先日、New England Journal of Medicineに掲載されたエッセイ「The Definition of Failure」を読んだ。筆者はニュージーランド在住の疫学者。母親がCOVID-19をきっかけに心不全と診断された際のエピソードをもとに、「Heart Failure(心不全)」という言葉が患者に与える心理的影響を綴っていた。
興味深いのは、その母親が診断名を聞いた瞬間に「自分は死ぬのか」と思い詰め、さらには「自分が悪いせいでこの困難な状況に陥ったのではないか」と罪悪感を感じてしまったことだ。そして、治療が功を奏し安定してからも専門外来の名前や書類に繰り返される"Heart Failure"の文字が、病気そのものよりもむしろ心を蝕んでいく。その構造を、筆者は静かに、しかし明確に問題提起していた。
読んでいて、私も深く頷かされたが、同時にこうも思った――これは英語圏における問題であり、日本語では必ずしも同じようには響かない。
日本語で「心不全の状態です」と言われたとき、多くの患者は「心臓の機能に問題があるんだな」と理解する。「自分のせいだ」とは感じにくい。つまり、“failure”が持つ自己責任や敗北のニュアンスは日本語には直訳されない。英語以外ではどうなのか、と思って人工知能に調べてもらうと日本語以外でも罪悪感が起きにくい事がわかった。
言語による心不全の病名内「個人の失敗」ニュアンス
✅ 強く含まれる:
-
英語(failure)、アラビア語(فشل)、ヒンディー語(विफलता)、インドネシア語(gagal)、タイ語(ล้มเหลว)
🔶 やや曖昧だが含む可能性あり:
-
オランダ語(falen)、スウェーデン語(svikt)
❌ 含まれない(機能的・中立的な語):
-
日本語(心不全)、韓国語(심부전)、中国語(心力衰竭)、フランス語(insuffisance cardiaque)、ドイツ語(Herzinsuffizienz)、スペイン語(insuficiencia cardíaca)、イタリア語(insufficienza cardiaca)、ロシア語(недостаточность)、ポルトガル語(insuficiência cardíaca)、ウクライナ語(недостатність)、トルコ語(yetmezliği)、ギリシャ語(ανεπάρκεια)、ベトナム語(suy tim)
しかしだからといって安心してはいけない。言語関係なく、病名がスティグマを持ち始めるのは、それが社会の中でコモディティ化したとき、つまり「当たり前に」使われ始めたときなのだ。患者の前で何度も繰り返され、看板や書類に刷り込まれ、病名がその人の"属性"になってしまったとき、言葉はラベルになり、ラベルはスティグマになる。「がん」は典型だと言える。
かつて「精神分裂病」と呼ばれた疾患は、2002年に「統合失調症」に改名された。「分裂」という語がもたらす誤解と差別を避けるためだった。「らい病」という呼称もその名称による差別が行われるため、1996年の「らい予防法」廃止後、「ハンセン病」と改名された。「精神発達遅滞」や「精神薄弱」といった用語も差別的な印象を与えるとして、「知的障害」という表現へと変わってきた。2000年に法律上の表記が変更されている。英語圏でも同様で、「Mongolism(蒙古症)」は「Down syndrome(ダウン症)」に、「Manic Depression(躁うつ病)」は「Bipolar disorder(双極性障害)」へ、「Addiction(中毒)」は「Substance Use Disorder(物質使用障害)」に変わっている。
どの事例も、言葉が日常(コモディティ)化することによってそのラベルが患者本人を縛り(スティグマ)、周囲のまなざしを変え、結果としてケアの質にまで影響を与えるという共通のメカニズムを持っている。
しかも、今はインターネットにより医療用語は日常的にSNSに投稿され、検索され、Wikipediaにたどり着き、誰かのブログに登場し、YouTubeの医療系チャンネルに取り上げられる。用語は爆発的に拡散し、瞬時にコモディティ化し、意図される意味からずれていく。
病名は独り歩きをする
だからこそ自分はアップデートし続けなければならない。そしてアップデートの鍵は、「患者がどう受け取ったか」を丁寧に聴き取ることにある。
私は外来で、診断名や病状を伝えるたびに、できるだけ患者の表情や語り返しの言葉に注意を払っている。患者がその言葉をどう咀嚼し、自分の中にどう位置づけたか。それを何度も確かめる。繰り返し、繰り返し行う。対面での説明は、あるいはLINEを利用してフォローアップすることは、情報を伝えることと同時に、その情報がどう人の心に届くかを見届ける営みでもあることが利点である。今後もその機能を最大限に活かした診療を行いたい。