序
人間はもちろん、多くの生物は甘味に抗えないことに異論を持つ人は多くないでしょう。
はたして海に住む生物もそうなのか、は興味ありますが。早速話が逸れてしまいそうになりましたが、その嗜好はおそらくすでに進化的利点を越えたのだと思います。結果として、肥満や代謝疾患という代償が静かに広がり、人類の存続には警告灯が灯っています。
本稿には誰かを断罪する意図はありません。
ただ、“果糖ぶどう糖液糖”誕生以降の甘味技術をたどります。これが歴史の転換点だ、と信じるからです。
孔子の「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」を胸に、五幕のドラマとして淡々と描き出す調査の記録――の脚本を書こうと試みました。
第一幕 萌芽 ――「甘味は贅沢から必需へ」
- 戦後米国:砂糖不足と穀物余剰を対比して描く
- リチャード・O・マーシャルとアール・R・クーイによる1957年の酵素異性化成功
- コーンプロダクツ社の技術部門と農務省の思惑
- 「敖不可長、欲不可従、志不可満、楽不可極」(中国の名言)を信条とするマーシャル
- 甘味を「公衆の幸福」と見る技術楽観と、倫理的逡巡の萌芽
要約(約260字)
1950年代初頭、砂糖配給の名残で高価だった蔗糖に代わり、穀物由来の糖を安価に供給したいという政府の要請が高まります。イリノイ州の実験室でマーシャルとクーイは、グルコース異性化酵素により果糖を大量生成する方法を確立。飢えを知らぬ時代への門が開く一方、「欲不可従」を胸に抱くマーシャルは、人の欲望が技術を奔らせる危うさをすでに予感していました。
第一幕は“果糖ぶどう糖液糖”、いわゆる高フルクトース・コーンシロップ(略してHFCS)の発明の物語です。砂糖より安価に供給出来るという革命がおきました。
第二幕 拡大 ――「甘味の海へ」
- アーチャー・ダニエルズ・ミッドランド(ADM)による工業スケール化
- 1970年代オイルショックとトウモロコシ価格補助の追い風
- 清涼飲料メーカーとの垂直統合で市場を席巻
- 利益とシェアを競う企業家たちの熱狂と傲慢
- ショーペンハウアー「富は海水のようなものだ。飲めば飲むほど、ますます喉が渇く」の引用で強欲を暗示
要約(約240字)
ADMは酵素固定化技術によって連続生産装置を完成させ、HFCS-55(55%の糖液)をコーラ各社へ大量供給します。安価で扱いやすい甘味料は、米国農業政策と結びつき「コーンシロップ経済圏」を形成。主人公たちは株価高騰に酔いしれ、研究室は工場へと飲み込まれていきます。だがショーペンハウアーの句が示すとおり、富がもたらす過剰の船は、やがて深い渦を巻き始めます。
第三幕 反響 ――「身体が告発する」
- 1980〜90年代、CDC疫学図で示される肥満率の急上昇
- 社内資料でHFCS摂取量とメタボ指標の相関が示唆
- 公表を求める研究部門 vs. 隠蔽を図る経営陣
- FDAヒアリングと議会証言、社会の分断
- 「甘味は悪か、欲望の鏡か」をめぐる報道合戦
要約(約260字)
CDCのカラー地図は年を追うごとに米国を濃い赤へ染め、研究者ベス・チャンは社内データからHFCS摂取と肥満指標の並行線を突き止めます。しかし経営トップは株主訴訟を恐れて報告書を闇に葬る決断を下し、技術者たちは良心と職を天秤にかけられます。議会での激しい応酬は、甘味の光を浴びた繁栄が同時に影を育んでいた事実を世に示します。
第四幕 転換 ――「新たな甘味、旧い不安」
- フィンランド発キシリトール、虫歯予防研究の希望
- 1998年スクラロース(スプレンダ)FDA承認、超高甘味の誘惑
- 2000年代ステビア系甘味料、天然派ビジネスとGRAS認定
- 第二世代科学者:理想主義者エリス、功利主義者ロペス、企業スポークスパーソン千春
- 動物実験で示される腸内環境・発がん性の新データと再燃するリスク論
要約(約260字)
HFCSの忌避感が高まる中、第二世代は「安全で機能的な甘味」を掲げてキシリトール、スクラロース、ステビアの三陣営に分かれます。だが歯科の成功例の裏で、糖アルコールの下痢、副作用疑惑、腸内フローラの撹乱が報告され、甘味探求は再び「安全」の壁に突き当たります。市場は「ナチュラル」や「ゼロカロリー」を叫び、人々は新たな海へ船を出すものの、欲望の潮流は変わらぬままでした。
第五幕 総括と未来 ――「限界を見つめる甘味」
- 甘味技術は「生命の限界」を映す鏡との宣言
- 初代研究者マーシャルの回想と贖罪、第二世代の覚悟
- 公衆衛生政策・教育現場での「適量」啓蒙運動
- 合成生物学による次世代甘味の胎動、選択は消費者の手に
- 終幕の言葉──孔子「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」
要約(約260字)
回復期病棟にいる老いたマーシャルは、自らの発明がもたらした光と影を静かに語ります。チャン博士は学校で「味覚リテラシー」を教え、ロペスは株主総会で長期安全試験の義務化を宣言。スクリーンには合成微生物が産む未来の甘味料が映し出され、「選ぶ自由」と「節度の責任」が観客に委ねられます。最後に孟子の一句が響き、舞台は暗転します。
プロット全体のまとめ
このプロットは技術史・医療統計・哲学引用を交差させ、甘味に潜む人間の欲望と倫理的限界をドラマとして描きます。歴史考証に基づきつつ、人物像と葛藤を立体的に配置し、観客が「甘味の未来」を自問できる構造を目指しました。マーシャルのみ実在の人物ですが、それ以外唐突に出現する人名は架空であることにはご注意下さい。
すべてを書くとあまりにも長いため、プロットという形で「HFCS」発明が世界を変えていったという事実を「銃・病原菌・鉄」のように示そうと試みました。
あとがき
肥満の原因は運動不足、糖質、脂質、教育環境、精神疾患など多岐にわたり、各領域の利害関係者は「自分は主犯ではない」「これぞ新解決策」と主張します。本稿はその応酬を断罪するのではなく、糖(おそらく最も影響を与えた)に焦点を当てて技術と欲望の歴史を俯瞰しました。
他にも「脂質」「ハイカロリー広告」「教育格差」「認知症と甘味」などの切り口は残りますが、まず甘味を見渡すことに意義があると考えます。『論語』の一句――「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」。この言葉を胸に、読者各位にも日々の選択を省みていただければ幸いです。
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