2010/03/04

マロリーワイス症候群

EGJ.jpg Kunio Ukawa 2008
嘔吐をしたときに、運悪く胃の入り口の粘膜が裂けてかなり出血することがあり、それをマロリーワイス症候群 (Mallory-Weiss syndrome) と言います。ものすごくたくさん出血することが稀にあって、その場合は頻脈になって血圧が下がりますが、たいてい酒を飲んでいる患者さんが多いために酒のために頻脈になって血圧が下がっているのか良く分からない場合も。

多くの患者さんはちょろっと出血しただけでびっくりして来院されますが、幸いほとんどは血がにじみ出ただけで、粘膜が裂けてはいません。とはいえ、ブールハーヴェ症候群(突発性食道破裂)という怖い病気になることもたまにありますから、出血したらやはり来院して下さい。(黒色便が出た場合もです:ついでにいうと黒色便は必ず柔らかいです)
高齢女性では圧倒的に多いのがマロリーワイス症候群ではなくて、逆流性食道炎に伴う出血です。糖尿病の患者さんでは black esophagitis という興味深い病気も見られます。

1997年~1999年まで私は渡米して叔父のDr. Choichi Sugawa (Wayne State University)の元で外科内視鏡学を学んでいたのですが、

「マロリーワイスも、嘔吐による gastric congestion (胃粘膜のうっ血・・・これが出血の原因になります)も、ほぼ必ず小弯~前壁側に出来る」

という事を教わり、これは目から鱗でした。

以後、ずっと観察していますが例外がほとんどありません。必ず小弯~前壁側です。特に gastric congestion は必ず前壁側にある。例外があったらむしろ原因を突き止めて症例報告すべきです。Dr. Sugawaの気付きは、Urban hospital(都会の病院)のER(救命センター)で緊急内視鏡を長年行っている豊富な経験によるものなのでしょう。感心します。(合衆国でのマロリーワイス症候群の多さは日本の比ではありませんでした)

検査中、稀に患者さんに嘔吐反射が起こるときがあります。急いで食道胃接合部を観察しますと確かに前壁が食道内に入り込む様子が観察され、なるほどこうしてマロリーワイス症候群が形成されるのだと納得します。(これを mushrooming と呼ぶのだそうです。形がマッシュルームみたいだから)

その教示は以下のような結論も当然私に与えてくれます。

患者さんでいわゆる「吐き癖」がある人もつまり簡単にわかるのです。(摂食障害)
穹窿部前壁に gastric congestion があれば、その人は嘔吐が癖になっているのです。
摂食障害などでこうした所見は無視してはなりません。あるいはアルコール依存などで。
これは教科書には書いていないかも知れないので、覚えておきましょう。

嘔吐と似た生理に反芻(はんすう)があります。反芻はしかし、機序が全く違うようです。最近示唆を与えてくれる症例があり、勉強になりました。患者が言うには、反芻は嘔吐とは完全に違う。反芻は食道胃接合部を緩め、胃内圧を上げる作業だ、と言うのです。そしてそれを容易に再現することが出来るのだそうです。
従って反芻では、胃粘膜は食道には入り込まないようなのです。確かに患者さんの胃を観察すると全く gastric congestion の所見はありません。
嘔吐と反芻をいっしょにしてはなりません。(今まで何名かの医師に話していますが、彼らはそういう事は考えたことがなかったようで同意は得られていません)
(2012/7/8追記:上腸間膜動脈症候群における嘔吐の症例でも gastric congestion は見られないことを確認しました)

また、逆流性食道炎によるびらんが生じやすいのは前壁~小弯方向であることも知られています。

マロリーワイス症候群から話が横にずれてしまいました。
ちょっとした病気から、胃の生理を学ぶたくさんのヒントがある。
経験豊富な名手の言葉には沢山の宝が隠されている。という話です。

話を元に戻しますが、マロリーワイス症候群が疑われた場合に、患者さんに嘔吐反射を起こしてしまうような挿入をするのはナンセンスです。新たな出血を生じるかも知れません。鎮静剤を使えば良いと言うものではありません。
治療にクリップを使用する可能性がありますし、もともと出血している場合、経鼻内視鏡の適応はありません。結局は鎮静剤を使った上に丁寧で安楽な挿入をしなければならないという事です。
鎮静剤を使えば反射は出ないだろうし、出ても覚えていないだろうから良いや、ではなく普段から絶対に反射を起こさないつもりで精進しなさいね、という話を研修の先生にはしています。

2 件のコメント:

  1. こんばんは、はじめましてコメント致します。
    実は旦那が今、マロリーワイス症候群と言われています。
    日曜の午後から吐きはじめ何も食べれないまま月曜に病院にかかりましたが、点滴1時間だけされ、帰されました。(その時は処置を早くしてくれそうな過去にも嘔吐で診察を受けた事のある個人病院)
    その後も吐き続け、今、日付は火曜になり、ナウゼリンの座薬が少々効いたのか寝ています。薬が効くまでに茶色のものから赤い血に変わっていったようです。
    心配なので検索をしていてこのサイトを見つけました。

    5月にも同じようなことがあったので、胃の病気かと胃カメラで調べたら、胃は健康で、食道に問題があると(逆流性食道炎)と言われました。
    また、胃カメラを飲んだ日に吐きだし、結局入院しました。
    刺激が強かったからか誘発された感じでした。

    明日まで待って、再度病院に行く予定です。
    何か予防する事は出来ないでしょうか?
    また生活面で何を改善すれば、この症状が起こりにくくなるのでしょうか?
    見ていてとても可哀想で…
    してあげられるのは、ただ背中をさすってあげることと、病院に連れて行ってあげること。
    本人が一番大変だろうに、とても私に申し訳なさそうで…
    何か教えて頂ける事があれば、なんでも結構ですから、是非教えて下されば助かります。

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  2. 匿名様
    マロリーワイス症候群は、強い嘔吐の反復による出血のことで、脈拍や血圧に異常がない場合経過観察をする事もありますが、ご本人も見ているご家族もさぞお辛いことでしょう。
    嘔吐の誘発される原因がわかれば対処は可能だと思います。例えばお酒が原因であるのならば飲酒を止めることが大切です。片頭痛が原因ならば頭痛のお医者さんへ。摂食障害(自分で嘔吐してしまう)の場合には精神科、など消化器内科以外で治療をしなければならない場合もあるのです。上腸間膜動脈症候群、アレルギーなど、嘔吐を誘発する病気は沢山(無数と言っても良い)あり、逆流性食道炎も、マロリーワイス症候群も結果論でしかありません。どのような場合に気持ちが悪くなってしまうのか、医師とよく話して下さい。粘り強く経過観察をお願いします。

    背中をさすってあげるのは何よりの治療だと思います。



    嘔吐に関しては、吐く時の癖、のようなものがかなり出血の有無に関係してきます。小さい頃からアセトン血性嘔吐症で吐くのになれている私の場合には、静かに吐くのはお茶の子さいさいです。ところが子供の頃にあまり病気をしたことがないような方ほど激しく吐く、という事を経験します。力が抜けると良いのですけれどね・・・。
    息をゆっくり吸ってもらって下さい。そうすると嘔気は少し改善します。
    また、ミントの香りも効くと思います。

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