2015/05/04

ナトリウムチャネルに関する思考実験

医者になってから20年の間、体内のナトリウムチャネルに関してなんら知識がなくても問題なく臨床が出来、しかしその姿勢を突き崩したのがシガテラ中毒でした。

シガトキシンとの出会いによってはじめてナトリウムチャネルを意識し、いくつかの考えを得るに至りましたから、その思考実験を記録として残すこととします。

ナトリウムチャネルの種類と関連する疾患

蛋白名遺伝子名発現部位関連する疾患
Nav1.1SCN1A中枢神経系, [末梢神経] 心筋細胞熱性けいれん, 全般てんかん熱性けいれんプラス, ドラベ症候群, West症候群, Doose症候群, ICEGTC, Panayiotopoulos症候群, 家族性片頭痛, 家族性自閉症, Rasmussens脳炎, Lennox-Gastaut症候群
Nav1.2SCN2A中枢神経系, 末梢神経遺伝性熱性けいれん/てんかん
Nav1.3SCN3A中枢神経系, 末梢神経 心筋細胞てんかん, 痛み
Nav1.4SCN4A骨格筋周期性四肢麻痺, 先天性パラミオトニア, カリウム惹起性ミオトニー症候群
Nav1.5SCN5A心筋細胞, 非感応性骨格筋, 中枢神経系, 消化管平滑筋細胞, カハールの介在細胞QT延長症候群, ブルガダ症候群, 突発性心室細動, 過敏性腸症候群
Nav1.6SCN8A中枢神経系,後根神経節,末梢神経, 心筋, グリア細胞てんかん
Nav1.7SCN9A後根神経節, 交感神経系, シュワン細胞, 神経内分泌細胞肢端紅痛症, PEPD(家族性直腸痛症候群), 無痛症, 線維筋痛症
Nav1.8SCN10A後根神経節痛み, 神経精神病
Nav1.9SCN11A後根神経節痛み
NaxSCN7A心筋, 子宮, 骨格筋, 星状細胞, 後根神経節未知

シガテラ毒による食中毒では、初期には下痢などの消化器症状が、次にドライアイス・センセーションと呼ばれる手の痛みが、そして強烈なだるさ、あるいは精神症状が出現します。

特異的なのがドライアイス・センセーションとされていますが、
水に手を触れるとまるで氷のように感じてしまい、痛くて手も洗えなくなる、というものです。

そのあとに出現する強烈なだるさ、人によってはうつのような精神症状が出現しますが、これは線維筋痛症や慢性疲労症候群と印象がオーバーラップします。

シガトキシンという毒素はきわめて大きな分子です。完全に生合成されたのはノーベル賞級の快挙とされています。想像するに大分子ですからナトリウムチャネルとの親和性が極めて高いうえに代謝されない、分解されない、ナトリウムと競合して再びそのチャネルから離れるまでに相当期間かかるだろうことは、症状としてのだるさが半年以上続く事があることから容易に想像が出来るのです。でもやがて治る事はわかっているのでそのように患者さんに説明し、慰めるのです。

さて、慢性疲労症候群ではシガテラ毒が多くの患者に検出されたという報告がありますが、これは彼らがシガテラ毒に侵されている事を示すのでしょうか?その後の研究で、シガテラとして検出されたのはカルジオリピンのフラグメントでありそうだ、という事がわかっているようです。カルジオリピンはミトコンドリアに存在するリン脂質の一種ですが、これが慢性疲労症候群患者では障害されている事が電子顕微鏡で見えるらしいのです。そしてもしかするとこのフラグメントはシガテラ毒同様に後根神経節を刺激したり中枢神経系で刺激をしてだるさの原因になるのかもしれません。ナトリウムチャネルを介して。

その他、表を見ていただくと色々な想像が出来るのではないでしょうか。医学生時代には習うことがなかったナトリウムチャネルですが、今後痛みやだるさの研究に、重要な位置を占めるのかもしれません。

ここまでで何を言ってるかわからない?上記の表から「ナトリウムチャネルは主に神経に存在し「抑制系」として機能している」と想像できるのです。すなわち、それが変異する事で抑制がかかりにくくなったために各種のけいれん、てんかんを生じているのではないか。(てんかんは脳内の回路がショートして過剰に興奮してしまう状態です。抑制がかからないと生じやすいのです。脳科学者がなにか閃いた時に脳がすごく興奮している!と喜んでいるのは間違いで、集中して考えるという事は抑制がしっかりとかかるという事であり、閃いたあとの脳の興奮は脱抑制の状態を見ているだけだと考えた方が正しいと思います。したがって脳の興奮状態を見る検査で、頭が良いとか悪いとか決めつけると全く逆の結論が出ると考えています)ナトリウムチャネルは正常の状態ではチャネルにナトリウムがついては代謝される、を繰り返しているのでしょう。ほんのわずかの量で刺激をすれば痛みを抑制するように働くし、長時間刺激すれば今度は痛みの抑制がかからずに辛い事になる、と解釈すれば良いのでしょう。

さて、このナトリウムチャネルを刺激する毒、と言えばトリカブト、アコニチンです。アコニチンは薬として使えば痛みをうまくコントロールする事が出来る。附子という名前で処方し、使います。線維筋痛症の痛みは附子を使う先生がおられるだろう、とか、シガテラ毒の症状は附子で競合阻害を生じさせれば早く緩和出来ないだろうか、とか想像が膨らまないでしょうか。

また全然知らなくていいのですが、"Mad Honey Disease"と呼ばれる、シャクナゲ属のハチミツによる食中毒があって、これはグラヤノトキシンという、同じくナトリウムチャネルを刺激する毒によるものです。

ベラトリジンという毒はユリ科から得られたもので、これも軟膏として使い痛み止めとして使われた、という事です。人間と言うのはなんと知恵のある動物なのでしょうか。ほとんどのものは、もうとっくの昔に試されている。

シガテラ毒についてはまだこのブログでは書いたことはありませんが、その発見の裏には実に示唆に富んだエピソード、ドラマがあります。数百年も前から伝えられてきた船乗りの言い伝えには、すでにシガテラ食中毒の予防法が示されていたのですから感心します。この話は面白いのでいつか誰かが本にするのではないでしょうか。

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