に見えたり、あるいは中に水のようなものが溜まっているように見えたりする。非常にわかりやすい形態だ。とはいえ、色調が同じなので機械のダイナミックレンジよりは解像度がとても重要だから、ファイバースコープの時代にはある程度の大きさがないと見えなかったのだと思う。

そのポリープが見つかる胃には以下のような特徴がある。(前回の萎縮の記事を理解しないとこれはわからない)

1) 萎縮は、C-1あるいはC-0である。つまりピロリ菌感染がない非常にきれいな粘膜である。
2) 萎縮はC-2とかC-3。だけれど、過去にピロリ菌の除菌をしていて非常にきれいな粘膜である。
3) 萎縮もあるし、いかにもピロリ菌感染があるのだけれど、なぜかそこに胃底腺ポリープがある。

圧倒的に多いのは1)のパターンだ。しかし、ピロリ菌の除菌をする症例が増えると2)の患者さんも増えてきている。さて、わからないのが3)で、ほんの数例だが背景に萎縮があり、ピロリ菌もいるのに形態的には胃底腺ポリープだ、という膨らみが胃内に存在する患者さんがいる。これはβカテニン遺伝子異常などが関与したりするのかも知れないけれど調べられないので今後の課題。

ではなぜ背景に萎縮がなくて、ピロリ菌がいない患者さんに胃底腺ポリープが出来るのか、そして10%だけ女性に多いのはなぜか。

その前にFGPとFGP-like lesionとは違うのだろうか。
「違う」とされているが、PPIで大きくなるFGP-like lesionはもともとすべてFGPとして認識されていた隆起だ、という論文もあり、明確ではない。
「違う」と明言するならば、ブラインドでFGPなのかFGP-like lesionなのかを当てなければならないけれど病理医にそれが出来るとは思わない。PPIを服用している胃のFGPないしFGP-like lesionもバラエティに富んでいる。すべて取ってみて、遺伝子のレベルで調べてみれば、FGPにもいくつかのバリエーションがあることがわかるのだろう、将来は。このFGP-like lesionでは血中ガストリンが高い事があるとされており、FGPとは違うのは確かなようだ。しかしFGPでは組織内ガストリンレベルは高いとされていて血中のそれとは挙動が異なる。なかなか理解が難しい。

1) 前庭部の粘膜内ではガストリンという消化管ホルモンが盛んに産生される。ガストリンは胃底腺を刺激して胃酸分泌などを誘導するが、FGPのある胃では血中ではなくて組織内のガストリンが多く観察されるのだという。それにより刺激された腺細胞が増殖を起こす。血中ガストリンが高いのはピロリ菌感染した胃なので難しい。PPIで胃酸分泌を抑制すると大型化したりすることも考えると、ガストリンが有効活用されない「なにか」機序があって、それが組織中ガストリンの増加およびFGPの出現を惹起するのかもしれない。またある種の遺伝子変化があるともされている。
2) 女性で多い理由は、女性ホルモンが増殖に関与している。(腺細胞の中にエストロジェンの受容体が証明されているわけではないけれど、もともとエストロジェンのようなホルモンは、細胞膜を容易に通過して核内に入り込み細胞増殖に関与する可能性がある。あるいは多くの胃癌でエストロジェンレセプターが発現している事から、もともと腺細胞にはエストロジェンへの感受性があるかもしれない)面白いのはどうもこのエストロジェンで刺激されているかもしれない10%のポリープは、いわゆるFGPよりもやや大型であるということだ。これはこれでFGP-like lesionと呼ぶべきなのかもしれない。
3) ピロリ菌が感染し、胃炎がおきると前庭部の粘膜内ガストリンが低下するので胃底腺への刺激がなくなる。これがピロリ菌感染者では胃底腺ポリープが少ない理由である。

この仮説を増強するように以下のような事象が観察されている。

1) プロトンポンプ阻害薬を使用すると胃酸分泌を抑制、そのため胃酸分泌を刺激するためのガストリンが過剰産生される。この薬を長期にわたり使用していると胃底腺ポリープが大きくなることが観察される。
2) ピロリ菌の除菌をした患者さんでは、除菌後に胃底腺ポリープが発現することがある。

以上をまとめると以下のようになる。

胃ポリープと言われたら
1) 胃ポリープは肉眼的に容易に診断が可能で、一度は内視鏡を受けておく価値がある。圧倒的に数が多いのは胃底腺ポリープであるが、注意していないと見つからないことも多々ある。胃底腺ポリープはFAP(家族性大腸腺腫症)に合併する事が多いと脅かすマスコミや医師がいるが、FAPに合併する胃底腺ポリープは肉眼所見が全く異なっていて密集した無数のポリープであるから、胃ポリープがあるからといってFAPを心配するのは間違い。
2) 胃底腺ポリープがあるときに、背景粘膜がどうであるかによって説明は変わる。通常は背景粘膜はピロリ菌の居ないきれいな粘膜であるが、その時には将来胃癌のリスクは低いと考えられる。定期的な経過観察についても一部の患者さんをのぞけば必要なしと説明している。
3) 本来は胃透視でも容易に診断ができるが、背景粘膜を読影せずに「要精密検査」と判定される事があれば問題である。
4) 胃にポリープがある、と言われた場合には必ず胃腺窩上皮過形成性ポリープなのか、胃底腺ポリープなのか、それ以外のポリープなのか、それを医師には質問して欲しい。良性です、はその答えにはなっていない。