2010/07/30

クリックと同じ原理

ある検査で予約関係の間違いが起きた。
違う検査を予約されてしまったのであった。
5名しか入れない枠だから、そこには入れない。でも別の検査の予約枠にその人の名前はあるのだ。
しかし本人はその自覚はないのだ。
「私は今日この検査の予約をしたはずですが?」
あなたの間違いだ、と言えるかもしれないのだが、ここは慎重さが必要で患者さんが間違ったと断言するのは危険だ。


なぜこんなミスが起きたのか。
予約を受けるときの言葉遣いを再現してもらい、原因がわかった。
患者さんはBという検査の予約をしたい。
ところが予約を受ける職員が、「Aという検査ののご予約ですね?」と聞いてしまったようである。
実はBという検査は電話で予約が出来ないわけで、選択肢はAしかないのだけれど、だからといって、最初に「Aの予約ですね?」と聞くのは良くない。
いきおいでハイと答えることは当然想定されるから。


「相手にハイ、イイエで答えさせる質問は間違いが生じやすいから、特に予約などの現場で使うべきではありません」と注意をしました。


医者が患者さんに質問をするときにも、なるべく「ハイ、イイエ」と答えさせる質問をしてはいけません。
例えば「タバコを吸いますか?」という質問ですら、「吸っているタバコの銘柄を教えて下さい」と聞くぐらいでなければならない。

家族歴に関しては患者さんはとてもいい加減だから、「癌になったご家族はいらっしゃいますか?」などと聞いて「イイエ」と言われたらジ・エンドである。「ご両親はお元気ですか?」から始めて丁寧に聞かねばならぬ。

現病歴についても同様である。「何か生ものを食べましたか?」「イイエ」でジ・エンドである。患者さんは直近の食べものしか想定していない。

既往歴については「病気をしたことがありますか?」ではだめだ。「病院・医院・あるいは歯科医院にこの1年で何回ぐらい行きましたか?この3年ではどうでしょう。入院をしたことがありますか?」このぐらいでちょうど良いのだ。患者さんに簡単に答えさせてはならぬ。正しい診断を得るためには正しい質問の仕方をせねばならない。


逆に簡単にすませようとおもえば、「ハイ・イイエ」式の問題を用意すれば良い。
「あなたはなんとか病」などと不安をあおるアンケートのほとんどはこれである。わざとミスを多くすることでその病気に該当する患者を増やそうというマーケティング上のテクニックである。騙されてはならない。


医療のミスの原因はあらゆるところに潜んでいるが、人を思考停止に陥れる「ハイ、イイエ」には注意が必要である。

当院の現場(丁寧に話を聞く)を見て、「問診票で良いんじゃない?同じじゃない?」と評した方がいる。しかし当院にも問診票はあるのだ。そしてその目的は別にある。当院の問診票はいい加減に答えると間違えるという罠が用意してある。
このくらいのフールプルーフは医療においては当然用意すべきである。
さらに院内の構造にもそうした仕掛けがいくつかある。開かないドアなどはわざと用意してあるのである。チェックサムのようなものである。


クリックを多用するプログラムがあるとする。
初心者に優しいプログラムである。
ところが困ったことに、こうしたプログラムの使用者は、「自分の使い方は間違ってない」と言い張ることが結構あるのだ。

それを逆手にとれば、間違えて欲しくない部分には別の動作原理を使用する、というような工夫が出来る。


追記:上記のような医療面接のテクニックは「開かれた質問」「閉ざされた質問」として習うらしい。簡単に答えられる閉ざされた質問にはわざとひっかけ問題を入れてそれを患者プロファイリングに利用する、というのは医療面接のテクニックでは習うのだろうか。

2010/07/28

だから患者さんを痛がらせてはならない

この記事を読んで欲しい。興味深い事が書いてある。

拷問は無実の人を「疑わしく見える」ようにする効果がある(GIGAZINE)

一部を抜粋してみます。


女性は「自白」することはありませんが、氷水に手をつける拷問に対し「無頓着」と「泣きながら苦痛を訴える」の2パターンの反応を使い分けました。女性に会った被験者は女性が苦痛を表した時ほど罪が重いと評価し、女性に会うことはなかった被験者は女性が苦痛を表さなかった時ほど罪が重いと評価しました。
被疑者が拷問を受ける様子をその場で聞かされたのではなく、過去の拷問の様子の録音を聞いただけの被験者は、被疑者が苦痛の声を上げるほど「疑わしくなく」感じたそうです。


目の前で拷問で苦しんでいる人を見たとき、その傍観者である自分は加害者の共犯者だと自らを判断する。このためその行為を正当化するために、苦しんでいる人が「悪い」人であると判断しようとするのではないかと研究者らは推測しているという。

患者さんが病気で苦しんでいるときに、医師は加害者ではないにも関わらず罪の意識を感じることは良くあることです。例えば目の前に二人患者さんがいたとして、その時に、痛い痛いと叫んでいる患者さんよりも、ただ脂汗をだらだらと流して顔面蒼白となっている人を優先して診てしまうとすれば、それは確かにトリアージとう観点から見て血圧が下がっている方が優先なので正解なのでしょうけれど、くみし易い相手を選んでしまうという心理的な影響がもしかしたらないとは言えません。正直言うと私は痛い痛いと言う人は苦手です。(無表情の人はもっと苦手ですが)それは私の心を突き刺すからです。痛くなくても痛いと口をついて出てくる人はいるのです。「痛いの?」と聞くと「いえ」と答えたりするのです。「痛い」の大安売りをする人です。私は少々むなしく感じます。子供に注射を打つとき、泣く子供と、泣かない子供では、泣かない子を「いい子だ」と言いますが、大人に関してもその印象を持ってしまいます。表現に誇張が入る事を計算に入れることは物事をより複雑にします。おそらくそれが嫌だという心理もあると思います。私は自分が痛みの共犯者と自らを判断しないために必要な思考回路の「一手間」を嫌がっているのだろうと分析しています。

痛い痛いと叫ぶ人を目の前にすると、未熟な医師の場合、「患者さんが悪い」みたいに言う人もいます。例えば内視鏡検査で患者さんが苦しんだとする。その時に怒る医者っていますよね。彼らは未熟なのですが、似たような心理状態かも知れません。

それではなかなか良い患者-医師関係が築けません。

もともと痛がっている場合は別ですが、医師は検査や治療において患者さんを苦しませてはならない。これは単なるヒューマニズムではありません。加害者としての自分を正当化するために自分が患者さんに対して攻撃的になってしまうことは避けねばなりません。まずそれを心しておかなければなりません。注射ひとつ、患者さんが痛く感じないように努力しなければなりません。

正しく患者さんを評価するためには、痛みという余計なバイアスを取り除いてやることが必要な条件なのではないかと思うのです。

患者さんは患者さんで、痛い痛いと演技をするのはやめねばなりません。素直に痛い、のは良いのですが、演技的に痛がることはあなたのためにならないと言うことです。むろん相手は人格者の医師で、あなたを受容してくれるでしょうが、そうでない医師もいるかもしれません。ですから客観的に痛みを訴えるに越したことはありません。そうすればあなたの病気は正しく評価されると思うのです。

2010/07/24

細菌性下痢

下痢にも色々あるのですが、生水を飲んでおなかを壊して以来ずっと水様便で食欲もなく体重も減ってきた・・・などと言えば細菌性の下痢だろうと考えます。

胃液が1リットル、胆汁+膵液=消化液が1リットル、小腸から10リットルぐらいの分泌が毎日あると言います。コレラではそれらが一切吸収できなくなります。だから下手すれば一日目で12リットルの下痢があって、その日のうちに死んでしまうでしょう。だからコロリ=コレラです。

一日10行(ぎょう=下痢はこう数えます)の下痢があったとしても、一回100mlくらいとすれば、せいぜい1リットルの液体が出て行くだけでして、11リットルは小腸+大腸で吸収されているというわけです。全然余裕です。何とかなるんじゃないか、と思うわけです。

むろん脱水の評価には別の方法がちゃんとありまして、身体の10%の水分が失われるとど~だこ~だって。それはちゃんとやるにせよ、10行とかいうと患者さんがびびりまくりですので、「大丈夫だよ」と伝えるためにこういう話をするわけです。むろん神経質な人にはこういう話はだめでしょうね。最初のコロリが出てきた時点で恐れおののいてしまい、落ちを聞いてくれません。神経質な人には結論を最初に言うこと。「大丈夫、これは薬で治ります」ってね。

胃液ばかり吐いたときには、H+とかCl-が喪失するわけですが、小腸からの分泌物が下痢として出て行くとなりますと、Na+とかK+とかの喪失がバカにならないわけです。血液検査ですぐに喪失量が算定できるかと言いますと、喪失した電解質が血液中に反映するにはタイムラグがあるわけでして、そればっかり信用するとエライ目にあいます。例えば胃で大出血した、なんてときに血液で血の濃さを測定したらHb14g/dlだから大丈夫です!(キリッ・・・みたいなお馬鹿な研修医だってひょっとしたら世の中に居るかも知れません。1リットル出血したら、その1リットルが間質液で完全に置換された状態ではじめて血液検査では11g/dlとかに下がったりするわけです。電解質でもそういう事が起きますので、血液検査ばかりしてるんじゃなくて大体予想で電解質を補正するのが良いのでしょう。

そういうのはエライ人が経口補水塩ってのを考えて下さってますので、それを利用してしまいます。
血液ってのはNa+が140mEqの濃度で入っています。10%の食塩水のNa+がだいたい1700mEqだってんですね。下痢便ってのは30mEqとかそんなもんでしょう。するとまあ、0.2%ぐらいの食塩を考えておけば良いって事ですね。K+はどうかっていうと、喪失してしまうんですが実際にはK+は体内プールがものすごく大きいんですね。だからK+をとって血圧を下げようとかいうのは本当になんちゃって科学もいいところなんでして、それでK+をとりますと下痢がひどくなったりしますので(蠕動を亢進させてしまう)、それでWHOの言う「経口補水塩」が正しいって事になります。

http://www.city.yokohama.jp/me/kenkou/eiken/health_inf/info/fruitjuice.html

市販品でOS-1ってのがありまして便利なんですが、例えばスポーツドリンク(ポカリスエットとか)に500mlあたり1gの食塩を加えて飲んでも良いですよ、なんて話もします。ただ、これでは炭水化物が濃すぎるわけで、ひどい下痢の場合はもう少し薄めたいところです。

表. WHO(世界保健機関)・UNICEFが推奨する経口補液の組成(含有成分)
重量g/L浸透圧mmol/L
塩化ナトリウム2.6ナトリウム75
グルコース、無水物13.5塩素65
塩化カリウム1.5グルコース75
クエン酸三ナトリウム、二水和物2.9カリウム20
クエン酸10
総計20.5総計245
上記の横浜市のサイトから引用させていただきました。例えばポカリスエットは糖分が100mlあたり6.7g含まれており、上記の経口補液(ORS)より相当濃いです。しかし上記補液は発展途上国でコレラなどの重篤な感染に使用されることから鑑みて、もう少し症状が軽い場合にはスポーツドリンク+塩でいけるだろうとの判断をしています。

そういった背景があって、患者さんには例えばこんな指導をします。

1)500mlあたり1gの塩を加えたスポーツドリンク(ポカリスエットはスポーツドリンクの中では糖分が最も濃いほうなので半分に薄めても良いし、アクエリアスや生協のスポーツドリンクならだいたいそのままで良いのですが、人工甘味料のスクラロースなどが添加されている場合には下痢する人もおられるため注意が必要かもしれません)を用意する。少し高いのですが市販のOS-1を用意してもよいし、自分で作っても良い。
2)一口20mlを3分間隔で飲んでも時間当たり600mlの水分が補給できることを知ること。むろん吐いている場合は別である。ストローや「すいのみ」で飲むと空気を嚥下しにくいので良い。一気に水分を飲むと下痢をする。
3)下痢の反復では腸内細菌が極めて減っていることを知ること。これを元に戻すことを目標としたい。すなわち投薬には整腸剤が含まれ、それは下痢の治癒後もしばらく投与される。
4)飲水、下痢のバランスが取れてきた場合、栄養補給を考える段階である。ゼリードリンク、流動食、カロリーメイト、栄養剤などの補給を考慮しても良い。(病状によります:すなわちこの判断が適確に出来るほど回復は早く、それが出来ない人は入院も考慮せざるを得ない場合があります)
5)原因を調べるのも重要で、大腸菌以外にもカンピロバクター、サルモネラ、アメーバなど、鑑別する疾患は多い。培養はしておいて、私の判断で抗生物質を投与します。症状やエコー所見によって原因菌の想像がつく場合もあります。
6)むろん手洗いは励行。
7)下血、血尿、高熱の持続は悪い兆候であるから、ただちに救急病院に受診の事。

さて、下痢をしているときに遠くから(当院には一時間以上かけて来院する患者さんが多い)来院するのはやめてください。
あなたにとって悪いことです。

2010/07/17

内視鏡を行う意味

内視鏡を行う意味は色々あるでしょうけれど、
例えばある患者さんの胃がC-1であったとする。
(HP陽性のC-1があるので、一応過去の写真はチラ見する)

未来のある時点で患者さんが来院され症状を聞いたときに、
鑑別診断をかなり絞り込むことが出来るという意味で重宝です。
少なくとも胃癌、AGMLやNSAID潰瘍を除く胃潰瘍は最後に考える鑑別診断になるから。
しかもAGMLやNSAID潰瘍は病歴からすぐにわかるから。
よりすばやく根拠のある予測を患者さんに提供できることになります。

むろん過去の事もわかります。
食べ物の嗜好の事とか、普段の便通なども上部内視鏡からわかる場合がある。
当然飲んでいる薬などもです。
除菌してあるかどうかは言われなくてもわかります。

その中には、問診で聞き忘れている情報もあるので内視鏡をしておいて良かったと思うことは多くあります。

などと書くと、そして普段それを公言するのでまるで占い師のようだと言われますが、うさんくさいところまでそっくりだと思います。

とりあえず内視鏡の記録は木村・竹本分類で萎縮を記載し、それに付随所見として除菌未・除菌済を書けば一番将来役に立つ。第二に、使用した薬剤と咽頭反射の程度を書いておくと良い。「びらん性胃炎」だの「表層性胃炎」だの、「grade記載のない逆流性食道炎」だのは、どうでも良い所見です。
本来、胃透視でも萎縮はわかるのにそれを記載しないのは一種のネグレクトだと思います。困った問題です。

2010/07/12

便秘下痢交代

便秘と下痢を繰り返してしまう・・・という場合に、大腸に異常がある事はまれですが、大腸検査が必要になる場合もあるでしょう。それで異常が無かった場合、以下のように説明をします。
(他にも星の数ほどパターンがありますが、ほんの一例を示します)


緊張などのきっかけ

交感神経が興奮

大腸の動きが止まる=便秘になる

便がたまってくるとしかし次第に大腸内の圧力が上がって、やがて痛くなる

圧力が閾値を超えると急に排便がはじまってついには下痢をしてしまう

また便秘になる
(これを繰り返してしまう)

緊張して大腸の動きがゆっくりになってしまうのを、一生懸命動かす薬を開発しているのが製薬メーカー。
しかし、限界まで我慢して圧力が閾値を超える、という部分を緩和してやれば痛みはないわけで。
つまり便が硬くならないようにすれば、閾値が下がってある程度たまれば便通が出現する、と考えれば良いでしょう。

便はやわらかく、しかしやわらかすぎず、そして量を多く、という方向へ。

旅行のときや、ストレスがあるときには整腸剤+便をやわらかくする薬を併用したり、水分をたくさんとったりすると良い。

このような排便習慣であってもポリープとは関係がないのだから安心することもとても重要です。

2010/07/10

骨盤内癒着

他院で大腸内視鏡が入らなかった、という人の内視鏡をしますと、
ほとんどが骨盤内にS状結腸のどこかが固定されているケースです。
私が苦手なのは腸管と腸管が癒着しているケースですけれど、これは滅多にない。

骨盤は臼状の空間ですけれど、この中には膀胱と(女性器と)直腸しかなくて、骨盤と大腸がついていても、それが原因でイレウスになったりはしない。だから「癒着がある」と表現はしますが、患者さんは心配しなくて良いわけです。

最初90度左にひねって入ると、骨盤の背側に沿ってスコープが進むことになり、ここから右に回転させながらスコープを引き、そのまま内腔が追従してくる場合には骨盤内癒着があっても簡単に入ると確信できます。この場合初心者に任せても確実に盲腸まで到達できます。むろん短い腸の場合、この操作が必要がない事も多くて、その場合は当然すいすいと到達できます。

さて、一定の割合で追随してこないのですが、このときには骨盤内癒着があり、しかもそれが自然ではない場所、という事になります。この時には基本的にαループを作るために左回転で入ると良いでしょう。そして癒着を超える前から一回、二回と短縮を試みると患者さんは痛がらないでしょう。目の前の襞が妙にひきつれている場合は、逆αが適当かも知れません。その場合は普通に入って左回転で短縮を試みます。

S状結腸はこのように簡単です。この人は難しい、とすぐにわかるのでお勧めの手技です。難しい人をどうやって入れるのかは、そりゃ、実力なのですが、簡単なのに入らない、時間がかかる、というのはもったいないことです。