2010/10/07

リスクの細分化が医師のストレスをモチベーションに変化させる話

今日は田園都市線が停電で遅れてしまい、私は少し遅れて検査室に入りました。

「お、除菌後だね」と私が言います。画面には患者さんの胃の前庭部(出口のそば)が映っていました。私は除菌後かどうかは高確率でわかるのです。

今日の検査はT医師担当で、内視鏡医としてはまだひよこちゃんですが、それでも世間一般のレベルからすれば立派なものです。私はT医師の後ろに立ってあれやこれや思ったことを言う係です。

患者さんのカルテにはしかし、ピロリ菌を除菌しただなんて一言も書いてありませんが、私はそんな事実は全く気にせず検査が終わった患者さんに聞きました。「いつ除菌をなさったの?」

患者さんは「2年前かな…」と仰いました。T医師は少し驚いた様子で「いきなり除菌後と言いましたがどうしてですか?」と聞きました。良い質問です。

「前庭部にまず浮腫がない。そして淡い発赤のこういう散在の仕方は除菌後特有だ。一見して『きれいだな』という印象。むろん前庭部だけで決めるわけじゃないけれど、その他の部分に特徴があらわれているか、最後は総合的に判断するわけだけれどどうしてそれが重要かわかるかい?」

「わかりません」と彼は答えました。私は常々「ピロリ菌がいるかどうか、木村分類で背景粘膜を目で診断するのが内視鏡の基本」と言っています。その理由を話さねばなりません。

「君は検査をする時に『癌を見逃しちゃいけない』と思って検査をしていないかい?ところどころで私はそういう印象を受けたけれども」と私は言いました。彼はそうだと答えました。



以下、私の話。

まず高分化腺癌。これはね、絶対に見逃さない。見逃すはずがないと思って検査はするべきです。
5mmあればまあ確実にわかると思っていい。それ以下のもモチベーション次第で見つかるでしょう。
だから全然プレッシャーを感じる必要はないでしょ。
高分化腺癌が出て来やすいのはピロリ菌が現在陽性あるいは過去に陽性だった人ね。
むろん木村分類で萎縮度が進行するほどリスクは高い。アルコールや塩分、タバコによってそのリスクはさらに上昇する。でもまあ、見逃さないから。
全くその範疇にない人に高文化腺癌があっても「おかしいな」とは思うから。
(見逃す場合があったとしても、以上のような高リスク群の人は毎年内視鏡をしていれば、毎年見つかるチャンスがあるので大丈夫)
リスクをしっかり見分けることで、プレッシャーは軽減されるわけ。

じゃあ、ピロリ菌がいないなってわかったとするでしょう。除菌後は腺癌は少なくなるのはわかってる。これだけでずいぶんプレッシャーが軽くならない?
逆に、低リスクの人たちから癌を見つけたらウルトラCでしょ。うれしいでしょ。
自分の仕事のプレッシャーを、「ここで癌見つけたら自分すごくない?」っていうモチベーションに変化させるわけ。リスクがやや低い人を見つけたらそれこそ「やってやろう!」ってファイトがわいて来ない?
自分はわいて来る。
リスクをしっかりと見分けることによってプレッシャーがモチベーションに変化するのね。これすごく良い話でしょ。
ポストピロリ時代になって、除菌後の胃癌の形態もだんだんわかってきているから尚更大丈夫。もちろん沢山の症例を見る必要があるから積極的に学会やカンファランスに参加して勉強していないと自信はどこかに行ってしまうよ。

これでプレッシャーの2/3は解決できた。
あとはピロリ菌がいて、高リスクでっていう人の低分化腺癌をね、ちまちまと見つけりゃ良いわけ。
褪色の陥凹を主に見つければ良いんだから、そんなに大変じゃない。
ただね、全部癌なんじゃない?って思うような胃粘膜ってあるでしょう。しかも除菌が失敗したりして。知らないか。あるんだよ、そういう粘膜が。本当に汗かくほどのプレッシャーがかかる時があるとしたらそういう粘膜。そういう時はとにかく何か見つけて次につなげる。例えば腺腫を見つけてね、それでまた次回詳しく見る。その繰り返し。とにかく怪しいけどわかんないって時には検査をそのままでは終わらせない。そういう地道な努力が結局は報われるわけ。

そう考えるとプレッシャーなんかなくなって、あとはモチベーションしか残らない。
自分は癌を見落としたらどうしようなんて、考えたこともない。昔は考えたけれど。
ピロリ菌がいるかどうか、背景粘膜がどうか、それをきちんと捉える目を持てば、診断において医者は開放された状態になるわけ。だから早くそれを見分けられるようになりなさいって指導してるんです。わかりましたか?

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