2016/08/24

内科という職能

内科、がどういう科なのか、皆さんよくわからないかもしれません。私は恥ずかしい事に内科専門医ではないので何も語る資格はないかもしれませんが、書いておきます。
手術以外の事をするのが内科、という定義は古代のもので、室町時代にはすでに内科から産婦人科、口歯科、眼科、耳鼻咽喉科が分かれていた、と言います。(明治前日本医学史)
つまり外科、産婦人科、歯科、眼科、耳鼻科以外の事は内科の範疇にもともとは入っていますから、今は専門分化しているものの内科医の職能には種々の症状や疾患を整理して理解する、という事が含まれます。わざわざ「総合内科」と言わずとも、もともとそういう職能であったわけです。、

私自身はどうなのか。内科の医局出身で、大学院も内科系で卒業していて、内科の専門医を取るべきだったんだけど、そのあとアメリカに行ってしまい、帰ってきたら受験が面倒でもうそのままになっている、そうこうするうちに受験資格のハードルが上がってしまいもう認定医も専門医も取れないという状態になっておりますが、私を知っている内科専門医の先生方は「ああ鵜川は典型的な内科医だね」と思ってくれるだろう程度には内科的な思考をします。

内科的な思考の特徴の一つに、「~たら」「~れば」が得意だ、という事が挙げられると思います。

例えば頭痛・腹痛が主訴の患者さんが8月に来院した時に、
その頭痛と腹痛が同じ原因で起きたと仮定すれば、
 1)ウイルス感染症(アデノウイルスとかおたふくとか)
 2)それ以外の感染症(溶連菌感染症とか)
 3)熱中症
あたりが頻度の高い疾患として考えられて経過観察の対象となります。
数時間で増悪傾向がある場合にはさらに精査を行う必要がありましょうし、脱水の補正や対症療法で軽快傾向がある場合にはその経過を記録するに留めるでしょう。むろん別の病気である可能性もあるのですが稀なので、経過観察するという点では同じです。

あるいはその頭痛と腹痛がたまたま同時に起きた別の病気だという可能性も考慮します。
その場合でも観察対象とすることは同じですが考慮すべき病気は増えます。例えば胃潰瘍+筋緊張性頭痛、のような可能性も考えて投薬し、急激な増悪が生じた場合には次の手を打つ、というような事をします。

患者背景、あるいは疫学などを考慮しつつ最も頻度の高い疾患から除外すべき疾患に挙げ、empiric(経験的)に治療を行う。
ピットフォールについては急激な増悪を見逃さない事で対処する。
その時、その場所にあわせた検査予定を組み立てる。経済性にも配慮する。
何も検査が出来ない医療機関ではそれなりに頑張り、高次医療機関に紹介すべきタイミングを図る。

というような思考をして患者に説明はするけれど、相手も調子が悪い方ですから理解は無理かもしれない。だから少しメモを書いてお渡ししたりします。

そして内科の本領というのは実は2回めの診察だったりします。その後1週間して来院されたとします。その経過から内科医はさらに思考していきます。治ったものについても「それはアデノだったかもしれない」などの検証を行ったり、その後出現した症状を聞いて軌道修正したりします。内科医は検証するのが好きです。

患者さんに注意していただきたいのですが、内科的な思考をもっていない医師に、「私の病気はなんだったんでしょうか」と聞いても「治ったから良いじゃないですか」というような返事が帰って来るだけなのでおそらく落胆すると思います。鵜川が可能性としてはこういう病気であるかもしれぬと言った、を他の医師に話して「そんなの妄想だ。仮定の話にすぎない」みたいな事を言われる人がいるようですが、きちんとした内科医でしたら「その後の経過から考慮して、こういう病態だったと思います」と説明してくれます。それが内科医の見分け方でもありますので参考にしてください。

私の診断スタイルは初診でまず拝見して、ある程度の観察期間をおいたのちにもう一度拝見して患者さんと良くコミュニケーションをし、診断の精度を上げていくものです。患者さんが50歳を超えると生活や思考にバイアスやノイズが多すぎてニュートラルな判断や比較をすることが難しく、あまりこのようなやり方は通用しなくなりますが、若い患者さんについてはあまり病気になったことがないためか、色々な症状の経過がよく整理され、見通しが良いと感じることが多いので、内科としても診察の喜びを感じます。


2016/08/02

すい臓がんのリスク因子

Yahoo!ニュースに載った記事に違和感があったので、こちらでまとめます。

英語で検索して上位でヒットするものを列挙します。

まずアメリカ癌学会
対処可能なリスク
 喫煙:すい臓がんの20ー30%は喫煙が原因と推測
 肥満・過体重:すい臓がんのリスクを20%上昇させる
 職場環境:ドライクリーニング、金属工場での作業従事者
それ以外のリスク
 年齢
 性別:男性
 人種:African Americanに多い(男性の高い喫煙率・女性の肥満による?)
 家族歴
 種々の遺伝疾患:
 2型糖尿病
 慢性膵炎
 肝硬変
 ピロリ感染症
経路が明らかではないリスク
 赤肉が多く、フルーツ野菜が少ない食事
 運動不足
 コーヒー:最近の研究では否定的な結果
 アルコール:直接なのか、肝硬変、慢性膵炎を介すのか

これがメイヨークリニックになりますと
 African American
 肥満
 慢性膵炎
 糖尿病
 癌遺伝子の保持者(BRCA2、リンチ症候群、FAMMM)
 家族歴
 喫煙

次にアメリカがん治療協会
一般リスク
 年齢
 性別
 肥満
 糖尿病
 慢性膵炎
 肝硬変
 ピロリ感染症
ライフスタイル
 喫煙
遺伝
 いろいろ書いてありますが、日本に多そうなのはリンチ症候群

イギリスがん研究会
 年齢
 タバコ
 肥満
 アルコール
 電離放射線
 背が高い
 赤肉
 膵炎・胆石・糖尿病・潰瘍・血液型A
 癌の既往歴
 家族歴
 肝炎
 ピロリ感染症
 歯周病
 アクリルアミドにさらされる職業
リスクを下げるかもしれない
 葉酸・フルーツ野菜・運動・出産経験・アレルギー体質(ただし喘息患者はリスクが高いとされる)
リスクと無関係
 加工肉・NSAID・人工甘味料・ディーゼル車の排ガス・スタチン・砂糖・炭水化物・オメガ3脂肪酸・乳製品・コーヒー・ビタミンD・脂肪摂取量・初潮年齢閉経年齢・ピル・ホルモン補充・お茶

ジョンスホプキンス
 タバコ
 年齢
 人種
 性別
 宗教:アシュケナージユダヤ(BRCA2陽性の人々が多い)
 慢性膵炎
 糖尿病
 肥満
 食事:肉・コレステロール・フライ・ニトロサミン/フルーツ野菜・葉酸は抑制的
 遺伝

などとなっています。
どうも日本消化器病学会の情報にはいくつかの疑問を残します。
・コーヒーに関しては間違っているのではないか
・ピロリ感染症について言及がないのはなぜか
これに加えてリスクに
・IPMN
は入るのだろうか、などという疑問もあります。

大腸がんは2回大腸内視鏡をすればかなり予防が可能
胃がんはピロリ除菌をすればかなり予防が可能
肝がんはワクチンや薬で予防が可能
子宮頸がんも恐らくワクチンの効果が出てくるだろう(将来)
という社会の変化の中で、
肺がんとすい臓がん、乳がんは取り残されている、という認識を少なくとも医者になったころには持ち始めました。私が医者になったのは平成3年、1991年の事です。ピロリの除菌がだんだんと広がりだしたのが1990年ごろ、C型慢性肝炎に対するインターフェロン治療の認可が1992年、大腸はすでにadenoma-carcinoma sequenceは一般的知識で、一部そうでないものがあるようだ、とわかってきたのが1990年ごろ。少なくとも多くの大腸がんは予防が可能だ、と理解が出来ました。
それが患者に肺ヘリカルCTを勧めたり、エコーの腕を磨いてきた一つの理由にはなっています。幸い肺がんは喫煙者の減少に沿って低下傾向が見られますがまだまだ予後の悪いが癌です。当院の患者さんは幸い早期で見つかる方が多いのは神奈川病院のおかげといえます。しかしすい臓がんはそうではありません。残されたすい臓がんの予防や早期発見を含め、良き人生を生きるためにいくつかの戦略があるうちで、みなさんに出来る最も有効な作戦は

肥満・過体重にならない

という事に尽きるのではないか、と思います。
BMI25ぐらいが良いのだ、というのはみなさんへの一種の慰めです。
BMI25を超えた時の医療のやりにくさは、真面目にやるほど医者を悩ませる問題で、そうした私の苦悩を思いやって、BMI25以下の体づくりをしてくださる方が当院に増えれば良いなと願っております。