2012/01/31

テスターとしての医者

バグのないプログラムがないように、欠点のない治療法はありません。
したがって、新しい治療法を開発するのは良いのですが、それをテストする人がいなければなりません。

マイクロソフトには9800人のテスターがおり、それはプログラマーとほぼ同数だということです。(参照リンク)多くのテストがコンピューターの世界では自動化されていることを考えるとこれは驚くべき人数です。医療の世界ではテストは自動化されていないので膨大な数のテスターがいて初めて欠点を克服できるはずです。実際にはそうなっていないので、欠点が克服できないのです。

テスターに望まれる資質は、問題解決能力、クリエイティビティ、変化への対応力。(むしろ開発者より優秀か?)開発への参加、社会貢献を実感してもらえるようなシステムづくりをしない限りは、このような優秀な人材がわざわざテスターになってくれるわけがありません。そしてマネジメントをする人材は別に用意する必要があるでしょう。

ブラックボックステストというものがあります。探索的テストというのは、事前に治験のデザインを決めずにスタートし、問題点を探しながら即興的にデザインを決めていくというようなものです。テスターの能力が試されます。事前定義テストケースは、従来の治験と同様です。ある決められた条件で行い結果を見るだけのもの。コンピューターの世界ではテストは自動化されていますが、医療ではテストは自動化できるのでしょうか。本来ならばスーパーコンピューターの利用は、医療関係の副作用予測などに使われても良いはずですが、パラメーターなども未知数であり、全ゲノムの解析がやっと終わった現代ではまだまだ研究の入り口にも立っていないかも知れません。しかし将来は必要不可欠な分野になるだろうと思います。また、医療者または患者の利用シーンを想定して、仕様を決めていくというアプローチもあるようです。コンピューターの世界は、テストという意味ではまだ「自らが人体実験の被験者になる」というような事が平気で行われています。(これを「ドッグフーディング」と呼ぶようです。電子カルテダイナミクスでは「ヒトバシラー」と呼びます)

ホワイトボックステストと言うものがあります。頭の良いテスターはコードを見るだけでバグを予測することも出来ます。私が逆流性食道炎に●●(慢性胃炎の薬)を使うな、とか、二次性骨粗鬆症を無視するな、とか言っているのはホワイトボックステストに相当するでしょう。
データカバレッジ分析、コードカバレッジ分析と言うものもあり、テストがうまく行っているかどうかもコンピューターの世界では評価されます。治験が終わってからではなく、途中で臨機応変にフィードバックしていく、という事が行われるのです。

以上、現在の医療にプログラムのテスト手法を応用すると、開発の途中からどんどんテストが始まるためスピーディで、テスターのスキルが必要とされるものの、(もともと医療の世界では優秀なテスターが、あまりに簡単な仕事に飽きてしまいモチベーションが上がらないという事が容易に起きるので好都合)予想外の成果を得ることが出来そうな良いシステムのように思います。グーグル社内では開発者がテストの責任も持つことになっているようで、結果としてはマイクロソフト同様に早い段階でテストを行うということになるようです。

日本の製薬メーカーや医療メーカーに医者が大量に就職していない状況は残念で、自動化が可能な近未来への準備を行う上でも、テスターとしての優秀な医者の活躍の場をもっと広げるべきだと思いました。メーカーさん、接待などしている場合ではありません。

2012/01/28

得た所見から病態を理解する~閉塞性大腸炎

超音波の特性を理解しておくことで、初めて見た所見であっても何が起きているのか推測が出来るというのが超音波検査の良い点ではないかと思います。


下腹部に「癌が触れる」と来院されたこの方の所見はしかし、「虚血性腸炎」にそっくりです。
管が左斜め上から右斜め下に向かって走っているのはわかるでしょう。
それはS状結腸ですけれど、壁が厚くなっています。ほぼ均一に厚くなっています。そして層状の構造は保たれています。内部には白い高輝度の点はありません。(左上にはあります)
炎症で厚くなった粘膜で、内腔はほぼ閉塞した状態であると推測が出来ました。
しかしこれが虚血性腸炎であるならば、激しい下痢と下血があるのが通常です。それが心にひっかかりました。一方このすぐ下には「大腸癌?」と疑わしい、腫れが強く、高輝度の潰瘍を示すような所見がありましたが、これらの所見は併存が可能なのでしょうか。癌の浸潤でS状結腸まで腫れている?腹水もないしまさか!
大腸を内視鏡で見るとすぐに大腸癌は診断出来たのですが、しかしまだ病態が理解出来ません。
1)大腸癌で内腔は塞がって見える
2)しかし腸閉塞の症状はなく、下血もない
3)痛みはある
4)しかし腹膜刺激症状はない
さてどうしたものでしょうか。いざ本当に閉塞したり穿孔してしまえば緊急手術となります。病院の先生方には迷惑はかけられません。
そこで、 http://scholar.google.com にアクセスして
「大腸癌 虚血性大腸炎」
と入力しますとすぐに、
そしてそれらの文献を読むと、
「イレウス症状にはならない」
「穿孔例はなさそうだ」(穿通は報告を見つけました)
とわかりました。細菌感染から敗血症になるのを防ごうと判断し治療を開始しました。
イレウスにはなっていないので、腸内容がスムーズに通り減圧が出来れば、術後の縫合不全の予防にもなるのではないかと思いました。


低残渣食、抗生物質、整腸剤、消化剤、ガスコンで治療をしたところ、痛みは軽快し、腸管内部に空間が出来ているように見えます。(白い高い輝度のある部分は泡があることを示しています)
大腸癌で狭窄し、腸管内圧が高まるとその部分に虚血・浮腫を生じてしまうという仮説があるのですが完全に閉塞したわけではないために、浮腫が新たな狭窄として内圧上昇の原因となり徐々に口側に広がっていき広い範囲での浮腫を生じているのだろうと理解出来ました。

エコーというモダリティには「早いのが取り柄」「内視鏡のように検査中に必ず結論を出さなければならない制限はなく、院内に患者さんがいれば繰り返し写真を撮り直すことが可能」という利点があります。
ただ、この検査は非常に主観的な検査であるというのが欠点でゴールデンスタンダードにはなり得ない。じゃあ、これをゴールデンスタンダードにする方法はないのか、と考えますとそれはロボットによる診断しかないと考えています。

2012/01/08

QC(医療従事者における)

大学院で実験をしているときの話。
様々な測定をするわけですけれど、その測定が正しいかどうかを定期的に検定する作業がありました。正確には自分で行っていたわけではなく、熟練のテクニシャンがして下さるわけです。私はその統計処理の手伝いを少しだけしましたがほとんど横で見ているだけでした。

Quality Control(クオリティ・コントロール/品質管理 略してQC)という作業です。

Attribution Some rights reserved by JD Hancock
4年の大学院を終了して、勉強はしたものの実験の成果を出すことは出来ませんでした。ただ、当時のテーマは内臓脂肪細胞からのサイトカイン放出、例えばTNF-αを基礎とするものでしたがその概念は20年経った今でも色あせるどころかますます輝きを増しており勉強しておいて本当に役立ったと思います。(IRHIOなどといったあまり日本では話題にも上らないテーマをこのブログに書くのもその影響です)

さてQCに話を戻しますが、医者ほどQCが重要な職業もないだろうと思います。ですからいかにして医療の質を向上させて保つか、を真剣に考えねばなりません。
専門医という制度は役に立つかもしれません。
が、それは「一定のレベルに達した(人生のある時点で)」という事を表しているに過ぎません。
それではつまらないではないですか!

大学病院や大きな病院では人と比べる、という事が容易です。
例えばカンファランスなどで議論する。多くの医師や医療従事者、患者から評価を受ける。
そうしたことで相対的な自分の位置はわかりやすいのです。

では医療を個人の医院で行う場合はどうなのか。
自分の実力は評価できるのか。
ということを考えてきました。


  1. 患者の反応で測定する方法。
    • 私の父はいつも20年ぐらい医療を先取りする人なので偉いなと思うのですが、どう患者が反応したかどうかをデータベースに入れていたわけです。上部内視鏡検査のときに鎮静がかかりすぎた場合は0.9、全く反射がない場合は1、のどの挿入時に一回だけゲーと言った場合は1.1、内視鏡の最中にずっとゲーと言っていたが検査に支障はないのが1.2、体動が激しいのが1.3、手が出て内視鏡に支障があったら2、あばれちゃったら3、検査が中止になったら5と言う風に。下部内視鏡検査では痛みを訴えなかったら1、一回だけ「いてっ」と言った場合は1.1、辛そうにしていたら1.2。下部内視鏡検査は辛そうだとすぐにやめてしまうのでそれ以上はありません。
    • 毎年2000を超える内視鏡があるのですが、「果たして自分は良い内視鏡が行えているのか」と自己評価するのです。
  2. ある所見の分布で測定する方法。
    • 胃の粘膜を木村分類で評価するのですけれど、この分布が偏っていないかどうかを自己評価します。もちろん患者数が多いから出来る手法ではあります。
  3. ある所見の検出頻度で評価する方法。
    • 胆嚢ポリープなど一定の確率で出現する所見がちゃんと拾えているかどうかで評価する方法です。上部内視鏡の場合は胃底腺ポリープ(C-1の胃における)の出現頻度が女性で60%を超えているかどうかというのを指標にはしています。大腸においては結腸憩室の頻度が40%に近くなっているかどうかを指標にしています。結局たくさん検査をするから可能になっています。
  4. 長期予後を見る方法。
    • 見落としがなかったかどうかは10年以上長期にわたって患者さんをフォローすることで評価が可能になります。そのためには患者さんを逃してはなりません。そのためには良い医者でなければなりません。ということで、結局高い質をキープしなければ可能にはなりません。電子カルテなので予後を聞き取り調査しやすく、たいへん重宝しています。
  5. 経済性の評価。当院は安いのも取り柄なので。
  6. 患者満足度(リピート率)の評価。決して広告やDMを出さずに来るかどうか。
  7. 今後はスマートフォンなどを使ってリアルタイムにコメディカルや患者がこれらの評価に参加することとする。


これらは今自分で行っているわけですが、電子カルテが勝手に行って医者に限らず医療従事者を評価するようになる。
というのが私の未来像です。
こういうことを10年前からやっていましたので、自分にとっては電子カルテを使わない、というのはありえない話なのです。