St. MarksのDr. Williamsが日本でかつて講演された際に注腸バリウム検査に二酸化炭素を用いると仰っていたことをヒントに当院院長が内視鏡でも可能かどうかをオリンパス社に問い合わせたところカタログにもすでに載っていて脱力したそうである。ヨーロッパ向けのオプションであって、日本では宣伝されなかったものだから誰も知らなかったのである。それは、私が医者になる前の話で1980年代である。
私は医者になったころには、すでに7kg入りの大きな二酸化炭素ボンベが当院の内視鏡の横に鎮座ましましていて、大腸内視鏡の度にそのバルブを開けるのが通例であった。たまには閉めるのを忘れて翌朝には二酸化炭素の残量がゼロになってしまい、もったいないなあと思ったこともある。
そういうことで、私は二酸化炭素でしか大腸内視鏡をしたことがない。院長により、10数年前に私が内視鏡を持った当時から二酸化炭素、あるいはキャップ、あるいは送水装置など、挿入が簡単になり、患者さんに苦痛を与えないためのあらゆる工夫がすでに用意されていた。初心者であった私もそのために幸い患者さんに苦痛を与えたという経験がなく、自分は特別に上手いのだと勘違いしているふしがある。そのくらい、二酸化炭素を用いた内視鏡は安楽である。それは間違いがない。
二酸化炭素用の送気バルブも、ボタンを押さないときに二酸化炭素が漏れるかどうかの違いしかないために、脆弱なそのバルブがしょっちゅう壊れて買いなおすコスト(+バルブ生産のために要するCO2の量)よりも、漏れる二酸化炭素の方がはるかに少ないという合理的な判断から、使用していない。
なぜ、このように良いことづくめの二酸化炭素内視鏡が普及しないのであろうか。
ひとつは、二酸化炭素の利用が高額なのではないかという勘違いがあると思われる。
当院での実際を計算すると、一人当たりのコストは23円である。
私のメールから引用すると、
ヨーロッパの先生が誤解しているだろう事は、CO2を使用するために特別な装置が必要だと思っているところだと思います。減圧弁、流量計で充分なのに、です。日本でも国立がんセンターがCO2注入用の機械の使用経験を発表しています。しかし長時間、大量に二酸化炭素を使ってしまうかもしれないESDならばともかく、通常の検査でそれは全く必要ないのです。
二酸化炭素が体内にたまるのではないかという疑問については、私は以下のように答えたことがあります。
拘束性換気障害については充分に注意が必要です。
しかしリスクは空気>>CO2です。CO2の方が安全です。
空気で腸を膨らませた場合に横隔膜が挙上し、換気量が低下してしまいます。この為、患者さんのSO2も低下します。換気量が絶対的に低下した場合にはCO2も蓄積しやすくなります。(これは呼吸生理の話です)
空気が入ってしまうと取り返しがつきません。拘束性換気障害があり、O2が必要な患者さんについてはそもそも内視鏡検査のときにgeneral anesthesiaの準備をしてから行うべきです。
ところがCO2では、こういう自体を予測していなかったとしてもアンビューを押していればリカバーできます。空気よりも安全です。
では、COPDの人はどうでしょう。
COPDの患者さんでは、それほど換気量は低下していません。
SO2の低下が軽度であれば、CO2の拡散スピードからして、たまるということはありません。理論的に。PCO2を測定する意義というのは、PO2がすっかり下がってから、あるいはO2大量投与時の状態を知ることにあります。したがってRoom Airで検査をしている限りはPCO2を測定する意義はありません。
しかしESDの登場で少々変化が出てきました。ESDをするときにO2を投与しながら際限なくCO2を入れるような乱暴な手技が行われないかと危惧しています。(パンパンに膨らませたいという心理は理解できますが・・・)これですと、換気量を超えてCO2を入れてしまう可能性がゼロとは言えず、どのくらいの圧力でCO2が平衡に達するのか基礎的な検討が必要です。
またそれほど大量にCO2を入れたときに血管が開いたりするのか、それで血圧が低下しないのか、興味深いところではあります。私はESDをしないので検討のしようがありません。残念です。
しかし、Room Airで普通に検査を行った場合、1分あたりのCO2使用量は1.5リットル程度です。しかもそのほとんどは大腸には注入されず、内視鏡のボタンから漏れていくわけです。COPDがある患者さんであっても、SO2の極端な低下がない場合安全に使用が出来ます。
このあたり(COPDにも安全)は古い文献にも記述があります。
成人が1分間で体重1kgあたり4.66ミリリットルの酸素を必要とするということは単純に考えて60kgの人間が280ミリリットルの酸素交換を普通にしているということであろうけれど、二酸化炭素は酸素の20倍拡散しやすいなどという記述も見られるから、二酸化炭素の肺での交換能力として最低でも5.6リットルまでは保証されているという事なのだろうか。換気量が落ちて極端にSaO2が低下すればまだしも、通常の状態ではやはり問題にはならないように思う。そして、消化管からの吸収スピードよりも肺胞からの排出スピードの方が比べ物にならないほど速いということが、何よりも重要である。
もっとも、だからこそ腹腔鏡手術に使用されているわけであるが。
以上については、Progress of Digestive Endoscopy Vol. 71 No.2 (2007) p42-45に「二酸化炭素を使用した消化器内視鏡検査とその利点:当院の経験」として発表しました。