2018/04/27

アルコール脱水素酵素(ADH)と日本人

酒に弱い日本人が増えるよう「進化」 遺伝情報から判明(朝日新聞)という記事
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180426-00000086-asahi-soci

元の論文
https://www.nature.com/articles/s41467-018-03274-0

日本人の遺伝情報を調べたところ、お酒に弱い体質の人が増えるよう数千年かけて「進化」してきたことが、理化学研究所などの分析でわかった。詳しい原因は不明だが、アルコールに弱い体質が何らかの理由で環境への適応に有利に働いたとみられるという。24日付の英科学誌ネイチャー・コミュニケーションズに発表した。(中略)研究チームの岡田随象(ゆきのり)・大阪大教授(遺伝統計学)は「似たような集団の進化には、アフリカ人がマラリアに感染しにくい形の赤血球を持つ例などが知られているが、アルコールに弱いことが日本人にとってなぜ有利だったのかはわからない」と話す。
この論文の肝は単一の集団で直近の自然選択の痕跡を検出することができるシングルトン密度スコア(SDS)という新しいメソッドを開発したことであり、これは凄い発見だと思う。いろいろな集団・遺伝子に応用できるに違いない。その自然選択上疫学的に何が起きたかを明らかにするのは別の専門家の仕事なのであろう。遺伝子上にいろいろな疫病の痕跡がないかを調べる、日本人の日本への経路毎の差異(は、ないそうだけれど)、当時の自然環境とのすり合わせなどやる事は沢山あるように思われたけれど、思考実験をするには格好の材料であるように思われた。

論文をざっと読んでみると、アルコールに弱い、食道がんの多い、あるいは痛風の多い集団が日本人のデータセットでは遺伝的に選択されてきている事が判明している。(その他クロライド、脂質など)海外のデータセットでは身長の高さ・あるいはCD8T細胞での選択が認められているのに比較すると随分異質である。

アルコール脱水素酵素(Alcohol Dehydrogenase: ADH) とは、アルコールを酸化する酵素で多くの型が存在する。人間では肝臓や胃などに多く存在する。この活性が弱い人はアルコールに弱いのだけれど、日本人にはそういう人々が多い。

アルコールに弱いタイプの酵素を持つ人間が、過去少なくとも100世代もかけて選択されてきた可能性というのは非常に興味深い。100世代というと2000-3000年も前(計算によれば1世代29年らしい)のことであるから、酒が発明される前から選択されてきた可能性を考える必要がある。

ここでまず、ADHは飲用、あるいは呪術、あるいは宗教などと共にあるアルコールとは関係がないと仮定して考えることとする。

そもそも酒の発明以前からなぜADHが存在するのかというと、発酵あるいは腐敗した植物を食べていたからなのだろう。
だから哺乳類とアルコールとの関係をおさらいしておく必要がある。ウサギなどのげっ歯類を除いて多くの哺乳類と人間のADHはよく似ている。

Marula (Sclerocarya birrea) fruits and leaves
アフリカのマルーラの果実は、落ちると自然に発酵しアルコールを含むようになる(十分お酒と呼ばれるレベルになるそう)。ゾウが倒したマルーラの木の周囲に落ちた果実が発行すると多くの動物が群がるそうである。ゾウもアルコールの味を認識するそうだ。ただしゾウ自身は発酵していないマルーラを好むという。1) 人間もまたアフリカ発祥なのだからマルーラなどを食べたに違いなく、人に進化する前からアルコールを分解するための酵素が存在するのは当然であろう。
ADHは、ノルエピネフリン、ドーパミン、セロトニン、および胆汁酸代謝にも関与するが、基本的にはアルコールを毒性ラジカルを生成することなく解毒するシステムとして哺乳類には存在すると理解されている。2)
では日本でADHの活性が低くなるべく選択されてきた事実は何を意味するのか。少し考えた2つの可能性を提示したい。(「わからない」にしても仮説ぐらいは書いておきたいから)

ひとつは人間の性ホルモンが変化するのではないか説。テストステロンはアルコールの少量摂取で増加する。3) 日本には自然発酵する果実が少なかったなどの理由で解毒をするためのADHの活性は高い必要がなく、むしろ少量でその効果を発揮したほうが有利、すなわちアルコールに弱い人のほうがテストステロン値が高くなりやすかった可能性。
ふたつめはアンモニアはADHの活性を高めるという事実。4) やはり腐ったものは食べただろうと思うが、魚類が腐った時のアンモニアはADH活性を高める可能性はあり、したがってADHが強い必要はなかった、という説だ。

証明せよ、と言われるのは勘弁願いたい。証明としては、性ホルモン関連の代謝に関わる遺伝子に関して選択が行われているかをSDSで見ること、あるいはアンモニア処理に関連する選択が行われたかどうかをデータセットから見ることではないか、と考える。

さて次に、飲用、あるいは呪術、あるいは宗教などにアルコールの使用が行われてきた時代で選択が行われたと仮定して考えることとする。

奈良時代前後における疫病流行5) という論文を見てみると、彼らは気温の変化と疫病とを関連付けて考察している。疫病が寒い時期に流行するのであれば(インフルエンザがそうだけれど)アルコールで暖を取りやすいかも、などと考えるのだがピンとこない。むしろ温度の高い時期に流行が多く、それは日本住血吸虫、マラリア、赤痢などの細菌疾患、あるいはウイルス疾患であろうと思われるけれども、薬用酒としてのアルコールが効果を発揮しやすかった、などの理由があったのだろうか。そう思い、感染症における薬用酒の効能効果を調べたがどうもはっきりしたものは見つからない。

あるいは戦闘などで選択が行われた可能性はどうか、まさか日本国内での戦争は酩酊状態で行われていたので酒に弱いほうが恐怖心がとれて有利であった、などという理由ではあるまい。

このように、アルコールが生活に取り入れられた状態での遺伝子選択圧力をうまく説明できる仮説は思いつかなかった。ところで酒に弱い日本人はそれだけ酒で失敗することが多かろうと思う。それはもしかすると権力者の地位を安泰にはさせず、絶えず新陳代謝を起こす、という別の意味があった可能性はあろうか、と昨今の日本を見ていると感じるがこれは下衆の勘繰りか。


  1. https://www.sciencedaily.com/releases/2005/12/051205235555.htm
  2. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/11173978
  3. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12711931
  4. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC243041/
  5. https://ci.nii.ac.jp/els/contentscinii_20180430075205.pdf?id=ART0009462161

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