なぜなら医師によって方針は様々で、あなたが受けた人間ドックの意見と私の意見が食い違うと、あなた自身が矛盾で途方に暮れるからで、それは避けたいからです。通常人間ドックには系列の病院があって、そこでピロリ菌の除菌治療を受けるか、相談しに来て欲しいという意思表示であるはずですから、そのようにするのが無難だと思います。
平成25年2月21日から、胃炎に対するピロリ菌除菌が保険適応になりました。しかし必ず上部内視鏡をしなければならないという決まりがあり、少しハードルが高いと感じる方もおられると思います。そしてどのような指導をするかはケース・バイ・ケースですから、やはり検査をした機関が責任をもって説明すべきです。
参考までに私の意見も聞いておきたい患者さんもおられるかもしれない。上記のような背景はご存じなくて当院に相談にいらっしゃる方ももおられます。そういう方へ私の意見を述べるのが今回の記事です。よろしい場合は以下にお進み下さい。
<ピロリ菌検査の信頼性について>
ピロリ菌を診断する施設は、その方法について検診者(検診を受けた方)に対して十分な情報を公開すべきです。
ピロリ菌陽性、陰性などといった定性的な表示方法は良くありません。
<例> 尿中ピロリ抗体(+)
血液や尿や唾液を検体として抗体を測定、便中の抗原を測定、呼気テスト、迅速ウレアーゼテスト、組織検査、培養など、どのような方法で行ったか、定量的な方法ならばその測定値も明記せねばならないと考えます。
もちろんそれぞれに信頼性の「癖」があるからです。
例えば抗体を測定する場合、感度が高い反面、過去の既往、あるいは抗原の交叉性により現在はヘリコバクター・ピロリ菌が居ないのに陽性と判定されたり、あるいは免疫寛容によってピロリ菌がいるのに陰性と判定される場合があります。
陰性なのに陽性と判定されるのも問題ですが、本当は陽性なのに陰性と判定されるケースがもっと問題です。こういう人々はもはや病院に受診するチャンスすら与えられないのであり、肝炎同様あとで悲劇をもたらしかねません。
そもそも私が内視鏡を重視するのは、その判定を確実にしたいからです。(平成25年2月より胃炎に対する除菌治療が可能になりましたが、内視鏡検査が必須となっています)内視鏡をしたときにはピロリ菌の有無、既往がかなりの精度でわかり、上記の検査のクオリティコントロールに寄与します。すなわち検査の間違いを内視鏡で修正することが可能です。私に内視鏡を受けていない患者さんを除菌したくない理由の大部分はそこにあります。
<いると仮定して話を続けます>
治療が100%安全で、100%成功するならば、どんどん治療を受けて欲しいです。
でも、そうではありません。
テレビで「除菌しなさい」と言うのは簡単。健診で言うのも簡単。保険も通っています。しかしやれやれ言うのは無責任でもあります。ワクチンとは副反応の発現率が違うのです。
保険適用外の自費診療となります(2013年から、公知申請によって適応が拡大され潰瘍がない場合でもピロリ菌除菌治療が保険適応になりました)しその副作用に対応するノウハウを持っている医療機関(当院の場合2000年11月1日より、毎年100人平均)は非常に限られています。肝障害、腎障害がある場合も注意が必要でしょう。その結果除菌治療の対象にならない。つまりスタートラインにすら立てない方がおられます。ペニシリンアレルギーがあっても除菌は可能ではありますが、自費診療になり、しかも除菌が出来る医療機関は少ないのです。
実際の除菌治療は、少数ながら副作用で困る人がいます。10-20%は失敗してしまいます。まずその可能性を最小にしたい。もしも副作用や不成功で困る人々がいらしても、その少なくない人達を最大限サポートしたいと考えるのが私の立場です。こうした身体と心のケアを行うのが(私にとって)大変なので、実は除菌をする私にもお金ではない相当の動機が必要となります。「健診で陽性だ」というだけでは私の心を動かさないのです。胃を見て、患者の背景を知り、「除菌をしておきたい」と思うことが私の動機になります。それは私の個人的な事情なので申し訳ないと思いますが、自分が内視鏡をしていない患者さんを除菌したくない理由の残りはそれなのです。
<除菌の動機>
胃癌のリスクを下げたい、というのが除菌の動機であるのかもしれません。ただ、アルコールや喫煙は、胃癌のみならず、食道癌、膵臓癌、大腸癌など私が診断に関わっている癌のリスクでもあります。除菌をするならば、アルコールも1合以下にしていただきたいし、喫煙もやめていただきたいです。(結局癌リスクがあるため経過観察をせねばならず自分の仕事が減らないからです。私の心情を理解してやめてくださる患者さんも多くいらっしゃって感謝です)
<具体的な方法>
胃の内視鏡は上記の理由から、私にとっては必須です。・・・ピロリ菌が現在いるのかいないのか、あるいは現在癌があるのかないのかを正確に診断せねばなりません。
したがって、もしも何か理由があって内視鏡を当院で受けたいなと思った場合にはどうぞいらっしゃってくださいと申し上げます。それが本来の私の仕事です。
内視鏡を受けた後の話を申し上げます。
1)潰瘍性病変、MALTリンパ腫、癌などがあれば、保険診療の範囲内(2012年現在)でそのままヘリコバクター・ピロリ菌の確定診断まで私の裁量で行います。2)何もなく萎縮のみ、しかし現在ピロリ菌は存在しそうだ・・・という場合に
<治療を成功させる工夫>
以下に留意しつつ除菌を行いますが、他の医療機関も同じようなものです。
1)たばこを吸わない方は成功率が高い。したがって、禁煙は必須です。そもそも除菌治療は胃潰瘍の再発抑制、発がん防止であります。禁煙が必須であるというのはどなたも理解してくださいます。
2)LG21を併用すると成功率は高いという報告あり。一日2個、7日使用します。除菌前2-3週間食べておくと良いそうです。
3)きちんと薬を飲むほど成功率は高い。ランサップ400を使用するのはコンプライアンスを重視したいためです。homo-EM群、hetero-EM群にはネキシウムを使用します。
4)他のお薬を併用して副作用が出にくくします。例えば整腸剤を併用します。
<除菌後の話>
1週間抗生物質を飲めば完了です。その後必要に応じて治療が少しの間続く場合もあります。
ピロリ菌は直後はほぼ死滅したようにみえます・・・ほんのわずか残った場合でも半年ぐらいは検出感度以下になってしまう。これが問題です。・・2ヶ月で判定する施設が多いのですが、「ぬかよろこび」が意外と多い。つまり2ヵ月後に「成功した」と言われ、しかし数年後に見ると「おかしいぞ?」となり測定するとまだいるという事になる。これが患者さんを落胆させる事を恐れます。
我々の除菌判定は必ず半年以上(通常は一年間)、あける。そして、経過観察の内視鏡を行い、目視でのダブルチェックを行って除菌成功確認を完璧に行おうと努力しています。
成功してしまえば以後、ピロリ菌が再感染することはまずありませんが、0.1%/年ぐらいの確率で再度新規感染しているようです。
<失敗したとき>
失敗した時こそ、心身のケアが必要です。二次除菌、三次除菌などの方法があることももちろん最初から伝えておくことが重要です。
しかし、失敗した、あるいはアレルギーでそもそも除菌ができないという人たちが心配するのはひたすら癌の事に違いありません。
その不安を取り除くために私共が工夫しているのが①正確で高度な診断技術を提供でき、その実績が確実であること、②患者さんが受けるのが苦にならない検査を提供できること、の二点です。除菌から取り残されてしまった患者さんたちがノイローゼにならないようにするには、ひたすら内視鏡による診断技術の向上が重要だろうと考えるのが私の立場です。
<成功したとき>
むろん将来も経過観察が必要である場合が多いだろうと思います。除菌をすればあとは内視鏡は受けなくて良い、というのならば良いのですがそうでないことを患者さんには理解していただく必要があります。
また、除菌後太りやすい体質に変化する人たちが一定数いるのは事実です。むろん禁煙の影響もあるでしょう。したがって事前にダイエットや運動を指導し、動脈硬化に起因する病気が増えないようにケアするのが医師として当然の責務だろうと考えます。この視点については学会も全く欠落していて私を落胆させています。胃がんだけが減れば良いのでしょうか。
以上、基本的な私の考え方を述べました。
将来、IgAを効率的に産生させるワクチンの製法が確立されれば、上記のような私のこだわり、工夫はすべて必要なくなるでしょう。そのような時代が早く訪れることを願います。実際の外来ではこれから派生してもっと多くの事を話すので患者さんは覚えきれないし、私は疲れてしまいます。ですから「除菌」と言って来院するのはできれば避けて欲しい事をお伝えすることがこの記事の目的です。