2016/12/27

医師は患者と目を合わせるべきか否か問題



ゲームクリエイターの2人が対談している記事の中で、最新のVRゲームについてこういう記述があった。

原田氏:
 他にも、VRのキャラクターは目線を合わせるとリアリティが出るはずだと仮説は持ってましたが、実際にそれをまんまやると、なんか腹が立つんですよ。だって、人間は確かに目を合わせてくるけど、そんなにずっと、じっとは見ないでしょう。
――ガンつけられてるみたいですよね(笑)。
原田氏:
 適度に目線をそらしたりしている方が、自然なんですね。もうね、記号的な表現が通用しないんです。

キャラクターが目線を合わせる事は腹が立つ、のか。

下記のように患者と目を合わせない医師はNG、というような情報(でもちゃんと読めば「まったく目を合わせないのがNG」程度の書き方なのだけれど)が独り歩きしており、「あそこの病院は電子カルテで自分の事を見てくれないんですよ」と患者が良く言うのだけれど、「僕だって電子カルテだし、あなたのことを一瞬しか見てないけど?」というと「そういえばそうか……じゃあ違いは何なんだろう」と悩みだすので、上記の問答は腑に落ちた。



実際私が患者を見るのは目ではなくて歩き方とか服装とか肌などであって、目は0.5秒以上見る理由は特にないし、目を合わせると相手が不愉快だと感じる場合すらあるので、周辺視で患者の表情を観察、そして自分の視線は患者の視線を誘導するために使う、という事が実際には多い。

実は紙カルテの時代にも医師は患者とは視線を合わせてはいないが、それが目立たないのは紙カルテの場合には字を書くスピード自体は誰でも一緒だからだ。しかし電子カルテではカルテ記載のほかにオーダリング業務という、検査指示を直接医師に入力させるようになった結果として、優秀なはずの医師がそれに手こずる場合があり、その姿に患者は落胆するだけなのだろう。その動作の遅さは頭の回転の悪さと同義であるかのように感じるに違いない。

医師は電子カルテの操作に習熟することが、字を書いたりすることと同様に大切であり、自分を良く見せ、患者の信頼を獲得する方法のひとつである事だ、と認識すべきであって、目を合わせるーだとか言う事にこだわると失敗するであろう。(よくある接遇や、OSCEの授業でも機器操作の優美さと言うような視点は完全に欠如しているので、結構大切な事を書いたよ!)

関連する投稿: 医療と儀式 高度に洗練された医療は儀式的である、という事について書きました。

2016/12/25

免疫力というバズワードについて説明する、嘘じゃないっぽい話

今日の話題は自分のかつての専門領域の話です。この領域には頭の良い人達が多いのでとても楽しかったです。Immunology Todayという雑誌が大好きでした。この雑誌は総説が主体なのですが、著者が天才揃い。日本にも天才的研究者はいますけれど、天才的レビューワーはいないな、ならば自分はなれるかな……無理だな、と絶望したのも良い思い出です。

その私が、「免疫力ってなんだよ!(笑)」って思っているのですから、「免疫力」という言葉の意味というのはその程度のものです。科学的に説明できる言葉ではない。

それでもずいぶん普及している言葉だから、自分なりに患者さんにはこうやって説明しているという話をしておきましょう。

最初に結論

「免疫力を高める?」
「なんだそりゃ、総量はほとんど変わらない」
「高い低いというより分布の変化でとらえるとわかりやすい」

という事です。総量一定の法則。(免疫がうまく調節されず過剰に刺激された一つの例がサイトカインストームです。身体にとって危険です)

例えば胃腸炎になったら口唇ヘルペスが出た、という患者さんがおられて、
「免疫力の問題でしょうか?」
という質問があったのですが、

「胃腸炎の治癒のために免疫細胞が動員されたために、口唇ヘルペスを普段抑制しておく余力がなくなり出現してきたという事です。分布が変化したという事です。わかりますか?」

というと、大抵の方はわかります。ここで知っておいてほしい基礎知識は、

◆単純ヘルペスウイルス(HSV)が感染すると体内から排除されずどこかに潜んでいるが、リンパ球の活躍で発症が普段は抑制されている。

一旦体内でウイルスとの戦いが起きますと、B細胞は動員されるし、T細胞も動員されるし、マクロファージも動員されるし、それを指示するのはサイトカインだったり交感神経だったりしますが、すると普段他の部分で活躍している免疫細胞への指示がおろそかになるんだろう、と解釈すれば理解しやすいです。

話を戻して、「免疫力」という言葉を使う人にまともな人はおりませんが、このでたらめな「免疫力」という言葉にどういう意味や意思を込めているのでしょう。
  • すでにあなたがもっているB細胞が産生した免疫グロブリンを指している。これについてはそれを高める正しい方法はワクチンという事になりましょう。自然感染が良い?いやいやいやいや、永久に体内で死なないウイルスもいっぱいいますから自分なら絶対嫌ですし、それは他の方にも感染しますし、有効なワクチンがある場合にはワクチン一択です。でもこれは免疫力、とは違うでしょうね。
  • 免疫細胞の数?だいたい、血液検査じゃあわかりませんから(ほとんどは骨髄の中にいます)。でたらめも良いところの概念ですよね。免疫細胞を増やす業者とか気を付けてください、意味がありません。自分自身、リンパ球幼若化反応だとかいろいろやっていましたので現在いろんな業者が扱っている「奇跡のお薬」が、リンパ球をてきとーーに刺激するのに使っていた安い物質だったりするので首をかしげます。後天性免疫不全症候群のように病的に一部が欠損しているというならば話は別なのですが。
あんまり言われていないネタですが、免疫細胞にとって重要な栄養としては、コレステロール、鉄、タンパク質などがあって、重篤な感染症が起きるとどんどんそれらが低下していくのが観察されます。自分はむしろそちらを注意しています。健康的な食生活をしていますっなんて人がそういう栄養素の欠乏症だったりして、これにも首をかしげつつ。

少なくとも「免疫力」という言葉を使ってあなたに近づいてくる人がいるとするならば、「あなたはきちんとした知識を持っていないのでだましやすそうだ、説得しやすそうだ」と思われているか、使っている人が免疫の勉強をしていないかどちらかです。関わらないのが吉です。

2016/12/13

NASH NAFLD のインパクト

残念ながら現代の20歳代、30歳代、40歳代の腹部超音波検査において
脂肪肝
が多すぎるので、気分が落ち込むほどです。

むろん母集団が偏っているのは承知しています。
それでも見る症例見る症例すべてが脂肪肝であったらどうでしょう。
何やら危機感を抱かざるを得ないのではないでしょうか。

むろん日本人男性はだいたいが脂肪肝です。
いや、肝硬変に近い人も多い。
アルコール性が多く、病態の理解は難しくはありませんでした。
そして治療の道筋も見えていました。
それは禁酒です。

しかしアルコールを飲む男性は減ってきて、現在直面しているのは非アルコール性脂肪肝(NAFLD)、そしてそれに隠れている非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)という問題です。もちろん女性にも多い。

いったいその中からどれほどの肝がんが出現するのかはわかりません。未体験ゾーンです。
しかし無視できないほどの症例数になる可能性があります。
困ったことに背景に脂肪肝があると早期の肝がんはわかりません。今のところ。

obeticholic acid (Ocaliva, Intercept Pharmaceuticals) という薬が治験中です。これは胆汁酸アナログで、おそらく抗酸化作用があるのではないか。PPARα、PPARγアゴニストであるelafibranor (GFT505, Genfit)も治験中です。これは抗炎症作用があるはずです。PPARαアゴニストとしてはフィブラート製剤があります。PPARγアゴニストとしては糖尿病治療薬であるピオグリタゾンがあります。どちらもNASHに効果があります。ピオグリタゾンは良い薬ですが食事を食べ過ぎると太る(New Engl J Med. 2010;362:1675-1685)、ナトリウム蓄積作用があるなど患者の理解力に依存するという悩ましい薬です。フィブラート製剤はスタチンと併用しにくいという難しさがあります。

メトフォルミンは残念ながら効果がありません。(JAMA. 2011;305:1659-1668).
ビタミンEについては長期使用が前立腺がんや心血管イベントの増加が懸念されています。
スタチンは一定の効果があるかもしれません。

他の治療も用意されています。吸引デバイス(AspireAssist, Aspire Bariatrics)というものがあって、胃にチューブを留置して、食べたものを管から吸い取るという、もう本当に、誰しもが考えていたけれどやらなかったデバイスすらFDAを通過しました。(Gastroenterology. 2013;145:1245–52.e1-5) もう、なりふりかまっていられないのです。Revita Fractyl という、十二指腸をバイパスするデバイスもあります。高インスリン血症を抑制するのです。マグネットを2個使うと、小腸にバイパスを作ることが出来ることをご存知でしょうか。この原理を使用して空腸から回腸にショートカットを作るというデバイスもあります(Gastroenterology. 2016:150:S232)。胃の中に風船を膨らますのは有名ですが、1年しかもたない、もうだめだ、みたいな風潮はありますね。あとは内視鏡的な縮胃術。他には外科的な減量手術(Bariatric surgery)があります。アメリカでは年間20万人が受けるそうです。(!)

治らない、という状態を目の前にしているのは大変なストレスですから、こうしたなりふり構わぬ治療が行われる気持ちは良くわかり、それが日本でも20年後に現実になるかと思うと逃げ出したい気持ちになります。

良い身体のシェイプを作りましょう、みなさん。