2016/08/02

すい臓がんのリスク因子

Yahoo!ニュースに載った記事に違和感があったので、こちらでまとめます。

英語で検索して上位でヒットするものを列挙します。

まずアメリカ癌学会
対処可能なリスク
 喫煙:すい臓がんの20ー30%は喫煙が原因と推測
 肥満・過体重:すい臓がんのリスクを20%上昇させる
 職場環境:ドライクリーニング、金属工場での作業従事者
それ以外のリスク
 年齢
 性別:男性
 人種:African Americanに多い(男性の高い喫煙率・女性の肥満による?)
 家族歴
 種々の遺伝疾患:
 2型糖尿病
 慢性膵炎
 肝硬変
 ピロリ感染症
経路が明らかではないリスク
 赤肉が多く、フルーツ野菜が少ない食事
 運動不足
 コーヒー:最近の研究では否定的な結果
 アルコール:直接なのか、肝硬変、慢性膵炎を介すのか

これがメイヨークリニックになりますと
 African American
 肥満
 慢性膵炎
 糖尿病
 癌遺伝子の保持者(BRCA2、リンチ症候群、FAMMM)
 家族歴
 喫煙

次にアメリカがん治療協会
一般リスク
 年齢
 性別
 肥満
 糖尿病
 慢性膵炎
 肝硬変
 ピロリ感染症
ライフスタイル
 喫煙
遺伝
 いろいろ書いてありますが、日本に多そうなのはリンチ症候群

イギリスがん研究会
 年齢
 タバコ
 肥満
 アルコール
 電離放射線
 背が高い
 赤肉
 膵炎・胆石・糖尿病・潰瘍・血液型A
 癌の既往歴
 家族歴
 肝炎
 ピロリ感染症
 歯周病
 アクリルアミドにさらされる職業
リスクを下げるかもしれない
 葉酸・フルーツ野菜・運動・出産経験・アレルギー体質(ただし喘息患者はリスクが高いとされる)
リスクと無関係
 加工肉・NSAID・人工甘味料・ディーゼル車の排ガス・スタチン・砂糖・炭水化物・オメガ3脂肪酸・乳製品・コーヒー・ビタミンD・脂肪摂取量・初潮年齢閉経年齢・ピル・ホルモン補充・お茶

ジョンスホプキンス
 タバコ
 年齢
 人種
 性別
 宗教:アシュケナージユダヤ(BRCA2陽性の人々が多い)
 慢性膵炎
 糖尿病
 肥満
 食事:肉・コレステロール・フライ・ニトロサミン/フルーツ野菜・葉酸は抑制的
 遺伝

などとなっています。
どうも日本消化器病学会の情報にはいくつかの疑問を残します。
・コーヒーに関しては間違っているのではないか
・ピロリ感染症について言及がないのはなぜか
これに加えてリスクに
・IPMN
は入るのだろうか、などという疑問もあります。

大腸がんは2回大腸内視鏡をすればかなり予防が可能
胃がんはピロリ除菌をすればかなり予防が可能
肝がんはワクチンや薬で予防が可能
子宮頸がんも恐らくワクチンの効果が出てくるだろう(将来)
という社会の変化の中で、
肺がんとすい臓がん、乳がんは取り残されている、という認識を少なくとも医者になったころには持ち始めました。私が医者になったのは平成3年、1991年の事です。ピロリの除菌がだんだんと広がりだしたのが1990年ごろ、C型慢性肝炎に対するインターフェロン治療の認可が1992年、大腸はすでにadenoma-carcinoma sequenceは一般的知識で、一部そうでないものがあるようだ、とわかってきたのが1990年ごろ。少なくとも多くの大腸がんは予防が可能だ、と理解が出来ました。
それが患者に肺ヘリカルCTを勧めたり、エコーの腕を磨いてきた一つの理由にはなっています。幸い肺がんは喫煙者の減少に沿って低下傾向が見られますがまだまだ予後の悪いが癌です。当院の患者さんは幸い早期で見つかる方が多いのは神奈川病院のおかげといえます。しかしすい臓がんはそうではありません。残されたすい臓がんの予防や早期発見を含め、良き人生を生きるためにいくつかの戦略があるうちで、みなさんに出来る最も有効な作戦は

肥満・過体重にならない

という事に尽きるのではないか、と思います。
BMI25ぐらいが良いのだ、というのはみなさんへの一種の慰めです。
BMI25を超えた時の医療のやりにくさは、真面目にやるほど医者を悩ませる問題で、そうした私の苦悩を思いやって、BMI25以下の体づくりをしてくださる方が当院に増えれば良いなと願っております。

4 件のコメント:

  1. 膵臓がんのリスクファクターについて拝見しました。

    たしかに、喫煙や糖尿病等、膵臓がん以外の癌でもリスクとなるものはその通りだと思います。

    小生が診てきた膵臓がん患者の絶対数自体が多くないので、各研究の挙げるリスクファクターに異を唱えるわけではありませんが、個人的には(肥満を含めて)同感できずにいます。

    鵜川先生ご自身の経験を踏まえて、先生の個人的な印象を教えていただけないでしょうか。

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  2. やす先生

    コメントに感謝申し上げます。質問をいただきますと気が引き締まる思いです。
    今回「肥満」について強調いたしましたが、九重親方の訃報に接して感ずるものがあった、というのが第一の理由であることを告白いたします。
    日本では男性の過体重が25.1%、肥満は2.9%、女性は過体重が18.2%、肥満は3.4%です。(2001年国民栄養調査)です。

    当院で診断された膵がんのうち、BMI25以上の患者さんは25%であり、これはあまり疫学調査と変わらない、という事になりましょうし、先生のご印象とも差異がないといえると思います。(しかし来院時にすでに5-10kg体重が減った方もおられたので、やや多い可能性はあります)

    さて、日本で行われた大掛かりなコホート研究として、以下の様なものがあります。
    JPHC-I、HPHC-II、JACC、MIYAGI-I、MIYAGI-II、AICHI、TAKAYAMA、OHSAKIなど。
    このようなコホート研究をプール解析した結果大腸がんと過体重・肥満との間に明らかな因果関係がある事が証明されています。
    (http://epi.ncc.go.jp/can_prev/evaluation/3482.html)

    そのうちJACCにおきまして、糖尿病や喫煙でハザード比が高いことが示されました。男性でコーヒー4杯以上で膵がんのリスク上昇という結果が得られております。このサブ解析において、20歳時での肥満・過体重がすい臓がんのリスクになった事も示されているのです。(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17304505)

    私見ですが、欧米では肥満と膵がんとの間に因果関係が示されていますが、彼の国での過体重・肥満は、幼年期からの問題、貧困問題を内包します。しかしながら上記コホート研究が行われた日本人は概ね1950年代生まれであり、幼年期青年期に肥満であった人は多くはなかったことでしょう。

    インスリンというホルモンや成長ホルモンは癌の促進因子として働きますし、赤肉・脂質の過剰摂取も癌には促進的に働くと考えますと、肥満が膵癌に関しても促進的に働くのではなかろうか、という感覚が自分にはありますし、特に若い時期の肥満については警戒しておかねばならない。昨今若年者の肥満が増加しており、外来でも20、30歳代での脂肪肝がしょっちゅう見つかるという厳しい状況になっています。危機感をもって診療に当たっていますが、10年後20年後を見据えて「肥満」について警告を発すべき、という気持ちが強く働いたと考えています。

    膵癌に加えて増えていると感じるのが非肝炎での肝臓がんです。これも肥満、糖尿病が重要なリスクです。先生もエコーをなさると思いますが、過体重・肥満の方での膵臓のエコーや、脂肪肝の中で早期の肝臓がんを探す作業は大変です。「無理!」と投げ出したい気持ちになりつつもそれをこらえて泣きながら検査をしています。

    エコー施術者にとって肥満は敵であり、その気持ちも文章にあらわれてしまったかもしれません。

    まとめますと、私のところでは膵癌が肥満に多いという印象はまだないものの、今後増えてきそうな印象がプンプンしているので、とっととみんな見つかりやすいようにやせてください、という心の叫びがこの記事の裏にございます。

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  3. ご丁寧な回答を頂きありがとうございます。立派だと思います、私などすぐに投げ出して安易にCTをオーダーしてしまいます。技量の問題もありますが、膵疾患の見落としも心配です。

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  4. やす先生 コメントをありがとうございます。

    すい臓がんは偶然見つけるものであり、見つけようと思って見つかるものではないという考えを患者に浸透させる事は重要かもしれません。どんな大学が「膵臓がん、夢の早期発見へ」とプレスリリースを出そうとも、早期発見は幻想です。例えば5mmのすい臓がんがどこかにあるはずだ、という事が非侵襲的な検査でわかったとして、いったいどうやって見つけられるというのか。かつてがん研究会が大塚にあった時代、2mmのthin sliceで造影CTを撮ってはどうだろう、というアイディアがありましたが、必要な造影剤が多すぎ被爆もそれなり、というものでしたので非現実的だった事を思い出します。放射性マーカーを付加した抗体を注射してSPECTで検索、が現実的なのでしょうが、そういう検査を現実に行うにはもっと確実な検査を確立していただきたいものです。
    すい臓がんは容易に見逃されます。私は後方支援に属する医者ですから他人の見逃しを発見するという機会ばかりではありますがこれは私の腕が良いということではなくて単に前線でやっていないからだ、という事を自覚しています。ただ、私には胃がんにせよ、すい臓がんにせよ、見逃し例を見つけた経験が多いため、それらを踏まえますと見逃される理由は以下の通りです。すなわち、
    #1 あまりにも進行しており、腫瘍そのものが形をなさない
    #2 患者が過体重・肥満であって、検査そのものに限界がある
    の2つです。お気の毒なのですが患者さん側に因子があることが多いのが現実です。
    ただ、ピットフォールに陥りやすい医療機関というのは決まっていて、
    #1 予約制で、症状がとれない患者が不満を抱えながら長い期間我慢する事になる医療機関(消化器専門をうたっている事が多いのでなおさら不満を抱えやすい)
    #2 内視鏡だけを行っていてエコーを行っておらず、PPIなどで中途半端に症状が取れている
    です。
    お忙しいのだろうとは思うのですが腹痛に対して内視鏡だけをする、というような医療機関(内視鏡専門医)はかなり多くて少し不安です。先生のようにCTをオーダーする事は有効な方法だと思います。過体重・肥満では被曝量が多くなってしまうという負の側面がありますし、やはり痩せていただきたいですね。

    私の場合にはCTオーダーの基準は、主膵管3mm以上、膵臓が見えない、です。TOSHIBA APLIO XGのBモードはかなり優れていて、体位変換を駆使するとか、大腸内視鏡検査の直後にエコーをするとかすればほぼ全員見えます。腹痛があるのにエコーでモヤモヤしてるなー、と思うときはCTをオーダーしています。すでにすい臓がんとわかっている患者さんのエコーをさせていただいても「うあー難しい」と思うような浸潤形態を示すものが多いです。それでもGEMやS-1のおかげで患者さんには少し時間の余裕が出てきているのが救いですので1ヶ月でも早く見つけて有効な時間を使っていただけるように、と思って普段診療にあたっています。

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